第193話 暗黒界と北方三領邦
秋と言えば稲刈り!
昨年末に実家へ戻り、自分ちの分はもちろん親戚の稲刈りにも応援に行ってる汐朗です。
そのため更新が滞っちゃいました、申し訳ありません。
ここは身内会議を行っている女王テントの中なんだけど、何故かシュバイツが紅茶を淹れていた。最初はマリエラを欺くため、次は紫麗と四夫人を欺くため、フローラのレディース・メイドとして立ち回った期間は長い。だから普通に給仕が出来ちゃうわけで、お湯を沸かし茶菓子を出しているのはナナシーである。
「これはまた綺麗なクッキーね、うん美味しい」
「気に入ったかほ? ティターニア。ステンドグラスクッキーなんだな、おいらが焼いたんだほっほ」
「これも君が焼いたのかね?」
「そうだほルシフェル、チョコチップクッキーなんだな」
単細胞の流動体なのにと、異界のお偉いさんたちは驚きを隠せない。絞り出しクッキー、型抜きクッキー、切り出しクッキー、三人お嬢の手ほどきでナナシーは全部覚えちゃった。プレーンとココアの市松模様クッキーを頬張ったドゥルジが、ほええって顔をしている。
「紅茶のお代わりは遠慮なく」
「もらうわシュバイツ」
「私もたのむ、そなたに淹れてもらえるとは、夢にも思わんかった」
既に子供を設けてるジブリールとセネラデに、シュバイツが優しげな目でどうぞと注いでいく。喧々諤々《けんけんがくがく》だった身内会議だが、今は紅茶とクッキーで一時休戦と相成った。
邪神界をx軸まで引っ張り上げたい各界のお偉いさんだけど、側室になって一緒に船上パーティーとなれば話しは別。実はアナもティターニアもルシフェルも、そしてマーラも、シュバイツと魂の交わりをしたくて虎視眈々と狙っていたのだ。セネラデとジブリールに気兼ねして、中々言い出せなかっただけで。
それが新参者である邪神界のトップとナンバー3が、側室になりたいとか言い出したらそりゃ揉めますわ。セネラデもジブリールも、なんであんたらと一緒に船上パーティーしなきゃいけないのと断固拒否の構え。物事には順番ってもんがあるでしょうと、鍔迫り合いが繰り広げられ今に至る。
「邪神界の重職ってそんなに暇なの?」
「暇なわけあるか、マーラ」
「それとこれとは話しは別よね、アンリ議長」
あちゃあ、アンリマンユもドゥルジも開き直っちゃった。さすが自己中で我が道を行く邪神さま、慣習とか他者の気持ちなんて完全無視である。取りなそうとしたシュバイツだけど、あなたは黙っててと一斉に言われてしまい、発言権を失った彼は所在なさげにお茶を淹れ始めたわけでして。
「私にもちょうだい、シュバイツ」
「はいどうぞ」
注いでもらった紅茶を口に含むフローラも、口出しできる状況ではないと悟っていた。どうせこの鍔迫り合いは、なるようにしかならない。変に口出ししたら場が荒れるだけだろうと、ほぼ諦めの境地でジャムサンドクッキーをひょいぱく。もしドンパチ始めたら、ハックション発動ねと腹を決め成り行きを見守っているのである。
「おいらからアンリマンユとドゥルジに、提案があるんだほ」
「ふむ、どんな提案かね」
「こんなお菓子を焼けるんだもの、見直したから聞く耳はもつわよ」
「お褒めにあずかり光栄なんだな、ドゥルジ。おいらが思うに船上パーティーを開催するのはいいほ、でも分けてやった方がみんな喜ぶんだな」
「喜ぶって、誰が?」
「招待される来賓の全員だほ、ドゥルジ。船上パーティーを何度も楽しみたいから、喜ぶんだほっほ」
来賓なんぞ知るか、それが自己中の邪神さまなんだけど、おやおやアンリマンユもドゥルジも考え込んじゃったよ? 連日行われている結婚式と披露宴パーティーを見て、何か感じるものがあるみたい。合同ではなく単独なら自分が披露宴の主役だわ、みたいな。自己中でプライドも高ければ、ナナシー案は悪くないってことね。
「船上パーティーをしてもらえるなら、ねえアンリ議長」
「うむ、そうだなドゥルジ。何が何でも合同で、とは私も考えていない」
「なら決まりなんだな、みんなもそれでいいかほ?」
それなら妥協しても良いと頷き合い、お偉いさんたちはクッキーに手を伸ばす。でも開催するのはフローラとシュバイツで、準備するのはキリアと糧食チームになるんだけど、そっちは捨て置く感じでもう笑うしかない。全くもってこのお偉い精霊さんたちときたら。
それでもナナシーが折衷案を出したことで、さっきまでの険悪な空気はもう無くなっていた。この焼き菓子はガアプも作れるようになるかしらと蠅の女王が尋ね、もちろんだほと微笑む外道王である。
「助かったよナナシー」
「ほんとほんと、ありがとねナナシー」
「ほえ? シュバイツとフローラに感謝されるようなこと、おいらしてないほ」
「してくれたのよ、ねえシュバイツ」
「そうだねフローラ、何かお礼がしたいな。欲しいものとかないかい?」
「シンフォニア宮殿に製粉機と製麺機、あと炊事場にオーブンが欲しいっぽ」
思念を通し即答で、おやまあと口元が緩んでしまうフローラとシュバイツ。でもヤパンの女中たちが料理を覚えようと思ったら、必要なものだから理にかなっている。お料理そのものが創造であり、ナナシーが破壊から創造へ傾いているのがよく分かるというもの。
「キリアに話しを通しておくわ」
「嬉しいんだな。首都ファーレンにピザやお菓子や麺類を、どどーんと普及させるんだほっほ。海産物も農産物も豊富な、食の都にしちゃうもんね」
その野望にシュバイツとフローラは、思念で「おおう」と感嘆の声を上げる。
こりゃ御用商人となったムリル商会のシャーロン、仕事はいっぱいありそうだ。特に塩や海産物の保存食を内陸へ運べば、相当な利益が見込めるだろう。アジやホッケの開き干しとか、イワシの丸干しや塩サバとか。
シャーロンの商隊が本拠地とするのは、山脈を越えて一番近いケルアの町になるだろう。信仰心が厚く大地母神アナを祭るケルアは、町から地方都市へと発展するかもしれない。その暁にはフローラのことだから、ケルアにも虹色結界を施すのだろう。
「ところで邪神界にも、生まれた我が子を放出する場所があるのかしら」
そのフローラが思い立ったように問いかけ、アンリマンユとドゥルジは顔を見合わせる。その表情は芳しくなく、何やら複雑な事情がありそうだ。
精霊界には深淵の森があって、生まれた天使と悪魔、共通の揺り篭になっている。邪神界にもそんな場所があるのかしらと、フローラは気になり出したのだ。場所が分からなければ、我が子のところへ会いに行けないから。
「まあ、あるにはあるのだが……」
「どうして言い淀むの? アンリマンユ」
神界と精霊界に魔界のお偉いさん達は何も言わない、たぶん知ってるからこそ言い難いってのがあるみたいだ。そこへ通信回線を開いていた、エレメンタル宮殿でお留守番をしている精霊王の声が聞こえて来た。
「暗黒界だよね」
「それってどんな所なの? オベロン」
「あはは、それは目の前にいる邪神のお二人さんに尋ねた方が早いよ」
そんな訳でよくよく聞いてみたら外道界よりももっと下、x軸の最下層にあるんだそうな。しかも勝手に出て来れないよう、特殊な結界を施してあるとアンリマンユは言う。なんでまたそんな所にと、シュバイツもフローラも空いた口が塞がらない。
「邪神や邪鬼や邪龍の子だ、フローラ。同じ言葉を使っているのに話が通じない、そんな子が多くてな。最低限の意思疎通すら出来ない者を、邪神界へ連れて来る訳にはいかんのだよ」
「教育とか無しに、そのまま放置なの? アンリマンユ」
「教育できたら誰も苦労はしない」
ありゃまあと、フローラとシュバイツは眉をひそめ視線を交わし合う。どれくらい酷いのか、一度行ってみなきゃねと。するとアナがチャレンジャーねと、ころころ笑いだした。ティターニアは紅茶を噴き出しそうになり、ルシフェルとマーラは遠い目をしている。ジブリールとセネラデに至っては、クッキーが喉につかえたのかむせ返っているじゃありませんか。
「二人とも本気なのか? 邪神界の強硬派ですら、制御できないのばっかりだから手を出さないのだぞ」
「アンリ議長の言う通りよフローラ。まともな子を引き取りに行く時は、邪神界で軍団を編成し事に当たるくらいなのだから」
「でも放置はよくないわドゥルジ、何とかならないものかしら」
神界と精霊界に魔界のお偉いさんたちが、顔を見合わせ思念を飛ばし合っている。もしかしてフローラは宇宙の意思からも七大セラフからも見捨てられたような、暗黒界に手を差し伸べようとしているのではあるまいかと。
だがそれは火中の栗を拾いに行くようなもの。
どんな危険が待ち受けているかは予測不能、だからアナはチャレンジャーねと笑ったのである。不可侵条約が締結された時点で、人間界の新たな千年王国は成就したも同然。なのに自ら仕事を増やすつもりなのかと、みんな呆れちゃったわけで。
「お取り込み中にごめんなんだほ」
「どうかしたの? ナナシー」
「ファーレンの沖合に船団が集結してるんだほ、フローラ。二号が見た船の旗印はこれなんだな、シュバイツなら分かるかほ?」
ナナシーがすらすらと紙へ書いた紋章に、見入るフローラとシュバイツ。それは交差する剣と、両脇からサポーターとしてセイレーンが描かれた構図。
暗黒界の問題は一時的に棚上げとなり、異界のお偉いさんたちはほっと胸をなで下ろした。この二人に危ない橋を渡って欲しくないからで、言い換えればそれだけ愛されてるってこと。
「北方の三領邦だな、帝国には加わってない自主独立の領域だ」
「どんな国なの?」
「君主がひとりいて、その下に三国が同盟を結んでるんだよフローラ。夏になると太陽が沈まない白夜があって、冬になると昼近くまで真っ暗だ」
「作物の生産能力は低そうね」
「そうそう、地図の上では旧選帝侯の領土と接してる」
「船を集結させた目的が何なのか、確かめる必要があるわ」
「軍団を戦闘配備にしてファーレンへ飛ぼう」
「むう、隊長職までしか結婚式が終わってないのに」
しゃあないさとシュバイツは、カネミツと斬岩剣を腰に差す。フローラは思念を飛ばし、軍団にセイクリッド王国行きを告げた。
途端に女王テントの周囲が、蜂の巣を突いたように慌ただしくなった。グレイデルとヴォルフ、ミリアとリシュルに三人娘と三人お嬢にスワン、クラウスにラーニエ、マリエラとプハルツ、貞潤と髙輝に紫麗、そして各隊長たちが、何事ですかと顔を出す。
ファーレンの緊急事態にそれは大変と、それぞれ準備だと女王テントからすっ飛んで行きました。どんな状況下に於いても直ぐに対応できる、これこそがフローラ軍の強みである。
「みんなはどうする?」
「もちろん付き合うわよフローラ、ねえ皆さん」
アナの問いかけに、うんうんと頷く異界のお偉いさんたち。もうこの二人から目を離せない、それが正直な気持ちなのかも。そして誰もが思うのだ、この二人を人間として輪廻転生に戻すのは、あまりにももったいないと。
「和平なのか戦争なのか、これは行ってみないと分かりません。ローレンの勇士たちよ、相手は人間でもけして侮らないように。我が愛する仲間たちに、全ての神と精霊のご加護があらんことを!」
既に完成しているミハエル号の甲板で、フローラが檄を飛ばし集合した兵士らを鼓舞する。まるで地鳴りのように「おう!」と声が響き渡り、ハミルトンとアンネリーゼ組の操舵により船が上昇していく。
北方の三領邦に出来たての方舟を見せ、船団を集結させた真意を問い正すのがフローラの狙いだ。相手がどう出てくるか、それぞれが期待と不安を胸に秘め、転移門をくぐるミハエル号であった。