第103話 首謀者は右大臣
ミン王国は二官八省の政治形態を採用しており、二官とは神祇官と太政官を指す。神祇官は祭事を司っており、政務を司るのが太政官である。
太政官の下に中務省・式部省・治部省・民部省・兵部省・刑部省・大蔵省・宮内省が置かれ、それで二官八省と呼ぶ訳だ。
ローレン王国はケイオスを筆頭とした執事団に政務は丸投げ……もといお任せしており、城の運営はアンナに丸投げ……もとい担ってもらっている。かなりざっくりではあるが、それで回っているのだから不思議なもの。これも性善説の成せる技で、民を思い民を向いた政治を行なうから、悪政に陥ることがない。
「ローレン王国が必ずしも正しいとは思わないけど、ここまで部門を分けなきゃいけないものかしら。どう思う? シュバイツ」
「縦割り行政が強くなって、横の繋がりって言うか連携が薄くなりそうだぜ、フローラ。縄張り意識とか持っちゃう弊害も、あるんじゃないかな」
ここは迎賓殿の客間、髙輝から参考にともらった二官八省の組織図を広げ、フローラ達はティータイムを楽しんでいた。縄張り意識は確かにありますねと、英夏があんまんをはむはむ。
他にもピザまんとカレーまんにチョコレートまんがありますよと、三人娘が湯気の立つ蒸籠を並べていく。甘いの食べたら塩っぱいのが欲しくなる、そこんところは抜かりない。どれも東方にはない中華まんだから、英夏がほうほうと手を伸ばし、これはまたと目を細めている。
「仙観宮の敷地は広いから、軍団はどこにでも野営テントを広げられる。さてどこにしたもんか、ケバブだったらどうする」
「狙いが現王朝の族滅なら、後宮を守るべきだねシュバイツ。王の御子と、子を宿す正妻に側室がいるのだから」
悪党どもが大義名分を振りかざすには、魔物に襲われたとするのが大前提だ。毒殺や暗殺では成り立たず、魔物の仕業と世間に知らしめる必要がある。そうなると一番の標的となるのは後宮だろうと、ケバブはチョコレートまんをはむはむ。
ならば後宮を取り囲む形で野営を展開するようだなと、シーフ二人が仙観宮の見取り図を広げた。こんな時ラーニエ隊は後宮内に入れるから、重宝しますねとキリアにアリーゼが覗き込む。
「謀反に勘付いてしまったから、髙輝さまは狙われた訳ね」
「傍系とは言え髙輝も王族だしな、フローラ。宮中警備の最高指揮官だから、首謀者にとっては目の上のたんこぶ。事故でも病気でも何でもいいから、どの王族よりも早く消したかったんだろう」
賊に対する尋問で分かったことだが、やつらは大雨で髙輝の暗殺計画を延期しようとしたらしい。ところがぴたりと止んでしまったものだから、フローラにおびき出された形になったのだ。偶然と言うには出来すぎていて、口には出さないが誰もが天を味方に付けていると、思わずにはいられなかった。
「グレイデル、聞こえるかしら」
「感度良好です、フローラさま、こちらはお昼時ですよ」
「んふふ、そんなところかなって、タイミングを見計らっていたの」
「急な用向きでしたら時間はお気になさらず、何かありましたか?」
「フローラ軍を招集、ミン王国で魔物退治をやるわよ」
「ぶほっ」
食後のコーヒーを飲んでいたグレイデルが、吹き出しそうになっていた。鏡の向こうから、ミリアとリシュルの「大丈夫ですかあ?」なんて声が聞こえてくる。出兵なのですねと、手鏡にヴォルフの顔も映った。背景を見るに、大広間のテーブルでご飯を食べていたらしい。
ミン王国の午後ティータイムが、ローレン王国では昼食時間なのだ。これが法王領ともなれば、半日くらいの時差になる。大陸の西と東、うっかり深夜に通信回線を開かないよう、フローラも気を付けてはいるのだ。
「隊長たちに伝えてきます、そちらの気候はどうでしょう、フローラさま」
「蒸し暑いから夏装備で着替えは多めにね、ヴォルフ」
「分かりました、魔物はどんなタイプか判明しているのでしょうか」
「現時点ではカマキリが確定してるわ」
「ほうほう」
カマキリと聞いて、なんだかヴォルフに火がついたような。
あとはゲルハルトを筆頭に隊長たちが、バカンス気分に浸っていた兵士らに闘魂を注入してくれるだろう。座標を覚えたから瞬間転移で、明日には軍団をこちらに移動するつもりのフローラである。
「みんな、戻ったぜ」
「お疲れさまダーシュ、お昼まだでしょ、用意してあるわよ」
「腹ペコなんだフローラ、詳しい話しはその後で」
精霊化したことでダーシュは、わんこが苦手とする熱い食べ物もネギ類も克服していた。カルパッチョに冷製ポタージュスープはもちろん、シャリアピンステーキもわしわしもぐもぐ。まあ口を動かしつつも思念は飛ばせるから、ダーシュは重要な案件だけを最初に告げた。
「謀反の首謀者は右大臣、猿於期だ」
その報告にすわっとフローラ達は、テーブルへ広げた組織図に身を乗り出す。太政官は個人を指すのではなく組織名で、太政大臣を長官とし、八省を四つに分け半々で監督しているのが左大臣と右大臣である。こいつねとフローラは、扇の先っちょで右大臣の文字をぺしぺし叩いた。
「皆さん、どうされたのですか?」
「マナデール」
「え……ええ!?」
それは精霊女王ティターニアから教えてもらったスペル、思念が使えるようになり精霊が目視できる魔法である。英夏だけが話しに付いてこれないので、フローラは宋一族の長であり桂林のお父ちゃんにも御業を行使したのだ。ここまで首を突っ込んだなら、どっぷり浸かってもらい一蓮托生、彼女はそう考えたっぽい。
フローラと三人娘にくっ付いている精霊が、見られようになって英夏は目をぱちくり。精霊さん達は軽いノリだから、やほうと手をふりふりしてますがな。ゼンマイが切れかかった人形のように、ぎこちなく手を振り返す英夏である。
「反逆者を討伐する話しをする時は、思念でお願いします英夏さま。壁に耳あり障子に目あり、これはミン王国のことわざでしょ」
「わ、分かりましたフローラさま。ところでこの御業は、いつまで効果が続くのでしょうか」
「私が解除しない限りはずっとです」
「……さようですか」
ミン王国の衛兵が迎賓殿を警備してくれているが、必ずしも全員が貞潤と髙輝に忠誠を誓っているとは限らない。内緒話は思念でと、みんなに念を押す大聖女さま。
そこで食事を終えたダーシュが、気になる事がと口を舐めた。右大臣の猿於期と密談し、瞬間転移で消えた人物がいると言うのだ。
「猿於期はゼブラと呼んでいたが、元選帝侯の中にそんな名前の奴いなかったか?」
「ダーシュでかした!」
シュバイツがわんこ精霊の体を、わしわしもふもふ撫でまわす。こういったスキンシップには慣れていないのか、おいよせやめろと困り顔のわんこ精霊。へえダーシュにそんな一面もあるんだと、フローラとキリア、アリーゼと三人娘がによによしている。
だが裏で糸を引いてる黒幕が、これではっきりした。情けは無用だなとケバブが、もちろんだとシーフの二人が、顔を見合わせ頷き合うのだった。
その頃、ここは朝堂院にある太極殿。
ミン王国ではここが政策を話し合う場であり、御所会議とも呼ばれている。王の玉座から向かって左側に武官が、右側に文官がずらりと並んでいた。もちろん全員が官位を持つ高官で、二官八省に於いて重要な地位にある者ばかり。
「王にお尋ねいたします、他国の軍勢を一千も駐留させるとは、何をお考えなのでしょう」
「重大案件と聞かされ来てみれば、その為に重職たちを集めたのか? 於期よ」
「これはしたり。ローレン王国とやらの軍勢に、仙観宮が乗っ取られたらいかがなさいますか、王としての資質を問われますぞ」
国王に対して無礼なと、後ろに控えている髙輝が眉を吊り上げる。だが貞潤は目を眇め聖女の軍団ぞと、猿於期だけでなく居並ぶ重職らを見渡した。これはあくまでも軍事交流だと、語気を強め玉座の肘当てを拳で叩く。
「そもそも御所会議は本来、王が招集するものだ。お前たちはいつから、王である私を呼びつけられるようになったのだ?」
「しかしながら、そのような前例のない案件を勝手に決められては」
「控えよ於期!」
腹に据えかねたのか、髙輝が於期の発言を遮った。聖女の軍団を軍事交流で招くのに、陛下は二官八省の同意を得る必要があるのかと逆に問う。
ざわめく八省の重臣たちだが、一理あるといった声も聞こえてきた。ここからローレン王国までは、馬車で四ヶ月以上かかる距離にある。戦争が成立しないとの意見が大半で、何のために御所会議を招集したのかと、懐疑的な意見もちらほら。
「答えるのだ、於期」
「ぐっ」
「まあよい髙輝よ、その辺にしておけ。左衛門大将、右衛門大将」
「はっ」「はっ」
「ローレン王国軍の武器と戦い方を、よく学んでおけ。我々は領土的野心を持って、他国を害することはない、それがミン王国の国是だ。だが侵略を受けた場合にどう戦うか、聖女の軍団は良き手本となろう」
ではこれにて閉会と、貞潤は重職らを解散させた。実はお手本どころか、話しにならない事件が発生する。ヴォルフがやらかしちゃうのだが、それは後のお話し。
「陛下が迎賓殿にいらっしゃるなんて、宮廷では珍しいことよね、樹里」
「普通は内裏の奥に招くものじゃないかしら、明雫」
「二人とも、ご飯が目当てってこともあるわよ」
野菜類を物色する桂林がむふんと笑い、ああそうかもと頷く明雫と樹里。フローラ軍の配置や模擬戦の開催など、相談したいと使いを出したら、向こうが来ると言ってきたのだ。今夜はカレーの日、さてどんなカレーにしましょうかと、中央市場で品定めをする三人娘とキリアである。
「お肉の区画に豚こまがいっぱいあったわよね」
「あったあった、どうするの桂林」
「根野菜は全部みじん切りにして、トマトも加えて無水カレーはどうかしら、明雫」
いいねいいねと、樹里がぽんと手を叩く。無水カレーとは何ぞやと、首を捻るキリアと護衛の男衆であるが。水を一切使わず野菜の水分だけで作る、旨みがぎゅぎゅっと凝縮されたカレーですと、桂林が食欲を煽ってくれやがります。
「牛肉ではなく豚肉なのか? 桂林」
「薄くスライスした豚バラや豚こまがいいのよジャン、食べてみれば分かるって」
野菜は全部みじん切りにするから、カレーの海で目に入る具材は肉のみとなる。スライスした豚肉だから味がしみるのよねーそうなのよねーと、明雫と樹里がこれまた食欲を刺激してくれやがります。
ならばお肉を確保しましょうと、移動を始める買い出しチーム。そこへわらわらと覆面をした賊が集まり、キリア達を取り囲んで一斉に剣を抜いた。
ワイバーンは相変わらず人気者で、背中には子供たちが乗っている。その子供らへ弓を構えた賊も何名かおり、幼い命を盾に使うつもりなのは明白。シーフ二人とケバブが、卑怯なやつらだと歯噛みした。