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第185話 都市整備の合間に

 ミリアの婚約者はアンサム、リシュルの婚約者はセルジオという。自警団員だが本業はアンサムが石切り職人、セルジオは水上運送組合の組合員だ。職業上その肉体は重装兵なみの、むきむきマッチョマンである。もっとも人柄は穏やかで、良い意味で少年時代のあどけなさが残る。


「二人とも、武器は長剣でいいのかしら」

「はい女王陛下」

「私のことは名前でいいわよ、セルジオ。アンサムも長剣でいいのね?」

「はい、ずっと長剣でしたから、扱い慣れたものがいいです」


 フローラの目配せでこれをと、ソードスミスのディアスが二人に剣を手渡した。もちろん出来たての斬岩剣で、女王が臣下の武人に贈る下賜かしである。魔物との戦いでは自警団が用いる、量産タイプの安い剣じゃ使い物にならない。魔人化しようものなら剛腕に耐えられず、あっという間に折れてしまうからだ。


「今日一日、あなた達に暇を与えます。積もる話もあるでしょう、二人だけの時間をゆっくり過ごしてきてね」


 ミリアとリシュルはご配慮に感謝いたしますと、婚約者を伴い船長室を後にした。引き継いだ三人娘が、お二人とも感じの良い男性よねと思念でわいきゃい。フローラも頬を緩め、さてととディアスに視線を移す。


「シェリーが天使と絆を結んだって聞いたけど」

「ご存じでしたか、フローラさま。なんとなく気が合ったと嫁は言ってましたが」

「そのなんとなくには、すごく大事なものが含まれているのよね、グレイデル」

「そうですわね、惹かれる何かがあるからこそ自然と黒胡椒を差し出してしまう、分かるような気がいたします」


 欠けてる属性が揃うようフローラが、シェリーに追加の精霊を紹介するだろう。これにて聖女がまたひとり増え、ディアスも魔人化の仲間入り。ソードスミスだから武器の扱いには長けており、戦闘能力の高さも今までの戦いで証明されている。グレイデルがワイバーンの振り分け表を広げ、そこにディアス夫妻の名前を書き込んだ。


「いやあ参った」

「シュバイツ、すっかり汗だくなんだほ」


 そこへやって来たのは、船内の訓練場へ行ってたシュバイツとナナシーだった。大丈夫ですかと桂林に明雫がタオルを出し、樹里が氷水をグラスに用意する。


「どうしちゃったのよ、シュバイツ」

「ナナシーとな、手合わせしてたんだ」

「物理無効なのに?」

「だから寸止めとか無しで、本気でやれるじゃんか」

「うんまあ、それは確かに」

「ところが伸びるわ縮むわ、横に広がるわ包み込まれるわで」

「あちゃあ」


 手も足も出なかったのさと、カネミツが柄をかちゃかちゃ鳴らして笑う。流動体であるナナシーを、骨格のある生き物と同じに考えちゃいけないとの教訓である。楽しかったんだほーと、ナナシーは上機嫌なんだが洒落にならない。


「魔物の中には流動体もいる、いい経験になっただろうシュバイツ」

「なあカネミツ、そんな相手とはどうやって戦えばいい?」

「お前はスカポンタンのスットコドッコイだな」

「へ?」

「手合わせは模造刀だったが、俺を使えば切るも突くも万能攻撃になるだろ」

「あ……」

「ついでにジブリールの加護は『邪を打ち破る』だ。剣が紅蓮のオーラをまとった状態なら、邪神クラスでない限り魔物はイチコロなんだよ」

「お、おおう」


 剣の特性と加護の効果くらい把握しとけと、カネミツからお説教をくらうシュバイツの図。でも手にする武器が戦い方の先生ってのはいいですねと、ディアスが羨ましそうな顔をする。

 そこでシュバイツが口うるさいけどなと混ぜっ返しちゃうもんだから、カネミツが上等だそこに直れ成敗してくれるとなんちゃらかんちゃら。まあ今に始まったことじゃないので、フローラもグレイデルもアリーゼも我関せず。三人娘も見ざる聞かざる言わざるの構えで、ナナシーだけがじゃれ合ってるほーとによによしている船長室であった。


「山脈からファーレンまでの街道が草木で覆われ、大規模な普請が必要になりますねキリア隊長」

「フローラさまの手にかかれば、それほどの事でもないわシャーロン」

「ああ……なるほど」


 空いている行事用テントで、キリアとシャーロンは地図を広げていた。どうせ領民がいないのだ、山脈へ続く街道さえ確保できればそれでよし。シャーロンもフローラの奥義をいくつもの当たりにしたから、直ぐに納得したみたい。


「教会の修繕も始まったけれど」

「住民がいなくては、司教を派遣してもらえないでしょうね」

「そこなのよ、シュバイツさまが書簡で要請はしているものの」

「難航しそうですね、私に考えがあるのですが」

「あらなあに? 聞かせてちょうだい」

「羊飼いを集めるのはいかがでしょう、それなら教会も嫌とは言わないはず」


 世俗だけど羊飼いは教会に所属している。人が住まなければ建物は傷んでしまうから、羊飼いを教会に住まわせたらどうかとシャーロンは言うのだ。加えて彼の話だと羊飼いの中には、羊の団体さんに山羊を加える者もいるんだとか。


「どうして山羊を?」

「羊の群れをコントロールしやすくなるそうです」


 その話しは本当だぞと、ダーシュから思念が届いた。前の主人である聖ブリジットも、その手法を用いていたようだ。羊は能動的に餌を探そうとしないが、山羊はその逆で積極的に餌を探そうとする。面白いことに羊の団体さんは、山羊の後に付いていくのだ。


「つまり羊の数がどんなに多くても」

「山羊をシープドッグ(牧羊犬)が制御すれば、全体をコントロール出来るわけです。シュドラスはシープドッグを二頭持ってますし、山羊を加えるほど羊の数は多くなかったのでしょう」


 それでも結構な数だったわよねと、キリアは女王プラントに預けた羊の団体さんを頭に思い浮かべる。羊飼いとシープドッグはすごいなと、今更ながら感心してしまうのだ。


「それで、どうして山羊の話しに?」

「山羊を放せばですね」

「うん」

「毒草でない限りは」

「うんうん」

「草を食い尽くしてくれますから、整備中の都市全体がきれいになりますよ」

「まあステキ!」

「それに山羊の乳から作るチーズは上等ですし」

「それを貴方が買い取って売りさばくわけね」


 あいやお見通しでしたかと、頭に手をやるシャーロン。だが悪くない話しだ、チーズに関してはムラル商会の関税免除を進言しようと、キリアは頭の中を回転させる。ファーレンの名産品になってくれれば、双方に利益があるわけだから。

 ついでに羊皮紙の仲卸をする聖職者がいないわけで、シャーロンは羊飼いから直接仕入れることができる。抜け目ないわねと、キリアは若い商人の腹を読む。


「ところでその」

「東方の調味料かしら」

「うわ参ったな」

「製法はまだ教えられないけど、ファーレンで量産が始まるでしょう」

「本当ですか!」

「それを仕入れて販売する分には構わないと、フローラさまが仰ったわ」


 やった嬉しいと、シャーロンの顔にすっかり出てるよ。商人としてはまだまだねとキリアが、ポーカーフェイスを覚えないとなってダーシュが、思念を交わしクスリと笑う。


「よろしかったらぞうぞ、キリア隊長もいかがですか」

「チーズケーキね、頂くわカレン」

「これがチーズケーキですか? ものすごく柔らかそうですが」

「火を通さないレアチーズケーキと言います、美味しいですよシャーロンさま」


 ベイクドタイプしか知らないシャーロンが、口に入れてこれはと眉を吊り上げた。 

 絶対に作り方を聞いて来るだろうなと、キリアは肩をすぼめてケーキにフォークを入れる。だが彼女の関心事は別のところにあった。戻って行くカレンの後を、親指サイズの天使が追いかけているのだ。見ればルディとイオラにも、それぞれ天使が付き添っておりますよ。うんうん絆を結ぶのは時間の問題ねと目を細め、キリアはレアチーズケーキを口に運ぶのだった。


 ――そして夕食の時間、ここはヤパンの幹部テーブル。


「母上、肉です肉、それも鹿肉です」

「じゃから柚葉、対外的には春日さまと呼べと何度言ったら、全くもう」

「ですが鹿肉まで口に出来るとは思いませんでしたな春日さま、いえ侍従長」

「その呼び方、何だか慣れぬのう時宗よ。それにこの西大陸風の、貴族衣装も」

「郷に入っては郷に従えと、仰ったではありませんか」

「男の衣装であれば気にならんじゃろうが、女は下半身がすーすーしての」


 それ分かりますと、給仕の女官たちがうんうん頷いている。慣れるのには時間がかかりそうですねと、柚葉もはにゃんと笑い鹿肉のソテーをひょいぱく。鹿肉は低脂肪で高タンパク、鉄分も多いから産後の女性にはぴったんこ。


 弓隊と兵站の男衆が日替わりでタッグを組み、鹿狩りは連日行われていた。もちろん燻製小屋も完成しており、やってる事は離島でのバカンスと変わらない。成績優秀なチームにはご褒美が出るので、弓兵たちは本気も本気の大真面目です。こういった遊び心を、大人になっても忘れちゃいけません。 


「ところで時宗、刀はどうしたのじゃ」

「打ち直しをするからとナナシーさまに言われ、武器をたくさん背負った職人に持っていかれました」


 この軍団には刀鍛冶も常駐しているのかと、呆れて開いた口が塞がらない春日と柚葉に給仕の女官たち。だが剣を見せてとケバブが抜いて、何を思ったかは想像に難くない。錆びてはいないが二十年の酷使で刃こぼれがひどく、切れ味はなまくらで庶民が使うキッチンナイフ以下だったのだ。


「新素材で多重構造にと説明されましたが、それがしには何が何やらさっぱり」

「でも打ち直すのじゃな? 近衛兵の武器として」

「はい春日さま、大聖女に仕える武人と手合わせできるようにと」


 言い換えればそれは、達人の腕を持ってしても手合わせ出来ないって意味になる。意図が読めず春日も柚葉も時宗も、箸を持ったまま困惑してしまう。


「お邪魔するほ、シュバイツ皇帝とヴォルフ伯爵も一緒なんだな、二人が時宗と話したいそうなんだほっほ」

「時現流の免許皆伝って耳にしたんだよな、ヴォルフ」

「そうそう、どれほどのものか興味があるよなシュバイツ」


 ああだめだこの二人、達人と聞いて遊びたい……もとい手合わせしたいのだ。仙観宮で晋鄙しんぴと対戦した時と同じく、かんかんきんきんやってる間に相手の剣が折れちゃ困るわけね。打ち直しはその布石だったわけで、全くもう大人の子供めって感じ。


「時宗、ヒノモトの武将は盾を持たないと聞いたが」

「そ、その通りでございます西の皇帝陛下」

「俺のことは名前でいいぜ」


 カキンと固まる春日と柚葉に時宗、そして給仕の女官たち。特にシュバイツは女装男子、このお方が皇帝なのかと呆けてしまってる。見かねたナナシー二号が、手をぽんぽんと叩いた。


「呼びました? いっぱいある鹿肉ステーキのお代わりかしら」

「強めのお酒を持ってきて欲しいんだな、カレン」

「んふふ、スワンが蒸留酒の瓶を出したところなの、もらってくるわね」

「よろしく頼むんだな、全員の分で」


 行事用テントへ取りに行くカレンの頭上では、親指サイズの天使が女の子座りしていた。無事に絆を結べたようだなと、シュバイツもヴォルフも心中で祝福する。婚約者は天使の翼による胸だっこで、空中移動を経験する事になるんだろうけど。


「両手剣という訳ではござらんが、柄を両手で持ちテコの原理で高速に振る、それが戦場に於けるヒノモトの戦い方でございます」

「だから盾を持たないのか」

「さよう、攻撃こそが最大の防御でござる、シュバイツさま」

「片刃と聞いたが」

「はいヴォルフさま、背の部分に刃入れはしておりませぬ。わずかに反りを入れるのが、ヒノモトの刀にございます」


 まるでシャムシール(半月刀)だなと、シュバイツとヴォルフは思念を交わす。だがシャムシールは片手剣であり、柄を両手で持つようには作られていない。どんな剣術を披露してくれるのか楽しみで、シュバイツとヴォルフのによによが止まらない。当の時宗は酒精の強い蒸留酒に、目を剥きげふんげふんとむせ返っているけど。

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