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第161話 天使の翼と強盗団(1)

 フローラは瞬間転移を駆使して同盟国すべての首都に、たった一日でグレートシールドを施す離れ業をやってのけた。シュバイツとグレイデルは止めたのだが、法王庁を含む選帝侯の本拠地を魔物の襲来から守りたい、そう言われてしまっては返す言葉もない。シュバイツいわく「無茶しやがって」を、睡魔と戦いながら敢行したのだ。


「丸一日眠ったままですね、キリアさま」

「大規模範囲魔法の奥義を連発ですもの、明雫。魔王閣下の加護とナナシーの補助があってなお、負担は大きかったのでしょうね」


 ここはラビス王国の首都カンザス、つまりプハルツ王子の出身地である。この都で最後だったシールドを展開した後、大聖女は張りつめた糸が切れたように、はらほろひれはれと力尽きたわけでして。

 

「こうして見ると透き通ってるのに、光の加減で淡く虹色に移り変わってる。すごく綺麗だよね、桂林」

「うん、エレメンタル宮殿の結界と同じだわ。私たちもいつか使えるようになるのかしら、樹里」


 お友達が神霊まで進化したらもしかして、そんなことを思いつつキリアはシールドを見上げた。だが果たして、それまでこの子たちは生きているだろうか。いや老い先短い私が考えても詮無きことと、彼女は自嘲気味に笑い首を横に振る。ダーシュがどうかしたのかと思念を寄こしたが、何でもないわと相棒の頭をぽんぽん。


「まずは皆さん、食料の買い出しを急ぎましょう」


 はいと元気いっぱいに声を上げる三人娘と、そうですねと頷く護衛の婚約者たち。

 フローラが眠っているから、飛行艇は空中固定と船内での食料生産ができない。そこでテレジア号はガーリス王の許可をもらい、首都近郊の草原に着陸した次第。買い出しチームを乗せたワイバーンは、当たり前だけど結界を難なくすり抜けました。


「取りあえず肉肉肉野菜でいこうか、明雫、樹里」

「内陸の移動続きで、兵士たちが魚介類を欲しがる頃なんだけどね、桂林。冷凍のマグロはまだあるんだっけ? 樹里」

「とっくに使い切っちゃったよ明雫。こんな時ジブリールさまとセネラデさまがいてくれたらなって、しみじみ思う」


 シュバイツを溺愛する、実態は海龍の大天使と大精霊。この二人は瞬間転移で魚介類を、いっぱい持ってきてくれる奇特な存在だ。フローラがくーすかぴーだと、その有難みがよく分かると言うもの。ぼやいていても仕方ないねと気を取り直し、一行は市場の精肉エリアに足を踏み入れた。


「あんたら」

「こけっ」

「あの方舟から」

「ここっこー」

「来たんだよな」

「こかかこかっかー」

「って何なんだいこの生き物は!」


 肉屋の店主が三人娘に牛刀を突き出したため、こけっこ達がやんのかこらと反応してしまう。店主に悪気はないのだろうが、刃先を向けるのはよろしくない。背中で幼い子供を遊ばせていても、ワイバーンは主人を守ろうとする意志が働くのだから。


「敵意がなければ害はありません、その牛刀を下ろして頂けませんか」

「お、おう、すまねえ」


 頭をかきながら店主は桂林に詫び、最近は物騒でよそ者には警戒していると話す。方舟の話は教会で聞いたし、ガーリス王より大聖女が来訪する旨のお触れもあった。それでも念のため確認したかったんだと店主は言う、翼竜のお供は予想外だったらしいが。


「首都には王国軍と自警団がいるから治安は守られる、だが周辺の町や村が被害に遭っててな。市場で店を構える者としては、買い付けに支障が出るから死活問題さ」

「被害って、どんな連中から?」

「半端者が集まり徒党を組んだ、強盗団だよお兄さん。それにしても色々背負ってるな、だから俺も怪しいと踏んで牛刀を握り締めちまって」

「俺のせいかよ!」


 憤慨するケバブに、樹里がどうどう落ち着けとなだめに入る。歩く武器商人と言っても差し支えないほどの品揃え、治安が悪化すれば怪しむ気持ちは分からないでもないと、ジャンもヤレルもへにゃりと笑う。


「ラビス王国はお国替えをしなかったが、代わりに廃国となった周辺の小国を併合したんだ。そこから流れてくる奴らがよ、全部とは言わねえが、ろくでもねえのが多くてな」

「王国軍や自警団は動いているのですか?」

「キリアさんと言ったか、討伐しようとしてるんだが、強盗団のやつらもずる賢こくてよ。農民に成りすますわアジトを点々と変えるわで、いたちごっこになってる」


 法王パウロⅢ世が廃国としたのは王が魔物を崇拝し、悪しき元選帝侯に加担していた国々である。元から治安が悪く、経済もどん詰まりなのはお察し。そんな所からはみ出した者ならば、お行儀はよくなさそうだ。ガーリス王もさぞや頭が痛かろうと、キリアたちは思念を交わし合う。


「それで何が欲しいんだい? 本日のおすすめは」

「市民に影響が出ない範囲で牛肉をあるだけ!」

「同じく豚肉をあるだけ!」

「右に同じく鶏肉もあるだけ!」


 三人娘の猛攻に、精肉エリアの店主たちが目を点にしてしまう。でもそれだけじゃありまっせん。内臓肉は鮮度が命、すぐに売り捌きたいでしょう全部買うわよと、キリアが追い打ちで畳みかける。

 支払いは帝国で最も信用がある、ローレン貨幣でにこにこ現金払い。だから買い出しチームはどこの市場に行っても、人気者になるんですはい。後ろできゃいきゃいはしゃぐ子供たちを背に乗せた、ワイバーンがのっそのっそと闊歩してます。


「兵士たちは何をしているのでしょう、グレイデル殿」

「ああリュビン隊長、みんな草原に野営テントを設営しているのよ」

「船内で寝泊まり出来るのに、ですか?」

「うふふ、規則にあるんですか、とか言わないでね」


 出かかったセリフの先を越されてしまい、むうと唇を尖らせるリュビン。確かに彼女が言う通り、そんな規則はないしテントを張るのは労力の無駄でしかない。

 甲板の手すりから見下ろす軍団の兵士たちは、えっさほいさと資材を運びテントを組み立てている。だがその表情はまるで大人の子供、嬉々として体を動かしているのだ。なぜあんな楽しそうにと、リュビンは首を捻る。


「フローラさまは、あと数日は目覚めないでしょう」

「私から見れば愚行です、グレイデル殿」

「そうかもしれないわね、でも」

「でも?」

「縁を結んだ仲間たちを、体を張ってでも絶対に見捨てない。そんな君主の気概が兵士たちは嬉しいのよ」

「それと野営テントの設営に、どんな関係があるのでしょうか」

「彼らは原点を振り返っているの、ローレンの大聖女と歩んだ道のりをね。野営はその象徴だから私は隊長たちに許可したのよ、傍から見れば無駄なことでも大事なことってあるものだから」


 無駄なのに大事なこと、それがリュビンには理解できない。けれど人間は往々にして、無駄とも思える遊び心でとんでもない発想を得る。彼女が天使隊の派遣に応じたのも、人間の不思議をもっと知りたいと欲したからだった。


「あなたも進化を経て今の姿に?」

「第八天使隊は、アークエンジェル隊とも呼ばれているわ。元から備わっている光属性の他に、進化で四属性をいくつか会得した天使たちよ。私は地水火風を全部持っているから、隊長に任命されたの」

「なら人間と絆を結んだことはあるのよね」

「それは……まあ……遠い昔の話しだけど」


 グレイデルも、フローラから神界の話は聞いている。議事堂の神官たちと同様、あまりに昔すぎて人との交わりを忘れてるんだろうなと、設営を眺めるリュビンの横顔に見入る。メイド達が何やら画策しているようだけど、ど直球で良いのではと彼女は思う。試しにやってみようかしらと、黒胡椒の革袋を取り出すグレイデルは悪い顔になっていた。


「ねえリュビン隊長」

「何でしょう」

「はいあーん」

「な! な! どどど」

「どどど?」

「どうして急に」

「わたしのこと嫌いかしら」

「そそ、そんなことは」

「ならつべこべ言わずにはいどうぞ」


 摘まんだ黒胡椒の粒が、リュビンの唇に押し込まれる。今まで黙っていたグレイデルの精霊さん達が、やったわねやりましたねとハイタッチ。グレイデルチームのお仲間が増えて、みんな嬉しいみたいだ。

 法側に振り切れているリュビンの精霊天秤を、グレイデルは中央へ引き寄せるだろう。改革が求められる今の神界には、荒療治だがアリかもしれない。手ずから黒胡椒を与えられたリュビンはと言うと、責任は取ってくださいねと膨れっ面だけど目は怒っていなかった。


「どうにも手際が悪かったな、諸君」

「テントの設営は久しぶりだからな、そうかっかしなさんなゲルハルト卿」

「そうは言うがアレス隊長、その緩みが生死を分ける時もある。フローラさまが目覚めるまで、毎日やるぞ」

「つまり、明朝たたんで夜にまた設置すると?」

「当然だコーギン隊長、兵士らが腑抜けでは眠っておられるフローラさまに合わせる顔がない」


 草原に置いたテーブルを囲み、反省会よろしく隊長たちは箸を動かす。桂林が宣言して組み立てられた肉肉肉野菜の献立は、兵士たちにほら食えどんと食えと胃袋に迫って来る。

 まあ焼肉三昧なんだが、このタレがずるいと誰もが黄金の味に唸る。そして箸休めの無限キャベツと叩きキュウリがまた良き塩梅で、味噌が香る豚汁もお代わり不可避の味わい。

 同席を許されたリーベルトが、もう三杯目のご飯に取り掛かっていた。付けて焼いて、焼いて付けて。その肉を白米の上にちょんちょんとバウンドさせてぱくり、そして飯を食い豚汁をすする。あまりの食いっぷりの良さに、思わず隊長たちの頬が緩む。


「それでキリア隊長、相談とは?」

「この界隈に出没する強盗団のことです、デュナミス隊長」


 併合でローレン王国からローレン皇帝領になって今なお、窃盗団とか強盗団という単語を、ついぞ聞いたことがない隊長たち。それだけローレン皇帝領は、性善説が通用する善良な民の国と言える。

 そんな奴らを野放しには出来んなと、アーロン隊長がハラミを焼き網に乗せる。相談とは我々に討伐隊を編成しろってことかと、シュルツ隊長が牛タンを口に入れ、それ俺のだとアムレット隊長がテーブルをぺしぺし叩く。

 

「我々が勝手に動いて構わないのかね? キリア隊長。ガーリス王と教会への申し入れとか、段取りがあるだろう」

「その通りです、ゲルハルト卿。ただグレイデルさまがその……今お取込み中のようですので」


 そう言うキリアの視線を追いかければ、グレイデルとヴォルフにリュビン隊長が、少し離れたテーブルで食事を共にしていた。戦闘以外では飛行艇から出ないと宣言していた天使が、ヴォルフにからかわれているのか口をへの字に曲げている。それをたしなめるグレイデルの目が、なんとも優し気で私たちの世界って雰囲気を醸し出していた。確かにお取込み中で、邪魔をするのは気が引ける。


「こほん、近隣の町や村が被害に遭っています。討伐は兵士たちの気を引き締めますし、軍団の士気を高めるにはちょうどよろしいかと」

「成る程それは名案だ、諸君らに異論はあるかね」

「やりましょう、ゲルハルト卿。弓隊は船内の訓練場だと、どうにも感覚が短距離に偏ってしまって、なあアーロン」

「デュナミスの言う通りです。それに重装隊も軽装隊も、訓練がずっとまっ平らな床では物足りないんじゃないか?」


 さすが分かってらっしゃると、アレスとコーギン、シュルツにアムレットが、不敵な笑みを浮かべてぶどう酒を呷る。強盗団なんぞ捻り潰してやるわと、言わんばかりの勢いで。


「グレイデルさまへは、私から話を通しておきます。ガーリス王と教会の了解を得たのち、正式な命令となるでしょう」


 最初の反省会はどこへやら、ならば討伐隊の編成を組もうと、隊長たちが盛り上がっちゃう。そんな中リーベルトが、ご飯四杯目で豚汁も三杯目に突入していた。

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