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辺境伯令嬢フローラ 精霊に愛された女の子  作者: 加藤汐郎
第5部 新たなる千年王国
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第152話 八句詩音

 魔眼イビルアイ威圧コアシャンと似た系統で、眼光波と精神波の合わせ技。神界と魔界が喧嘩になる時はこの、ガンの飛ばし合いから始まるんだそうで。議事堂の席上から、魔界と精霊界の連合と、対する神界のドンパチが始まった。

 

 ぱちぱち火花が散るのは、双方の眼光エネルギーが空中でぶつかり合うから。なお魔力が格下の者は精神にダメージを負い脱落していく、弱肉強食のサバイバルだったりする。視覚から精神に食い込む技ゆえ結界は役に立たず、最大の防御は強い相手と目を合わせないこと。


「私は精霊女王ティターニア、文句があるなら私を見なさい」

「我は魔王ルシフェル、異議あるならばその眼に我をおさめよ」


 アナは上院だから神官席にいるけれど、周囲の弱い神官はみんなやられてグロッキー。勝てないと分かっている相手は見なきゃいいのにと、冷静さを欠いた敗者にお馬鹿ねと呟く。なおジブリールは瞳を閉じており、バッカスは天井を見上げている。乱戦になればうっかり、なんてことも多々あるからで、これは打ち合わせ通り。


「アナ殿! あなたもかくまったひとりだ、この事態にどう落とし前を付けうぼあ!!」

「あーらごめんなさい、わざとじゃないのよ」


 もらっちゃったシャダイが顔に手を当て、机に突っ伏してしまう。それを目の当たりにし、絶対わざとだと神官側が震え上がった。たまたま目が合っちゃったわねと、悪びれずころころ笑う大地母神さま怖いです。


 神界と魔界の喧嘩が始まった場合、まずは軽いジャブで魔眼戦から始まる。一応ルールがあって、自分の席から離れないこと。各々の机には賛成と反対を投じる小旗があり、敗者は両方立てる決まりだ。


 魔眼戦で折り合いが付かなければ、武装して物理と魔法の白兵戦に移行する。ルールは議事堂から出ないことで、ここまでは紳士的にお行儀よく。魔眼戦で負けた者は参加できず、壁際に寄り見学となる。


 それでも折り合いが付かない場合は、ちょいと困ったことに。勝ち残ったであろう高位精霊が実体化し、何でもありというカオスな展開になるのだ。議事堂はもちろん崩壊するし、周囲の地形が変わってしまう。実際のところ精霊界が仲裁に入るのは、この最終局面なんだとか。


 その精霊界が魔界と共闘したことで、神界はもう高位精霊しか残っていなかった。アナが頃合いかしらと思念を発し、仲間たちが席を離れフローラの元へ舞い降りる。事態の急変に魔眼の応酬は収束し、議事堂は静けさを取り戻す。


「勝手に席を離れないでもらいたいのだが」

「さっきも言ったはず、我々はフローラの弁護人だエロヒム殿」

「ルシフェル殿、なぜ人間をそこまで庇う、種子をもらえば用済みであろう」

「その考え方がカビ臭いのよ、ツァバト殿。あなたが魂の交わりを行なったのは、いったいいつの事かしら」

「君には関係ないだろう、ティターニア殿」


 強がりを言っても、ツァバトの目が泳いでいる。どうやら彼自身、何年前か覚えていないのだろう。あれは良いものよ思い出しなさいと、アナがフローラの頭をなでなで。あらずるいと、ティターニアにオベロンとルシフェルもなでなで。

 そこで指示通り目を閉じていたフローラが、もういいのねと瞼を開いた。途端に神官側から、ええ? とどよめきが起きる。ガンの飛ばし合いに反応した、フローラの瞳がアースアイに輝いていたからだ。原初の神霊が持つ特徴であり、なぜ人間がと訝しむ声がちらほら。


「フローラ、言いたいことがあれば話して構わないのよ」

「アナ殿、勝手な事をされては困る、サイレント(沈黙)

ディスペル(解呪)!」


 喋れなくする沈黙魔法を仕掛けたエロヒムだが、フローラが発動する前に解呪してしまった。そんな馬鹿なと神官側が凍り付き、魔界側と精霊界側もびっくり。

 解呪が成功するのは魔力に於いて、相手より格上だった場合のみ。フローラは大神官よりも魔力は上と、この場で知らしめたことになる。アナに出せなかったもう一押し、これがフローラの実力って事だ、歩く魔力タンク前提だけど。


「私の罪状は魔物の力を利用した、それで合ってるかしら」


 エロヒムとツァバト、そしてダメージから立ち直ったシャダイが、顔を引きつらせながらそうだと頷く。ならばとフローラは扇を広げ顔をあおぎながら、三人の大神官におかしいわねと微笑む、目は笑っちゃいないが。


「だいぶ前から人間界では、魔物と繋がりを持つ者がいるわ。千年王国の何たるかを勘違いしてる、私利私欲の権化がね。失われた魂は数知れず、なのにあなた方はそれを放置した」

「そ、それは」

「分かっているわシャダイさま。人間界は終末を迎える時が来た、邪神界が滅ぼしてくれるなら手間が省ける、そういう事よね」


 言葉に詰まる三人の大神官と、うつむいてしまう神官席の面々。図星だからで、返す言葉が見当たらないのだ。しかし放置した結果は邪神界を勢い付かせ、異界大戦争の引き金となってしまった。その責任は誰がどう取るのかしらと、フローラは神官たちに目を眇める。


「フローラだけを罪人とし、裁くのは無理がありますわね、ルシフェル」

「いかにもだ、ティターニア。諸君らは邪神界に隠れておる人間、グラハムとやらはどうするのかね。まさか神界のお歴々が、治外法権とか言うまいな。それでは公平性に欠け、この裁判自体が茶番であろう」


 精霊女王も魔王閣下も、理路整然と論陣を張る。そもそもローレンの聖女とは、終末を迎えた人類に一度だけチャンスをと、ルシフェルの提案で始まった救済案だ。

 フローラは軍団を率い、終末を回避すべく戦ってきた紛うことなき聖女。縁を結んだ精霊たちは、できれば飛行艇で安全な場所へ避難して欲しいと願っていた。だが彼女の性分はそれを良しとせず、正々堂々と事に当たって来たのだ。


「私たちが自力で新たな千年王国を目指す、それは悪い事なのかしら」

「無理に決まっている」

「どうしてそう言い切れるの? シャダイさま」

「歴史を遡れば明らかだろう、人間とは堕落する生き物だ」

「でも私は人間界の大陸をまとめ、邪神界に戦いの先鞭を付けた。少なくともあなた方よりはまともだと思ってる、避けて通れない道だと知っているから。

 過去の栄光に胡座をかき、怠慢を重ねた結果が邪神界を調子付かせた。裁かれるべきは頭が錆びついている、神界のあなたたちではなくて?」

「お、おのれ言わせておけば! 七大天使の諸君、この娘をなんとかしろ」


 私も七大天使のひとりなんだけどなと、ジブリールが諦めの境地で魔方陣を展開する。うちら戦闘向きじゃないんだけどと、ヘカテーにバッカスがあたふたしつつも戦闘モードに。

 ティターニアとオベロン、ルシフェルにリャナンシー、ヒュドラ(アモンとマモン)にセネラデも、それぞれが戦装束にコスチュームチェンジ。魔界と精霊界の席からも、次々と魔方陣が浮き上がった。なお戦装束とは精霊が、魔方陣を用い外殻となる鎧をまとうこと。喧嘩は第二ステージへ移り、白兵戦が行なわれることに。


 だがそこで、とんでもない言霊を発動した人が――。


「天にまします神々に願い奉る、エロイムエッサイム(我は求め訴えたり)!」 


 フローラの凜とした言霊が、議事堂に響き渡る。天にましますで始まったなら、その御業はゴッドハンド。ワイバーンの卵を取り戻すため、仙観京で用いた古代の言霊(エンシェントスペル)だ。これは打ち合わせに無かったことで、味方のみんながびっくり仰天。


「己の使命を忘れ保身に走る愚か者に天誅を!!」

「隕石六十四個分に換算して、ゴッドハンドは幾つになる? ヘカテー」

「私に聞かないでよバッカス、フローラが千手観音になりそう。これは離脱の準備をしといた方がいいかも」

「我が名はフローラ・エリザベート・フォン・シュタインブルク」


 神界側も白兵戦に向け魔方陣を展開中だったが、ゴッドハンドの詠唱に慌てふためいた。ジブリールを除く七大天使も及び腰、なぜならば魔力差でフローラの詠唱を止められないからだ。物理攻撃で妨害しようにも、フローラを守る武装した弁護団が構えており付け入る隙がない。


「はい皆さんちゅうもーく」


 アナが突然声を上げ、ぽんぽんと手を叩いた。けれどフローラの詠唱は止まっておらず、我が望みはと続いている。威嚇ではなく本気でやらかすつもりだと、焦る連合と神界の面々。もしかしたらアナが詠唱を中断させてくれるかもと、期待したが望みは脆くも打ち砕かれた。


「フローラ、詠唱はそのまま最後の技名でキープ。これから大事なお話をするの、発動するかどうかはその後で決めて」


 魔素はいつでも注ぎ込めるほーと、ナナシーが準備万端を告げる。あらいい子ねとアナは、ナナシーの頭もなでなで。中断させない大地母神に、精霊女王も魔王閣下も目をぱちくり。それは他の仲間たちも一緒で、やはり離脱の準備をと思念を飛ばし合う。

 隕石よりはまだいいが、神の手も万能攻撃のひとつ。属性は関係ないからレジスト出来ず、誰もがダメージを受ける。倍の乗算で幾つ落とすのかは、本人であるフローラのみぞ知る。


「ゴッドハンドの言霊、始まりは天にまします神々よ。ここで言う神々とはいったい誰を指すのか、皆さんお分かりのはず。もちろん私も含め、この議事堂に該当者はいないわ」

「それじゃ誰なんだほ? アナ」


 怖いもの知らずの流動体が、発動を一時停止しているフローラに代わり尋ねた。ここにいるのがみんな、神々じゃないのかほと。


「宇宙開闢であのお方は、自分の手足となり支えてくれる脇侍きょうじを七体お生みになったの。それぞれ虚無・光・闇・地・水・火・風を司るセラフよ。奥義を行使するとき言霊に出て来る神々とは、七大セラフを指しているわけ」

「ふむふむ、それじゃアナはどんな立ち位置なのかな」

「私は七大セラフの直系で最初の子、無量無辺の神霊十二柱と呼ばれる存在ね。フローラを依り代にしている、ミドガルズオルムもその一柱よ」


 話しを聞きながらフローラは、成る程と合点する。ミドガルズオルムはアナを古い友人と話していたが、古いどころか世界の始まりから知り合いだったわけだ。ちなみに無量無辺を冠するのは、永久に無限の恵みをもたらす光明を意味している。


「さて皆さん、生まれた時から虚無の属性を持つ者など、未だかつておりましたでしょうか。答えは否、そもそも不可能だからです」

「どうして言い切れるんだほ?」

「虚無のセラフから生まれた、直系でなければ辻褄が合わないからよナナシー」

「ほむ」

「でも虚無のセラフは」

「ほむほむ」

「子を成したことがないの。無量無辺の神霊十二柱も、最初は六属性だったわ」


 人間と魂の交わりを行い子孫を残す過程に於いて、虚無の属性が開花し七属性が揃ったとアナは言う。神界も精霊界も魔界も、アナに反論しないのは事実だから。


「それじゃおいらはいったい、何なんだほ」

「虚無のセラフが初めてなした直系の子、それしか考えられないの。他の属性を持たない単一属性だけど、あなたは魔物じゃなく立派な精霊と考えるのが妥当ね」


 すると三人の大神官が、飛躍しすぎだと異議を唱えた。神界はどうあってもナナシーを、自然発生にしたいらしい。それは苦労して手に入れた第七属性の虚無を、単細胞生物が持っていることへの嫉妬だろう。

 そもそもフローラへの嫌疑は、魔物の力を利用した罪だ。正しい手順で精霊と絆を結んだ場合、裁判自体が無効となる。実際にフローラは黒胡椒を、手ずからナナシーに与えたのだから。


「自然発生とするのが妥当、裁判を続行すべきだ」

「ならば自然発生を証明すべきでは? エロヒム殿」

「検証と証明は弁護団の仕事だろう、ルシフェル殿」

「ハックション!」


 議事堂に、間の抜けたくしゃみが響き渡った。それは奥義を一次停止していたフローラで、ゴッドハンドの発動は中断されたと誰もが思ったことだろう。

 ただひとりアナだけが、あらまあという顔をしていた。古代の言霊には同じ詠唱を使う、八句詩音なる奥義が存在するからだったりして。

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