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第22話 精霊女王と精霊王

 虹色に輝く外観とは異なり、通路は全て水晶張り。まるで姿見のように、壁や床に自分の姿がいくつも映る。早々どこが入り口だったか、分からなくなってしまったフローラ。白と黒の玉はまだ背中を押しており、おそらく謁見の間へ連れて行こうとしているのだろう。


「入っちまったな、ウンディーネ」

「入っちゃったわね、ノーム」

「さてどうなっちゃうのかな、ねえサラマンダー」

「俺ニ聞クナ、シルフィード」

「あなた達、どうして今頃になって話し出すわけ?」


 精霊さん達いわくフローラは、精霊女王ティターニアのテリトリー内に転移したらしい。本来は結界が張られており宮殿は隠されているのだが、祭壇下の空間は結界内へ直接ジャンプできる場所だったんだとか。

 教えようとしたけどフローラが即座に一線を越えてしまい、止める暇がなかったと精霊さん達は異口同音。後先考えない女で悪うございましたねと、フローラは唇を尖らせた。

 慎重さと計画性が無い、と言ってしまえばそれまでだが。しかし裏を返せば直感を信じ、飛び込んでいく勇気があるとも言える。


「宮殿の庭に人間が入り込んだら、どう扱うかを決めるのはティターニアさまじゃ」

「ノームの言う通りよ、フローラ。結界の中へ踏み入った以上、私達は脱出の手助けが出来ないの。これは精霊の掟だから、悪く思わないでね」

「もしかして私、危ない橋を渡ってる? シルフィード」

「うーんとね……」


 シルフィードだけでなく、他の精霊さんも難しい顔をしている。いやいや不安を煽らないで何か明るい材料をちょうだいと、フローラは必死に話しかける。


「ご機嫌を損ねなければ悪いようにはせん、なあサラマンダーよ」

「ソウダナ、ノームヨ。タブン、キット、オソラク」

「何事も前向きで行きましょう! そういうことよねっ、ウンディーネ」

「うふふ、怒りに触れて獣人にされないよう祈るばかりだわ、シルフィード」


 フォローしてるようで全くフォローになってない精霊さん達に、がっくりと肩を落とす辺境伯令嬢さま。そもそも獣人って何よと、不穏なキーワードまで聞かされる羽目に。


 謁見の間は一変して、大理石の造りであった。水晶はよそ者が入り込んだ場合に、迷わせる為の回廊なんだとフローラは気付く。赤い絨毯が玉座の前まで続いており、白い玉と黒い玉は押すのを止め背中から離れた。それでもフローラの周囲を、ふよふよくるくる回っている。


「エレメンタル宮殿へようこそ。深淵しんえんの森に現れたならば、シュタインブルク家の血を引く者であろう。苦しゅうない近う寄れ、私に顔をよく見せるのです」


 玉座に座る耳の長い女性に手招きされ、赤い絨毯を進むフローラ。二対四枚の翅を持つ女王は、この世のものとも思えない美しさ。いやここ異界だから、この世って表現は不適切ねとフローラは思い直す。

 だが近付くにつれある事実に気付き、彼女は腰を抜かしそうになった。玉座の下にある台座が、長い首と尻尾で蜷局とぐろを巻く、双頭のドラゴンだったからだ。


「このヒュドラが気になるのかしら、シュタインブルク家の末裔よ」

「私の名はフローラ、あなたが精霊女王ティターニアね。双頭のドラゴンは、我が家に代々受け継がれた紋章だから」

「そういえば家紋にしたいと言ってきた子が、千年くらい前にいたわね」


 ティターニアは人差し指を顎に当て、遠い記憶を探るような目をした。この精霊さまはいったい何歳なんだろうと、思わずにはいられないフローラである。


「時にフローラ、その子らに胡椒を与えましたね?」

「えと……食べるかなーと思って」

「全くもう、生まれ立てでまだ言葉を話せないの。本来ならそう簡単には人間に懐かない、希少な光属性と闇属性だと言うに。ほら二人とも、ちゃんとフローラにご挨拶するのです」


「くぴぴ」

「くぴっぴー」


 ボールに見えたのは、翼で体を包み込んでいたからだった。

 純白の翼を広げたエンジェル(天使)と、蝙蝠こうもりのような翼を広げたインプ(悪魔)。揃ってフローラに頬ずりしてくるのは、胡椒もっとちょうだいという要求なのだろう。


「手ずから胡椒をあげた以上は、責任を持って面倒みてちょうだい。フローラは人間として初めて、四属性の精霊と二属性の霊聖を扱うことになるわ。くれぐれも体にかかる負担には、気を付けることね」

「異界の住人になれとは言わないのね、ティターニア」


 なってくれたら嬉しいけどと、ころころ笑う精霊女王さま。だが直後、エメラルドグリーンの瞳が刃のように光った。何やら人間界は今、おかしな事になっているでしょうと。


「神の意志を体現する巫女、それがシュタインブルク家の女子よ。正しき信仰が失われた時、人間界は厄災に見舞われ生き残る者はほんの一握りでしょう。そうならないよう人間を導くのが、何代目かは知らないけどフローラのお役目だわ。

 そしてあなたが異界と呼ぶこの地は、正しくは精霊界。ここに住まう私たちは、巫女の手助けをするのが神と交わした盟約なの」


 私が神さまの巫女なのと、ぽかんと口を開けるフローラ。

 そんな彼女にティターニアは、玉座の肘掛けに腕を乗せ頬杖を突いた。例え巫女であろうとも、こっちにだって選ぶ権利はあるのよと。

 どうやら精霊女王さま、全面的に協力してくれる訳ではなさそう。だが彼女は微笑んでおり、フローラの顔をしげしげと眺めている。


「エンジェルとインプが懐いたくらいですもの、普通の人間とはやはり違うわね。遊び心を忘れない、人間界の面倒くさい原理原則に捕らわれない、そんな魂の持ち主といった所かしら」

「あのう……それ褒めてる?」


 あら褒めたのよと、笑っちゃいるが目は笑っていないティターニア。つまらない巫女だったら問答無用で魔素を降り注ぎ、精霊界の住人にしているところだわと。

 さらりと怖いことを言ってくれる、玉座の精霊女王さま。獣人化ってそういうことねと、頬が引きつるフローラである。


「常人には見えない精霊が見え話すことが出来る。それこそが神から与えられた御業みわざであり、シュタインブルク家に流れる血の力なの。

 人間界をなんとかして、結婚して子供を設けて、もう思い残すことは無い。その時が来たら改めて誘うわ、フローラ」


 ほうほう、ならば前向きに検討しておきますと、応じる辺境伯令嬢さま。それが永劫とも言える、長命な種族へ変化してしまう事とも知らずに。


「良い匂いだー、胡椒と唐辛子の匂いだー、誰だ誰だ君かい? 持ってるのは君なんだね、うっひょはぁー。 うぼあ!!」


 突然現れた人が……頭にトナカイの角を生やした男性が、フローラにダイブする寸前であった。ティターニアがその男性へ向け、膝に乗せていた王笏おうしゃくをぶん投げたのである。

 王笏とは王の権威を示す杖のこと、フローラも成人すれば玉座で持つことになる。断っておくがけして武器ではなく、あくまでも儀礼用の杖だ。


「痛いよぉ、ティターニア」

「客人と話しをしている所へ割って入るなど、無作法も甚だしいですよ、オベロン」


 この人物が人間から精霊となり、ティターニアの夫となった精霊王。獣人化ってそう言う事なんだと思いつつ、フローラは赤い絨毯にしゃがみ、胡椒の革袋と唐辛子の革袋を開いた。よろしかったらどうぞと。

 いいねいいねと絨毯に胡座をかくオベロンと、今までどこにいたんだろうと思えるほどの精霊たちが現れフローラを取り囲む。その視線が向けられているのは、当然ながら胡椒と唐辛子の革袋。


「皆の者、落ち着くのです」


 ドラゴンの頭に乗り、絨毯に降りてきたティターニア。お付きとおぼしき蝶の翅を持つ精霊が、王笏を拾い彼女に手渡した。そして精霊女王は宣言するのだ、ひとり三個までよと。


「どうして三個なの? ティターニア」

「太古の昔はね、精霊界にも胡椒や唐辛子は自生していたのよ、フローラ。そこで神さまは一日三個までってお決めになったの」

「でも俺たちはそれ破っちゃったんだよねー、ティターニア。結果として胡椒と唐辛子は、精霊界で絶滅。お怒りになった神さまは、種を蒔いても育たなくしてしまったんだ」


 そう言ってオベロンが唐辛子をひょいぱく、そう言う事よとティターニアが胡椒をぽりぽり。そのお怒りを解くためには、人間界がおかしくなった時、立ち上がった巫女を三代手助けすること。それが神との盟約だと、夫婦は口を揃えた。


「一回目はシュタインブルク家の始祖、ヘレンツィア。二回目は中興の祖、エリザベートよ。フローラが終末の人間界を導き、新たな千年王国を築く一歩を踏み出すならば、これが三回目となるわ」

「今度は間違わない。自生じゃなくちゃんと計画栽培して、好きなだけ食べられるようにするんだよな、ティターニア」

「そうよオベロン、三千年越しの悲願を、やっと成就する時が来たわ」


 正しき信仰で満たされた、新たな千年王国を築く。それがエリザベート女王の子孫に残した、願いであり第一歩なのだ。

 望む望まないに関わらずフローラは、これから悪しき信仰の徒と対決しなければならない。教会にあった転移空間はその覚悟を促すため、一歩を踏み出させるための、エリザベート女王が残した道標みちしるべだったのだ。


「ところでフローラ、体は何ともないのかい」

「何の話し? オベロン」

「ティターニアが何もしなくたって、これだけ魔素の濃い場所にいるんだ。君なら分かるはず、人間ではなくなってしまうぞ」

「……ああっ!」


 頭に手をやる、角は生えてない。お尻に手をやる、尻尾は生えてない。袖をめくってみる、うろこは出来てない。するとエンジェルにインプが、背中をちょちょんと突いてきた。襟から手を突っ込むと肩甲骨けんこうこつに、手のひらサイズの翼らしき物体が。


「こここ、これって何かしらティターニア」


 どれどれと、襟を摘まんで背中を覗き込むティターニア。同じく覗き込もうとしたオベロンの顔へ、レディーに失礼よと肘鉄をお見舞いする精霊女王さま。亭主は胡座をかいたまま、仰向けになって撃沈。このご夫婦は普段から、スキンシップが荒いようで。


「これはサームルクの翼ね、千年に一度出現するとされる霊鳥だわ」

「私、その霊鳥になっちゃうの?」


 待ってとティターニアは、翼を握って引っ張り出した! つまりフローラの背中から取ったのだ。一対二枚の白い翼がぱたぱたと動くその様子は、まるで蝶々のよう。


「魔素を取り込んだフローラの体へ、霊的に寄生したみたいね」

「あのあのそれどういうことか細かく詳しくはっきり聞かせてティターニア!」

「つまりサームルクが成鳥になるまで」

「うん」

「この翼はフローラの」

「うんうん」

「付属品になるってことね」

「うんうんう……はあ?」


 勝手に寄生しやがった翼が、頭の上でくるくるぱたぱた回っている。だがこれだけの魔素を浴びてフローラが全く獣人化しないのは、霊鳥サームルクが押さえ込んでいるからなんだとか。もともと深淵の森とは気の遠くなるような歳月を経て、霊鳥が自然発生する場所なんだそうで。


「良かったわね、フローラ」

「おめでたいことなの? ティターニア」

「成鳥になったらドラゴン以上の力を持つ神聖な鳥よ」

「ほう」

「大技を連発しても、睡魔に襲われる程度は軽減されるわ」

「ほうほう」

「ついでにもうひとつ」

「ほうほうほう」

「あなた、飛べるようになってるはずよ」

「ほうほ……はい?」


 獣人化しないならいつでも、胡椒と唐辛子を持参で遊びにきてね。そんな風にのたまう精霊女王と精霊王に見送られ、教会の地下空間へ戻った辺境伯令嬢さま。当然みんなの驚きようと言ったら、いやそれが正しい反応かもしれないが。


「あの、頭の上でぱたぱたしているのは」

「聞かないで、マルティン」

「フュルスティン、御御足おみあしが地面から離れておりますが」

「そうねハインリヒ、気にしないで」


 気にするなと言われても、それは無理というもの。だが宙に浮き頭の上を白い蝶が舞う、それは神々しくもあり正に聖女。本人の意思とは関係なく違った意味で、みんな納得しちゃうのである。


「ちょ、直視できないわ、ケイト」

「恐れ多いというか何というか、ミューレ」

「ああ、こんな高貴な方にお仕え出来るなんて、幸せ」


 ジュリアがその場へ崩れ落ちそうになるのを、しっかりしなさいと両脇から支えるケイトとミューレ。町長ムスタフとマルコに至っては、石像からの復帰にちょっと時間がかかりそう。


「ハインリヒ、地下の聖域を保全するように。この教会をローレン王国の、特別保護教会に指定します」

「は、聖女さまの御心のままに」


 胸へ右手を当てるハインリヒに、満足そうな笑みを浮かべたフローラ。彼女は祭壇に歩み寄ると大盃に、金貨を三枚投入していた。控えていたシスターがよっしゃとガッツポーズを決めていたのは、見なかったことにするマルティンとヤレルにジャンであった。


 ――そしてブラム城の中庭。


 精霊さんが増えてるし頭に蝶々がいるしと、グレイデルが言葉を失ったのは言うまでもない。あなたもエレメンタル宮殿へ遊びに行く? そう言ってふよふよ浮いてるフローラから誘われ、考えておきますとは言いつつも腰が引けちゃってるマンハイム家の息女である。


「馬子にも衣装とは、よく言ったもんだな、ジャン」

「その辺にしとけよヤレル、似合ってるぜマルコ」

「あ、ありがとう、ございます」


 同じテーブルを囲みキャッスル・メイドが淹れてくれた、お茶をすするシーフと騎士見習い。ゆったりしたシャツとは対照的に、ぴちっとしたベストとフォアインハンドのネクタイ。これは執事見習いの装束であり、マルコはそれを着せられたのだ。

 彼はまず、バトラー(執事)教育をメイド長から受ける事となる。あら鍛え甲斐のある美味しそうな子が来たわねと、アンナが言ったとか言わなかったとか。情報源はレディース・メイドの、ミリアとリシュルだ。


 そしてこちらのテーブルは、ヴォルフとマルティンのミューラー兄弟。キャッスル・メイドから人気があるようで、お茶菓子が心なしか増量されている。


「なあマルティン」

「何ですか? 兄上」

「お前が囲いたかったのは、女子じゃなくて男子だったんだな」


 盛大にお茶を吹き出すマルティン。

 おいおい大丈夫かとハンカチを差し出す兄に、恨めしそうな顔をする弟。ヴォルフは変な意味で言った訳じゃなく、男性家臣も必要だよなと至って真顔。だが傍から聞けばそんな趣味があるのかと、勘違いされそうな発言なのだ。誰かこの人なんとかしてとこぼしつつ、受け取ったハンカチで顔を拭うマルティンであった。

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