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銀杖のティスタ  作者: マー
赫灼の匣
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15.曇り空の向こう側


 翌日。


 僕が最初に向かったのは白陽学園。

 担任していたクラスの生徒たちと話をするためだ。


「薬物被害のことはニュースでも取り上げられているのをみんなも知っていると思うけど……その調査に協力するために、しばらく学園に来ることができなくなりそうです。ごめんなさい」


 生徒たちの表情が曇る。

 僕もそうだったけど、魔族や半魔族は勘が鋭い子が多い。

 平穏な日常にヒビが入っていくのを感じている者もいるだろう。


「それと、欠席している御手洗くんについて説明をさせてほしいんだ」


 御手洗くんの現状を他の生徒たちに伝えるべきかは最後まで迷ったが、注意喚起しておくべきだと判断して、真実を打ち明けることにした。


 御手洗くんは保護されて、今は入院していること。

 謎の薬物の存在と危険性、そして日本全体で同じ薬物被害があったこと。


 生徒たちの不安を煽ってしまうかもしれないが、危険があると知っておくのは大切なことだ。


「何かあったら、必ず大人に相談してね。キミたちの味方になってくれる人は必ずいるから、ひとりで抱え込まないでほしいんだ」


 生徒たちは不安げな表情をしながらも頷いてくれた。

 

 話の最後に挨拶をしようとすると、生徒のうちのひとりが手を挙げた。


「どうしましたか?」


「先生……ぜんぶ終わったら、ちゃんと戻ってきてくれるんですよね? 御手洗くんも治るんですよね……?」


 生徒たちの視線が教壇に立つ僕に集まる。 

 絶対に大丈夫、と断言できないのが心苦しい。


「……全力を尽くすよ。僕も、みんなと一緒に魔術の授業をしたいって思っているから。今起きていることが解決したら、必ず戻ってくるって約束する。御手洗くんと一緒にね」


 生徒からこんな言葉を掛けてもらえるなんて、教師冥利に尽きる。


 学園から離れるのは寂しいが、彼らが平穏な学園生活を過ごすためにも今はできることをしなくてはいけない。

 



 ……………




 生徒たちへの挨拶を終えて、次は御手洗くんが入院している病院へと向かう。

 天気は雨、気が滅入るような梅雨空が広がっている。

  

 病院の入り口前に到着すると、千歳さんが待っていた。


「雨の中お疲れ様、トーヤ君」


「すみません、忙しいときに自分の用事を優先してしまって……」


「気にしなくていいよ。ちゃんと筋は通しておいたほうがいいしね」


「……ありがとうございます」


 ふたりで一緒に御手洗くんの病室に向かう。

 途中、千歳さんは今後の考えについて話してくれた。

 

「最優先は薬物の出所を探すことで、可能なら結晶病の治療法も見つけ出す」


「結晶病というと、御手洗くんのような症状のことですか?」


「そうだ。病気ってことにしておいたほうが保険の適用もできるしね。呪いが由来となると、治療法が存在するかわからないけど」


「…………」


 現役の呪術師である千歳さんでさえ、体内に完全に根付いてしまった呪いを完全に祓う手段は無いという。


「呪いが原因なら対症療法はある。今日、病院に来たのはそれを試すためなんだ」


「何か手が見つかったんですか?」


「一応ね。ただ、難しくもある。トーヤ君に任せたいんだけど……」


「具体的に何をすればいいんでしょうか」


 ほとんど面識が無いとはいえ、御手洗くんは僕が担任しているクラスの生徒。

 できることがあるなら手を尽くしてあげたい。


「助かるよ。私がお願いしたいのは御手洗くんの『カウンセリング』だ」


 千歳さんの言う「対症療法」とは、御手洗くんの抱える怒りや不満、将来への不安など、とにかくストレスを吐き出させること。


 想像していたよりも単純だが、感情エネルギーである呪力を抑えるには最も効果的な方法らしい。 


「呪いは、人間の持つ負の感情で強くなる。彼の体内にある結晶は、彼自身の負の感情で育っているんじゃないかと推測していてね」


 御手洗くんを保護するとき、夜の教室で彼が叫んだ言葉を思い出した。



『どいつもこいつもバカにしやがって』



 ……と言っていたんだと思う。


 あれは、薬物によって精神不安定になった彼が吐き出した本音なんだと思う。


「心に余裕ができれば、負の感情が弱まるかもしれないということですか」


「その通り。彼をポジティブな気分にしてあげてほしいんだ。負の念を抑えれば、体内で結晶が成長することも抑えられるかもしれない。トーヤ君は話をするのが上手だし、普段の仕事っぷりを見て任せてみようと思って」


 便利屋 宝生には、種族を問わず様々なお客さんが来る。

 事務所で相談対応をする場合、僕が対応することが一番多い。


 千歳さんは、僕が相談役に適任だと判断したのだろう。


「わかりました。やってみます」


「ありがとう、よろしく頼む。病院側には私の方から説明してあるから、気にせずに病室に入ってくれ」


 万が一、御手洗くんがあの夜のように暴走した時に対応できるように千歳さんが病室近くで待機。


 御手洗くんのいる病室の前に立って、考える。

 今の彼にどんな言葉を掛けるべきだろうか。   


「……失礼します。担任の柊です」


 ノックをして病室に入ると、ベッドに寝ていた御手洗くんが起き上がった。


「あっ……」


 御手洗くんのご両親がいた。

 どうやら家族がお見舞いに来たタイミングだったようだ。


「すみません、ご家族が一緒とは知らなくて……出直してきます」


 家族水入らずを邪魔したくない。


 僕が急いで病室から出ようとすると、ご両親が慌てた様子で引き留めてきた。

 御手洗くんの両親が僕の手を握りながら、何度も何度も頭を下げる。


「息子を助けていただいて、本当に……本当にありがとうございます……」


「いえいえ、そんな。どうか頭をあげてください」


 挨拶を済ませたあと、御手洗くん本人とふたりで話をしたいとお願いする。

 信用してもらえているようで、快く許可してもらえた。


「すみません、先生」


「いつかちゃんと挨拶したいと思っていたから、ご両親と話せて嬉しかったよ。仲が良いんだね」


「いえ、俺が事件を起こしてから『これからは家族の時間を作ろう、みんなでちゃんと話をしよう』って急に言い出したんですよ。ウチの両親、今までずっと仕事ばかりだったくせに」


 きっかけはどうあれ、家族仲が良くなったのは不幸中の幸いだ。


 入院当初はあれだけ悪かった御手洗くんの顔色が良くなっているように見える。

 ご両親と話をして心が落ち着いたからなのかもしれない。


 呪力は負の感情で増幅するが、その逆の感情で抑えることもできる。

 家族からの愛情で負の感情が抑えられたとも考えられる。

 千歳さんの考えは正しかったようだ。


 雑談もほどほどにして、さっそく本題に入る。


「あまり思い出したくないだろうけど……あの夜、教室で起きたことを覚えてるかな?」


「はい、少しずつですけど思い出してきました。変な薬を飲んで、そこから記憶が曖昧なんです。誰に薬をもらったのか、まだ思い出せなくて……すみません」


「それはいいんだ。それよりも、御手洗くん個人のことを聞きたくて」


「俺のことを?」


「あの夜、キミが言っていた『バカにしやがって』って言葉は、誰に向けられたものだったかなって……先生は気になっちゃったんだ。僕で良かったら、相談に乗れるかなと……」


「あ、あれは……うーん……」


 恥ずかしそうに頭を掻く御手洗くん。

 少し間を置いたあと、彼は本音を語ってくれた。


「俺、魔術師になろうって決めて白陽学園に入学したんです。日本だと、気軽に通える人魔共学の高校ってあそこくらいですし。父が経営している学園だったし」


「うん」


「子供のころから魔術師ってだけで周りの人に嫌われてて、少しでも立派な魔術師になって見返してやろうって思ってたんですけど……いざ入学すると、自分より優秀なヤツばっかりで……劣等感っていうか……」


 嫉妬は、人間なら誰にでもある感情だ。個人差はあるだろうけど、自分よりも優秀な者を見たり聞いたりすれば抱いてもおかしくない。


 一方、魔族はあまり嫉妬や怒りといった感情を持たない。

 その精神性の違いは、長い寿命が理由だとされている。


 僕自身、半分魔族だからなのか怒りや嫉妬といった感情が湧くことは少ない。

 だからこそ、こんな考え方もできる。


「……御手洗くんはすごいよ」


「え……」


「嫉妬をするっていうのは『自分だってできる』って考えているからなんだ。もし『自分はあの人と同じようには絶対になれない、住んでいる世界が違う』なんて思っちゃうと、嫉妬の感情すら出てこなくなるものだから」


 今まで自分より優秀な魔術師を見てきたからわかる。


 嫉妬をするのは、深層心理では「自分でもできる」と理解しているから。 

 嫉妬をしないのは、相手が自分には絶対に届かない存在だと悟っているから。


 僕は、自分の師匠に嫉妬なんてしたことはない。

 きっと自分の手が届かない存在だと確信しているからなんだと思う。


「僕は、嫉妬は『心の炎』なんだと思う。その炎は他人を焼くためじゃなくて、自分を照らす光に使おう。お互いに魔術師としては未熟だし、一緒にがんばろうね」


 僕の言葉を聞いて、御手洗くんが苦笑いする。


「未熟って……先生はすごい魔術師じゃないですか。あの銀杖のティスタの弟子だし、公認された魔術師だし」


「……そんなことないよ。僕、子供のころはいじめられっ子だったし。高校時代なんて、しょっちゅうカツアゲされて泣いてた。今でも昔のことを思い出して悔しいなって思うし」


「え……」


「そういう辛い経験や悔しい思いも、今の自分の糧になってると思う。もっと大人になったら『そんなこともあったな』って笑い話にしてやるって気持ちでいるよ」


 暗い感情も、辛い思い出も、苦しかった時間も、いつかは自分の血肉になる。


 綺麗事かもしれないけど、あのときの弱い自分も、今の自分を支えている一部なんだと僕は信じている。


 敬愛する師が僕にそう思わせてくれたように、僕も今を生きる魔術師たちが「生きていて良かった」と思える手伝いをしたい。


「御手洗くんの辛さや悔しさが、未来の糧になるように先生もがんばるよ。新米教師の綺麗事に聞こえちゃうかもしれないけど、よろしくね」


「……はい。よろしくお願いします、先生」


 御手洗くんと笑顔で握手を交わしたあと、病室から出る。


 ふと窓の外を見ると、降っていた雨が止んでいた。

 分厚い雲の隙間から陽の光が差して、街を照らしている。


(…………)


 今日の会話が、少しでも彼の人生を照らす光になることを願うばかりだった。

   

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