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第186話 今後の方針

 シュドラスの愛犬ローズマリーとタイムが、近頃ダーシュの後を付いて回るようになっていた。羊がいないから仕事がなくて暇なんだろうけど、その様子はまるで親分に付き従う子分のよう。わんこ精霊も元はシープドッグ、どうやら懐かれたっぽい。


「正直うざったいんだがな、キリア」

「あら邪険にしちゃだめよ、好かれたのは良いことなんだから。シュドラスからもよろしくって、頼まれたじゃない」

「好かれた、ねえ……」

「おん!」

「おんおん!」


 そんなキリアとわんこたちの前では、行事用テントの糧食チームが赤ちゃんの離乳食を手掛けていた。もちろん柚葉と時宗の娘、綾にあげるためでサツマイモと鶏レバーの二種類を用意してるみたい。鶏レバーはまだ早いかしら、もう中期だから大丈夫でしょ、なんて声が聞こえて来る。中期とは赤ちゃんが生まれて、七か月から八か月のこと。


「ああ、鶏肉とサツマイモが手に入るなんて」

「みんな落ち着きましょう、ちゃんと覚えるのです」


 そんな会話を交わしているのはヤパンの女官たちで、作り方を習うため調理に参加しているのだ。育児経験が豊富な糧食チームのおかげで、手探りだった子育てに明るい未来が見えてきたもよう。二十年にも及ぶ僻地暮らしもあるけれど、高位の女官は貴族であり我が子を乳母に預けるから、離乳食の知識なんて皆無だったのだ。


「うまそうな匂いだな」

「おん!」

「おんおん!」

「んふふ、ここに来れば誰かが何かしら食べ物をくれるしね」

「いやキリア、こいつらむしろそれを狙ってる気がしないでもない」


 言ってる傍からカレンが、ほらお食べとふかしたサツマイモを置いてった。精霊となったダーシュは平気だが、普通のわんこは熱いものを食べられない。そこは糧食チームも重々承知しており、冷ました状態で与えるのがお約束。わんこはサツマイモが大好物、わふわふ頬張るローズマリーとタイムに、キリアは目を細めた。


「カレンだけでなくルディとイオラも天使と絆を結んだけど、ダーシュには変化が分かる?」

「後光が差すって表現があるだろ」

「教会絵画で聖人や天使によく描かれている、光背こうはいのことかしら」

「そうそう、精霊と絆を結んだ人間は特有のオーラを放つんだ。三人お嬢のオーラが、天使の加入で強くなってる」

「ダーシュにはそんな風に映るのね、それじゃフローラさまはどんな感じなの?」

「元々オーラは強かったが、今は眩しいくらいだな」


 大地母神と精霊女王に精霊王、そして魔王閣下に破壊神、おまけに外道王からも愛されているフローラ。シュタインブルク家の血筋ってのもあるんだろうが、初期から絆を結んでる精霊さんたちも込みで七属性の全てが濃い。もはや神霊と言っても差し支えなく、眩しくもなるさとダーシュはサツマイモをもーぐもぐ。


 そのフローラなんだが、隣の行事用テントでふんぬぬぬと全集中していた。異次元空間へジャンプするための、ペンダントを錬成しているのだ。食料を含む物資の移動が可能な、ワイバーン使いの聖女を優先で制作しているところ。


「これはそろそろいいかな、桂林」

「これもそうね樹里、そっちはどう? 明雫」

「このカトラリーボックスにも、結構あるわよ」


 どうしてフローラが行事用テントで錬成してるのかと言いますと、材料に銀製のスプーンやフォークにナイフを使っているから。カネミツが言うに、人が日常的に使っていた銀製品が素材として良いのだとか。そこで三人娘にお願いし、使い古して色がくすんでるやつを選んでもらってるわけ。魔力を流し込めば古い銀のカトラリーが、魔法陣を象った輝くペンダントに生まれ変わる。


「キリアお待たせ、あなたの分が出来たわよ」

「ありがとうございます、フローラさま。ところで私の分と言うことは、もしかして人物指定なのですか?」

「そうよ、このペンダントを使えるのはあなただけ」


 渡したい相手の顔を思い浮かべながら、魔力を流し込むので個人専用アイテムになる。万が一にも心無い者に悪用されては困るから、フローラは貸し借りできない仕様にしたのだ。

 押し頂くようにして受け取り、キリアはペンダントの魔法陣に見入る。法典には系統ごとの魔法陣が記載されており、教会のシンボルにもなっている。だがこれは初めて見る構図できっとフローラのオリジナル、特別感があっていいわねと微笑み彼女はポケットに仕舞う。


「それじゃ早速で悪いのだけど」

「カウンターバーを要求している誰かさんのために」

「あはは、話しが早くて助かるわキリア。ワイバーンのゴンドラに職人さんと資材を乗せて、設置作業をお願い」

「お任せ下さいフローラさま、木材はふんだんにありますので、炊事場とカウンターバーは直ぐに仕上がるでしょう」


 その誰かさんは酒類を扱うスワンの行事用テントから離れず、紫麗と四夫人を相手に飲んだくれてますはい。天使隊はフローラの指揮下にあり、邪神界を抑え込むために派遣された部隊だ。原理原則を曲げるにも、さすがに限度ってもんがある。つまり絆を結んでも紫麗たちは、天使を仙観宮へ連れ帰ることが出来ないわけでして。


「すまん、もう一回たのむラーニエ」

「だからね紫麗、このペンダントを使えば」

「うむ」

「国の本拠地から異次元空間を経由して」

「うむうむ」

「フローラのいる場所までジャンプ出来るんだよ」

「なんじゃとお!?」

「もちろんその逆も可能、超が付く便利アイテムなのさ」


 つまり中継地点を挟むものの、場所限定の瞬間転移が使えるってことだ。これには紫麗だけでなく、四夫人もびっくり仰天。ただし魔力を消費するから扱えるのは聖女だけ、人や物資を運ぶならワイバーン使いでないといけない。

 それでも絆を結んだ天使と、いつでも会えることになり裏技もいいところ。紫麗たちは受け取ったペンダントを取り出し、ほええと眺めすぐに仕舞う。四夫人もワイバーンの雛を割り当てられており、失くしたら大変ね紐を通して首から下げようかしらとぴーちくぱーちく。


「書類仕事が溜まってるだろうから、さっきクラウスをエルンスト城へ送ってきたところなんだ」

「ほうほう、もう実証済みというわけかや」

「時差があるからこっちは昼でも向こうは夕方だったよ、その辺を考えて移動しなきゃいけないね」


 ならば私たちの場合、昼だと向こうは夜かしらと四夫人は顔を見合わせる。大陸で西のはずれと東のはずれ、夜中になるねとラーニエはぶどう酒をくぴり。深夜にワイバーンで戻れば警備の兵や、後宮の女官たちが大騒ぎになるかも。それは避けたいと紫麗たちは、うむむむと考え込んでしまう。

 

「キリア隊長が作成した時差表を、フローラさまもグレイデルさまもお持ちですよ」

「それはまことかスワン」

「紫麗さまのお願いであれば複製してくれると思います、私の方からお話を通しておきますね」

「おおすまん、そなたには何か礼をせねばならんな」

「ぶははは、どうぞお気遣いなく。ところでこのおつまみ、味見をしてもらえませんか? 割りと自信作でして」


 酒の肴に特化してはいるものの、スワンだってお料理はする。離乳食の鶏レバーペーストを、酒飲み向けに塩と胡椒とニンニクで味付けしたみたい。どれどれとスプーンで口に運ぶラーニエと紫麗たちの頭上に、ぴこんと八分音符《♪》が見えたような。これはまた酒が進むものをと、酒杯を重ねてしまう呑兵衛たちである。


「盲点?」

「さよう、人の眼球には見たものを映し出せぬ点があるのです、シュバイツさま。両眼で補完し合うゆえ、日常生活で意識することはございませぬが」

「それで時宗の姿が視界から一瞬消えるわけか」

「いかにも、相手の盲点を利用するのが時現流にございます、ヴォルフさま」


 訓練場での手合わせを終えた三人が、大食堂に移動して汗を拭っていた。炊事場からワゴンを押して来たナナシー二号が、ほっほほーとお茶を入れ始めました。女王陛下に茶を振る舞ってもらうなど恐れ多いと、時宗は落ち着かないみたいだけど。


「苦戦するはずだよな、シュバイツ」

「全くだなヴォルフ。しかしそれを俺たちに話してよかったのか? 時宗」

「なんのなんの、盲点を突けるだけでは時現流の免許皆伝には至りませぬ」


 たとえ瞼を閉じていても、相手の筋肉が動く瞬間を肌で感じ次に受ける攻撃を把握する。その域に達して初めて、時現流を名乗れる剣士なのだと時宗は言う。


「盲点を知らずとも、お二人はそれが出来ておられた。必中の技を躱されたのはそれがし初めてでござる、感服いたしました」

「両手剣じゃないのに、柄を両手で握る理由がよく分かったよ、なあヴォルフ」

「ものすごい剣速だったからな、太刀筋が見えないくらいに」


 結局のところ手合わせは勝負が付かず、しびれを切らしたナナシー二号が引き分けにしたのである。これで晋鄙と同じく時宗も、シュバイツとヴォルフの良き剣友となったわけだ。達人と聞けば心が躍る、大人ではあるがやんちゃな子供がまた増えましたとさ。


「ほい、バナナクレープなんだほ。手で持ってかぶりついても、無作法には当たらないんだな」

「ここ、これはナナシーさまがお作りになったので?」

「もちろんだほ時宗、食べ物では苦労させないっておいら宣言したっぽ」


 恐る恐る口に入れる時宗と、何のためらいもなく頬張るシュバイツにヴォルフ。優しい甘さのカスタードクリームに、バナナのテイストがよく合う。包んだ皮の食感も絶妙で、三人とも顔がどんどん緩んでいく。


「よくバナナが手に入ったな、ナナシー」

「ラーニエが帰りのゴンドラを空にして帰るのはもったいないって、市場から仕入れてきたんだな。おいしいかほ? シュバイツ」

「うん美味い、腕を上げたな」

「うほっほー! そう言ってもらえると嬉しいんだな」


 好きな人や尊敬できる人から褒められたなら、それは素直に喜んでいい。だが尊敬できない相手から褒められても、額面通りに受け取ってはならない。なぜならばその褒め言葉には、悪感情が含まれている場合が多いからだ。遊び心を忘れないとは言いつつも、大人になるってそういうこと。


「それにしてもラーニエさまが、酒以外のものを運んでくるとは」

「どんな風の吹き回しなんだろうな、ヴォルフ」

「のんのん二人とも、これでバナナ酒を造ってくれって、ラーニエは三人娘にねじ込んだんだな。東方の果実酒にご執心、梅酒を飲んでぴんときたっぽい」


 ああそういう事ねと、妙に納得しちゃうシュバイツにヴォルフ、いや納得していいのだろうか。梅酒があるのですかと、時宗が目の色を変えてます。瓶でもらってこようかと尋ねるナナシー二号に、彼は首を縦にぶんぶん振るのであった。


 そして夕食の時間、招集がかかり主要メンバーが女王テントに集まっていた。献立は久しぶりの本格カレーで、チキンカレーにキーマカレーと野菜カレーの三種類。ナンとライスはお代わり自由、乳酸飲料のラッシーもありまっせ。

 ちなみに聖女のカレーは真っ赤なマグマ、色といい匂いといい頭皮の毛穴という毛穴が開いちゃう激辛でござる。招かれた春日と柚葉に時宗が、それを見て食べる前から汗がにじんでおります。三人のはノーマルだほと、給仕を手伝うナナシーと二号がころころ笑ってる。


「強盗団の討伐と同様、軍団をふたつのグループに分けます」

「その意味するところはもしや……グレイデル殿」

「その通りですゲルハルト卿、都市整備を進めるグループと、邪神界に殴り込みをかけるグループに分け、交代制にします」


 おおうと声を上げ、隊長たちがカレーをがっぽがっぽと頬張る。ナンお代わりの声に任せるんだほと、ナナシーと二号がどんどん焼き上げていく。ミリアとリシュルもご飯をよそうので大忙し、カレーは魔性の食べ物よね、いえご飯とだったら飲み物かもと思念を交わし合う。


「異次元空間の完成で、飛行艇の積載量は緩和されました。神界から任命された人間界の辺境伯として、私はその任務をこれから遂行します」

「邪神界を引っかき回すのね、フローラ」

「そうよマリエラ、まだ破壊した塔の座標しか知らないから、あそこを起点に座標を覚えるゲリラ戦になるわね」


 突然現れて、どんぱちやっては即時離脱の繰り返しよとフローラは宣言する。敵さんからしてみれば、さぞや胃が痛くなるレジスタンス(抵抗運動)であろう。宿敵グラハムよ首を洗って待ってなさいと、マグマのカレーにナンを浸して頬張る大聖女であった。

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