第163話 天使の翼と強盗団(3)
ガーリス王によれば強盗団は、一般人に紛れ町や村に探りを入れ、目標を定めるやメンバーが集合して襲うようだ。王国軍と自警団を動員しても、襲撃される場所が分からなければ対応は後手に回るばかり。王だけでなく長男レーゼン王子と執事団も歯痒い思いをしていたようで、フローラ軍の申し出を手放しで喜び受け入れた。
その手口であるが、強盗団の規模はおよそ五十人。奴らは住居の扉を蹴破り、金品はもちろん家畜まで奪い去るという。そして抵抗しようとしまいと、家の住人を惨殺していくのだ。
騎士道精神など通用しない相手であり、隊列を組んでいざ勝負って戦いにはならない。まずはこちらも情報を集め、戦術を練ろうと話しはまとまった。いくらアジトを点々と変えたって、奪った金品を隠す本拠地がどこかにあるはずと、シュバイツは睨んだからだ。
そこまでは良いのだが、軍団の兵士らに諜報活動なんて、甚だ不向きと言える。変装させても振る舞いや言動から、武人の臭いがぷんぷんしてしまうのだから。あんたら逆に怪しまれる無理だ止めとけと、ラーニエから鼻で笑われちゃいました。これにはゲルハルトも隊長たちも、返す言葉がありまっせん。
そこでアリーゼの采配により、娼婦たちが近隣の町や村に散って行った。旅人や商人を装い、地域住民から情報を集めるわけだ。場合によっては強盗団メンバーとの、接触や戦闘もあるだろう。
「こんなとき暗殺集団の仕事人は重宝するし、軍団にとっては必要不可欠な存在だと思わないか? ジャン」
「全くだな、ヤレル。今までの対魔物戦で、戦闘技術の高さも証明されている。彼女たちの能力は夜の営みだけじゃないって、改めて思い知らされるよ」
荷馬車でぶどう酒を口に含む二人へ、ケバブが俺にもくれよと御者台から振り返った。それに応じてはいどうぞと革袋を手渡したのは、ギター弾きのセーラだったりして。つまりこの馬車は、シーフとソードスミスに吟遊詩人という珍しい組み合わせ。
シーフはトレジャーハンターだから、大陸全土を移動できる手形がある。同じく吟遊詩人も、聖地巡礼の手形があるのでどこにでも行ける。ケバブは鉱石探しでシーフに同行できる手形を、シュバイツから授かっていた。根っからの貴族や武人と違い、この一行は地域住民と馴染みやすく情報集めには適任なのだ。
「ところであなた方は、どうして付いてきたのですか?」
「気にしないで、ジャン。絆を結んだ子の婚約者がどんな男性か、興味があっただけよ、ねえ二人とも」
そう言って口角を上げるケイトに、むふんと頷くミューレとジュリア。一行の頭上でふよふよと、三人の天使が馬車に付いて来ているのだ。ちゃっかり吟遊詩人から、ぶどう酒とおやつのクッキーをせしめてるし。
実はスワンとパメラの契約が成立した後、三人娘も馴染みの名前を持つ天使に黒胡椒をずずいと向けたのだ。リュビンに続きパメラが絆を結んだことで、天使たちは遙か昔に人と紡いだ情愛を懐かしんでいた。絶好のタイミングだったわけで、三人娘はお気に入りを見事ゲットしたのである。
「ところで隊から離れてよろしかったのですか? その……」
「ミューレと呼び捨てでいいわよ、明雫の婚約者殿」
「なら、俺もヤレルでいいぜ」
「方舟の目的が邪神界に対するレジスタンスなら、乗組員と絆を結んでも私たちのやることは変わらない。リュビン隊長の許可はもらっているから、どうぞお構いなく」
頭が固いのは相変わらずだがとっつきやすくなったなと、ジャンとヤレルにケバブは思念を交わし合う。どうやらグレイデルと三人娘の人柄が、法側に振り切れていた天使の精霊天秤を中央へ引き寄せているもよう。
「アンジー、羊飼いがいるよ」
「ほんとだ、シープドッグも二頭いるね、リズ」
進行方向で羊の団体さんが、街道をめえめえと横断していた。そういや羊飼いが襲われたって話しは聞いてないよなと、御者台で手綱を握るケバブが首を傾げた。家畜も奪うくらいだから、羊飼いは格好の獲物だろうにと。
言われてみれば確かにと、顔を見合わせるジャンとヤレル。話しを聞いてみましょうと、吟遊詩人らが立ち上がり笑顔で手を振った。これは街道を行き交う旅人や商人が、日常的に行う挨拶みたいなもの。街道の安全や宿屋の混み具合に物価とか、双方が出発地の情報を交換するから割りと大切な交流だったりする。
「襲われたことは無いですね、ケバブさん」
「へえ、そうなんだ。でも最悪の場合、何か対抗手段はあるのかい? シュドラス」
シュドラスと名乗った羊飼いの少年は、いいえとにっこり微笑んだ。何とも不可解なと、ジャンもヤレルもむむむと首を捻る。強盗団からすればこんな襲いやすい相手はいないわけで、大型とはいえシープドック二頭で守り切れるはずもないしと。
「このまま進めばケルアの町です、収穫祭が近いから賑わってますよ。それでは良い旅を、皆さんに神と精霊のご加護があらんことを」
クッキーをお裾分けしてもらったシュドラスは顔を綻ばせ、先っぽに鐘の付いた杖を振り、からんと鳴らして羊の元へ戻って行った。あの鐘は聖なる音色よねと、吟遊詩人らが頷き合う。
「どういうことだい? リズ」
「私たちの演奏と同じなんです、ジャンさま。奏でる者の霊力が、低級な魔物を寄せ付けない特別な力になっています」
「汚れの無い魂が鳴らす鐘の音に、邪なる存在は近寄り難いのよ、あなた達」
ケイトが話しに混じり、いやちょっと待てとシーフの二人にケバブは頭上を見上げる。それじゃ強盗団の連中は低級魔物と融合しているか、悪霊に取り憑かれていることになるのではと。
話しは逸れるが天使隊が擬態しているのは、メイド服の外観だけである。おパンツは穿いてないわけで、同じく見上げる吟遊詩人の四人が、これはキリアさま案件かしらと眉尻を下げ苦笑した。いやキリアの言うことでさえ耳を貸さない連中だから、再びナナシーの出番かも知れない。
「あの羊飼いが無事でいられるならば、そういうことになるわね」
スカートの裾をひらひらさせ、クッキーをぽりぽり頬張る桂林の天使さん。吟遊詩人が見えてる見えてると指摘するも、当のご本人は全く意に介さずあっけらかん。霊体に引ん剝かれない限り、精霊は羞恥心を覚えないのだから致し方なし。
もっともジャンとヤレルはそれどころじゃなかった。これは一大事とばかりに、大慌てで積んだ荷物の中から鳥籠を引き寄せた。グレイデルから預かった伝書鳩で、情報を認めた手紙を結び行ってこいと空へ放つ。キリアが先導して始まった強盗団の討伐は、蓋を開けてみれば魔物討伐になるかも知れないからだ。
「規則ですので、皆さんの手形を拝見いたします」
ケルアの町に到着した一行は、部屋を押さえるため真っ先に宿屋へ入った。老眼なのか宿屋の主人は眼鏡をかけ、一行の手形を吟味する。法王庁とローレン皇帝領が発行したものに間違いはなく、彼は安心したのか表情を和らげた。では記入をお願いしますと、宿帳を広げてペンを置く。
この大陸は通行手形がなければ国境越えはもちろん、他国の宿屋には泊まれず売り買いも出来ない。国民の流出を防ぐための縛りみたいなもので、貧乏な国ほど農民や職人には例え新婚旅行でも発行を渋る。外貨を稼いで来てくれる傭兵や商人ならば、手続きはすんなり通るんだが。
ちなみに移動遊郭の仕事人たちも、ラーニエの手引きで商用手形を授かっている。本業は娼婦ゆえ普通なら発行しないのだが、暗殺者として国境を跨ぎ活動するには必要だったのだ。これもまた、軍団にとっては良い方向に作用したと言えよう。
「宿屋の主人、七名なのに朝食は十人前ですかって驚いてたな、ジャン」
「だが前金のローレン貨幣を見た時は、あのおやじ満面の笑みだったぜ、ヤレル」
「おいおい、朝食に期待はできないぜお二人さん」
「分かってるよケバブ、だからこいつを持って来たんだろ」
ヤレルが持ち上げた麻袋の中には、野営も視野に入れた食料と調味料が色々入っている。美味しい軍団メシに馴染んだ舌では、ケバブの言う通り期待はしない方が良さそうだ。麻袋を用意してくれた三人娘には、もう感謝の言葉しかない。
ところで朝食が十人前なのは、一般人に姿は見えなくても天使が三人いるから。お構いなくと言っておきながら、ご飯は食べる気満々なのでござる。
「ところでジュリア、部屋は吟遊詩人と一緒の方が良かったんじゃないのか」
「最初にケイトが言ったでしょ、ケバブ。私たちは絆を結んだ子の婚約者に興味があるの」
「それってさ、将来的には俺の種子も欲しい、みたいな?」
「なんだ、分かっているではありませんか。一万年近くご無沙汰だったのよ、あれを思い出したら魂の芯がうずうずしちゃって」
「さ、さようですか」
精霊は契約した相手だけではなく、そのパートナーの種子も欲しがる場合が多い。事実フローラの精霊さんたちは、シュバイツの種子も欲しいと明言している。あれとは魂ぐるぐるに違いなく、シーフの二人とケバブはうひっと顔を強ばらせた。
「皆さん、そろそろ出かけますが準備はよろしいですか」
迎えに来たリズに、いつでも行けるよと三人は立ち上がる。まずは仕事をしませんと、調査費をくれたグレイデルに申し訳が立ちませんゆえ。
「ところでこの部屋はベッドが三つしかないのに、天使の皆さんはどうやって眠るのでしょう」
「私たちも親指サイズまで小さくなれるのよ、リズベット」
「リズでいいですよ、ケイトさま。つまり精霊の皆さんが使っている、省エネモードってやつですね」
「そういうこと、でも本人が望めば」
「望めば?」
「このままのサイズで、添い寝してあげないこともないわ」
「さあ行こう行こう、日が高いうちに俺たちはやるべき事がある」
そそくさと出て行くケバブに、そうだそうだと頷き後に続くシーフの二人。話しが変な方向に流れそうだったので、いたたまれなくなり逃げ出したとも言う。あら天使の添い寝は疲労回復に効果がありますのにと、残念そうな顔をする三人娘の天使さん達である。
「吟遊詩人がこの町を訪れるなんて、何年ぶりでしょう。広場で演奏なさるのですよね、私も後から聞きに行きますよ」
町長さんの事務所で許可をもらい、広場で楽器を準備する吟遊詩人たち。彼女らは正式にアウグスタ城の楽師となり、俸給を受け取る立場になっていた。加えて軍団に従軍することから、追加のお手当もある。ここで小銭を稼ぐ必要など全くないのだけれど、これも情報収集の一環、リズは地面につば広の帽子を逆さに置いた。
羊飼いのシュドラスが話していたように、町の人は収穫祭を前にして既にお祭り気分みたい。足を止めて演奏を待つ人々の顔に、わくわくどきどきがすっかり表われている。
リズのライアーハープが、セーラのギターが、イルマのヴァイオリンが、アンジーのフルートが、アップテンポでノリノリな曲を奏で始めた。もう跳ねて踊りたくなるような演奏に、人々はやんややんやと手拍子を打つ。実際に何組かの男女が手を取り合い、くるくると踊り出しました。
「収穫祭だから、倉庫には穀物が運びこまれてるんだろうな、ジャン」
「牛や豚に鶏も、祭り用に集められているだろう、ヤレル」
「悪党どもが狙わない手は、まあないよな」
「そうだなケバブ、強盗団から様子を見に来てる下っ端がいるはずだ」
広場が盛り上がる中、シーフの二人とケバブは周囲に目を光らせる。邪なる存在であれば、この演奏は痛みに感じるはずと。すると頭上の天使たちが、あそこにいるわよと人差し指を向けるじゃありませんか。見れば顔をしかめた男が数人、この場を離れようとしていた。後を付けるぜと、ジャンとヤレルが腰の短剣を確かめる。尾行には向かないケバブが吟遊詩人の護衛は任せろと、傍から見れば物騒な武器類を背負い直すのだった。