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第170話 天使の翼と強盗団(10)

 羊を集め馬車に寄って来たシュドラスは、呼ばれた理由を聞かなかった。愛犬のようすから異変を察知しており、額に手をかざし商隊らしき集団に目を眇める。


「あれは人ならざる者たちかも」

「分かるのか? シュドラス」

「バジルとタイムは人懐こいんですよ、ケバブさん。この反応は狼の群れに遭遇した時と同じ、普通じゃないのは確かです」


 初めて聞いたシープドッグの名前は、お料理で使う香草から付けたようだ。吟遊詩人たちは警戒するバジルとタイムに、お利口ねと目を細め楽器を準備し始めた。もちろん陽の精神波で、男衆をサポートするためだ。


「荷馬車が二台に……ざっと三十名の護衛か。金塊か宝石でも運んでなきゃ人件費で大赤字、キリア隊長ならそう言うだろうな、ヤレル」

「ふはは、確かに言いそうだ。それにしても強盗団、五十人規模のはずなんだが」

「生き残りの証言がそうだっただけで、実際はもっと多いのかもしれん」


 そんな二人に馬車を止めたケバブが、やるのかと御者台から振り返った。ついでに彼は荷台に置いた武器の籠を引き寄せ、モーニングスターを抜きやすいよう少し引っ張り出す。


「ケルアの町を襲うと分かってる以上、ここを通すわけにはいかないだろ」

「ケバブの言う通りだ。他の旅人も襲われそうだし、やっちまうかジャン」

「だな、君たちも覚悟はいいか?」

「妻になるんだもの、どこまでも付いて行くわよ」

「ここでそれ言うか、リズ」

「私の誕生石はアメジストね、指輪まってるから」


 この世界は婚約指輪に誕生石を使うのがお約束。セーラとアンジーにイルマも、それぞれ自分の誕生石を自己申告しました。そうなんだおめでとうございますと、羊飼いが場の緊張感を和らげる。ありがとねと微笑んで、彼女たちは楽器を構え音合わせを始めた。天使たちは気配を消すためか、親指サイズで男衆の頭上に陣取ったまま何も言わない。


「こんにちわ、ケルアの町からですかな」

「こんにちわ、そうだよ。シーフとソードスミスに吟遊詩人で、諸国漫遊の旅だ。たまたま羊飼いに会ってね、方角が同じだから一緒に移動してる」

「それはそれは、ケルアの町はいかがだったでしょう」

「だいぶ賑わってたな、今頃は収穫祭の真っ最中だろう。君たちもケルアに?」

「ええ、穀物の買い付けに」


 ケバブが代表と思しき男に、旅人同士の挨拶を交わす。荷馬車二台に対し護衛の数が多すぎるねとは、間違っても口にしない。

 吟遊詩人と聞いて男の指先がぴくりと動いたのを、ジャンもヤレルも見逃さなかった。しかも通り過ぎていく連中はシュドラスの杖を見て、思いっきり嫌そうな顔をしている。やはり魔物にとって吟遊詩人と羊飼いは、極力避けたい相手のようで。


 荷馬車は空だけど奪った金品で満杯になるもんねと、吟遊詩人たちが思念を交わしシュドラスをちらりと見やる。作戦はもう出来上がっており、開幕のトリガーを引くのは彼だったからだ。


「商隊のみなさんに、神と精霊のご加護があらんことを」


 羊飼いが杖を地面にこんと打ち、先端の鐘がからんと鳴った。途端に連中の動きがぴたりと止まり、中には耐性が低いのか蹴躓けつまずく者まで。ここで何の反応も示さなければただの人だから、ジャン達はさようならとすれ違うはずだった。

 この時点でもう魔物と確定、やっぱりねと吟遊詩人が演奏を始め、リズムに合わせてシュドラスも鐘を鳴らす。神話伝承で騎士が邪竜と戦う、壮大かつ勇ましい曲だ。


「どうかしたのかい? 羊飼いと吟遊詩人が縁起の良いお見送りをしてるのに」

「うごがっ! 止め! 止めうぼあ!!」


 みなまで言う前にケバブのモーニングスターが、カマキリに変わりつつあった男の頭を叩き潰していた。周囲を見れば連中は演奏で人間の姿を維持できなくなったのか、角や尻尾が露見しその正体を現したのだ。

 シーフの二人が馬車と羊の団体さんに、ディフェンスシールドを重ね掛け。そしてよっしゃ行くかと、剣を抜いてシールドの外へ躍り出る。ケバブも御者台から降りてモーニングスターをぶんとひと振り、さあショータイムだと戦闘を始めた。


「魔物と融合した愚かな人間の成れの果て、そんなところかしらケイト」

「そうねミューレ、醜いったらありゃしない」

「あなたたち、今夜は早めに野営しなさいよ」


 ジュリアが言う早めの野営に、首を捻りつつも魔物を狩っていくジャンとヤレルにケバブ。陽の精神波と聖なる鐘の音で、敵はスローモーションのように動きが鈍い。

 中には廃国となったビドル国の王城にいた、コウモリ人間も含まれているが飛べずにいた。曇りガラスを引っ掻くような嫌な音波を出す相手だが、その特技も演奏でかき消されている。


 蛇頭に鳥頭と蛙頭、中にはやはり狼人間も混じっていた。だが弱点は銀と判明しており、ケバブがその頭にモーニングスターを振り下ろす。これは柄の先端にスパイクが付いた鉄球を、敵に叩き付ける殴打武器である。こんなこともあろうかと彼は、とげとげスパイクを銀製にしていたのだ。灰化するのを見届けることなく蹴り飛ばし、動きが鈍い魔物の頭を次々ぶん殴っていく。


「ジャン、ヤレル、妙に体が軽くないか?」

「言われてみれば確かに」

「なんでだろうな」

「縁を結んだ天使が傍にいるのよ、魔人化したに決まってるじゃない」

「ジュリア、いま何て」

「樹里がここにいないから、完全じゃないプチ魔人だけどね。でも低級な魔物の三十やそこら、楽勝のはずよケバブ」


 私たちが手を貸すまでもないでしょう、さっさとやっておしまいと、親指サイズの天使らはおつむをぺちぺち叩いてくれやがります。それで今日は早く野営して休めと言ったわけだ、お気遣いありがとう先に言えこんちくしょうめって感じ。


 吟遊詩人と羊飼いが魔物の動きを封じ、ケバブがモーニングスターでぶっ叩き、ジャンとヤレルが斬岩剣の短剣バージョンで切り刻む。バジルとタイムも噛み付き駆け回り上手に敵を翻弄してくれたから、全滅させるのにさして時間はかからなかった。


「馬車を引いてた馬も魔物だったからな、ケバブ」

「荷物は積んでないし縁起が悪いから燃やそうぜ、ヤレル」


 ジャンが行ってこいと、テレジア号へ向け伝書鳩を放つ。飛翔するその姿を見送りながら、ケバブとヤレルは敵の荷馬車に火を放った。灰となった魔物の残骸は、草原を吹き抜ける風が消し去りその痕跡はもうない。


「熱湯をかけて蓋をして、百八十数えるって書いてあるよね、アンジー」

「携帯保存食の新バージョンって明雫が言ってたけど、どうなんだろうイルマ」

「取りあえずやってみよう、二人とも」


 説明書きとにらめっこしている二人を急かし、リズが木箱の蓋を開けていく。中を見れば麺のようなものと、乾燥させた野菜らしきものが。そこへ焚き火で湯を沸かしたセーラが、ケトルを手に注ぐわよと木箱にたぽたぽ。

 麻袋の他にも食料調達に困ったらこれをと、三人娘からもらった行李こうりがひとつ。中には件の木箱がみっちり入っており、お湯をかけるだけと書いてあるからたまげてしまう。


「これって味噌ラーメンだよな、ケバブ」

「うん、間違いないなヤレル」

「乾燥させた麺と具材を熱湯で戻すのか」

「よく考えるもんだな」

「二人は味噌なんだ、俺のは醤油味だぜ」


 スープの色を見せるジャンに、マジかと覗き込むケバブとヤレル。するとセーラにアンジーがこれ担々麺だわと言い、天使たちは豚骨なんだとか。飽きさせないようにって配慮なんだろうけど、蓋に何も書いてないから出来上がってのお楽しみとなるわけだ。


 三人娘は四属性を動員して麺と具材にスープの素を乾燥させ、お湯だけで作れる即席麺を編み出していた。半月荘に昔からある保存食だけど、それを更に美味しくと昇華させたのである。

 食べたことのないシュドラスは味も名前も知らないから、これ美味しいですねとちゃんぽん麺をちゅるちゅる。行李には他にうどんや蕎麦もあることを、一行は後で知ることになる。


 そして翌朝。


「筋肉痛や関節痛は? ジャン」

「いつもの魔人化よりはずっと軽いよ、リズ」

「このまま眠りに就いたらどうしようって、ちょっと不安だったの」

「心配してくれてありがとな、この通り目覚めはすっきりだぜ」


 一行の荷馬車はパーツを組み立てることで、実はそのままテントになる。分解して片付ける男衆を見るに、プチ魔人化の体にかかる負担は本当に軽かったようだ。

 見張りを立てずに眠れるのは、異変を察知してくれるバジルとタイムのおかげ。よく眠れたようで何よりと、吟遊詩人たちが炊いたご飯でおむすびを握る。


 この先に町や村はないが食料には事欠かず、ガザビー洞窟はもうすぐだ。探索に備えランタンとロープ、聖水に投げナイフと、準備に余念が無いジャンとヤレル。ケバブは砥石を出して、二人から預かった短剣の刃を黙々と研ぐ。草を食む羊とシープドッグの、賑やかなめえめえわんわんが草原から聞こえてくる。


 ――その頃、こちらはテレジア号の大食堂。


「あーしんど」

「ご苦労さん、一杯ひっかけて休め」

「他人事だと思って軽いなおい、カネミツ」

「いやスペルの媒体になったのは俺だぞ、他人事なわけあるか。瞬間転移を発動できる術者になったんだ、自分を誇れよ」


 ジャンから届いた文で、商隊に扮した魔物と一戦交えたことが報告された。更にケルアの廃屋では強盗団の人数が、二百まで膨れ上がったと現地のナナシーが教えてくれたのだ。事ここに至っては天使隊を送り込むべきと、グレイデルとリュビン隊長が合意に至る。

 そこで天使を甲板に集め、シュバイツは初の瞬間転移を実行したわけだ。だが魔素を体に流した時の負担は相当なもので、お疲れだから大食堂で休憩している次第。


「ほい、おいら特性の栄養ドリンクなんだな」

「ありがとうナナシー、うん美味い。けど不思議な味だ、材料は何だい?」

「桃源郷の桃と」

「うん」

「おいらのゼリーだほ」

「ぶふぉっ」


 むせ返るシュバイツに、かちゃかちゃと音を立てて笑う聖剣カネミツ。いやいやゲオルク先生が仙観京で、ナナシーのゼリーは万能薬と太鼓判を押した優れもの。効果のほどは推して知るべし、けして悪いようにはしないはず。

 でっかくした胸からちょいと流用したほと、ナナシー二号はあっけらかんと笑ってみせる。作る所を見ていた三人娘と糧食チームが、やったわ飲んだわねと、炊事場の中でくぷぷと笑ってますが。


「体の中を魔素が流れる時って、全速力で走ったような感じになるんだな。フローラが睡魔に襲われる理由、分かるような気がする」

「聖女はみんな、それと戦ってるのさ。だからパートナーが魔人化して、スペル詠唱の余裕を与えつつ敵の攻撃から守ってやるんだ」

「聖女を嫁にするって、そういうことなんだな。あ……効いてきたかも」


 だるさがどんどん抜けていく感じに、シュバイツは両手を握ったり開いたり。桃源郷の桃だけでは得られなかった即効性に、思わず目を見開き握力が戻った手のひらを握り締める。


「栄養ドリンク、お願いしたらまた作ってくれるか? ナナシー」

「おいらの体でよければいつでも喜んで、なんだな」


 いま体って言った、うんうん言ったよねと、三人娘がうっきゃあと両頬に手を当て足をぱたぱた。栄養ドリンクの話しだと言うに、ちょっとこの子たち何とかして。

 でも快諾するナナシーの言葉は、ちょっぴり湿り気を帯びていた。三人娘は正しく読み取ったのであり、シュバイツは気付いてないんだろうなと、カネミツが内心で苦笑する。


 それと同時に聖剣は考え込んでしまうのだ、聖女の弱点をカバーする特効薬が出来たことに。ゼリーの効果は神界も精霊界も魔界も、おそらく把握していないはず。ナナシーの様子から、これは愛しいシュバイツとフローラの専用になるんだろうが。

 睡魔を克服した大聖女は、もはや神霊と変わらない。その相棒となる魔人も無限の体力となれば、ちょっとした騒ぎになりそうな予感がするカネミツであった。

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