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辺境伯令嬢フローラ 精霊に愛された女の子  作者: 加藤汐郎
第7部 新たな千年王国のスタート(終章)
198/198

第198話 思えば遠くへ来たもんだ

 遅筆のお詫びとお知らせ。

 カクヨムコンテスト11に参加するべく、現代ドラマの長編小説にチャレンジしておりました。締め切りまで十万文字以上の規定をクリアしましたので、辺境伯令嬢フローラの執筆を再開いたします。エタらせません、ちゃんと完結まで持っていきますよ、今後ともどうぞご贔屓に。


 久しぶりに一人称で書いた政治と軍事もの、良かったら読んでもらえると嬉しいです。タイトルは単純明快「日の本ニッポン」でして、カクヨムで1話だけでも読んでもらえたら、汐朗は泣いて喜びます。

 軍団はオレンカルド領とガーラウス領の生存者を集めたが、総数はやはり二千名に届かなかった。最悪なことにどちらも王族は途絶えており、ロネスタの落ち込みようは相当なもの。これは時が解決してくれるのを、待つしかないのだろう。


 北方の民を首都ファーレンに入植させる作業は、現在進行中で軍団とヤパンチームが取り組んでいる。シンフォニア宮殿の周囲を都市にすべく、レンガ造りの家屋建築も始まっていた。

 

 三人娘いわく市場が無いと寂しい、これが兵士たちのスイッチを押したみたい。そうだよな欲しいよなと、市場の区画から整備を始めちゃいました。市場ギルドと売り子は、北方の民に丸投げするっぽい。


 ところでその入植者たち、木材がふんだんにあるから、川沿いにサウナ小屋をずらりと建てちゃった。ナナシー二号が許可したからなんだけど、川が流れる通りは少々風変わりな町並みになりそう。


 ――そしてここはアウグスタ城、フローラの執務室。


「帝国軍の編成が終わったのね、シュバイツ」

「ああ、親父から書簡が届いてた。これでクラウスから借りてた兵士をミハエル号に移せるな、フローラ」

「うんうん、それと合わせて実は相談があるの」

「どうかしたのかい?」


 たまに戻って書類仕事をやっつけなきゃ、ケイオスもアンナも鬼と化す。結婚したことでフローラの紋章印も使えるようになったけれど、目の前は決済を待つ書類の山だ。同行したミリアとリシュルがお茶を入れ、代筆できる助っ人のナナシーが茶菓子の月餅をもーぐもぐ。


「首都ヘレンツィアは虹色結界に守られてるから、当面は軍団をファーレンに駐留させたいの。これはゲルハルト卿と、隊長たちの希望でもあるのよ」

「そっか、ワイバーン使いの聖女がいれば、いつでもお里帰りできるもんな」

「んふふ、そういうこと。みんなファーレンの防衛を担い、加えて都市整備と港湾整備を進めたいみたいね」

「キリアが兵站部隊にガラス職人を雇ったのも、その布石だったわけか」


 フローラにとって第二のホームとなる、セイクリッド王国の首都ファーレンを立派な王都にしたい。それが兵士たちの総意で、特に古参兵は老い先短いからと鼻息が荒い。まだ結婚式が済んでないカップルもいるし、邪神界の強行派も討伐しなきゃいけないし、やるべきことは盛りだくさんだ。


 北方三領邦の併合に関しては、法王から既に許可が出ていた。向こうの教会が機能してない以上、フローラに任せたいってのが本音であろう。従軍司祭であるシモンズとレイラは夫婦となり、牧師だから司教にはなれない。その二人を法王庁はセイクリッド王国教会の責任者に抜擢するという、離れ業と言うか押し付けもありました。


「フローラさま、アンナさまがお見えです」


 衛兵の声に、通してちょうだいと返すフローラ。これは書類仕事をあおりに来たのかしらと、シュバイツと顔を見合わせ苦笑い。ミリアとリシュルが、メイド長に出すお茶を用意し始める。


「アンナ、すぐにやっつけるから」

「いいえ書類の件ではございません、シュバイツさま」

「……はい?」

「式を挙げてからずいぶんと経ちますが、フローラさまに兆しはないのでしょうか」

「ぶふぉっ」


 盛大にお茶を吹き出した女装男子に、アンナはどうなってるんですかと胡乱な目を向け問い正す。王家存続でロネスタを心配するのもいいが、シュタインブルク家にも子孫を残してくれないと困るのだ。でないと私は死んでも死にきれませんと、アンナはテーブルを指先の爪でこんこん叩く。


 実は邪神界でドンパチやるのに身重では困るから、二人は初夜を先延ばしにしているのだ。浴室での愛撫は続けているが、本番はまだ致してなかったりする。それはグレイデルも同じで、彼女も未だにバージンだったりして。


「まだ未貫通なんですか! シュバイツさま」

「貫通とか言うなよアンナ」

「なんてこと、未開通だなんて」

「だから開通とか言うなよ!」


 同じ理由からゲオルクは元娼婦の聖女に、避妊具を施術するので大忙し。けれど未経験の女性には、倫理的に施術はできませんと明言している。男性経験が豊富でないと、異物だから痛みを感じるってのもあるんだそうな。


「二人で決めたことだから、分かってちょうだいアンナ。だからあなたにはね、うんと長生きして欲しいの」

「ううぅ、そんなあ」


 アンナが泣き出してしまうけれど、それは家臣として君主を思う感情の発露だ。その気持ちが痛いほどよく分かるから、ミリアもリシュルも動かしていた手を止め床に視線を落とす。


「ちょっといいか、シュバイツ」

「なんだよ、カネミツ」

「精霊女王に相談したらどうだ、それと月餅をもっとくれ」

「ティターニアに何を相談するの?」

「妊娠したらその胎児を、精霊界に預けるんだよフローラ」

「……へ?」

「魔力で人間の胎児を取り出し、魔素で育てるスペルを精霊女王は持ってる」

「うっそ」


 妊娠している女性が精霊界に迷い込み、ティターニアはスペルを考案したのだとカネミツは言う。その女性は瀕死で回復魔法が効かず救えなかったが、胎児を生かそうと彼女は魔素を練り上げたらしい。

 そんな手があるのですねと、ミリアがカネミツに月餅を山盛りで置き、リシュルが緑茶をなみなみに注ぎ足し、アンナも目の色を変えそれでと身を乗り出す。


「精霊界の住人になるかは本人の意思、だから獣人化させず成長するまで待つのさ。長命な精霊にとって、人間の成長は瞬きひとつみたいなもんだからな。一時的に預かってもらってよ、全てを成し終えたら子宮に戻してもらえばいい」


 出産を経験したいだろうとカネミツに問われ、フローラは真顔でうんうんと頷く。早世した母テレジアがどんな思いで自分を産んだか、シュタインブルク家の跡取りとして、それを知らねばならないという思いは強い。


「シュバイツさま、貫通を」

「だから貫通とか言うなよアンナ」

「子作りって事実上、貫通の物理攻撃なのかしら」


 思いきり外したフローラの天然っぷりに、しーんと静まりかえる執務室。そこにおいら物理は無効だほと、口の周りが餡子だらけのナナシーが混ぜっ返しちゃう。こやつにお説教が必要かしらと、半眼になるミリアとリシュルである。


 ――その頃ここはファーレン、テレジア号の大食堂。


 みぞれが降り出したので建築作業は早上がりとなり、兵士たちは糧食チームが用意してくれたカップスープで冷えた体を温めていた。魔道具により温度管理されているから船内はすごしやすく、手空きの兵站メンバーがお風呂の支度を始めている。夕食の前にひとっ風呂浴びる、こんなことが出来るのも軍団に聖女がいるおかげ。


「むしろ雪の方が作業を続行できるのですけどね、ゲルハルト卿」

「ああ、みぞれで濡れるのはかなわんな、ヴォルフ」


 クルトンと乾燥パセリが浮いたカップスープを、二人はずずっとすすりほっと息を吐く。記録によればここファーレンに、雪が積もるのは年に一度あるかないか。そういう気候風土だと知ってか知らずか、ナナシーは海に近いこの地を選んだわけだ。


「ブラム城で雪かきしたのが懐かしいですね」

「そうだな、思えば遠くへ来たもんだ」


 ヴォルフが破顔し、ゲルハルトも笑い目尻にしわを寄せる。

 ゲルハルトが口にした遠くへとは、もちろん物理的な距離のことではない。旧ローレン王国の国境防衛に始まり、古参兵と新兵の寄せ集めが辿った長い道のりを指している。敵軍と戦い魔物とも戦い、竜騎士団を編成した今のフローラ軍は精強精鋭だ。こうなるとは各隊長たちも、いや誰も思ってはいなかっただろう。


「わしはな、ヴォルフ」

「はい」

「ここファーレンが都として栄える様子を、見届けてから天に召されたい」

「ならば長生きしませんとね、竜騎士団長どの」


 わしをこれ以上こき使うのかとゲルハルトが、いえ滅相もございませんとヴォルフが、スープのカップをこんとぶつけ合う。戦友だと認め合っているからこそ、老いも若きもなく通じ合える。


 吟遊詩人がバーカウンターの脇で、練習を兼ね曲を奏でている。

 打楽器のチルチルと、チェロ弾きのミチル、この兄妹が参入したことで、楽曲に奥行きと広がりがでていた。同じ曲でもこんなに深みが出るんだなと、兵士たちはカップを手に聞き入っている。


 法王庁で吟遊詩人の資格認定に合格した兄妹は、リズ率いるユニットへの参加を表明し、大聖女のお抱え楽士となっていた。人の紡ぎ出す縁とは、まことに不思議なものである。


「入植者の健康診断、やっと終わったなジャン」

「いやはや、長い道のりだったなヤレル」


 ここでジャンが言うところの、長い道のりとはもちろん物理的な話し。バーカウンターで二人はお疲れ様と、温めたぶどう酒のグラスで慰労の乾杯。僕をのけ者にしないでよと、頬を膨らませるシュドラスとも改めてグラスをこん。彼女はゲオルクの助手も兼ねる羊飼いとして、ジャンの正式な側室になっていた。

 もちろん三人娘の桂林と明雫に樹里はそれぞれ正妻となり、炊事場で夕食の下ごしらえに精を出している。吟遊詩人の練習が終わったら、かんかかーんかん音頭が聞こえてくるはず。


「三人とも、これ食べてみて」

「こりゃいったい……何だい? スワン」

「まかないだってよヤレル、タラコだったかな? ヤパンの女官が仕込んだのよ」


 箸を付けた三人が初めて口にする魚卵料理に、ほええと目を丸くしちゃう。美味しいのである、ジャンが清酒をと、ヤレルが熱燗をと、オーダーは違うけど方向性は一緒だね。ご飯があったら欲しいと、シュドラスも目を細めてもーぐもぐ。


 聞けばナナシー二号が海の深いところへ潜って、色々と漁ってきたらしい。あの流動体は泳げるのかと、これには三人ともびっくり仰天。まあセネラデやジブリールに擬態すれば、どうとでもなるんでしょう。


 今夜の軍団メシは魚料理よと、スワンが人差し指を立ててにんまり。刺身と焼き魚に、鍋が出るみたいだからお楽しみにと、清酒に熱燗をほいさと置く。


「精霊のお偉いさん達が、みんな本拠地に戻ってるよな、スワン」

「新しい異界の枠組みを話し合うって、バッカスが言ってたわジャン」

「邪神と堕天使もいないって事は、邪神界の穏健派も含めてってことだろうか」

「それで間違いないだろうな、ヤレル」


 ならば強硬派へのゲリラ作戦も、本格化することになると二人は頷き合う。北方の民を入植させるので手が回らず、今まで見逃していただけだ。新たな千年王国はスタートしたけれど、フローラ軍としては強硬派をとっちめないと、収まりが付かないのである。


 ちなみに仙観京チームは方舟が完成したので、フローラに同行し首都ヘレンツィアへ引き取りに出向いている。その足で海上航行と空中飛行の試運転を、紫麗と四夫人に司馬三女官がやるわけだ。人間界の戦力は増強され、悪しき邪神討伐の準備は着々と進んでいる。


「スワン、これちょっと味見してみて」

「なんだか、まるでレンガの破片みたいね、カレン」

「あん肝だって、ヤパンの女官たちが言ってたわ、美味しいわよ」


 ナナシー二号が漁で持ち帰った魚の中には、深海魚のアンコウも含まれていた。切り身は鍋に使うけど、肝は量が少ないからまかないになったんだとか。スワンだけでなくジャンとヤレルにシュドラスも、どれどれと箸を伸ばしてひょいぱく、そして目を丸くする。


「スワン、清酒をくれ」

「俺にも熱燗を」

「僕は焼酎の梅割りがいいです」


 あなたたち夕食前から酔っ払うつもりと、カレンがころころ笑いながら炊事場へと戻って行く。吟遊詩人の練習が終わり、やがて三人娘のかんかかーんかん音頭が、大食堂の兵士たちを癒やすのであった。

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