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辺境伯令嬢フローラ 精霊に愛された女の子  作者: 加藤汐郎
第5部 新たなる千年王国
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第151話 威圧で力比べ

 シュバイツはかつてジブリールから、不興を買いコアシャン(威圧)を受けたことがある。セネラデが結界を張った海底で、潮流が渦を巻き魚の群れを巻き込むほどであった。対象者にぶつける術ではあるが、周囲に及ぼす影響は大きい。


 テーブルの食器はぽんぽん跳ね、まるで嵐が来たようにカーテンがはためきだす。室内の空気が対流を始めるが、ずっしりと重い。コアシャンとは念動波と精神波の合わせ技、フローラがそう話していたなとシュバイツは思い出す。


 気が付けば彼も、結界の淡い防御壁に覆われていた。いったい誰がと見渡せば、精霊女王がウィンクしてよこした。フローラにはちょうど魔王閣下がかけたところ、安全対策はばっちりのようで。

 側仕えの精霊たちは室外に退避しており、ここにいるのは関係者だけ。お偉いさんたちはこの力比べで、フローラの力量を見極めようとしているのだろう。当の両者は今のところ、すました顔をしているが。


「こんなもんじゃないはずよね、フローラ」

「だってアナ、貴賓室を壊しちゃったら」

「神霊は第七属性の虚無、すなわち創造と破壊を会得した存在なの。壊れたら壊れたで、オベロンが修復するでしょう」


 はいはい営繕は僕の仕事ですよと、精霊王は跳ねる皿からエビチリを摘まんでひょいぱく。全力でいきなさいと精霊女王が、出し惜しみは無用だと魔王閣下が、フローラに火を点け油を注ぐ。


「ふんぬぬぬ!」

「いいわよいいわよフローラ、もっともっと」


 フローラが動植物を育成する時、育て過ぎちゃうのもナナシーが原因と判明していた。どおりで生産量を、うまくコントロールできない訳だ。言霊を発する時だけではなく、魔力の行使では意思の疎通を図ろうと、二人は約束を交わした。ナナシーは今フローラが手にする扇に、魔素をずいずい流し込んでいる。


「ナナシー」

「なんだほ? カネミツ」

「お前さん触手をいっぱい伸ばせるんだろ」

「そうなんだな、何本でも出せるっぽ」

「食べたい料理があるなら、皿を掴んでた方がいいぞ」

「おおう、それはいけないんだな、お料理を救済するほ」


 言ってるそばから、テーブルで暴れていたカトラリーに変化が。コアシャンのぶつかり合いで弾かれひゅんと音を出し、ナイフが飛んで壁に突き刺さる。シュバイツにスプーンが飛んできて結界に当たり、原形を留めず金属の塊となって床に落ちた。


 やがてフローラとアナの間に威圧衝突で起きた、高エネルギーの青白い光が浮かんでぱりぱりと音を出す。テーブルの上で両者の間を行ったり来たり、可視化されることで戦況が分かるようになったとも言う。アナが優勢ではあるが、フローラも負けじと押し返している。


 高密度な念動波と精神波のぶつかり合いで、カーテンはびりびりに破れ壁の一部が崩れ、柱にひびまで入った。部屋の中を調度品が飛び回る中、テーブルだけ動かないのはナナシーが食器ごと押さえているから。ちなみにこの子、物理無効だからナイフもフォークも突き抜け素通りしていく。


 このまま続けたらどうなるんだろう、止めなくていいのかとシュバイツは焦る。だがお偉いさんたちは顔色ひとつ変えず、フローラを注視していた。たとえ貴賓室が崩壊しても、構わないってことなんだろう。


「お待たせしましたー! とっておきのまかない料理でーす」


 青白い光は消え失せ、室内に満ちていた重圧が霧散する。張り詰めた糸をぷつんと切った声、それはワゴンを押してきた桂林であった。あのお嬢ちゃん度胸あるなと、カネミツが感心しきり。側仕えの精霊たちが室外に出たのだ、何が起きているか聞いているはずと。


「ぶっはぁ」

「フローラ、もう一押しのところで加減したわね?」

「だってだって、アナが相手じゃ」

 

 そう言って突っ伏すフローラに、彼女はまあいいわと表情を緩め、額に滲んだ汗を拭った。おそらく力量を把握したからだろう、他のお偉いさんたちも満足そうな顔をしている。


 私何かやらかしましたかと、しれっと首を傾げる桂林。勝負を邪魔したことになるのだが、アナが相手じゃフローラは全力を出せないと知っての乱入だった。そして何よりも、お料理を台無しにされるのが許せなかったようで。

 いつの間にか明雫と樹里も入室しており、カトラリーを取り換え、まかない料理の器を並べていく。本当は自分たちが食べるつもりだったすき焼き丼、まかないですゆえ。


「フローラは配下に恵まれているわね」


 目を細め、アナは丼に七味を振る。この一言で桂林へのお咎めはなしと、暗黙の了解でお偉いさんたちも箸を取る。原理原則に厳しいジブリールだけ、何か言いたそうな顔をしているけど。


「神界の上院と下院で、フローラのコアシャンに対抗できる神官はどのくらいいるかしら、ジブリール」

「それを私に聞くの? ティターニア」

「君を含む七大天使と三人の大神官、残りは両手で数えるくらいではないか?」

「ちょちょ、ルシフェルまで」

「義理人情をかける必要のない相手なら、あと一押しがあるからな、セネラデ」

「うむ、これは面白いことになったぞな、ヒュドラ」


 ここで言う三人の大神官とは、男性らしさを司る神霊エロヒム、女性らしさを司る神霊シャダイ、戦いを司る神霊ツァバトのこと。フローラを夢で呼び出し、発言権も拒否権も与えず、ナナシーを押し付けたお偉いさんのことね。


「バッカス、あなたも何か言ってよ」

「悪いジブリール、私も……そのお……面白いと思ってしまった」

「ちょっとお」


 原初の神霊アナに肉薄したのだ、単純な魔力行使であれば、実力は精霊女王や魔王閣下と遜色ない。議事堂でフローラが何をしでかすか、みんな興味が湧いてしまったようす。ヘカテーとリャナンシーも、心なしか悪い顔になっている。


「神界と魔界が喧嘩するのは、天秤が振り切れたまま固着した時よ」

「余裕がないってこと? アナ」

「そうよフローラ。長い寿命を持つ私たちは、どうしても古い考え方に凝り固まってしまう。法で縛り付けるか、武力で捻じ伏せるか、双方が両極端になっちゃうの」

「だから人間と交わり、柔軟な思考と発想を取り入れるのよね」


 その通りと頷きながら、アナは箸をくるっと回す。たまたま邪神界の問題が表面化しただけで、残念ながら今の神界にはゆとりがないと。そこいくとフローラを見初めたルシフェルは、まだ柔軟な思考の持ち主で助かったとも。

 魔王閣下はフローラとシュバイツに、滅んだ旧人類の資料を見せるている。実は神界の中じゃ、それを問題視する一派もいるんだとか。何だよそれとシュバイツが口をへの字に曲げ、フローラも杓子定規ねと唇を尖らせる。


「今の神界に必要なのは、古い衣を脱ぎ捨てることだわ。ジブリールも少し前と比べたら、ずいぶんと丸くなったじゃない」

「そうでしょうか? アナさま」

「自分では気付きにくいものよ、シュバイツの影響を多分に受けているわね」


 全ての人間が天秤のど真ん中ってわけじゃない。シュバイツは力寄りの立ち位置だから、法に振り切れているジブリールを引っ張り余裕を持たせたのだ。でなきゃ彼女はこの場にいないし、とっくに上へ報告しているだろう。

 ずいぶん優しくなったよねと、精霊女王に精霊王が頷き合う。本来は世話好きなんだよなとシュバイツが真顔で言っちゃって、当のご本人からぷしゅうという音が聞こえたような聞こえなかったような。


「今の神界は改革が必要なのよ、フローラ。一万年以上も人間と交わっていない、頭が錆び付いてる者が多くてね」


 ジブリールは何も言わないが、バッカスがこくりと頷いた。そりゃ考えものだねとシュバイツが、付け合わせのタクアンをぽりぽり頬張る。しかし言い換えればそれって、人間界で天使を世話してやってくれって話しになりはしないだろうか。


「それで皆さんは、ナナシーの処遇をどのようにお考えでしょう」

「その前にバッカス、私たちはこの子の存在意義を考える必要があるわ」

「と言うと? ティターニア。外道界に自然発生した変わり種、この認識は誰もが同じと思うけど」

「そうね、でも本当に自然発生なのかしら。宇宙の意思とも考えられるわよ、君臨すれど統治せずのお方が動いたと」


 自我と感情を持ち合わせる単細胞生物が、かつて自然発生した試しは無い。どの種族も宇宙の意思で生み出された以上、ナナシーも例外ではないはずと精霊女王は焼き豆腐を口に運ぶ。さもありなんと、精霊王がしらたきを箸で持ち上げる。だが単細胞にしては本体の大きさがおかしいと、魔王閣下が牛肉をもぐもぐ。魔素を溜め込むように生み出されたのではと、リャナンシーが丼に生卵をぽとり。


「いま……何をした?」

「牛丼もそうですけど、このすき丼もぎょくがよく合うのです、ルシフェルさま。あ、明雫、紅ショウガもっとちょうだい」

「はい、うけたまわりー」


 何だってー! と、小鉢にある卵の意味に気付き、みんな一斉に手を伸ばす。

 ゲオルクと絆を結び、シーフの二人やケバブとも仲が良い魔族のお姉さん。やっぱこれでしょうと、わしわし掻き込んでいく。彼女もやはり振り切れた力側から、天秤の中央側へ引き寄せられたのだ。


「大分類は精霊、中分類は力側の精霊ね。小分類に今までなかった、アメーバ族を加えるようかしら」

「種族認定なさるのですか? アナさま」

「最初からそうすべきだったのよ、ジブリール。ナナシーを外道王とし、外道界に君臨することを認めるべきね。差し当って神界の頭の固い連中を、がーんとぶん殴ってくれる人が欲しいところ」


 わかめと青菜のお味噌汁を、無心にふうふういってすするフローラ。そんなあっけらかんな彼女に、お偉いさんたちの視線が集まっちゃう。ちょうどそこへ側仕えの精霊が入室し、神界から招集がかかりましたと告げた。


 ――かくしてここは、神界の議事堂。

 相変わらず被告人席のような場所に立たされ、フローラは腹に据えかね最初からやんのかモード。隣に立たされるナナシーは、フローラと離れたくないから腕を掴みくっ付いている。


『前より人が多いほ』

『上院と下院の神官が、全員集まるとアナが話してたもんね』


 正面議長席に大神官三人が座り、その両脇に七大天使が控えている。その下段には神官が勢揃いしており、左側には魔界の代表が、右側には精霊界の代表が居並ぶ。


「裁判に先立ち、被告人を一時的にかくまった者らへ聴取を行なう」

「お言葉だがシャダイ殿、誰が被告人で、何の裁判かね」

「決まっているだろう、そこにおるフローラだ、ルシフェル殿。魔物の力を利用して十六個の隕石を召喚し、邪神界でバアルの塔に落とした」


 どうしてそれが罪になるのよと、フローラは思わず声を上げる。だが被告人は黙りなさいと一喝され、むうと頬を膨らませる。そうかっかしなさんなと、オベロンから思念が届いた。舞台を整えるから、もうちょっと待てと。


「ルシフェル殿、君も被告人を匿ったひとりだ、何か申し開きは?」

「裁判となれば弁護人が必要、我々は弁護団を結成したにすぎない」

「詭弁を申すな、ティターニア殿はどう説明する」

「ルシフェルが言った通りよ、これは精霊界と魔界の総意と受け取ってちょうだい」


 神官の席がざわつきだし、シャダイが静粛にと声を荒げた。

 神界と魔界が喧嘩を始めた時、仲裁に入る第三の勢力が精霊界だ。その精霊女王が総意と言ったからには、精霊界が魔界と共闘する事を意味している。神界にしてみれば分が悪い話しで、神官たちが慌てるのも無理はない。


「魔界と手を組み、神界を貶めるおつもりか」

「だまらっしゃい! このすかぽんたん!!」


 精霊女王の剣幕に、議事堂がしーんと静まりかえる。ティターニアはこんな一面もあるんだと、フローラはびっくりどっきりでもステキ。やがて被告人そっちのけで、議事堂に火花が飛び始めた。

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