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第159話 人間界の一大勢力

 アウグスタ城の執務室に、お久しぶりの顔が訪れていた。以前の行軍で従軍司祭を務めた、シモンズとレイラである。聖職者でも牧師になれば結婚できるため、軍団から祝福され法王領の地方教会に赴任したカップルだ。


 ところがちょいと問題が発生。お国替えの際にはその地に残るか、新天地へ向かうかを、牧師は決めることが出来る。二人は法王さまの治める土地が良いと、後者を選んだわけだ。ところが担当する地方教会が中々決まらず、法王庁の宿舎に仮住まいと言うか留め置かれてしまう。


 今でも文のやり取りがあり、それを知ったフローラはぴこんと思い付きました。ラーニエが婚姻で僧籍から外れたため、再び従軍司祭にと二人を指名した次第。

 彼女の要望に法王庁は、どうぞどうぞと快く応じてくれましたよっと。大聖堂の新築に首都の整備拡張と、法王庁はてんやわんや。そこへ終末問題が重なってしまい民衆の教化にも忙しく、地方教会の人事に手が回らなかったとも言う。


「妊娠四ヶ月なの? レイラ」

「はいフローラさま、おかげさまで授かりました」


 あらおめでとうと、フローラはもちろん同席したグレイデルと、お茶を用意するミリアにリシュルも顔を綻ばせた。出産祝いは何がいいかしらと始まってしまい、シモンズが気の早いことでと照れ笑い。


「従軍司祭の件、引き受けてくれてありがとう」

「とんぜもございませんフローラさま、むしろ光栄に思っております」

「夫シモンズと共に、精一杯務めさせていただきます」


 ミリアとリシュルがまたご一緒できて嬉しいですと、微笑みながらティーカップを並べていく。かつては野営で寝食を共にした仲間である、気心が知れた従軍司祭の出戻りはむしろ大歓迎なのだろう。魔物からの襲撃も経験しているし、その点では二人とも肝が据わっているから何の心配もない。


「ラーニエさまはヘルマン王国に?」

「ううん、ディッシュ湾に係留している飛行艇の中よ、レイラ」

「噂の方舟ですね、中に礼拝堂はあるのでしょうか」


 念のため確認するシモンズに、もちろんあるわよとフローラはにっこり。そこへグレイデルが陸路の行軍ではないから、二人の部屋は確保していると付け加えた。

 武器や鎧を持たない従軍司祭でも、法衣を含む着替えと伝道の書に儀礼用の杖がある。野営と違い部屋へ置きっぱにできるから、これにはシモンズもレイラも助かりますと破顔する。


 ところでラーニエがいなかったらこの二人は、結婚せず生涯独身を貫いていただろう。シモンズに対するラーニエの下世話な問いかけ『レイラと一緒にいて押し倒したいと思った事はあるか』が、二人の人生を大きく変えたのだ。人が紡ぐ縁とは、まことに不思議なものである。


「このあとテレジア号に向かうから、ヘルマン王妃に会えるわよ」

「相変わらずの大酒飲みなんでしょうか、グレイデルさま」

「あらシモンズ、お酒を飲まない彼女を想像できて?」

「ああ……まあ……無理ですね」


 でしょうと笑うグレイデルに、それがラーニエだものと真顔で頷くフローラ。ちなみにフローラは今まで通り、彼女を名前呼びにしていた。本人が伯母上を殊更に嫌がるもんだから、優しい姪っ子は折れてあげたわけだ。


 さてヘルマン王国チームがミハエル号を動かすためには、新たな聖女の魔力鍛錬が必要になる。そんなわけで当面は、テレジア号で行動を共にすることにけってーい。 

 今後はハーフサイズの飛行艇を預かる、三大国の聖女候補も合流する手はずになっている。居候が更に増えずいぶんと賑やかになりそうだが、フローラの下へ勇士が集い、人間界の一大勢力が形成されつつあった。


「お酒の買い出しですか?」

「蒸留酒は傷まないからね、キリア。今のうちにミハエル号へ積んでおこうと思ったのさ」


 ここはローレン王国改めローレン皇帝領の、首都ヘレンツィア中央市場。珍しくラーニエが買い出しに同行したいと言い出し、ハミルトンとアンネリーゼに、許嫁のエイブラハムとアナスタシアも一緒。

 だから燃えやすい度数の高いお酒はですねと、キリアは半眼を向けるが飲んだくれ王妃は全く意に介さず。あとで酒造ギルドを紹介して、なんて言い出す始末だからまいる。


「保存食の干し肉や腸詰めも積み込んで、喫水線まで持って行きたいんだ」

「まずは海上航行が出来るように、という事でしょうか? ラーニエさま」

「ぴんぽん、その通りだよジャン。最大積載量でアンネリーゼとアナスタシアが舵を握ってさ、商船並みに海を航行できるとこから始めないとね」


 私たちも最初は苦労しましたと、三人娘がへにゃりと笑う。もっとも舵に魔力を流し込むことで、御業を行使する練度が上がると頷き合う。実際に単独で空を航行できるなんて、当初は思っていなかったと。


「武人が修行を重ねて達人になるような感覚かな、ヤレル」

「そうかも知れないな、ケバブ。操船は魔力を練るのに丁度いいんだろう」


 あたいもそう思ってたんだと、ラーニエは試食の干し肉を手で裂いてぱくり。同行した四人にあんたらも食べなと差し出すが、路上で売られているものを毒味なしですかと、兄妹とその婚約者はびっくり仰天。まあ普通の王侯貴族であれば、その反応は正しいのだが。


「人体に有害であれば、絆を結んだ皆さんの精霊が教えてくれますよ」

「そうなのですか? キリア隊長」

「ええアンネリーゼさま、ですから私たちに毒を盛るのは不可能なんです。仲良くしてくださいね、あと黒胡椒に赤唐辛子を入れた革袋はいつも忘れずに」


 そう言ってキリアも干し肉を口に入れ、もらったダーシュもあむあむ頬張る。塩だけでなく粗挽き黒胡椒を擦り込んで干したやつだから、精霊さんたちも好きな味なんです。ちょうだいちょうだいと、みんな絆を結んだ聖女におねだりしてますがな。


「それで、移動遊郭はどうされるのでしょう」

「あたいの護衛武官にふたり引き抜いたけど、残った配下はアリーゼに指揮権を預けたんだ。キリアも知っての通り、軍団の兵士から求愛されてる娼婦が多くてね。みんな幸せになっていいんだ、それが自然な流れだと思わないかい?」


 新たなる千年王国に、影の暗殺集団は必要ない淘汰されるべき、それがラーニエの持論であった。喪が明ければアリーゼもゲルハルトの妻となるし、娼婦たちもローレン皇帝領で家庭を持つだろう。部下のシェリーがディアスと結婚した時、まるで自分のことのように喜んでいたのをキリアはちゃんと覚えている。


「あなたらしいですわね、ヘルマン王妃」

「くっ、だからそれはよしとくれキリア、今まで通りで頼む」


 三人娘とシーフの二人、そしてケバブとわんこ精霊が揃ってによによ。一緒に戦場を駆けてきた仲間の友情は、身分や立場が変わっても色褪せない。やっぱりラーニエはラーニエ、それが分かってみんな嬉しいのだ。


「今夜は何が食べたいですか、ラーニエさま」

「それは夕食じゃなくて、酒の肴になるまかないの話しだよな? 桂林」

「うふふ、もちろんですとも。ほらあそこ見て下さい、イカそうめんに良さそうな紋甲イカが」

「お、おおう」

「こちらのアワビも見逃せませんね、姿煮なんてどうでしょう」

「くぅ、いいねえ明雫」

「でもアワビの肝はクラウス候に」

「そりゃどうしてだい? 樹里」

「だって精が付きますもの」


 半月荘では昔からお嫁さんが、夫のためにアワビの肝料理を仕込むんだそうで。ウナギやスッポンと同様この料理が出たら、妻からの合図と思った方が良いとかなんとか。言ってる傍から三人娘が、自ら頬をほんのり朱に染めてしまう。その瞳に映っているのは、もちろんそれぞれの婚約者であります。


「その、皆さん距離が近いのですね。うまく言えないけど物理的な距離じゃなく、精神的なって意味で」

「そりゃ近くもなるさアナスタシア、戦場で死線を掻い潜ってきた仲間なんだ。敵に囲まれても背中を預けられる戦友と言えば、剣士のあんたなら分かるだろ」


 披露宴の席で新郎クラウスに、すり寄ってくる貴族が何人かいた。目的は自分たちも方舟に乗せて欲しいという、甚だ身勝手なお願いである。ラーニエはそのお馬鹿どもに、デキャンタの老酒を浴びせてやったのだ。飛行艇は終末の避難所ではない、乗るからには人類の未来を背負い、魔物と戦う意思を示してもらわねば困ると。


「あの時のラーニエさま、啖呵を切った姿が格好良かったですね」

「からかうなよケバブ。クラウスの隣で聞いてて、もう腹が立って腹が立って、デキャンタでぶん殴ろうかと思ったくらいなんだから」


 やればよかったのにとジャンが、無礼者なんだからとヤレルまで。三人娘とケバブにダーシュもうんうん頷き、あんたたちはとキリアが苦笑い。

 もちろんその時クラウスだって腹に据えかねたから、情けない貴族どもに下がれと一喝。おめでたい席にけちを付けたのだ、後で厳しいお沙汰が下されるだろう。


「軍組織である以上、上意下達で動くのは当たり前のことです、アナスタシアさま。でもフローラ軍はね、爵位称号階級よりも先に敬意で動くんですよ」

「それで規律は守られるのでしょうか、ジャン」

「相手が尊敬できる人物であれば、誰でも自然と頭は下がるものです」

「へえ、ジャンはあたいのこと尊敬してるんだ」

「話しの腰を折らないでくださいよラーニエさま、尊敬してるに決まってるでしょ」


 そいつはどうもと口角を上げ、空になったぶどう酒の革袋を振るヘルマン王妃。しょうがねえなと、ジャンは自分の革袋を彼女に手渡す。戦場において仲間に死を感じさせない漢の存在、ラーニエはそのひとりだと肌身で分かっているから。あっちの手ほどきでは桂林共々お世話になったし、この人を嫌いになれるわけがない。


 なんかいいな羨ましいなと、兄妹と婚約者は思念を交わし合う。心の距離がこれほど近い友人は、自分たちだと側仕えしかいない。特に人質として他国での生活を強いられたハミルトンとアンネリーゼは、買い出しチームが眩しく映っていた。


「ミハエル号に搭乗させる兵士は、もうお決まりなのでしょうか」

「クラウスが軍部と詰めてるんだが、派遣した兵をそのまま流用って案が有力かな、キリア。飛行艇の建造から見ているし、細かい説明を省けるからね」


 かつてフローラ軍が出兵してしまうと、辺境伯領を防衛する兵力が枯渇してしまう問題があった。そこでクラウスはフローラに、ヘルマン王国軍から一千の兵力を貸し与えたのだ。ローレン王国の本軍が帰還するまでの暫定措置だったが、状況が変わり今でも駐留は継続していた。シュバイツのブロガル王国軍が、皇帝軍として再編されたのち交代する段取りとなっている。


「それでも敵は、いつどこから襲ってくるか分からないのですよね、ラーニエさま。魔物との戦闘経験が無い兵士では、領民を守るには少々心許ない気が」

「心配しなさんなアンネリーゼ、フローラさまにはお考えがあるようだ」

「何か策があるのですか?」

「みんな精霊界のエレメンタル宮殿に行ったから、あそこが特殊な結界で守られてるのは気付いてるだろ。フローラさまはそれを会得しようと、ここんとこティターニアさまの指導を受けに通ってるんだ」


 それは物理結界のディフェンスシールドとも、魔法結界のマジックシールドとも違う霊的なもの。ダメージを受けて崩壊する性質のものではなく、魔力上位者でないと解除出来ない恒久的なデュアルシールドだ。

 ナナシーの魔力タンクを使えば、フローラは大陸の主要都市に結界を張る事ができるんだとか。そして結界内に入れるのは、信仰心が厚くフローラに悪意を持たない者と限定される。


「兵士はただ結界に張り付く魔物を、フルボッコにしてやればいい。そしたらあたいらは心置きなく、邪神界へ乗り込めるってな」


 そう言ってラーニエは、革袋のぶどう酒を美味しそうに呷った。俺の分は残してくださいよと、ジャンがへにゃりと笑う。飲み干されると分かっていても一応ね、親しき仲にも礼儀あり期待はしてないけど。

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