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第165話 天使の翼と強盗団(5)

 羊肉はざっくり言うと、マトンとラムに分けられる。マトンは生後二年以上の成獣で、噛み応えがあり肉の旨みも強い。ただし独特の臭みを持ち、人によっては好き嫌いが分かれるところ。対してラムは生後一年未満の仔羊で、臭みは少なく肉質は柔らかい。


「この黄金のたれ、ずるいですねケバブさん」

「やっぱりそう思うか、シュドラス」


 酒場の店主は彼が羊肉を卸しに来た時、その肉で料理を作り夕飯を奢ってくれるんだそうで。今夜はラムチョップ、肉も魚も骨に近い部分が美味いってね。旅人にとっては上等なディナーで、これは贅沢な部類に入るだろう。そう考えると今のジャンたちは、広場の稼ぎで豪遊してるようなもんだが。


 小皿に注いだ黄金のたれに骨付きラム肉をちょんと付け、頬張るシュドラスが再びずるいと眉尻を下げる。そうだろうそうだろう、気持ちは分かるとみんな揃ってによによ。

 焼き肉用に三人娘が考案した秘伝のたれ、焦げ目が付くまで焼いたネギやピーマンにもよく合う。たれ味のねぎま串いいよなとケバブが思念を飛ばし、激しく同意とシーフの二人が返す。吟遊詩人たちも、たれならレバー串つくね串もいいよねと盛り上がる。


「作り方を教えて欲しいな」


 そう来ちゃったかと、みんなの手が止まってしまう。たれの入った瓶をテーブルに置いたまま、シュドラスの同席を受け入れたのがそもそもの間違い。

 残念ながらこのレシピは、フローラにより箝口令が敷かれている。料理や調味料の作り方なんて、いつかは勝手に世へ広まるもの。今はまだ王侯貴族や大商人との交渉に使えるから、手札のひとつとして握ってるわけだ。


「さるお方が許可を下さったら、教えてもらえるかも」

「ほんとですか!」

「おいケバブ」

「勝手に決めちゃ」

「いいじゃないかジャン、ヤレル。羊飼いは秘密を守る、俺はそう思うぜ」

「あの、それでさるお方とは、どのような御仁なのでしょう」


 ローレンの大聖女、とは言えまっせん。自分たちはシュバイツとグレイデルから特命を受け、情報収集をしているから身分を明かせないのだ。ここにいるのはあくまでも、旅のシーフとソードスミスに吟遊詩人、それで通さなきゃいけない。ヤレルがほれ言わんこっちゃないと、テーブルの下でケバブの足をこーんと蹴る。


「あいったた」

「どうかしました? ケバブさん」

「いや、はは、何でもないよ」

「ところでシュドライは、羊を連れてどのくらいの範囲を移動するのかしら」

「えっと、季節によっては国境を越える事もありますよ、リズさん」


 ナイスフォローだとジャンが、話しを逸らせとヤレルが、同時に思念を送る。よっしゃまかしときと、吟遊詩人の四人がシュドラスに質問を始めた。

 人間のこういった連携プレーは見ていて面白いわねと、天使の三人が目を細め成り行きを見守っている。自分たちは規則に囚われすぎて融通が利かないから、空気を読んでアドリブを駆使するジャンたちに興味が尽きないのだろう。


「草の状態を見ながら移動するので、併合される前は周辺の国へしょっちゅう」

「ずっと野宿になるの?」

「基本はそうですけど、教会があれば泊めてもらえますよ、セーラさん」


 羊飼いは教会に所属しており、遊牧を行うことから移動の自由がある。

 かつてフローラはグリジア王国の内情を知るため、従軍司祭のシモンズとレイラを首都カヌマンに派遣した事がある。例え戦争中でも聖職者には、越境できる特権があるからだ。世俗だが羊飼いも同じ扱いとなるため、どこの国境警備兵もゲートをほらよと解放し、わんわんめえめえの団体さんを通すのである。


「収入に興味があるわ、食肉の他には羊毛よね」

「それもありますが、一番大きいのは羊皮紙なんですよ、イルマさん。羊皮紙を生産できるようになったら羊飼いとして一人前。僕は良い師匠に巡り会えたから、この年で作れるようになりました」


 昔から重要な書類や書物には、紙ではなく羊皮紙が使われてきた。貴重品であるがゆえ、購入層は王侯貴族や大商人に限られる。完成品は全て教会が買い取り、一手に扱う独占販売だったりして。

 羊飼いが貴族や商人と渡り合うのは、相手が海千山千だからちょいと敷居が高い。そこで教会が間に入り、卸売りの役割を担っているわけだ。金持ち相手に聖職者がどれだけふっかけているかは、まあ考えないことにしよう。


「家族はいるの?」

「流行病で両親を失い、僕は教会に預けられたんです、アンジーさん」

「あら、ごめんなさい」

「物心がつく前のことだから、気にしないで。僕は教会で読み書きと算術を習いましたし、羊飼いの師匠にも恵まれたから今は幸せなんです」


 スワンやカレンと境遇は同じなんだなと、ジャン達は思念を飛ばし合う。

 だがそれまでずっと黙っていたケバブが、組んでいた腕を解き「なあシュドライ」と口を開いた。たれの話しをぶり返しちゃだめと、思念の集中砲火を浴びてしまうケバブ。それがあまりにもおかしくて、くぷぷと笑ってしまう天使たち。


「げふんげふん、全くもう」

「どうかしました? ケバブさん」

「いや何でもない。君は草を求めて移動するから、街道を外れることも多いよな」

「あはは、外れっぱなしですよ、道に草はありませんからね」

「ならその街道から離れた」

「はい」

「人目に付かない」

「はいはい」

「五十人が寝起きして荷物を集めておける場所なんて、心当たりはあるか?」

「普通にありますよ」


 あるんかいなと、一行は椅子から立ち上がりそうになった。落ち着いて食事を続けているのは、天使の三人だけである。ジャンがこの子にエールをと、ヤレルがパンをもっとくれと、給仕を呼び止めご注文。吟遊詩人たちもこれをお食べと、シュドラスの前に料理の皿を集めちゃう。


「それで、どんな所なんだ」

「洞窟ですよ、ケバブさん」


 野宿する上で雨を凌ぐのに、シュドラスは洞窟を使うのだと話す。羊の団体をすっぽり収容できる空間ならば、五十人の寝床と荷物を集積するのにぴったんこ。

 それは盲点だったと、思念を飛ばし合うジャンとヤレル。ダンジョン探索はシーフの十八番だ、これは調査する必要があると二人は目線を交わし頷き合う。


「君が知ってる洞窟を色々案内してくれと頼んだら、引き受けてくれるか? もちろんタダでとは言わない」

「洞窟巡りが趣味なんでしょうか、ジャンさん」

「俺はシーフだからな、まあ遺跡調査の一環だよ」


 ふむと頷きシュドラスは、食べ終わったラムチャップの骨をことりと皿に置く。その彼が見えないはずの天使に視線を向け、なんと微笑んだではないか!

 そんなまさかと呆けてしまう、シーフとソードスミスに吟遊詩人たち。周囲は客で賑わっているのに、ここだけが隔離されたような静寂の世界に。


「うっすらですが、聖なる存在が分かるんです。昼にお会いした時も、実は見えてたんですよ。この旅人たちはきっと、守られているんだなって思いました」


 清らかで無垢な魂の持ち主ならば、精霊を感じ取ることが出来る、そんな思念が天使ケイトから届く。誰しも子供の頃は、見えるはずのないものが見えたりする。あなた達にもそんな経験が、幼い頃にはあったでしょうと。


 羊の群れは不思議なことに、ボスやリーダー格が存在しない。群れを牽引する親分がおらず新たな餌場への移動も、自主的には動かない性質を持つ。そんな羊たちを導くのが、シープドッグを操る羊飼いだ。大地のようなおおらかさと風のような自由さを持つ魂だからこそ、シュドラスには天使がぼんやりと見えるのだろう。


 考えてみればオベロンも元は羊飼いで、精霊界の住人となりティターニアの夫となった経緯がある。ダーシュの主人であったブリジットも羊飼い、迷える魂の導き手であり、やはり聖なる職業なんだと言わざるを得ない。


「洞窟を探索するのも、本当は何か理由があるんですよね? 皆さん」


 どうすると、ジャンたちは思念を交わし合う。ここまで来たら全てを話した方がとケバブが。それがいいでしょうと吟遊詩人たちも同意を示し、そうするかとシーフの二人も腹を決める。


「これから話すことは思念による一方通行になる、誰かに聞かれちゃまずいことが多くてな。だからただ頷くだけにしてくれ、シュドラス」

「分かりました、ジャンさん」

「我々はローレンの大聖女にお仕えしている。ここへ来たのは町や村を襲う、強盗団を討伐するための情報収集なんだ。奴らの本拠地を掴むのが、俺たちに与えられた任務ってわけさ」


 こくこくと頷きながら、シュドラスはエールのジョッキに手を伸ばす。その瞳はきらきらと輝きだし、もしかして彼の冒険心に火を付けちゃったかも。


「ところがこの強盗団なんだが、魔物と繋がってる可能性が出てきた。ローレン軍を動かすにしても、その事実を確かめなきゃいけない。俺たちに協力してくれるか?」


 右手でオーケーサインを出したシュドラスに、やったねと腕を伸ばし握手を交わすジャンたち。だが羊飼いは黄金のたれをちょんちょん指で突き、報酬はこの作り方でと言ってくれやがりました。

 まあそうなるわなとケバブが、忘れてなかったんだとシーフの二人が、抜け目ないわねと吟遊詩人の四人が、がっくりと肩を落とす。フローラから許可を得る必要が出ちゃったわけでして、グレイデルとキリアに頼み込む形となりそう。


 これにはさすがに堪えきれず、天使の三人がころころ笑い出した。結局は話しを逸らしても徒労に終わっただけで、人間という生き物は本当に無駄なことをすると。

 けれどその無駄が、真相へ向かう道案内を見つけたのも事実。興味が尽きないわねと、ケイトもミューレもジュリアも、目の前で繰り広げられる人間模様に口元を緩めるのだった。


 ――場所を移してここは宿屋、男衆の部屋。


「僕は使いませんが、このガザビー洞窟へ行きましょう、ジャンさん」

「使わないって、それはまたどうして?」

「古い言い伝えで魔物の隠れ家、なんて呼ばれてますから誰も近寄らないのです」


 テーブルに広げた地図の一点を指さすシュドラスに、ジャンたちは怪しい臭いがぷんぷんするなと頷き合う。位置はこの町から山脈へ向かい街道を五日ほど、ただし羊の足でだが。

 その頃にはフローラさまもお目覚めだろうと、ジャンは既に戻っていた伝書鳩に手紙を結び、行ってこいと窓から夜空へ放った。シュバイツもグレイデルも、兵士を動員する準備を始めるだろう。これより作戦行動に入る、野営テントを撤収し魔物戦に備えろと。


「今夜は町の教会に泊まるのよね?」

「はいリズさん、明朝お迎えに参ります」

「ならこれ、わんちゃんたちに持ってって」

「これはリンゴとナシ、犬の好物をよくご存じで」

「んふふ、フローラ軍にはわんこもいるから」


 軍用犬がいるのですねと、額面通りに受け取ったシュドラスは帰って行った。ダーシュはサツマイモも大好きよね、うんうんそうそうと言い合いながら、吟遊詩人たちは女子部屋へ戻る。ぱたんと閉まった扉、室内に残るは男衆と天使たち。


「私は決めたわよ、ケバブ」

「何をだい? ジュリア」

「添い寝に決まってるじゃない。ケイトとミューレはどうする?」

「魂の芯がうずうずしてるの。添い寝の方向で、ねえミューレ」

「んふふ、何千年ぶりかしらケイト」


 何をどうしたらそうなると、腰が引けてしまう男衆。この身に何が起きるかは、シュバイツとゲオルク先生、弓兵隊長のデュナミスとアーロンから聞いて知っている。 

 本当に俺でいいのかと、ヤレルが革袋のぶどう酒を口に含む。その革袋をひったくり自らも口にして、ミューレは明雫の相方をベッドに押し倒した。


「今日のヤレルを見ていて、種子が欲しいと本気で思ったの。天使をその気にさせた以上、拒否権はないと諦めなさい」

「わ、分かった。だがその前にひとつだけ聞いていいか?」

「何かしら、種子をくれるなら原理原則を少しくらい曲げてもいいわよ、ヤレル」

「強盗団が魔物と判明したら、君はどう動く」


 なんだそんなことと、同じく標的をベッドに突き倒しているケイトとジュリアが、単純明快よと口を揃えた。魔物戦となれば、第八天使隊は武力行使に入る。それがフローラを指揮官とする、私たちに課せられた使命だと言いながら、そーれとベッドへダイブするのだった。

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