第164話 天使の翼と強盗団(4)
ここはテレジア号の船長室。
グレイデルの要請でシュバイツが招集をかけ、主要メンバーが集まっていた。クラウスとラーニエ、ハミルトンとアンネリーゼ、マリエラとプハルツ、髙輝と三女官、ゲルハルトにヴォルフ、そして各隊長の面々だ。ラーニエから仕事人の指揮権を預かったアリーゼも、お呼びがかかり会議に座を連ねている。
ジャンたちから寄せられた一報には、強盗団が魔物と繋がっている可能性が示唆されいた。集合した皆は、一様に驚きを隠せないようす。リュビン隊長だけが平然としており、回された手紙を向かいに座る絆の友、グレイデルへつついと戻した。
「単なる悪党狩りではなくなりましたな、クラウス侯」
「我々が行う聖戦の対象となった訳だ、ゲルハルト卿。やることは同じだが、心してかからないと」
「先ほど配下から、早馬で文が届きました。その内容からも、魔物の片鱗がうかがえます」
「どういったものなの、アリーゼ」
「被害者の遺体を埋葬前に検分したそうです、マリエラさま。刃物傷ではなく、まるで猛獣に噛み裂かれたような跡だったと」
遭遇したことのある誰もが、脳裏に狼人間を思い浮かべる。悪しき魔物をその身に取り込んだ、人間であることを捨てた類いだ。もはや疑いようもなく、やはりこれは聖戦なんだと誰もが腹をくくる。
ミリアとリシュルが眠っているフローラに付き添っているため、給仕を仰せつかった三人娘がすすいとミートパイにぶどう酒を並べていく。打ち合わせの内容からミートパイのチョイスは失敗だったかしらと、顔には出さないが思念を交わし合う桂林と明雫に樹里。だって切った断面から、とろんとした牛挽肉がこんにちわ。被害者の遺体を想像したら、この肉肉しさが重なるかもと心配になったのだ。
「これ美味しいんだほ、もういっこ欲しいんだな」
招集メンバーには入っていないナナシーが、目を細めてあむあむとお代わりをリクエスト。良い匂いがすれば、どこにでも現れるんだこの外道王は。フローラのお友達で影武者だし、シュバイツの側室候補だし、二号はセイクリッド王国の女王陛下である。警護する衛兵が入室を拒むのは、ちと無理っぽい。よしんば拒んだとしても流動体だから、扉の隙間からにょろんと入っちゃうんだこれがまた。
「うん、うまいうまい、俺にももういっこくれよ桂林」
「はいシュバイツさま、少々お待ちを」
どうやら誰も、肉肉しいのを気にしていないもよう。ほっと胸を撫で下ろす三人娘に、お代わりの声が次々と上がった。彼ら彼女らにとって、びちゃあぐちゃあの肉ミンチは慣れっこ、今更なのである。
「みんな、もう少し情報が集まるのを待とう。探り出したいのは奴らの本拠地だ、仮アジトの個別撃破ではなく一網打尽にしたい」
「しかし見つけられるだろうか、シュバイツ」
「フローラならこう言うだろうな、ヴォルフ」
「ほうほう、何と?」
「果報は寝て待てって」
「ぶっ」
自分から無理に結果を求めようとせず、自然の流れに任せて吉報を待つ。そしてチャンスが到来したならば、即座に動き果敢に攻めるのがフローラだ。敵が開いた転移門の中に、飛行艇ごと突っ込むなど典型的な例であろう。彼女らしいっちゃ彼女らしく、経験した誰もがくすりと笑う。
「では情報収集をこのまま継続ということで、他に提案やご希望があれば」
「あたいの方からいいかな、グレイデル」
「どうぞ、ラーニエさま」
「これはどちらかと言うと、リュビン隊長に相談なんだけど」
「何でしょう、原理原則に反することでなければ」
「部下の娼婦たちがね、天使とお近づきになりたいと言ってるんだ」
「まあ……」
それは契約でしょうかと念のため尋ねるリュビンに、その通りよと頷くラーニエ。法では裁けない悪人を葬るため、その手を血で染めてきた暗殺者だ。彼女たちにその資格は、果たしてあるのだろうかと。
「それを言ったら兵士たちも、軍人って名の殺し屋だぜ、ラーニエ。ちょうどいい機会だ、みんなちょっと聞いてくれるか」
静かに、だが力強く、シュバイツは自分の思いを言葉に変える。フローラの受け売りだけどなと、ちょっぴり照れた顔で。
「軍人は人殺しが大前提、だからこそ真人間ほど悩むんだ。忠誠を誓った国王の命令でも、果たしてこの戦いに正義はあるんだろうかってな。だから信仰を保ち祈りを捧げ、神と精霊に罪の許しを請う、そうだろ?」
いかにもその通りと、ゲルハルトも隊長たちも頷く。悩まない者は信仰心を持たない真性のお馬鹿か、殺戮のために殺戮を行う狂人であろうと。
俺たちはどんな状況に陥ってもけして人間性を失わないと、ヴォルフが胸に右手を当てた。そんなグレイデルの婚約者に、リュビンがふうんって顔で目を細めている。
隊長たちの心意気を感じ、シュバイツは言葉を紡いでいく。累々と横たわる屍を踏み越え、俺たちが目指すのは新たな千年王国なんだと。それはかつてフローラが、戦う意義と善悪について言及したもの。彼女の思いはシュバイツの心に、深くちゃんと刺さっているのだ。
「俺も人殺しだ、天に召されたら神界で裁きを受けるだろう。でも胸を張って言えるぜ、新たな千年王国のために戦いましたってな。それは仕事人も同じだと思う、皆の意見はどうだろう」
集まったメンバーたちが、そうだな異論はないと口を揃えた。過去よりも現在と未来が大事、自分が棺桶に入るまで何と戦い何を成し遂げたかだ。その魂に上下優劣浅深などありはしないと、顔を見合わせ頷き合う。
アリーゼがすんと鼻を鳴らした。みんなにそう言ってもらえて、心底嬉しかったのだ。娼婦のみんなに、今の話しを聞かせてあげねばと胸の前で手を組む。
「そんなわけでどうだろう、リュビン隊長」
「信仰心が厚く行いが正しいのであれば、我々天使は差別などしません。絆を結ぶのは自由ですよ、シュバイツ」
「そっか、そう言ってもらえると助かる。よかったな、ラーニエ、アリーゼ」
今後は三人お嬢とエイミーのみならず、ミリアとリシュル、司馬三女官、マリエラ姫の護衛武官メアリ、アンネリーゼとアナスタシアもお付きの側仕えと口説きにかかるだろう。そこへ新たに、娼婦の聖女も誕生することになる。
「実は紫麗さまと四夫人もぜひ契約したいと、手鏡に連絡が入りまして」
「そうなのか? グレイデル殿、ずいぶんと情報が早いな」
「んふふ、リュビン隊長もこう仰ってますし、心置きなくですわクラウス侯」
情報の伝わりがあまりにも早かったのは、髙輝が三女官の手鏡で報告したから。フローラが目覚めたら、こっちに来たいと言い出すのは火を見るよりも明らかだ。もちろん天使にも選ぶ権利はあるだろうけど、こりゃひょっとすると第八天使隊、売り切れになるような気がしないでもない。
なお光属性と契約すれば四属性が揃っていなくとも、回復魔法が使えるようになるとはリュビン隊長の談。兵士たちから求愛されている娼婦が多いゆえ、それだけ魔人化する人数も増えるわけだ。フローラ軍は攻撃と回復の、大幅な戦力増強となる。
アリーゼがぶどう酒を口に含みながら、窓の外に視線を向けた。もっとも見ているのは草原の景色じゃなく、気になっている天使を思い浮かべているのだ。うまくいけばゲルハルトも魔人化するわけだが、後の筋肉痛と関節痛がちょいと心配。隣に座る外道王がミートパイもっとないのと、三人娘におねだりしてます。
――そしてこちらはケルアの町。
「俺が持とうリズ」
「うわありがとうございます、ケバブさま」
「けっこう集まるもんなんだな」
リズが逆さに置いた帽子には、人々の投げ込んだ銅貨がじゃらじゃらと。それだけ演奏は見事で、みんなが楽しめたってことなんだろう。これなら贅沢しなきゃ、安宿に泊まって聖地巡礼の旅を続けられる。本来はこれが吟遊詩人の収入源なんだなと、ケバブは預かった帽子の中身に改めて感心してしまう。
「すぐ宿屋に戻るのですか?」
「いや、元々あの二人とは酒場で合流することになってたんだ、セーラ。宿屋に夕食の予約をしなかったのも、そのためさ」
「ならその銅貨、景気よく使っちゃって下さい」
「いいのかい? アンジー、みんなも」
どうぞどうぞと笑顔で頷く四人に、それじゃ遠慮なくとケバブは眉尻を下げる。お金に執着しすぎず、使うべき所ではどどんと使う、その気っ風の良さが好ましかったからだ。
「ジャガバターは安心安定の味だけど、イルマは?」
「このシチューはね、リズ」
「うん」
「糧食チームが作ったものとは」
「うんうん」
「似て非なるものだわ、悪くはないのだけど可も無く不可も無く」
それ分かるような気がすると、チキンソテーを頬張るセーラも、ポークチャップにフォークを刺すアンジーも、うんうんと頷き同意を示す。私たち軍団メシにすっかり慣らされちゃってるよねと、四人はにへらと笑いエールのジョッキに手を伸ばした。
「当然そうなるよな、ジュリアのカットステーキはどうだい」
「私が思うにですね、ケバブ」
「おう」
「飛行艇の大食堂は本当に美味しいけれど」
「おうおう」
「各テーブルにあるお醤油とソースもずるい」
「使うか?」
そこでケバブが取り出したのは、お醤油とお好みソースに黄金のたれ万能タイプ。ジュリアのみならず、四人もちょうだいちょうだいと目の色を変えました。カットステーキに黄金のたれをかけたジュリアが、咀嚼しながら口の両端を上げてこれよこれとご満悦。
ところでケバブは各種武器だけでなく、食材と調味料が入る麻袋も背負っていた。そこへ預かった帽子の銅貨も加わり、歩けば酒場の床がみしみしと音を立てる。踏み抜いちゃったらごめんなさい、そんな感じなのだ重量物のソードスミスは。
「待たせたな、みんな」
「走り回ったから俺もヤレルも腹ぺこだ」
合流したシーフの二人がメニューを開き、尾行に同行したケイトとミューレにオーダーを聞く。普通の人には見えない天使が思念で注文なんかしようもんなら、酒場の女給たちが混乱するに決まっているから。
「その様子だと収穫はあったみたいだな、ジャン」
「やつら町外れの廃屋に入ったんだ、ケバブ。だが中にいるのは十人で、情報にあった五十人には足りない。あれはいつでも捨てられる仮のアジト、本拠地は別にあるんだろうな」
だがそうは言っても、収穫祭を前にこの町は襲われる。どうにかしないと死人が出るだろう、そうぼやいてヤレルがエールを口に含む。大聖女ならば住民を、けして見捨てないはず。だがこの町を救っても、残党は地下に潜り息をひそめてしまうだろう。根本的な解決にはならず、ジャンとヤレルにケバブは考え込んでしまった。
「廃屋から何人か捕まえて、尋問しないのですか?」
「魔物に魂を売ったやつは、絶対に口を割らないんだよ、リズ」
「ケバブの言う通りなんだ、それに死刑が確定しているから気味悪く笑うだけさ」
「では捕まえて尋問は無しの方向なのですね? ジャンさま」
「まあそういうこった、さてどうしたもんか」
こんな時に精霊は何も言わない。天使三人は広場で一味の存在を教えはしたが、気に入った者へ事実を述べたに過ぎなかった。差し迫った危険がなければ法側の天使でも、人間のやることに口を挟むことはない。
「ここにいるってことは、今夜はケルアに一泊なんですね?」
聞き覚えのある声に振り返ってみれば、なんと昼に出会った羊飼いのシュドラスではないか。どうしてここにと、みんな目をぱちくり。
「この酒場はお得意さんで、いつも羊肉を納品してるんですよ。僕もお腹が空いちゃった、ご一緒してもよろしいでしょうか」
人懐っこい瞳が相席を希望。店が混雑してきて、いつも座ってるカウンター席が埋まってるんだとか。断る理由はないし好ましい少年だから、どうぞどうぞと迎え入れるジャンたち。ところでこれは何ですかと、黄金のたれが入った瓶を手に取る羊飼いさん。みんなの頭にジンギスカンが思い浮かんだのは、言うまでもない。