第192話 パーティーは毎日です!
グレイデルとヴォルフを皮切りに、アウグスタ城の礼拝堂で次々と結婚式が執り行われていた。グレイデルの花嫁衣装にはみんな度肝を抜かれ、ゲルハルトは兵士たちから冷やかしを浴び、それでも盛大な祝福を受け誓いを交わしたのである。
そんな中で、お酒を飲み飲み桃源郷の桃を頬張る人物がひとり。臨時司教を法王から仰せつかり、式の進行役を務めるラーニエだ。純白の法衣を身にまといシルビィモードの彼女だが、飲まなきゃやってられないって雰囲気である。
「お疲れのようですね、はいお代わりのジントニック」
「ありがと、ちょっと聞いとくれよスワン」
「あ、いつものラーニエさまに戻った。式の進行で何か問題でも?」
「側室を娶る男性も多いから、あたいは一回にまとめたかったんだ」
「それは確かに、正妻と側室ごとにやってたら大変かも」
「だろ、ところが反対を掲げる側の圧力がすごくて」
「反対する勢力って……いったい誰でしょう」
「法王さまが隊長たちを焚き付けたんだろう、披露宴パーティーを毎日やって欲しいとか言ってくれちゃって」
「ぶっ、あっははははは!」
「笑い事じゃないってば、あたしゃ頭が痛いよ」
酒類を扱う行事用テントのテーブルに、ラーニエは突っ伏してしまう。
そこへミリアとリシュルが、どうかしたのですかとやって来た。側近中の側近であるレディース・メイドの二人である。主人フローラの傍を離れるなんて、かなり珍しい。
「近ごろ肌寒くなってきたわね、ぶどう酒をホットでちょうだいスワン」
「私もミリアと同じで」
「二人とも、何かあったの?」
尋ねるスワンに、ミリアとリシュルは顔を見合わせにへらと笑う。フローラとシュバイツが女王テントで身内会議を始めるから、夕方までお暇をいただいたのだとか。いつでも出撃できる体制ではあるが、フローラは軍団に飲酒を解禁している。たまにはスワンとお酒を飲みながら、駄弁りたかったのよと二人は目を細めた。
「身内会議とはこれいかに、ミリア」
「シュバイツさまはセネラデとジブリール、そしてナナシーを側室にするじゃない」
「うん」
「披露宴は海に浮かべた飛行艇での船上パーティー」
「うんうん、私もキリア隊長の指示でお酒の準備を始めてるわ」
「そしたらアンリマンユとドゥルジがさ」
「うんうんうん」
「それは聞き捨てならんって、いま揉めてるの」
「ぶはははは! それで絆を結んだ精霊を交えての身内会議なわけね」
「そうそう、あれはちょっと難航しそうよね、リシュル」
「夕方まで決着が付くのか難しいところかな、ミリア。ところでラーニエさまは、どうしてこんにゃく状態になっているのかしら」
「こんにゃく言うな! しっつれいねリシュル」
フローラの側近として普段は役者に徹するが、こんな時は口さがないミリアとリシュル。こんにゃくは失言だったかしらとリシュルが、せめてしらたきにしとけばとミリアが、いやどっちも変わらないでしょうとスワンがぶははと笑う。むくっと顔を上げやさぐれたラーニエが、半眼でジントニックのお代わりを再びご注文。
「なるほど、それでラーニエさまはお疲れなのですね」
「でもミリア、指輪の交換はよしとしても、同時に複数の女性とベーゼを交わすのはどうなんだろう」
「そうねリシュル、女性心理としては嫌かも」
「あたいもそれは分かってるんだよ、でも進行役が一人じゃ限度ってもんがある」
それは困りましたねと、ミリアもリシュルも腕を組んで考え込む。そこへ桂林が味見をしてくださいと、ナスの揚げびたしを持ってきた。大根おろしにぽん酢とごま油を利かせた一品、これまたお酒に合う罪なものを。
桂林の婚約者であるジャンは、吟遊詩人のリズと、羊飼いであるシュドラスを側室にする。正妻と側室の挙式を同時に行うのはいかがなものかと、さっそくインタビューが始まった。
「私は気になりません、ラーニエさま」
「ほう」
「家族になれば唾液の交換は、食事の中で自然と行われますし」
「ちょっ、唾液の交換って」
「免疫力が強化されるのですよ、口づけは体にも心にも良いのです。でもリズとシュドラスはどうかな、私に気を使って式が楽しくなくなるかも」
出来れば正妻として、側室の結婚式を見届ける立場でありたいと桂林は話す。確かにその通りよねと、ミリアとリシュルが頷き合う。私も桂林を支持したいとスワンが言い、やっぱりそうだよねとラーニエは再び突っ伏しこんにゃく状態に。
ローレン領は元から、そして今でも一夫多妻制だ。正妻と側室の挙式を同時に行った前例はなく、そこんところが一夫一婦制の国で職務に就いていた聖職者とは、意識の違いが出てくるところ。ラーニエもけして悪気があったわけではなく、疲れも相まって合同挙式を考えてしまったのだろう。
「あと大変申し上げにくいのですが」
「まだ何かあるのかい?」
「天使隊から私も側室になりたいって声が」
「げっ!」
スワンの頭上にいる親指サイズのパメラも、リーベルトが成人したら側室にしてもらいたいと言っちゃう始末。桂林のケイトも、ミリアとリシュルが絆を結んだ天使たちも異口同音。正妻の結婚式と側室の結婚式、天使隊はパメラを除き九十九名だし、これはラーニエ進退窮まったかも。
「私が思いますにですね、ラーニエさま」
「何か打開策があるのかい、桂林」
「法王さまに紫麗さまを推挙するのはどうかなって」
「……はい?」
「緑のルキアをお持ちの元聖職者、臨時司教になれる資格はお持ちのはず。離島で一緒に遊んだ仲ですし、挙式する兵士たちも紫麗さまなら異論は出ないかと」
「その手があったか!」
「法王さまがうんと言えば、進行役の負担は半分になりますよ」
滞在しているパウロⅢ世とラムゼイ枢機卿の所へと、ラーニエはがばっと起き上がる。だがその手をバッカスががしっと掴んだ、まずは紫麗に話しを通すのが先でしょうと。あいやそうだったとラーニエは、ナスの揚げびたしとテーブルに並んでた清酒の瓶を掴むや、ミン帝国テントへ行っちゃいました。
「ちょっとひどくない? ミリア」
「私たちまだ味見してないのにね、リシュル」
「あはは、追加でお持ちします」
「ところで桂林はさ」
「なあに? スワン」
「側室の気持ちを考えると合同の挙式は嫌、でも面と向かってラーニエさまに言うのは、お疲れだからはばかられる」
「うん」
「そこで暇こいてる紫麗さまを、担ぎ出したんでしょ」
あらばれちゃいましたかと、桂林は頭に手をやり舌をぺろっと出す。
さすがパーラー・メイドのスワン、話の流れと裏に隠された本質はちゃんと見抜いていたのだ。この策士っぷりはフローラさまに似てきたのかしらと、ミリアとリシュルが思わず笑ってしまう。いやキリア隊長の成分も混じっているようなと、スワンもがははと笑うのである。
今日は隊長職までの式が終わっており、いよいよフローラの側近たちに番が回ってくる。三人娘も三人お嬢もお料理してる場合じゃないんだけど、中華鍋や包丁を握ってないと落ち着かないらしい。さて今夜のパーティーはどんな品揃えにしようかな、そんなことを呟きながら桂林は行事用テントへ戻って行った。
「そう言えばパメラ」
「なあに?」
「ガアプもだけど邪神に対して天使隊は、何か思うところはあるのかしら」
「そりゃ少しはあるわよスワン」
ミリアとリシュルの天使も、うんうん頷いている。
実のところフローラは天使たちを集め『ここは人間界、騒ぎを起こしたら神界にお帰り頂きますね』と微笑んだのだ。目が笑っていない美人の微笑みほど怖いものはない。側室にしてもらいたい思いも相まって、天使たちはこの件に関しちゃ触れるな危険と判断したもよう。
キリアの根回しってフローラに動いてもらうことだったのね、もとよりガアプをキリアに預けたのはフローラ自身だ。しかもせっかく異界間の不可侵条約を締結したのに、まだ未締結の人間界で局地戦なんかされたら本気で怒っちゃいますって。
お仕置きにターゲットを天使指定とし、バッタの大群を呼ばれたら恐ろしいなんてもんじゃない。ハックションだってあり得る、霊体にひん剥かれるのは御免こうむりたいのだ恥ずかしいから。
「触らぬ神に祟りなしってことわざがあるけどさ、ミリア」
「うんうん、フローラさまを怒らせちゃダメよねリシュル」
「筋を通してお願いすれば耳を傾けてくれるし、けして悪いようにはしない。私はフローラさまにお仕え出来て、幸運だったなと心底思ってるわ」
スワンの言う通りだねと、ミリアとリシュルは頷き合う。敬い方を間違えちゃいけない、それは精霊との付き合い方に通じるものがある。加えて悪いようにはしない、その中にはお節介焼きが多分に含まれている。それがフローラであり愛すべき主人なのだと、三人は心の深いところに改めて釘を刺すのだ。
そこへ桂林が、ナスの揚げびたしだけでなく八宝菜まで持ってきた。兵士らはお寿司を希望しているが、毎回それじゃ飽きるからとサイドメニューを色々考えてるっぽい。行事用テントを見ればカレンが、ピザ生地を頭上で器用にくるくる回し広げている。今夜のパーティーは、色んな料理が出てきそうな予感。
「ところでガアプは六属性持ちだから、キリア隊長は何か加護を授かったのよね」
「フローラさまの所へ報告に来たけど、スカンダだったかしらミリア」
「韋駄天って意味みたいね、リシュル」
「具体的にはどんな効果が?」
「目視できるポイントなら、そこへ短距離の瞬間転移ができるんだって」
「それってワイバーンに乗ったままでも可能なのかしらミリア」
「できるみたいよ、スワン。専用スキルのオバタリアと併用されたら、相手はたまったもんじゃないわね」
オバタリアは炎の小鳥が敵に忍び寄り、爆炎を巻き起こす索敵型のスペルだ。直接型のスペルと違い上空から舞い降りて来る小鳥に気付かなければ、何が起きたか分からないまま炎に包まれる。割りとあくどいスペルで、ダーシュが心配するからキリアはあまり使ってないけど。
韋駄天との併用とは、RUN&GUNを指す。転移してはオバタリア、転移してはオバタリア。これを繰り返されたら敵は術者を特定できず、反撃できないままこんがり焼かれるわけでして。ミリアが言う通りたまったもんじゃない、である。
「それじゃシュバイツさまと絆を結んだアンリマンユの加護は?」
「これがまた反則なのよね、リシュル」
「うんうん。戦闘中にシュバイツさまは、自らの分身を六人まで増やせるの。本体と合わせて七人のシュバイツさまよスワン」
「ええ! カネミツも増えるの!?」
「理論上は可能なんだって、だから反則なのよ」
フローラだけでも難攻不落の要塞だと言うに、ガードするのは魔力底なしで属性を揃えつつあるナナシーと、七人のシュバイツときたもんだ。対峙する敵さんが少々、哀れな気がしないでもない。
そこへ味見して下さいと、カレンがマルゲリータを持ってきた。トマトソースの上にモッツァレラチーズとバジルの葉を乗せて焼いたピザだ。シンプルなんだけど焦げたチーズとバジルの香りが鼻孔をくすぐり、食欲を刺激してくれやがります。
「うん美味しい、ピザ生地の食感もとろけたチーズに合っててたまんないわカレン」
「んふふ、今夜は三種のピザよスワン。サラミとか動物性の具材を使わなければ、聖職者でも食べられるしね」
「法王さまの護衛で来てる聖堂騎士に配慮した?」
「うん、聖職者でも食べられるお寿司はあるんだけど、チーズのがつんとしたパンチが欲しいんじゃないかなって」
良いではないか良いではないかと、ミリアもリシュルものびーるチーズをはふはふと。ナスの揚げびたしと八宝菜はもうなくなっており、皿を取りに来た桂林が今度は粽を置いてった。
パーティーが始まれば、ミリアとリシュルはフローラの給仕に就かねばならず、スワンはお酒の提供で忙しくなる。三人娘と三人お嬢も、調理と配膳にてんてこ舞いとなるだろう。これは味見と言う名のまかないであり、今のうちにお腹を満たしといてねっていう、キリアと糧食チームの配慮なのだ。
明日は主役となるレディース・メイドとウェイティング・メイドにスティルルーム・メイドだけど、式が終わったら普段と変わらず仕事してるような気がしないでもない。これもまた職業病のひとつだろう、でも好きな事に没頭できるのは幸せなことかも。