思い出に上書き
「オープンカーってズルい。ただのベンツじゃなくてオープンカー。絶対この先、上書き出来ない思い出だよ」
照明の落としたバーカウンターのソファに座りながら、アヤは未練たらたらに嘆いていた。
「それ、もう2年前に別れた人の話だよね?」
アヤの幼馴染のユウスケは、つまらなそうにピスタチオをかじった。
「そうだよ。しかも、絶対二股だった。妹と温泉旅行とか怪しいよね。妹紹介してくれないし」
「もっと真面目な人と付き合いなよ…」
「でもオープンカーでドライブして、夜空の東京タワー眺めて。あの時は幸せだったし、あれを超えられる?ベンツのオープンカーとか、ドラマで金持ちが乗るヤツじゃん」
「あ、すいません。黒ビール」
「ちょっと、ちゃんと聞いて」
「だってもう2年間何百回も聞いた話だもん」
「そうだっけ?」
「そうだよ。酔うと必ずこの店に来てさ」
アヤはピニャコラーダを飲みながら、不服そうな顔をした。
「もう。1人で飲むから帰っていいよ」
「拗ねた。かわいいな」
「は?バカにしてるでしょ」
「はあ…なんでそうなるかなぁ」
最初の頃はアヤの元カレを探してこの店に来ていたが、いつの日か常連客になり、毎週同じ席で同じ話をしている。
1時間ぐらいするとアヤは酔いがまわって無口になる。それがチェックの合図だ。
「アヤ、そろそろ帰ろう」
「なんで別れちゃったんだろう」
「また、その話にループか。今日は俺のに乗ってく?」
「あんたのは自転車でしょ!」
「飲酒運転になっちゃうから、どうせ乗れないけどね」
「真面目か」
「普通でしょ」
「付き合うならユウスケみたいな真面目な人がいいよね」
「付き合ってみる?」
「オープンカーじゃなきゃヤダ」
「自転車もオープンカーの一種じゃない?」
「全然違うよ!」
「はい、はい。おうちに帰りましょうね」
「ユウスケと付き合ったら、別れた時に誰に愚痴ればいいの?」
アヤは立っているのが不思議なくらい酔っていて、ユウスケの肩にもたれかかった。
「はぁ…無自覚にあざといな」
ユウスケはイラつきながらアヤを見つめた。
「ねぇ。どうせ明日には記憶にないとか言うんだろうけどさ。そろそろ付き合おうよ。2年間何百回も言ってるのに都合よく忘れるなよ…」
アヤはユウスケの胸に埋もれながら寝てしまった。
「はぁ…来週は絶対お酒を飲む前に告らなきゃ」