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第180話 山脈の向こうへ

 ――あれから数日。

 眠りに就いていたメンバーが起き出したことから、テレジア号は出航の準備に入っていた。ただし髙輝だけは未だにくーすかぴー、ブーストを多用した反動だからしょうがない。彼は後にこう書き記している、太くでっかい文字で『ブースト自重』と。


 大通りの復旧工事も終わり大食堂では、兵士たちがまったりしていた。フローラがシュバイツの書類を届けにアウグスタ城へ向かい、物資の調達でキリアも同行している。軍団に必要なのは食料だけじゃなく、衣類などの日用品はもちろん、武具の補修部品に矢の材料とそれこそ色々。キリアが戻ってきたら甲板は木箱の山になるので、兵士らは搬入に備え待機しているのだ。


「あれは懇談会みたいなものでしょうか、ラーニエさま」

「懇談会というか、親睦会かしらね、スワン」


 複数のテーブルを寄せて座るのは、三人娘とシーフの二人にケバブ、吟遊詩人たちとシャーロッテにシュドラス、そして天使のケイトとミューレにジュリアだ。三人娘が飲茶を振る舞い、和やかな雰囲気で歓談している。


「男三人がダンジョンに潜ったら、三人娘もご飯を作りに同行するって聞いたけど」

「それがラーニエさま、吟遊詩人とシュドラスが、魔物対策で自分たちも行くって」

「シャーロットも加わるし、えらく大所帯なダンジョン探索パーティーになるね」

「ぶははは、新たな千年王国を達成した暁には、の話しですけど」


 鑑定が得意ってだけで、シャーロットもブーメランの使い手ゆえ戦闘能力は高い。三人娘の身内となる女子全員に、フローラは精霊さんを紹介済みだ。これじゃダンジョン探索どころか、ダンジョン制圧になりそうな気が。

 物理攻撃の前衛と、魔法でカバーする後衛。そして食事時になると洞窟内で、三人娘のかんかかーんかん音頭が響き渡る。そんな絵面が頭に浮かび、ラーニエとスワンは思わず笑ってしまう。


「ラーニエさま、スワン、あそこあそこ」


 ちゃっかりカウンターバーで休憩しているリーベルトが、別のテーブルをちょんちょんと指さした。見ればマリエラがお気に入りの天使に、黒胡椒を摘まみ差し出しているではないか。やがてその唇に黒胡椒は吸い込まれ、やったやりましたねと思念を交わし合う。


「そういえばヘカテーさまは六属性持ち、マリエラさまはどんな加護を授かっているのでしょう。ラーニエさまはご存じですか?」

「言われてみれば聞いてないね、リーベルト。どんな加護なんだろう」


 六属性以上になると精霊は、絆を結んだ相手に加護を授ける事ができる。グラスをきゅっきゅと磨いていたバッカスが、それはねと口を開いた。このお方は七属性持ちの神霊さまなんだけど、カウンターの中ですっかりバーテンダーになっちゃってますがな。


「ヘカテーは冥界の執行官だから、授けた加護は裁きの雷よ」

「フローラさまが以前、法王領で放ったやつでしょうか」

「彼女はティターニアの加護でいくつも落とせるけど、マリエラは単発になるわねリーベルト。でも万能攻撃で相手の属性を選ばないから、敵からすれば厄介な存在でしょう」


 成る程と頷いたラーニエは視線をテーブルに戻し、マリエラの隣に座るプハルツを見やる。頭の花飾りもといアルラウネが、にっこり微笑みおめでとうとぱちぱち手を叩いていた。


「プハルツが魔人化しなければ、アルラウネはほとんど精気を吸わないようだね、バッカス」

「精気よりも種子が欲しいのよラーニエ、だからいつも省エネモードに徹してる」

「フローラやグレイデルは達観してるけど、マリエラはずいぶんと悩んでたね。そこんとこの折り合いは付いたのか、ちょいと気になるかな」

「大丈夫だと思いますよ」


 そう言ってスワンがシェーカーを振り、ラーニエが確信してるんだね聞かせてって顔に。アルラウネは見た目幼女なんだが、しょっちゅう忘れるんだ、衣服を身にまとうってお約束を。省エネモードから通常モード、又はその逆も、形態を変えると装着した衣服は解除されてしまう。スワンが言うにマリエラはその度に指先で突き、服を展開してと注意してるんだとか。


「それは普通じゃないのかい?」

「そう思いますでしょ、でもキリアさまの風紀指導とはちょっと違うんですよね」

「ほう」

「この子の裸を周囲にさらしたくない、そんな意思が感じ取れるんです」

「ほうほう、気に入ったからの行動なんだ」

「そうです、あなたの事はちゃんと認めてるし、大切に思っているのよ、みたいな」


 そうなんだとラーニエが目を細め、その辺に疎いリーベルトがへえと感心しきり。シェーカーからグラスに注いだカクテルをラーニエに置き、スワンはリーベルトにあなたも大事にしなきゃだめよと微笑む。


 リーベルトの頭上では、親指サイズのパメラがうたた寝をしている。天使がここまで無防備なのは、相手をよっぽど信頼しているからだ。パメラを泣かせたら許さないわよと、スワンは釘を刺したのだろう。

 三人娘も同じ気持ちで身内を集め、親睦会を開いたのではあるまいか。ミン帝国も一夫多妻を認めている国、紫麗と四夫人を見ているからこそ、婚約者に自覚を促しているのかも。


「パメラがたまに、膝をぎゅっとしてって言うんだよね」

「膝を? なんでまた」

「よく分かりませんラーニエさま。でもやってあげると、すごく嬉しそうな顔するんです」


 リーベルトを好きになるきっかけとなったエピソードがあるのでしょうと、バッカスが磨き終わったグラスを棚に戻す。気難しいタイプの天使に心を開かせる、素敵な何かがあったはずよって。


「ぜんっぜん覚えがありません」

「つかえないねえ、あたいに酒が進む話題を提供しておくれよ」

「ラーニエさま、それちょっとひどくない?」


 膝ぎゅうの喜びはパメラが内に秘めた、ひ・み・つ。武人の顔に変貌して膝を掴まれた瞬間、彼女のハートはきゅんきゅんしちゃったのだ。全くもってリーベルト、無自覚で罪なことをする。


「ここにいたかリーベルト、何を飲んでいるのだ?」

「レモンソーダです、ゲルハルト卿」

「そうか、スワンわしにも同じものを」

「はい、少々お待ちを」


 派遣された軍団の指揮官だったから、ゲルハルトは町長と自警団長のジルへ別れを告げに地上へ降りていたのだ。送迎してくれたのは天使シドナで、やっぱり前から抱き付くスタイルを指定してきました。

 シドナの胸で窒息しかけた騎馬隊長、その顔に参ったなと書いてある。察したリーベルトが、お疲れさまでしたと眉を八の字に。でもこれは気に入った男に対する、天使の愛情表現なのかもしれない。でなければ私の翼で運んであげる、なんて言わないはずだから。


「それでシドナは?」

「リュビンに呼ばれて何やら話し込んでおるぞ」

「もしかしてリュビン隊長、ヴォルフさまとくっ付いて飛ぶにはどうしたらって相談とか」


 ぴんぽんリーベルト、それ当たり。さもありなんと、スワンもラーニエもはにゃんと笑う。ヴォルフに私を抱き締めてって、素直に言えばいいのにねと。その奥ゆかしさが天使の良いところであり、めんどくさいところでもある。


「町長から頼み事をされてしまった、さてどうしたもんか」

「どんなことなんだい? ゲルハルト」

「来年の収穫祭でも、ローレンの店を出して欲しいと懇願されてしまった。ラーニエはどう思うかね」

「東大陸のファーストフードが町の人や商人と旅人を虜にしたからねえ、町長の気持ちはよく分かるよ」

「うむ、フローラさまの箝口令で調理法は教えられんし、特に東方の調味料は秘密中の秘密だ。ゆえに考えておくと返し、即答は避けたのだが」


 フローラが戻ったら相談せねばと、レモンソーダを口に含むゲルハルト。その炭酸水もフローラが創造の力で、原料となる重曹とクエン酸を生み出している。情報の出所はハーデス城の資料室で、作り方を手ほどきしたのはグレモリー先生だ。普通に民間で精製できないものかと、キリアが躍起になってますはい。


「ところでゲルハルト卿、その」

「どうしたリーベルト」

「フローラさまが腰帯に挿しているアイテム、増えましたよね」

「ああ……あれか」

「ぶはははは、ご立派さまですね」

「笑い事ではないスワン」


 渋面のゲルハルトだが、軍団にはもうすっかり知れ渡っている。

 シュタインブルク家に代々伝わる扇、精霊女王ティターニアから授かった王笏、そして破壊神マーラから押しつけられたほにゃれれ。使い勝手が良いからフローラは、ほにゃれれを腰帯から除外する気はないっぽい。


「どんな加護を授かるのか知ってるかい? バッカス」

「マーラの加護は魅了・混乱・睡眠・金縛り、そういった精神攻撃から守ってくれるの。地味だけど敵に操られない術者が味方にいるのは、心強い限りね」


 前回の異界大戦争では、この精神攻撃が猛威を振るったのだとバッカスは言う。ミドガルズオルムもカネミツも、それでやられてしまい魂を幽閉されたのだとか。だからこそ三人娘のかんかかーんかん音頭、吟遊詩人と羊飼いの演奏は、重要なのよと彼女は人差し指を立てる。


「軍団が精神を蝕まれないよう、彼女たちが音頭と演奏で守ってくれる。そしてどうしても抗えない時、精神防御の加護を持つフローラは、魔力上位のディスペルで打ち消し仲間を正気に戻すでしょう」


 形状には賛否両論あるだろうけど、ほにゃれれはフローラに持ってて欲しいアイテムなんだねと、ラーニエが頬杖をつく。まあそういうことねと笑い、バッカスはぶどう酒をくぴり。

 そのような事情であれば家臣のわしが口出しすべき事ではないなと、ゲルハルトは至って真顔。兵士らにもこの件に関してはとやかく申すな、差し控えよと周知徹底せねばならん、そう言ってレモンソーダを一気に飲み干す。


 ちょうどそこへ歩哨に就いていた兵が、フローラとキリアの到着を告げた。さてやるかと、兵士たちが一斉に席を立つ。ワイバーン使いの聖女たちがエプロンを身に付け、三人娘チームも親睦会をお開きにして搬入に向かう。必要な物資を船内に運び込む、これは大事な作業だからみんな真剣に取り組むのだ。


「そんなに? グレイデル」

「はいフローラさま、お祭りの中で放し飼い同然だったのが影響したのか、ワイバーンが卵を次々と生んでおりまして」


 船長室に戻ったフローラが、グレイデルの報告を聞き呆然としてしまう。産卵できる良好な環境でなければ、ワイバーンはけして卵を産まない。大地母神へ感謝を捧げる収穫祭は、こけっこの中にある子孫繁栄スイッチを押しちゃったのかも。


「テレジア号だけでは重量オーバーです、早急に同盟国の飛行艇を稼働状態にしませんと」

「そうね、でもこれはひとつの試金石になるかも」

「と言いますと?」

「馬がいない騎馬隊を」

「はい」

「ワイバーン隊に再編するのよ」

「あっ」


 天使をゲットした娼婦に求愛してる、騎馬隊員が最優先ねとフローラは窓から甲板を見下ろす。その先では兵士たちがえっさほいさと、ワイバーンのゴンドラに木箱を積み込んでいた。こけっこが厩舎経由で船内に運び、聖女たちが地属性の力で指定された場所にひょいひょい持って行く。この連携プレーも、テレジア号で培われたものだ。


「ワイバーン隊を発足させるのですね、フローラさま」

「うん、騎馬隊を空中戦に適応した部隊にしようと思う。積載量との調整になるから、キリアには負担をかけてしまうけど」


 窓から目を離したフローラは、その視線をテーブルに広げた地図へ落とす。山脈の向こうは人が住まない未開の地、そう言っても過言ではない。手をかけ管理しなければ、どんな大都市でも草木に侵食され緑に覆われる。そんな地域の統治に自ら望んだとはいえ、ナナシーに申し訳ないなと感じ入るフローラであった。

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