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銀杖のティスタ  作者: マー
赫灼の匣
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17.弟子入り志願


 依頼人が帰ったあと、外回りから戻ってきた千歳さんと今後の動きを決めることにした。


 今の状況で魔族探しの依頼を受けるべきか、正直悩んでいる。やれることがないから他の仕事をしているか、有事に備えて待機しておくべきか。どちらにしても相談しておきたい。


「なるほど。狼魔族ね……」


 依頼人が探している者が狼魔族だと聞いた千歳さんの目は、爛々と輝いている。


「心当たりがあるんですか?」


「依頼者の探している狼魔族かどうかはわからないけど……昔、呪術師として狼魔の戦士と戦ったことがある。正直、戦いの勘が鈍っている今の私だと勝てる気がしないね」


「えぇ……?」


 ティセと本気で殺し合いをしたとは聞いたことがあったけど、他の魔族とも闘ったことがあるというのは初耳。千歳さんの戦歴は、僕の想像をはるかに超えているみたいだ。


「……で、そこにいるのがさっき言ってた依頼者?」


 千歳さんが壁を指差す。

 そこに誰もいないので困惑していると、今度は事務所のドアを指差した。


 ゆっくりとドアを開けると――


「うわぁっ!? なんでわかったのー!?」


 依頼者のカノンさんが入口の近くで壁に耳を当てていた。

 どうやら僕たちの会話を盗み聞ぎしていたらしい。



 ……………



「えへへ、すみません……せんせーたちがどんな仕事をしてるのか気になっちゃって~……」


 再びカノンさんを事務所の中に招いて、一緒にお茶をしながら話を聞く。


 彼女は魔術師を目指しているらしく、これからのために魔術師の仕事を自分で見ておきたかったらしい。


「もちろん、それは全然構わないけど……どうして隠れていたの?」


「うーん……ちょっとしたチャレンジっていうか……」


「チャレンジ?」


「あたしってサキュバスの血が濃い半魔族だから、ママからいっぱい護身の魔術を教えてもらったの。その中のひとつが『隠密の魔術』なんだけど、それがプロの魔術師さんにどこまで通用するのかなーって思って……」


 人間世界において、伝承の中のサキュバスは超常的な力を持った存在とされている。しかし実際は魔族の中でも一際非力な者が多く、意図せずに他者を魅了してしまう特性を持っている。


 そういった特性が危険を招くこともあるため、現代のサキュバスは自分の身を守るための魔術を多く覚えているとティセから聞いたことはある。


「……カノンさん、それっていつから使えるの?」


「子供の頃からかな。あたし、昔から魔術が得意だったから」


「それはすごいね……」


 隠密の魔術とは、肉体から放出される魔力の制限と物理的な気配の遮断。

 それらを完璧にできるのは、熟練の魔術師でも指折り数えるほどしかない。


(この歳で完璧な魔力コントロールができている……この才能、磨けばもっとすごい魔術師になれるんじゃ……)


 ティセも興味を持ってくれそうな逸材だ。

 そんなことを考えていると、カノンさんは千歳さんの方に視線を向ける。


「自信があったんだけど、お姉さんはどうしてあたしが壁の向こうにいるってわかったの?」


 質問された千歳さんは「お姉さん」と呼ばれて満更でもなさそうな顔をしながら疑問に答える。


「お姉さんに見える? いやぁ、照れるね。おばさんはベテランの呪術師だから、魔力や気配だけじゃなくて空気の流れとかも読むんだ」


 ……正直理解できないが、千歳さんができると言っているのだから本当にできることなんだろう。相変わらず底が知れない。


「お姉さん、呪術師なのっ? すごーい! あたし、はじめて会った!」


「へぇ……あなた、呪術師が怖くないの?」


「ぜんぜん怖くないよ。お姉さんとかトーヤせんせーがこの国を守ってくれたの、ちゃんと知ってるもん」


 呪術師と聞いて良い顔をする魔族はまずいない。

 しかし、彼女は他の魔族とは物事の捉え方が違うようだ。


「あたし、2年前の『ガーユス』ってひとが暴れた事件に巻き込まれたことがあったの。そのときにトーヤせんせーに助けてもらったことがあるんだけど、覚えてる……?」


 僕がガーユスと戦ったのは2回。

 1回目のとき、ガーユスは魔術で市民に危険を及ぼした。


 そのときに樹木を操る魔術でシェルターを作って、頭上から降り注ぐ瓦礫とガラス片から市民を守ったことがある。


(あのとき、カノンさんも……?)


 僕の方は守った市民の顔まで覚えていないけど、彼女にとっては強烈な記憶なのだろう。

 

「カノンさんがあの場所にいたなんて思わなかったよ。怖い思いをさせちゃってごめんね」


「たしかに怖かったけど……あのときの経験って、あたしが魔術師を目指そうって思ったきっかけでさ。せんせーみたいに誰かを守れる魔術師になりたいなって!」


 そう言いながら、カノンさんは満面の笑みを浮かべる。

 自分の夢を語る彼女の目には、一切の迷いがない。

 

 あの日の出来事は自分の無力を叩きつけられる苦い経験ではあったけど、彼女にここまで言ってもらえるなら死にそうな目に合いながらもがんばった甲斐があるというものだ。


 真っ直ぐに気持ちを伝えてもらえて感動している僕に向けて、カノンさんは予想外のお願いをしてきた。


「だから、弟子入りするならトーヤせんせーがいいなってずっと思ってたの。お願い、あたしを弟子入りさせてくださいっ!」


 立ち上がって、深々と頭を下げるカノンさん。

 彼女の気持ちは嬉しいけど、僕は弟子を取ることができない。

 気持ちの問題ではなく、それが魔術師の決まりなのだ。


「ありがとう。そう言ってもらえるのはとても光栄なことなんだけど、僕には弟子を取る資格が無いんだ。今の日本の法律だと、個人で弟子を取れるのは国定魔術師だけだから……」


「え~……そんなぁ~……」


 がっくりと肩を落とすカノンさん。

 こればかりは仕方のないことだけど、落ち込む生徒の顔を見るのは僕も辛い。

 弟子入りは無理でも、なにか彼女にしてあげられることはないだろうか。


「……僕ではなくて、ティスタ先生に弟子入りを志願するのはどうかな。僕の方からも口添えするよ」


 今のティセは、あまり弟子を取らないスタンスだけど、カノンさんのように将来を期待できる子なら興味を持ってくれるかもしれない。


「ごめんなさい、せんせー……あたし、それはムリ……」


「どうして?」


「ティスタさんは『推し』だから……」


「推し、とは……?」


「せんせー、知らないの? ティスタさんってネット上ですっごい人気なんだよ。キレイだし、カワイイし、チョー強いし……魔術師界のアイドルみたいに扱われてるみたいでさ」


「初耳ですがっ!?」


 僕たちの知らないところでそんなことになっているとは思わなかった。

 インターネット、恐ろしい……。

 

「あたしも『ティスたん推し』のひとりなの……距離をとって応援するのがファンのマナーだから……」


「ティスたん……」


 インターネット上で熱烈なファンが使用しているティセの呼び名らしい。


 カノンさんはスマートフォンを取り出して、画面を見せてくる。

 遊園地で魔術を使って、迷子の子供を笑顔にするティセの姿が写っていた。

 忘れもしない、僕がティセとはじめてデートをした日の出来事だ。


「こういう写真、いろんな人がSNS上にアップしてるみたい。あたし、この写真を見たときに本当に嬉しかったの。魔術が怖いものじゃないって証明された瞬間だと思ったから」


「……うん、そうだね。僕もそう思うよ」


 カノンさんのような才能ある若者との出会いも、SNS上での魔術師に対する評価も、僕たちが地道に信頼を積み重ねてきた時間が無駄ではなかった証拠だ。


「推しのティスタさんの弟子にはなれないけど、尊敬してるトーヤせんせーの弟子にはなりたい。だから、せんせーが国定魔術師になるまで待ってるね!」


「僕が……国定魔術師に? さすがに無理かなぁ……僕、そんなに強くないし」


「そうなの……?」


 泣きそうな様子でこちらを見てくるカノンさん。

 こんな顔をされてしまうと諦めるわけにいかなくなってしまう。


「……がんばってみるけど、期待しないでね」


 ティセを含めた国定魔術師は、個の極致といっても過言ではない。

 未熟な僕では、指先すら届かない存在だ。


 そんな魔術師たちの背中が見えるまでに、どれほどの時間と鍛錬が必要になるのだろうか。歩む道は長く、目標は遥か遠くにある。



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