第14話 首都カヌマンの自警団
セデラは自ら鶏の丸焼きを切り分け、シモンズとレイラの取り皿に置いていく。無精髭を生やした見た目に反し、割りとまめで気遣いが出来る男のよう。
大陸ではどの国でも、治安を維持する役人ってものは存在しない。では民間人同士の揉め事はどうやって解決するのかと言えば、住民からなる自警団が担っている。
市場の顔役とは、自警団のボスという意味だったようだ。だから長剣の所持が許されており、腰にシャムシールを下げているわけで。
そんな自警団だが団員はみな手に職を持っていて、いわゆるダブルワーク。セデラは市場ギルドの、副組合長なんだそうな。その髭面と盗賊みたいな格好で? とは間違っても口にしないシモンズとレイラ。国により地域により、自警団にも色々とこだわりというかスタイルがあるからだ。
「あんたらを襲ったのは、宰相ガバナスの私兵だよ、金で雇われたごろつきだがな。しかし聖職者に手を出すとは、神さま精霊さまへの信仰心は無いとみた」
「なぜ俺たちを助けたんだ?」
あのなぁと眉間に皺を寄せ、セデラは豪快に手羽肉を頬張った。少々おかんむりのようで、シモンズもレイラも怒っている理由がとんと思いつかない。
「内偵をするにしても相手を選べ、だから『無茶をする』と言ったんだ。両替所で聞き取りとか、見てるこっちが肝を冷やしたぞ。金銭が動くところにはよ、ガバナスの息がかかってるに決まってんだろうが」
金の動きを追うのは敵情を知る上で正しいが、あまりにも無謀だとセデラは食べ終えた骨を皿に置いた。それは浅はかでしたと、しょんぼりする従軍司祭の二人。
「あんたらがガバナスの手に落ちないよう、自警団を動員し見守ってたんだよ」
「ローレン王国からの敵情視察と知った上でか?」
「俺はこの国が好きだ、けど今の王宮は嫌いなんだシモンズ。生かさず殺さず、これじゃ国民は奴隷と変わらん。いっそのこと、ローレン王国軍に攻め込んでもらった方が……」
そこまで言ってセデラは、木をくり抜いた酒杯のぶどう酒を一気に飲み干す。その瞳は王宮に対する不満が、二人にも分かるほど煮えたぎっていた。
「ところで小耳に挟んだんだが、グリジア教会に多額の金貨を寄付したそうだな。ブラム城にいる指揮官とは、いったいどんな人物なんだ。教会関係者に聞いても、どういうわけか口を閉ざしやがる」
世俗であることから立場は違うが、シュタインブルク家の女子は宗教上、精霊に一番近い存在とされる。実際にお友達なのだから、当然っちゃ当然であるが。
ゆえに名前と居場所を安易に一般人へ口外するのは、聖職者にとって憚られる行為なのだ。この男になら話しても構わないかと、二人は頷き合う。指揮官はローレン王国の次期当主であることを。
「フュルスティンよ、セデラ」
「な……ローレンの聖女か!」
目を見開き、彼は手を上げ指を鳴らした。呼ばれたマスターがデキャンタを手にやってきて、空の酒杯にぶどう酒を満たす。魔女と言わないあたり、セデラの信仰心は確かなようだ。そうか聖女さまが来ているのかと、彼は頬を緩ませぶどう酒に映る自分の顔に視線を落とした。
ひとつ聞いていいかと、シモンズは身を乗り出す。襲ってきた奴らが宰相ガバナスの私兵であるならば、教会の裁判に引っ張り出せるのではと。
教会は治外法権で裁判権を持つのだから、法の裁きを下せるはず。だがセデラはそんな簡単じゃないと、顔をしかめ首を横に振った。
「魔法は精霊さまの力を借りる、信仰心ありきの御業。聖職者であるあんたらの方が、よく知ってるだろう。教会へ運んだ私兵どもは、尋問で絶対に口を割らない」
「それは、なぜだ」
「ガバナスは正しき信仰とは異なる、悪しき呪詛を使う。口止めの魔法をかけられているから、尋問しても意味がないんだ」
治療の必要は無いとセデラは言い切った、その理由がようやく分かったシモンズとレイラ。口を割ろうと割るまいと、聖職者への暴行は死罪が確定なのだから。
そんな二人にセデラは、ここからが本題だと酒杯を手に取った。今までのが本題じゃなかったのかと、目をぱちくりさせる二人。国の宰相が神と精霊を軽んじていること自体、開いた口が塞がらないと言うのに。
「確証はないが病に伏せっていたグリジア王は、とっくに崩御していると俺たちは睨んでいる。王宮に詰めていたはずの主治医が、今は自宅にこもったまま動かないからな。カシム王子はまだ八歳、摂政となったガバナスの天下だろう」
「いったい何を考えているの? セデラ」
「ローレン王国軍が来てくれるなら、首都カヌマンの残存兵力は俺ら自警団に任せてくれ。ただ罪の無い市民にだけは手を出さないで欲しい、これが我々の総意だ」
それが本題だったのかと、自分たちを助けた理由だったのかと、ようやく点と点が線で結ばれたシモンズとレイラ。しかし国と民を思っての決起とは言え、自警団が反乱を起こす、それを教会の法典は果たして許すだろうか。
「良くも悪くも法王さまが決めた王の国、反乱を主導した罪はけして軽くはないぞ」
「はっは、聖女さまがいらっしゃるなら、そのお役に立てるなら本望だ。どんな裁きでも俺は喜んで受けよう」
笑うセデラの瞳には一点の迷いも曇りもなく、むしろ清々しくもある。その根底にあるのは純粋な信仰心であり、正義のために殉じようとする清らかな魂だ。
この男を裁かねばならないのかと、唇を噛みしめる従軍司祭の二人。いや、それをいま考えても詮無きこと。全ては神と精霊の御心のままにと、二人は胸の前で十字を切るしかなかった。
翌日シモンズとレイラの教会馬車は、首都カヌマンの西門に来ていた。首都の各門を警護するのは自警団なので、宰相ガバナスの手は及ばない。司教モラレスには別れの挨拶を済ませており、二人は早急にブラム城へ戻る必要がある。
「道は悪いが軍団よりも早くアルメンへ抜けられる、裏街道があるんだ。護衛も兼ねた騎乗の道案内を十名付けよう、君たちに神と精霊のご加護があらんことを」
「世話になった、カヌマンの自警団に、神と精霊のご加護があらんことを」
セデラと握手を交わす、シモンズとレイラ。
自警団幹部らに見送られ、教会馬車は一路アルメンを目指す。籠城戦にさえ勝てば状況は大きく動く、一刻も早くフュルスティンにお伝えせねばと、馬車に揺られる二人であった。
――その頃、こちらはブラム城の炊事場。
「なーべに油ーをひーきまーして」
「火を入ーれあーつくなったならー」
「そーこで入れるーは溶き卵」
「つーぎーにごっ飯を投入だー」
「そーれそーれおたまでカンカカン」
「カンカカン」
「カンカカーンカン」
歌いながらフライパンを振るうキャッスル・メイド三人に、兵站糧食チームが笑いを堪えきれずにいた。中には目尻に涙を浮かべている者もおり、キリアも可笑しくてお腹がよじれそうになっている。通いのメイド達に至っては、この料理を作る時には歌うのねと勘違いしちゃってるよ。
兵士の糧食を大量に作るから、余ることはあっても足りなくなるのはもっての他。そんな訳でどんぶり勘定になるわけだが、白米の場合は炊き過ぎが顕著に出る。
そこで余ったご飯の使い道を、キャッスル・メイド達は披露しているわけだ。何でも東方の更に東で親しまれている、炒飯なる料理らしい。
具材のバリエーションは色々とあって、いま作っているのは細かく刻んだネギと焼豚を加えたバージョンとのこと。塩と胡椒で味を調えつつ、米粒がぱらりとなるまで炒める。漂ってくる香りが食欲を刺激し、弥が上にも期待が高まってしまうというもの。
「あらまあ、これは美味しいわ! ケイト」
「交代で深夜勤務となる衛兵さんの、お夜食にどうかと思いまして、キリアさま」
兵站糧食チームも、通いのメイド達も、スプーンが止まらないもよう。どんな貴族も屋敷に一流のシェフを雇うが、どうしても宮廷寄りのお上品な味になってしまう。こんなワイルドな味が欲しかったのよと、キリアは商人目線で炒飯を大絶賛。
「そうそう、これをアンナさまから預かっていたの。精の付く献立を考えてくれた、あなた達へのご褒美だそうよ」
三人が受け取った紙包みを開いてみれば、それぞれ大銅貨が二枚。
継ぎ接ぎのある古着ではなく、新品の服が買える額だわと、兵站糧食チームが優しく微笑んだ。でも三人は頂いてもよろしいのでしょうかと言い出し、ちょいと複雑な表情を浮かべている。
「ローレン王国で一番偉いメイド長から、お小遣いをもらえるなんて名誉なことよ。もしかしてあなた達、アンナさまに苦手意識を持ってたりする?」
キリアの問いに、首を縦にぶんぶん振る三人。兵站糧食チームがあらあらと、眉を八の字にした。キリアは頬に手を当て、そうねと窓の外に視線を向けた。訓練でアルメンの新兵が、古参兵から注意を受けている。
「感情にまかせて怒鳴り散らすのは、ダメな上司ね。対して何がいけないのか、教えながら叱ってくれる上司は貴重な存在よ。軍議の席でアンナさまに指摘されたこと、覚えてるかしら。接客でメイドは役者に徹しなさい、主人に迷惑がかかるからと」
覚えていますと、口を揃えるケイトにミューレとジュリア。なら分かるでしょうとキリアは、叱られているうちが花なのよと真顔になった。
「叱られるのは、自分が未熟だからではありませんか? キリアさま」
「そうねケイト、でも見込みがあるから叱るの。見込みが無ければアンナさまは、何も言わなくなるわよ。それを気に入られたと、勘違いするお馬鹿なメイドの多いこと多いこと」
通いのメイドから年長の子が、何も言われなくなると、どうなるのですかと声を上げた。良い質問ねと頷き、キリアは人差し指を立てる。
「お城で使用人の人員整理が必要となった場合、真っ先に解雇通告が出るでしょう。何も言われなくなるって事は、見限られたって事だから」
キャッスル・メイドも通いのメイドも、うひっと顔を強張らせた。
「でもでも、キリアさまはお優しいです」
「優しい? ジュリアには私がそんな風に映るのね」
兵站糧食チームのあちこちから、笑い声が聞こえてくる。グラーマン商会から抜擢された隊員で、会長夫人のキリアをよく知っているからだ。
「私はいま軍人としてここにいるから、脱走兵が出ないよう心を砕いているだけ。これが商会の下働きだったら、私はアンナさまどころじゃなくてよ、ジュリア」
「そうなのですか? キリアさま。とてもそうは思えません」
もちろんキリアは、キャッスル・メイドの三人を気に入ってはいる。だが甘やかす気は毛頭ないのだ。良い子良い子、頭なでなでと育てられれば、才能を持っていても開花が遅く、伸びしろも期待できないと分かっているから。
「商会の場合はね、一般家庭からこの子をひとかどの商人にして下さいと、頼まれて預かるの。引き受けた以上は責任があるから、おいそれと解雇はできないのよ。
言葉で理解できないなら、拳や平手で体に叩き込む。これは商会に限った話しじゃないわ、むしろ鍛冶職人、石切り職人、木工職人の方が厳しいはずよ。できが悪ければ怪我しない程度に、ぼっこぼこに殴られるでしょう」
外をご覧なさいと、キリアは窓を顎でしゃくる。そこには古参兵から烈火の如き指導を受ける、アルメン新兵の姿が見える。中には城壁の上を五周走ってこいと、命じられている者もいた。
「死んで欲しくないから、生き残って欲しいから、厳しくなるのよ。いじめてるわけじゃないの、古参兵はみんな尊敬できる好ましい上司だわ。
戦場が違うだけで、上級メイドは軍人と変わりません。魑魅魍魎が跋扈する、王侯貴族と渡り合うのですから。
あなた方は上級メイドとなるための、スタートを切ったのです。人は楽な生き方を選択しがち、けれど下級メイドに甘んじているようでは、自らの人生を切り開く事はできません。
アンナさまが城にいる間、どんどん食い付きなさい、どんどん叱られなさい。メイドに生き方を教えて下さる、最高の先生であり道標となるでしょう」
キャッスル・メイドも、通いのメイドも、みんな涙を浮かべていた。叱られているうちが花、その意味を理解し心に刻んだのだろう。
その夜、ようやく歩けるようになったアンナが執務室に姿を現した。隊長たちが大丈夫かと心配顔で声をかけるが、彼女は気丈に振る舞っていた。
「ねえキリア、メイド達になにか言った? 今のはお気に召しませんでしたかと、ことごとく尋ねてくるのだけど」
「いえ特には、アンナさまはメイドの鏡ですよと、話して聞かせただけですわ」
あらそうと、ぶどう酒を口に含むアンナ。
けれどメイド達の仕事に対する姿勢が、今までと違う事には気付いていた。通いのメイドも料理の腕前は確かだと、側近から聞き及んでいる。村娘をハウスキーパー補佐の、スティルルーム・メイドに鍛え上げようかしらと、彼女はひとりほくそ笑むのだった。




