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第15話 メイド達の休憩時間

 ――ここはブラム城のスティルルーム。


 昔は薬の蒸留や調合を行なう場所であったが、医師や薬剤師が増えたことから、メイドが保存食を作る場所に置き換わった部屋だ。特に甘いお菓子やジャムは立派な保存食となるため、どこのお城でも専属のメイドを雇っている。


 戦時であるからお茶会も晩餐会も開く予定はなく、スティルルームは兵站糧食チームとメイド達の休憩室になっていた。昼食の提供を終え夕食の仕込みも終わり、特に用事を仰せつかってなければ一番まったり出来る時間帯だ。


「メイドにも序列があると、キリアさまが仰っていたわよね、ケイト」

「上級メイドって言われても、さっぱりだわミューレ。ジュリアは分かる?」

「私に聞かないでよケイト、知ってるわけないじゃない」


 そんな話しをしながら、お茶をすするキャッスル・メイドたち。

 なら私が教えてあげましょうと、兵站糧食チームのポワレが紙とペンを手に、席を移ってきた。首都ヘレンツィアで大きな飲食店を営む店主の奥方で、糧食チームのまとめ役でもある。これは話しを聞かねばと、通いのメイド達も集まって来た。


「城を持たずお屋敷住まいの中流と下級貴族では、台所事情に合わせて……ここで言う台所ってお金のことね、メイド・オブ・オールワークを雇うの」

「どんな仕事になるのですか? ポワレさん」

「書いて字のごとく、何でもこなすメイドよジュリア。掃除洗濯から縫い物にお料理まで、それこそ何でも。予算とお屋敷の規模に合わせて必要な人数が雇われ、奥さまの指示で働くの」


 ケイトとミューレにジュリアは、もうメイド・オブ・オールワークとして立派に働けるわよと、ポワレはにっこり微笑んだ。これがお城になると人数も増え、分業化されてややこしくなるのと、紙にペンを走らせる。


「シュタインブルク家の主城であるアウグスタ城の場合、使用人は約二百名でうち八割はメイド。その女性使用人を統括するのが、メイド長で伯爵夫人のアンナさまね」


 その直属は――。

 ヘッド・シェフ:女主人の専属料理人。

 レディース・メイド:女主人の側近であり、侍女とも呼ばれる。

 ハウスキーパー:女性使用人のまとめ役で、下級貴族から選ばれる。


「直属と呼ばれる方々が、アウグスタ城に於ける上級メイドよ。女主人に幼い子供がいらっしゃれば、育児係のナースと、教育係にガヴァネスが直属に加わるわ」

「アウグスタ城にはグランシェフ(総料理長)がいると伺いましたが」

「そうそう、宮廷向けの一流料理人ね、ケイト。でも女主人の好みに合わせられる、専属料理人も必要なのよ」

「レディース・メイドって、どんなお仕事なのですか?」


 よくぞ聞いてくれましたとポワレは、質問したミューレのほっぺたを指先でちょんちょん突いた。彼女は料理店の娘だったからキッチンメイドとしてお城に上がり、見込まれてレディース・メイドに抜擢された経歴を持つ。本人は昔取った杵柄きねづかだと言うものの、その表情には自信と誇りが見て取れる。


「アンナさまの側仕えをなさるお二人、メイド服ではなく貴族と同じ服装でしょ。レディース・メイドは女主人から、衣服を下げ渡されそれを着るの。身の回りのお世話はもちろん、配下にウェイティング・メイドを持つ特別な地位なのよ」


 ウェイティング・メイドとは令嬢のお世話をするメイドで、レディース・メイドの見習いという立ち位置。どちらも女主人に付き従い、王侯貴族との戦場で最前線に立つ重要なポジションよとポワレは言う。


「その戦場というのがよく分かりません、ポワレさん」

「そうねミューレ、あなた達にはまだ理解しにくいかもだけど、お茶会は王侯貴族との戦場なの。ただお茶を飲み世間話をしてるように見えて、水面下では情報を引き出すための腹の探り合い」


 うわぁと頬を引きつらせ、固まってしまうキャッスル・メイドと通いのメイド。

 そりゃそうよねと、糧食チームがクスクス笑う。その情報戦をサポートするのもレディース・メイドであり、仕える主人の腹心でなければならない。だから貴族の衣装を身にまとい、特別な地位を与えられるのよと、補足説明を入れてくれた。


「そう言えばこのお部屋にちなんだ名称の、メイドも存在するのですよね」


 通いメイドの一人がそう言い、興味があるので教えて下さいとおねだり。よっしゃこの際だから、お城で働くメイドを詳しく教えましょうと、ポワレは指先でペンをくるくる回した。


「レディース・メイドが最前線の兵士なら、スティルルーム・メイドは後方支援を行う兵站部隊ね」


 そうなんですかと、目を丸くするメイド達。例えだからねと、ポワレ先生は目尻にしわを寄せる。どうしてこのメイドがハウスキーパー直属で補佐役なのか、それを教えてあげると口角を上げた。


「スティルルーム・メイドはこの部屋で、お菓子やジャムといった保存食を作るのが本業よ。でも実際はね、もっと重要な使命を任されているの」


 ふむふむそれでと、身を乗り出すメイドたち。食い付きがいいわねと、糧食チームがによによしながら見守っている。


「お茶会できょうされるのは、サンドイッチやスコーンといった軽食も含まれるわ。二段や三段のティースタンドに乗せる、お菓子と軽食に全力投球するの。美味しいもので王侯貴族を唸らせ、情報戦を有利に展開する。だから後方支援なのよ、スティルルーム・メイドは」


 おおうと、瞳を輝かせるキャッスル・メイドと通いのメイドたち。下級メイドとは明らかに一線を画する、花形職業に思えたのだろう。他に酒宴で給仕を担当するパーラー・メイドも、情報戦では重要な立場よと、ポワレ先生は教えてくれた。


「通いのあなたたちも、近くキャッスル・メイドを名乗るお許しが出るでしょう。国境の砦で働くメイドは、どうしても複数の仕事を兼務します。キャッスル・メイドは下級メイド以上の仕事をこなす者に与えられる、造語だけど称号なのよ。その分お給金も上がるから、がんばりなさい」


 白パンひと月分ですねと、通いの誰かが口走っちゃった。スティルルームが笑いの渦に包まれ、俸給を教えてしまったキャッスル・メイドがはにゃんと肩をすぼめる。そこから教育が必要なのねと、こめかみに人差し指を当てるポワレ先生である。


「女主人やメイド長から『あなただからお願いしたいの』そう言われるメイドになりなさい。その辺にある雑草ではなく、凜と咲く一輪の花、オンリーワンになるのよ」


 そんなポワレ先生に、はいと元気よく声を揃えるメイドたち。平民であっても、レディース・メイドにはなれる。料理の才能があるから、ヘッド・シェフだって狙えるだろう。将来が楽しみだわと、糧食チームの面々が目を細めた。


「ポワレさんは、何歳までアウグスタ城にいたのですか?」

「あら、それも良い質問ねケイト。レディース・メイドは若いうちだし、両親の飲食店を継がなきゃいけなかったから、三十歳で引退するつもりだったの。でもテレジアさまに引き止められちゃって」


 先代のフュルスティンよと、糧食チームの一人が補足する。ちょうど身籠もられた時期で、ポワレを育児係であるナースに指名したのだと。


「ご指名だなんて正にオンリーワンですね! ポワレさん」

「そうね、でも大変だったわ」

「え? 今のフュルスティンって……その」

「ううん、普通のご令嬢よケイト、お稽古事では脱走の常習犯だけど」

「それ以上に大変なことって、あるのでしょうか」


 するとポワレ先生、キャッチなのよと遠い目をした。それって何だろうと、首を捻るメイドたち。糧食チームも話しには聞いているが、具体的な内容は知らないのでポワレの続きを待っている。


「シュタインブルク家の女子は、アウグスタ城の城壁を登らなきゃいけないの。しかも命綱なしで」


 しーんと静まりかえるスティルルーム。なんで王族の家系に生まれた女の子がそんな事をと、誰もが信じられない面持ちでいた。


バトラー(執事)も動員して、みんなでカーペットを広げて、落ちたらキャッチするの。あれは心臓に悪いわ、ううん、口から心臓が飛び出るくらい寿命が縮む思いよ」


 急に風が吹けば落下地点も微妙に変わるから、みんなしてカーペットの端を握り、あっちに行ったりこっちに行ったり。それでも辺境伯令嬢さまは、嬉々としてまた城壁に取り付くのだから参ると。


「あのとき私はね、確信したのよ。アウグスタ城で働くメイドの中、精神的に一番しんどいのはナースとウェイティング・メイドだなって」


 ご令嬢が六歳になれば、ナースの仕事はウェイティング・メイドに移る。当時はまだ城壁をクリアしておらず、引き継ぎの際はウェイティング・メイドを不憫に思ったものだと、しみじみ語るポワレである。


「それよりも東方のお料理を、色々覚えることが出来たわ。三人には感謝しているのよ、まだ隠し球があるのでしょ? 楽しみにしているわよ」


 そこは首都ヘレンツィアで料理店を構える女将さん、新しいレシピには目がない。

まだまだありますお任せ下さいと、胸をポンと叩くキャッスル・メイドの三人であった。


 ――その頃、ここは執務室。


「アン・ドゥ・トロワ、アン・ドゥ・トロワ」


 グレイデルが声と手拍子でリズムを刻み、フローラが舞踏ダンスの練習をしていた。舞踏会で演奏される楽曲は三拍子なので、アン・ドゥ・トロワと拍子を取るわけだ。

 お相手は従軍司祭のオイゲンで、軍団にあって一番暇そうだから引っ張り出されたとも言う。もっとも本人は楽しいらしく、終始にこにこしている。何も言わずテーブルの椅子に座る、メイド長のアンナがとっても怖いのだけど。


「あ、ごめん足踏んじゃった」

「従軍用のブーツですからお気になさらず、フュルスティン。少し休憩いたしましょうか」


 オイゲンがアンナをちらりと見やり、彼女はそうねと頷いた。側仕え二人がお茶の準備を始め、テーブルに茶器を並べていく。


「そう言えばメイドの事で話しがあるのよね、アンナ」

「キャッスル・メイドの件です、フローラさま。彼女たちはハイ・キッチンメイドですし、バターやチーズを作れるデイリー・メイドですし、炊事場にある金庫の鍵まで預かっています。大人の事情が分かる年頃になれば、スティルルーム・メイドになれますでしょう。このままの地位と俸給では、いささか問題があるかと」


 確かにそうですねと、オイゲン司祭がシュガーポットに手を伸ばした。やってる仕事は下級メイドどころではなく、さりとて上級メイドには届いていない。


「分業化が進み今は使われなくなりましたが、昔は秀でた才能があるメイドをファースト・ハウスメイド……略してファス・メイドと呼んでおりました。それを復活させたらいかがですかな、フュルスティン」

「それは名案ねオイゲン司祭、アンナとグレイデルはどう思う?」


 いいかも知れないわねと、頷き合う二人。キャッスル・メイドになる村娘と線引きも出来るし、誰も反対はしないはずと。ならそれで決まりねと、フローラはぽんと手を打った。では俸給額を決めましょうと、話しはトントン拍子に進んでいく。


 あの三人のこと、俸給を見たら目を回すだろうなと、オイゲン司祭は頬を緩めティーカップに砂糖を入れた。無駄遣いをせず三年も勤めれば、庭付きのちょっとした家が買えるよと。


「ミリア、リシュル、城にいる間あの子達に、ウェイティング・メイドの教育をお願いしていいかしら。特に『大人の事情』を」


 かしこまりましたと頷く二人の側仕え。どちらも平民からアンナのレディース・メイドとなった、現役の戦闘要員……もとい上級メイド。

 アウグスタ城に戻ればフローラにも、お付きのウェイティング・メイドはいる。だがみんな引退する年齢に近付いており、残念ながら任せられる後釜がいないのだ。

 アンナは戦争が終わったら、三人娘をアウグスタ城へ連れて行くつもりなのだろう。これは面白いことになってきたって顔で、お茶をすするオイゲン司祭であった。


 ――そして場面は炊事場に。


「やった! 成功よケイト」

「固まったわねミューレ。ジュリア、あれをやりましょう」

「あれねケイト、んっふっふー、久しぶりだから楽しみ」


 何事と、三人の前にある鍋を覗き込むキリアとポワレ。そこには白い塊が見え、さっきまで豆乳を温めていたはずと顔を見合わせる。


「東方では、お豆腐と呼ばれています」

「このまま食べるの? ミューレ」

「もちろん食べられますけど、更に手を加えた料理があるんですポワレさん。ピリ辛ですけど、美味しいですよ」


 どうやって固めたのか、ケイトがキリアに説明していた。本来は海水から作るニガリを使うのだが、塩で固める事も出来る。ただしどんな塩でも良いというわけではなく、たまたま今日入荷した岩塩で試したら固まったんだとか。そこへジュリアが調理台に、壺をふたつ大事そうにゆっくり置いた。


「これはなあに? ジュリア」

「東方の調味料で、お醤油と豆板醤です、キリアさま。お醤油は炒飯にも使ってたんですよ」


 ブラム城に連れてこられてから、三人は細々仕込んでいたと話す。でもグリジア軍から奴隷扱いされ悔しいから、あいつらの糧食には使ってやらなかったとしたり顔。

 意外と頑固ものなのねと、思わず笑ってしまうキリアと兵站糧食メンバーたち。そして登場したのは、麻婆豆腐まーぼーどうふなる料理であった。

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