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辺境伯令嬢フローラ 精霊に愛された女の子  作者: 加藤汐郎
第5部 新たなる千年王国
140/193

第140話 精霊の援軍はないんだってさ

 霊的な存在である精霊は、必要に応じて肉をまとう。本質を現すのが実態で、高位精霊になると人間の姿にもなれる。子孫を残せるようになるのも、この時からなんだそうで。もっともそこまで進化すると雌雄同体になり、人間モードでは見た目がほぼ女性となる。


 永劫とも言える長い寿命を持つゆえ、精霊はどうしても思考が古くなりがち。そこで若い人間の魂と交わり、種子をもらいつつ創造と発想の力を更新しているわけだ。

 人間界はその為に生み出され、柔軟な思考を保つよう寿命は長くて百年程度と定められた。もちろん清らかな魂が大前提で、信仰心と道徳心が失われれば天罰が下る。それが終末と呼ばれる人類の抹殺であり、人間界の再構築を意味している。


「セネラデ、ジブリール、戻ったんだ」

「達者なようじゃな、シュバイツ」

「元気そうなシュバイツに会えて、嬉しいわ」


 でもねと、神獣さまも大天使さまも浮かない顔だ。

 ここは女王テントの中、どうしたんだろうと、シュバイツとフローラは顔を見合わせる。お土産の魚介類が大量で、三人娘は嬉々として行事用テントへ。ミリアとリシュルがお茶を淹れ始め、ジブリールが苦手な流動体は「げっ」と顔を強張らせ固まっちゃう。


「追っ付けヒュドラが新たな精霊を連れてきて、皆に紹介するであろう。だがあやつは直ぐに戻らねばならん」

「私とセネラデは、飛行艇を完成させるために来たのよ」

「そんなに緊迫してるのか?」

「邪神界の魔素がどう動いているかで、状況が分かるのじゃよシュバイツ」

「六属性と七属性が使える精霊は、臨戦態勢に入ります。飛行艇が完成したら、私たちも帰らねばなりません」

「ラーニエに紹介するバッカスは、神霊じゃなかったっけ?」

「お酒を司る神霊だから、戦闘向きではないのよ、シュバイツ」


 原理原則に厳しい大天使も、女装男子を見る目は優しい。お互い惚れた弱みじゃなと、セネラデが内心でくすりと笑う。口説き落とすのが高難易度の精霊であるからこそ、好きになった相手には一途なのだ。

 そんな事も知らずシュバイツは、ミリアが置いてくれた紅茶をのほほんとすする。だがそれまで黙って話しを聞いていたフローラが、確認させて欲しいとおもむろに口を開いた。


「終末直前の人間界に援軍など出せない、飛行艇は完成させるから自衛しろ、そういう事かしら」

「うむ、有り体に言えばそうなるの、フローラ」


 軽食を用意していたミリアとリシュルの手が止まり、そこまで考えていなかったシュバイツも眉を曇らせる。ジブリールいわく、むしろ邪神に滅ぼしてもらった方が手間が省ける、そう考えるお偉いさんもいるんだそうで。


「うん、分かったわ」

「ええ? いいのかよフローラ」

「状況が状況だもの、無茶は言えないでしょ、シュバイツ。完成させるよう二人を出してくれたのは、神霊アナの力技かしら」

「ふはは、まあそんなところじゃ、フローラ。あのお方は桃源郷の桃に関しても、人間界への持ち帰りを認めさせたぞよ。それこそ身の毛もよだつような、交渉と言う名の恫喝でな」


 それだけやってもらえたら充分だわと、フローラはにっこりと微笑んだ。飛行艇を方舟としてフローラ軍は、生き残り新たな千年王国の礎となる。それが意図する所だと分かってはいるが、彼女はそんなこと望んじゃいない。


 人々の信仰心と道徳心を取り戻し、終末を回避して新たな千年王国を築く、これこそが聖女に与えられた使命。人類を見捨て自分たちだけ逃げるって考え方が、そもそもアウト・オブ・眼中なのだ。邪神界の軍勢が来たら、いいわ上等よ戦うまで。使命を全うしようとする彼女の強い意思は、芥子粒ほども変わらないのである。


「二人とも魂の交わりは、私たちが結婚した後って宣言したわよね。でもさ、もうこの際だから、飛行艇が完成するまでの間にしちゃったら?」

「ちょっ、フローラ!」

「いいのかや?」

「よろしいのですか?」

「万が一にも、二度と会えなくなったら残るのは後悔だけだもの。ティターニアもオベロンも、アナもルシフェルも、私の所へ中々来てくれないのよね。忙しいのでしょうけど、いっそのこと私の方から押しかけてやろうかしら」


 シュバイツの聖剣カネミツが、言うねえと楽しそうに呟いた。

 神獣さまと大天使さま、魂ぐるぐるが解禁されてそわそわもじもじ。話しに付いてこれないナナシーだけが、目をぱちくりさせながらフルーツサンドをもーぐもぐ。


「失礼致します、フローラさま。アモンとマモンが団体さんを連れてご到着です」

「ここに通してあげて、ヴォルフ。んふふ、どんな精霊さん達か楽しみ」


 絆を結んだ人間と精霊の関係は、恋人とも愛人とも呼べるような呼べないような。まあそんな事を考えるのは人間の方であり、精霊はまるで気にしちゃいないのだが。善き者であろうとする魂に惹かれ、精霊は人間を好きになるのだから。


 飲んだくれ……もといラーニエには、神界からお酒を司る神霊で七属性のバッカスが。スワンとカレン、ルディとイオラ、ミリアとリシュルも、精霊界からそれぞれ四体四属性の精霊さんを紹介されお友達に。

 マリエラには閣下からの肝いりで、なんと魔族のお偉いさんが。お名前はヘカテーさん、冥界の管理を任されている執行官のひとりなんだそうで。六属性を備えており、神霊へ進化するのにもうちょっと。戦闘向きではないから、面倒を見てくれってことらしい。


「小魚いっぱいあるならば」

「南蛮漬けに、決まりでしょ」

「具はタマネギ・ニンジン・ピーマンで」

「そーれかんかかん」

「かんかかん」

「かんかかーんかん」


 三人娘のかんかかーんかん音頭は、今日も絶好調である。

 南蛮漬けとは素揚げした小魚を、甘酢あんに漬け込む料理のこと。南蛮とは言うものの、入れる唐辛子は加減する。漬けて寝かせることで酢がまわり、魚の骨が柔らかくなるお料理だ。小さなお子ちゃまでも、頭からばりばり食べられる一品。この甘酸っぱい味がくせ者で、ご飯が止まらなくなる魔性のおかず。


「ライスワインとも相性が良いのですよ、ラーニエさま。寝かせてない出来たての熱々ですけど、これはこれで乙な味です」

「かっさらってきたのね、でかしたスワン! んふう、美味しい。ほらほら、バッカスも食べた食べた。まかない用だから量はそんなにないのよ」

「人間とは誠に面白いものだな、創意工夫で色んな食べ物を生み出す。うん美味い、ライスワインにもよく合う」

「でしょう、改めてフローラ軍へようこそ」


 グラスをかちんとぶつけ合う、スワンとラーニエにバッカス。行事用テントから離れないお方が、ひとり増えたような気が。やはりラーニエとは気が合うようで、仲の良い飲み友達が増えたような感じだろう。ただ酒の肴にまかないを持っていかれるので、三人娘と糧食チームは要注意である。


「このイカ、ヘレンツィアでは見かけないわよね、カレン」

「サイズが大きいわよねルディ、どう調理しましょう。イオラのご意見は?」

「うむむむ、お刺身にしたものかゲソはどうしたものか、悩むわね」

「君たち、それはムラサキイカだよ」


 その声はたまたま通りかかった、クラウスであった。ラーニエに当てがわれた神霊が気になって、うろうろしていたとも言う。ヘルマン王国の港ではよく水揚げされるようで、彼にとってはお馴染みだったらしい。


「正式にはアカイカなんだが、同名のイカが他にもいるんだ。流通する上で混同しないよう、卸売市場ではムラサキイカと呼んで区別している」

「お詳しいのですね、クラウスさま」

「国の重要な資源だからね、カレン。燻製にしたさきイカはこちらにも出回っているはずだが、食べたことあるかい?」

「はいしょっちゅう、何のイカかいつも不思議に思っていました。このイカが原料だったのですね、目からウロコです」


 でも初めて見る生のムラサキイカを前にして、三人はどうしようと考え込んでしまう。そこでクラウスは少し前の話しだがと、思い出したように顎へ手を当てた。


「胴体はタレに漬けてお刺身に、ゲソはかき揚げに、桂林と明雫に樹里はそうしていたな。生だと淡泊な味のイカなんだが、どちらも美味かった」


 カレンがぱたぱたと、三人娘へ漬けダレの配合を聞きに行く。


「かんかかーん」

「かんかかん」

「かんかかーんかん」

「お醤油を三」

「お酒は一よ」

「みりんも同じく一なのよ」

「鷹の爪いれてひと煮立ち」

「お寿司にも合う、優れもの」

「漬けマグロにも、いいのよね」

「そーれかんかかん」

「かんかかん」

「かんかかーんかん」


 それめっちゃ重要なレシピではと、カレンはメモにペンを走らせる。お寿司やお刺身で使うお醤油が、どうも違うと常々思っていたのだ。三人娘が教えなきゃと意識していなかった場合、こっちから聞かないと分からない。お料理に限らず、職人の世界とはそういうもの。ただ漫然と過ごすのではなく、自ら能動的に動かなければ。


「ゲソかき揚げの、タレならば」

「ご飯のおかずにするのなら」

「甘っ辛い味が、いいかもね」

「お酒のお供、だったなら」

「タレじゃなくて、塩胡椒」

「レモンを添えるの忘れずに」

「そーれかんかかん」

「かんかかん」

「かんかかーんかん」


 ゲソ揚げ確保しますねと、スワンの瞳がきらりんと光る。塩胡椒にレモン添えでねと、ラーニエがむふふと人差し指を立てる。お酒を司る神霊バッカスさん、おつまみ大歓迎とによによしていた。


「冥界とはどんな所なのかしら、ヘカテー」

「神界で裁きを受けた後、地獄行きが決まった魂の待合所、と言えば分かりやすいかしら、マリエラ」

「その待合所から、どうなるんだい?」

「罪の重さによって、各階層に振り分けられるのよ、プハルツ」

「何度も殺されて、地獄の責め苦を味わうってやつか」


 ちょっと違うのよねと笑い、ヘカテーはメアリが淹れてくれた紅茶をすする。そして大魔使さまは言うのだ、実際に獄卒ごくそつがいて、鞭で打ったり火あぶりにするわけではないのだと。獄卒とは地獄で罪人を責め立てる、番人であるとされている。これは喩えであり、そんな番人はいないのだとか。


「二人とも、骨折したことはあるかしら」

「私はないわ、プハルツは?」

「僕もないけど……エンゲルスは足を折ったことがあるよな」


 控えていたプハルツの従者エンゲルスが、暴れ馬を調教してるときに落馬してと返す。本人にとってはあまり思い出したくない、若い頃の嫌な経験みたいだが。


「その時の痛み、どうだった?」

「重っ苦しい痛みが、何日も続きました、ヘカテーさま」


 その痛みを魂が感じる、地獄とはそういう場所よとヘカテーは言う。罪の重さにより痛みの度合いと、感じる期間が変わるのだと。重罪を犯すほど痛みは大きく、それが延々と続くから地獄の責め苦なんだそうで。


「地獄の階層によって痛みの強さと、受ける期間が決まるの。冥界とは罪人をどの階層に落とすか、振り分ける場所だから待合所なのよ」


 それが冥界の執行官である私の仕事と、ヘカテーは笑うが目は笑っていない。何の罪も無い人々を無差別に殺めた愚か者なら、問答無用で最下層のコキュートス(氷牢)へ落とすわと。

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