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第101話 スパークルヘル

 李髙輝りこうき曹貞潤そうていじゅん王の直参であり、他国の女王といえどフローラに跪く謂れはないはず。ならば個人的なお願いの可能性が高く、誰もが固唾を呑んで見守っていた。

 このイケメン武官は何を言い出すのやらと、男衆が武器を立て掛けた壁際へじりじりと移動する。そんな中、先に口を開いたのはフローラの方であった。


「あなたから、血の臭いがします」

「お分かりになるのですか、雨ですっかり洗い流されたと思っていたのに」


 気付いたかと思念を送るシュバイツに、もちろんだとダーシュは返す。だが悪意は感じられないから、話しを聞こうじゃないかと付け加えるわんこ精霊。確かに悪意があれば霊鳥サームルクが黙っているはずもなく、アリーゼと男衆は武器から意識を離した。


「それで、私に何をして欲しいのかしら」

「聖女の御業をお借りしたく、失礼を承知で参りました」

「つまり怪我人がいると?」

「はい、この件は我が王も与り知らぬ事、他に頼る術もなく」


 分かりました案内してとフローラが席を立ち、みんなも外出の支度を始める。ところが李髙輝はあろうことか、女性だけでお願いしますと言い出した。

 何だよそれと憤慨する男衆に、ぴんときたアリーゼがどうどう落ち着けとなだめに入る。これから男子禁制のエリアに行くと、彼女の直感が働いたようだ。


「キリアは明日の商談があるから残って、ダーシュお願いね」

「任された、男どもはどうする? フローラ」

「英夏さまは商談の立役者、何かあっては一大事よ。残ったみんなでお守りして」


 フローラがそう言うならと、一度は握った外套を手放す男子たち。

 シュバイツを女装させる手もあったのだが、李髙輝と宋英夏がここにいる以上は無理というもの。すっごく残念そうなお顔をしてらっしゃるわと、三人娘が思念で言いたい放題。次期皇帝陛下も彼女らにかかると、返す言葉もなく笑うしかない。


 フローラとアリーゼに三人娘が迎賓殿を出ると、雨がぴたりと止んじゃった。大聖女がやる気を出せば天候さえ捻じ伏せる、そうに違いないと三人娘にアリーゼが口の両端を上げる。雲に切れ間ができ満月が現れ、フローラ達を照らし出す。李髙輝があのどしゃ降りは何だったのかと、首を傾げるも急ぎましょうと歩き出した。


「男子禁制ってどんな場所かしら、アリーゼ」

「おそらく後宮ではないでしょうか、フローラさま。王の正妻と側室に女官たちが、居住している区画ですね」


 私たちもそう思いますと、三人娘が思念で頷き合う。男子禁制なのに李髙輝が入れるのは、総監として警備する立場だからでしょうと。石畳のあちこちに水たまりが出来ており、空のお月さまが映りゆらゆら揺れている。その水たまりを避けるようにして、フローラ達は後宮へ急いだ。


「お待ち下さい髙輝さま」

「どうした、ローレンの聖女よ」

「ディフェンスシールド!」


 精霊さんたちが教えてくれたので、物理結界を展開したフローラ。と同時にかかかっと音がして、無数の投てき武器が弾かれて落ちた。アリーゼがブーメランを構え、三人娘は太ももから護身用の出刃包丁を抜く。


 すると道の両脇にある塀の上から、黒ずくめの賊がわらわらと降りてフローラ達を取り囲んだ。どうもこいつら、ディフェンスシールドは初見さんらしい。投げた苦無くないを弾かれた理由が分からず、困惑しているもよう。


「仙観宮の警備とは、こうも賊が侵入しやすい体制なのですか? 髙輝さま」

「アリーゼと言ったか、皮肉を申すな。私だって呆れているところなんだ」

「シールドの中にいれば安全です、出ないで下さい」

「わ、分かった」


 そうしている間にも、賊どもが剣を振り上げ突撃して来る。だがシールドに顔面をもろに打ち付け、うめき声を上げて地面に膝を突く。そこへアリーゼのブーメランが振り下ろされ、次々と首が胴体から離れて行った。髙輝もシールド越しに剣で突き刺し、容赦なく賊を冥土へと送る。


「尋問するために、何名か捕縛しましょうか、髙輝さま」

「そうしてもらえると助かる、ローレンの聖女よ」

「ソーンウィップ」「ソーンウィップ」「ソーンウィップ」


 確保しましたと満面の笑みを浮かべた三人娘が、茨の蔦でぐるぐるに縛った賊を宙へ持ち上げた。心得てるなとアリーゼがにっと笑い、残りはどうしますかとフローラに視線を向ける。 

 すると彼女は開いた扇をくるくる回しており、腰が引けている敵をぐるりと睨み付けた。以前の彼女であれば、情けをかけたかもしれない。だが王宮へ忍び込み暗殺を企てた以上、こやつらは極刑を免れないだろう。ならばと……。


「苦しまずにあの世へ送ってあげる、スパークルヘル(地獄の火花)


 フローラの周囲に線香花火のような、ぱちぱち音を立てるオレンジ色の球体が無数に現れた。それがシールドを出てふよふよと、賊どもの頭上に陣取り膨らんでいく。 

 やがて色が赤・白・青・緑と移り変わり、四属性の合わせ技であることが見て取れた。新しいスペルよと桂林が、覚えなきゃと明雫が、でもどんな効果がと樹里が。するとフローラがひと言、耳を塞いだ方がいいかもとぼそり。


 その時のことを後に、李髙輝はこう書き記している。炎のつぶて、氷のつぶて、風の刃、地の茨を、同時に放つ技であった事を。その響きや凄まじく、何百個もの爆竹を一斉に鳴らしたような轟音であったと。


「何事だ!? あっこれは髙輝さま。このありさまはいったい……」

「すまんが耳がきーんとしててな、もう少し大きな声で頼む」


 そこからは耳の遠くなった、お爺ちゃんとお婆ちゃんの会話になってしまう。三人娘とアリーゼは直ぐ耳に手を当てたが、髙輝はフローラの言ってる意味が分からず耳を塞ぎ損ねたのだ。


 音を聞いて次々駆けつけた衛兵たちが、地面に転がる五体ばらばらの死体に、呆然と立ち尽くしてしまう。だがそれどころではないと、髙輝は剣を鞘に納めながら眉間に皺を寄せた。


「五十人は下らない賊の侵入を許したのだ、当直に当たった衛兵の責任は重大ぞ。生け捕りにした者がそこにおる、尋問いたせ拷問しても構わん生死も問わぬ、どうせ死罪だからな。何としても背景を洗い出せ、分かったか!」

「ははっ!」


 とんだ道草を食ってしまったと歯噛みする髙輝の後を追い、ようやく後宮の門をくぐったフローラたち。髙輝が案内したお屋敷は、彼が後宮で執務を行う時に使うらしい。

 通された部屋には血の臭いが充満しており、昼間会った護衛の美女が三人いた。たただし一人は血まみれでベッドの上、あと二人は椅子に座っているが全身切り傷だらけ。宮廷医とその弟子たちが手当をしているが、このままでは失血死してしまうだろう。特にベッドの女性は腹から臓物がはみ出ており、誰が見ても危険な状態だった。


「助けられるだろうか、ローレンの聖女よ」

「上位回復魔法で……」

「レストレーショントゥハース」「レストレーショントゥハース」「レストレーショントゥハース」


 フローラが答える前に、三人娘がスペルを唱えていた。先ほどの範囲四属性魔法が結構な魔力消費だと肌で感じ、ここは私たちにお任せ下さいと請け負ったようだ。

 主人の意を汲む良きウェイティング・メイドねと、アリーゼが目を細めた。患者が淡い光に包まれ傷口が塞がっていく光景に、これが聖女の御業かと宮廷医たちが息を呑む。


「君たちは半月荘の出身だと聞いていたが」

「ローレン王国で精霊の加護を授かったのです、髙輝さま。ね、明雫、樹里」


 その明雫と樹里がうんうんと頷きながらが、完全回復した女性たちにポケットのシリアルバーを配っていた。この魔法は回復すると同時に、お腹がぐうぐう鳴ると知っているから。


「ローレン王国は誠に聖女の国なのだな」


 髙輝は緊張の糸が切れたのか、そのまま床にどっかと胡座をかいてしまった。彼が誰ぞおるかと声を上げるや、ここにと数名の女官が入って来た。治療のため素っ裸だった三人に、湯浴みさせ着替えをと髙輝は命じる。


「宮廷医官の諸君もご苦労であった、下がってよいぞ」

「いいえ髙輝さま、何のお役にも立てず」

「そんなことないわ」


 フローラと三人娘の声が、ぴったり重なっていた。いざ開戦となれば、軍団から負傷者がどんどん出る。その応急処置をしてくれる、ゲオルクとシーフの二人がいるから回復魔法が間に合うのだ。命をつなぎ止めてくれる従軍外傷医の存在が、フローラ軍の戦死者を最小限に抑えてくれている。

 三人の女性も治療しなかったら、賊の妨害がなくても間に合わなかっただろう。あなた方はその職務に自信と誇りを持って下さいと、フローラは宮廷医官らを激励するのだった。


「さて、事の子細をお聞かせ願えませんでしょうか」

「話さねばだめか、ローレンの聖女よ」

「名前でお呼び下さい、髙輝さま。昼間に僅か三名の護衛で、あなたは何をなさっていたのでしょうか」


 客間に場所を移し、テーブルを挟んで向き合うフローラと髙輝。

 アリーゼと三人娘は壁際に控え、事の成り行きを見守っていた。怪我人の治療は済んだのに、フローラは事件に首を突っ込もうとしている。何が彼女を駆り立てているのか、側近としては見極める必要があった。国益にかなわない理由であるならば、臣下としてお諫めすることもあり得る。


「実は宮中に謀反の疑いがあってな」

「家臣の中に反逆者がいると?」

「そうだ、まだ証拠はないが」


 内偵をさせていた間者から報告を聞くため、彼は仙観宮から出たと言う。それで護衛は女性三人とし、お忍びだから兵士を同行させなかったのねと、納得するフローラたち。間者を宮中へ呼ぶのははばかられるため、外で待ち合わせたのが裏目に出たわけだ。


「やはり大勢の賊に襲われたのでしょうか」

「いや、信じてもらえるか分からないが、一体のカマキリ人間だった」


 フローラが無意識に放ったコアシャン(威圧)で、お茶を淹れていた女官が急須を落としそうになっていた。もちろんアリーゼと三人娘も、厳しい表情に変わっている。そのカマキリにマリエラの父ジョシュア候は、命を奪われたのだから。


らんが捨て身でカマキリの頭に短刀を突き立て」

「灰になって消えた」

「どうしてそれを……」

「私たちも何度か戦った事がございますので。蘭とはベッドにいた、護衛の女性ですわね?」

「ああ、あの三人は司馬一族で、代々李家の家臣なのだ」


 諜報と暗殺を引き受ける一門のようですねと、アリーゼが思念を寄こした。髙輝によれば三人の名前は、らんあおい椿つばきで、側近中の側近なんだとか。それじゃ助けたいわよねと、髙輝の心中を推し量る三人娘。


「明日、貞潤ていじゅんさまと内密の会談を設けてくれないかしら」

「王と何の話しを? この件はまだ証拠が無いのだぞ」

「いいえ、カマキリが出た時点で充分です、私たちと共通の敵ですから」


 開いた扇で顔をあおぐフローラに、アリーゼと三人娘は何も口出ししなかった。遙か東のミン王国が、魂集めの標的になっていると確信したからだ。

 罷免となった悪しき三人の元選帝侯が、帝国外に魔の手を伸ばしている。これは由々しき事態であり、見過ごすことのできない問題であった。

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