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銀杖のティスタ  作者: マー
赫灼の匣
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25.宗教施設潜入③


 妖刀・紅鏡(こうきょう)。 

 千歳さんが封印を解いた、白鞘の日本刀。


 血に塗れたような深紅の刀身は、静かに光を放っている。

 闇夜に輝く紅い燐光は、見ているだけで身震いする悍ましさがある。 


「アレ、魔界の戦争で使ってたっていう例の妖刀っスね」


 巨狼から人間態に戻ったシロー君が、千歳さんの持つ妖刀を見て冷や汗を浮かべている。


 魔族を殺すため、とある刀匠が憎悪と執念で作り上げた紅い刀。

 あらゆる負念が込められた、魔族殺しの凶器。

 そんな代物が今になって人間に向けられているのは皮肉かもしれない。


「宝生の呪術師……」


「あぁ、間違いない」


 黒いローブに身を包んだ者たちは、髪と瞳が紅く変容した千歳さんを見ても驚く様子は無い。まるでこうなることを最初から知っていたみたいだ。


「あ……一応、強制捜査ってことになる。これ、捜査令状ね。形だけでもやっておかないと」


 胸ポケットから書類を取り出した千歳さんは、目の前の宗教団員に向けて内容を広げて見せた。


 ……実はこれ、大嘘である。

 時間が足りなかったので、千歳さんがでっち上げた書類だ。


 有印公文書偽造罪、偽造有印公文書行使罪、特別公務員職権濫用罪……本来なら相当重い罪になるが、それでも確かめる必要があった。




『偽の捜査令状に対して、宗教団体の者たちがどのような反応をするのか』


 


 車での移動中、千歳さんが言っていた。


 偽の令状を見ても引き下がる様子がなかったら、宗教団体のトップは「異能の力を持っている場合が多い」と。


 法治国家である日本のシステムに逆らえる、あるいは逆らえると思い込んでいる者たちが徒党を組んでいる。それは、国家転覆を企てる「テロリスト」である可能性があるので大変危険だと。


 もちろん、それは最悪の想定。今回の件、ただの行き過ぎた信仰が生み出したなにかしらのトラブルかもしれない。


 それでも、千歳さんが少数精鋭による最速の解決を望んだ理由は――



『長年生きてきた中での「勘」だ。マジでイヤな予感がする』

  


 勘とは、ただの当てずっぽうではない。

 無意識のうちに長年蓄積していった経験・知識が基盤となる。


 これは心理学において「パターン認識」と呼ばれるもので、繰り返し経験した状況に照合して、素早い判断を下す仕組みだ。


 ベテランの棋士が、盤面を見て「ここが良い手だ」と瞬時に感じるように。

 経験豊富な医者が、患者の症状からすぐに重い病気を疑うように。

 熟練の職人が、材料の感触だけで品質を判断するように。


 千歳さんが「人魚の肉によって長寿となった存在」と仮定すると、僕たちとは比較にならないほど培った経験と知識がある。


 今回の件、時間をかけて人員を集めて事態を終結させようとすると、手遅れになると判断したのだ。

  

(人魚の肉については気になるけど、とにかく今は作戦通りに……)


 車で移動中、千歳さんと事前に打ち合わせをしている。


 可能なら、穏便に事を済ませる。


 もし相手側から戦端を開いた場合、千歳さんが入口付近で騒ぎを起こしている間に僕とシロー君で施設内に潜入。行方不明者と保護した子供のご両親の居場所を特定して、可能なら施設の外に連れ出す。


 警察などに応援を頼んではいるが、施設を捜査するための令状を発行する時間がどれほどかかるのかわからない。魔術師という立場的にも、個人で経営している便利屋の立場としても、今すぐ動けるのは僕らだけだった。


 もちろん、この状況で一番危険なのは千歳さんだ。異能の力を持っているかもしれない大勢の宗教団員をひとりで相手にしなければならないのだから。



「やるぞ、ここまできて邪魔をされるわけにはいかない」


「あぁ、そうだ。人間が生き残るためにも……!」


「我々には、大義がある! この先、ヒトがヒトであるための大義がっ!」



 30人の宗教団員は、僕たちに向けて手のひらを向けてくる。

 フードの下に隠れる目元からは、紅い光が覗いていた。


「千歳さん! 危な――」


 僕が叫び終わる前に、宗教団員の周囲には赤黒い結晶が生成されていた。

 御手洗くんも使っていた結晶の呪術。

 殺傷力のある結晶の槍が、僕たち目掛けて飛来しようとしていた。


 それを見た千歳さんは、手に持っていた刀を自らの腕に押し当て――


霞簾(かすみすだれ)


 手首の動脈を斬った。 

 鮮血が夜空に飛び散る。


 血液は、薄い膜になって僕たちの周囲を包み込む。

 飛来してきた赤黒い結晶槍は、血液の膜に当たって砕け散った。


 そして、すぐさま反撃に移行。


匕首(あいくち)


 周囲を覆っていた血液の膜は、鍔の無い短刀へ形状を変化させた。

 夜空に浮かぶ数十本の血の短刀は、宗教団員に向けて降り注ぐ。


「う、わぁぁぁっ!?」


「ぎゃああぁぁっ!!」


 悲鳴をあげながら逃げ惑う宗教団員。

 上空から投射された血の短刀は、誰にも当たることなく地面に刺さった。


「……焼け、紅鏡(こうきょう)


 千歳さんは、深紅の妖刀を地面に突き立てる。

 紅い光が地面を伝って、導火線のように血の短刀へ流れていく。

 

「呪術師の私に、呪術を使ってケンカを売ったんだ。覚悟はできてるだろうな」


 地面に刺さっていた血の短刀は、千歳さんの呪力を受けて爆発を起こす。

 施設入口周辺は、あっという間に火の海になった。



「な、なんなんだ、この火はっ!?」


「消えないっ! うあああっ!!」



 まさに地獄絵図。


 ローブに火が点いた宗教団員は、地面を転がり回ったり、体に砂をかけて消化を試みているが、火が消えることはない。


「あの、千歳さん……これ、大丈夫ですか……?」


 死人が出そうで心配になって僕がそう聞くと、千歳さんはにっこり笑った。


「……私の呪力で死なないように手加減してるから大丈夫。死ぬ手前まで苦しむだろうけどな。私がここで暴れている間に、施設の中の様子を見てきてくれ。打ち合わせ通りに頼んだ」


「わかりました、よろしくお願いします。シロー君、行こう!」


 混乱に乗じて、シロー君と共に宗教施設に足を踏み入れる。

 千歳さんが大暴れしている状態なら、内部が手薄になっているはずだ。


 最悪、僕たちで行方不明者を助け出せなかった場合も考えて、あとからやってくる応援部隊のために施設内部の構造を把握しておく必要がある。


 僕が操るフクロウの使い魔には、施設を上空から見た地形を見てもらう。

 施設の内部は、僕たちが自分の足で調べる。


「シロー君、お願いできる?」


「うっス。10匹くらいっスけど……!」


 シロー君が地面に手を当てて、魔力を流し込む。


『群狼』


 魔力で作り出された10匹のオオカミは、シロー君の簡易的な使い魔。

 使い魔としての精度は低いが、簡単な命令なら動かせるので斥候として最適だ。


(……千歳さんが言っていたイヤな予感、当たってるのかもしれないな)


 表現しにくい、まとわりつくような悪寒。

 最近、この感覚を味わったことがある。


 涸魂牢(ここんろう)と呼ばれる凶悪犯罪者を収容している刑務所に足を踏み入れたときと同じだ。


「トーヤさん、大丈夫っスか?」


 悪寒に顔を歪める僕を見て、シロー君が心配そうに声をかけてくる。


「うん、心配かけてごめん。シロー君の使い魔に内部を見てもらいながら、慎重に進もう」


 覚悟を決めた僕たちは、山奥に佇む不気味な宗教施設に足を踏み入れた。


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