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銀杖のティスタ  作者: マー
赫灼の匣
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8.呪いの正体


 翌朝。


 病院で御手洗くんの精密検査の結果を聞いたあと、自宅に戻ることにした。


(薬物の依存性は予想していたけど、それ以外も深刻だな……)


 検査の結果、御手洗くんの体内に極小の赤黒い結晶が無数に発生しているのがわかった。魔力や呪力に由来する薬物となると、人間の医学だけでは解決できない問題が出てくることが多い。


 薬物の副作用、または結晶魔術を使った反動かもしれない。

 体内の結晶を現代の医療技術ですべて取り除くのは困難らしい。


 時間が経つにつれて、体内の結晶が少しずつ増え続けているという。すべての検査を終えたあと、御手洗くんは体の痛みを訴えていた。今は鎮痛剤を投与して痛みを抑える対症療法しかできないのが現状だ。


(僕の治癒魔術では結晶を取り除けないし、体内ある無数の結晶を外科手術で除去するなんて、御手洗くんの体が耐えられない)


 そのうえ、赤黒い結晶に関する情報がまったく揃っていない。

 今回の件について、ティセの意見を聞いてみたい。

 彼女の豊富な知識と経験を頼るしかないだろう。


(そういえば、朝帰りになるってティセに連絡していなかったっけ……)


 スマホの画面を見ると、メッセージアプリに通知が来ていた。

 ティセが朝食を作って待ってくれているみたいだ。


 朝帰りになってしまって申し訳ない気持ちになりながら、僕は自宅マンションに急いで帰った。



 ……………




「ただいま帰っ……えぇぇ~……?」


 自宅に到着すると、衝撃的な光景が広がっていた。

 テーブルの上に10本の空ビール缶が並んでいる。

 どうやらティセが盛大に飲んだあとみたいだ……。


「あ、おかえりなひゃーい……うへへ……」


 顔を真っ赤にしたティセがソファーに座って寛いでいる。

 おそらく、僕が仕事に出たあとにそのまま晩酌をしていたのだろう。


「ティセ、休日とはいえ飲み過ぎですよ」


「目の前にビールがあったら飲むしかないじゃないですか~……」


「はいはい、ベッドに行きましょうねー」


 ソファに座って寝落ちしかけていたティセを抱き上げて、寝室に向かう。

 いつものことだけど、酔っているときの彼女はあまりに無防備すぎる。


 仕事中はあんなにかっこよくて頼りになるのに、プライベートでは隙だらけの酒飲みお姉さんになってしまう。こういうギャップも魅力ではあるけど、少しは体を労ってほしい。


「お仕事はどうでしたかぁ……?」


「一応は解決しました。明日でいいので、相談したいことがあるんですが――」


「なんですとっ!?」


 ティセは僕の腕から飛び降りて、台所まで歩いていった。


「そういうことは早く言ってくださいよぉ~!!」


 コップに水を注いで一気に飲んでいる。

 たぶん酔いを覚まそうとしているんだろう。

 僕に頼られたのが嬉しかったみたいだ。


 10分くらいしか経っていないのに、真っ赤だったティセの顔色はいつも通りに戻っていた。いったいどれだけタフな肝臓をしているのだろうか。


「……さて、相談というのは?」


「これです」


 赤黒い結晶の画像を見せながら今回の事件の顛末と御手洗くんの現状について話す。彼女が何も知らないとなると、完全にお手上げだ。


「魔力と呪力が混ざった赤黒い結晶、ですか」


「はい。今回保護した生徒は、体内に結晶が発生して深刻な痛みを引き起こしています。今は痛みだけで済んでいますが、このまま結晶が増え続けると臓器不全などを引き起こす危険もあるそうで……」


「ふむ……」


 ティセは少し考えたあと、本棚から分厚いファイルを取り出した。


「これを見てください」


 開いたページには、海外で大流行した新型肺炎についての資料がまとめられていた。この肺炎が日本に上陸することはなかったが、国外では多数の死者が出たと聞いている。


「この肺炎で亡くなった患者を司法解剖した結果、肺から極小の結晶が検出されたそうです。これと同じものではないでしょうか」


「もしかして、日本にもいつの間にか新型肺炎が上陸していた……?」


「人体を蝕み、体内で増えていくという点は一致していますが、話を聞いた感じでは今回の件とは完全に同じではないですね。例の生徒は、何か薬物のようなものを飲んでいたのでしょう?」


「はい。瞳が紅く発光したり、魔力の量が通常よりも増えたり……」


 ティセの表情が曇っていく。

 どうやら赤黒い結晶に心当たりがあるようだ。


「……昔、魔界の歴史について話したことを覚えていますか?」


「はい、覚えています。人間との戦争で滅んだと……」


 魔界は、かつて魔族が暮らしていた世界。

 人間界とは別の次元にある異世界のこと。


 魔界は人間による侵略戦争によって滅ぼされて、生き残った魔族は人間界に避難するしかなかった。


 戦争終結後、人間界に逃げ延びた魔族の中には人間と子を成す者がいた。

 そうして生まれたのが、僕のように人間と魔族の血を持つ「半魔族」である。 


「おさらいしましょう。かつて魔界を滅ぼす最大の要因となったのは『呪害(じゅがい)』と呼ばれる呪いを兵器に転用したものでした。人間は、呪いというオカルトと当時最先端のテクノロジーを合わせた最悪の爆弾を魔界で使用したのです」


 魔族だけを殺す呪いが込められた爆弾は、魔界に生きる多くの者の命を奪い、環境を完全に破壊した。


 核兵器よりもクリーンで、生物兵器や化学兵器よりも安全、安価で扱いやすいオカルト兵器。しかし、当時の人間は「呪い」という異能の本質を理解していなかった。


「呪いの行使には、相応の対価が必要になるという絶対的ルールが存在します。必ず自分の元に跳ね返ってくるものです」


「呪害という兵器が『すべての魔族』を対象としていた場合、呪いが返ってくる先は……」


「間違いなく『すべての人類』が対象です。『人を呪わば穴二つ』――呪いを使えば、必ず報いを受けることになります」


 魔界を滅ぼした呪いの話は、見習い魔術師の頃にティセから聞かせてもらった。


 あの時は「呪いが人間の世界に返ってくるのは10年後か、100年後かもしれない」なんて話していたけど、想像以上に早かったみたいだ。


「おさらいはここまで。本題に入りましょう。赤黒い結晶について、ひとつ心当たりがあります」


 ティセは本棚から別のファイルを取り出して僕に見せてくれた。


「日本列島の地図に……この赤い点は何でしょうか」


 地図には3ヵ所の赤い点がつけてある。

 場所は「青森」と「沖縄」と「京都」の位置だった。


「赤い点で示された場所は、いわゆる『禁足地』とされている場所です。現在は日本政府が管理しており、誰も足を踏み入れることができないように『厳重な認識阻害魔術』と『高度な結界魔術』で存在を秘匿されています」


「ここに何があるんですか?」


 僕の質問に、ティセは目を伏せながら答える。


「……かつて人間が魔界侵略戦争のために使用した『魔界への門』です」


 それは、忌むべき戦争の歴史の中で利用された異世界への入口。 

 約150年前、人間が魔界に侵攻するために通った門だという。


「魔界への出入り口……」


「はい。私たち魔術師は、それを『界門(かいもん)』と呼んでいます」


「そんなものが日本に3つもあったんですか」 


「現在、日本各地で発見された3ヵ所の界門は完全に封印してあります。しかし、開いたまま放置されていた時期がありました。その時、魔界に繋がる門から「人間を殺す呪い」が流れ込んできていたのです」


 かつて魔界を滅ぼした呪いは、人間の世界を滅ぼす呪いとなった。

 界門は、その呪いが溢れ出る「間欠泉」になっていたという。


 返ってきた呪いの形は様々だった。

 

 戦後最悪の大地震と大津波、未知の肺炎ウイルスの感染拡大、世界各地で頻発する戦争。


 例を挙げるとキリがないが、これまで人間世界で起きた災害や戦争の中には魔界から返ってきた呪いが関わったものも多いとされているらしい。


 本題はここから。


「その『界門』と『赤黒い結晶』がどう結びつくんですか?」


「昔、私は界門の封印に立ち会ったことがあります。その時、界門周辺に生える呪力を帯びた赤黒い結晶をこの目で見ました」


「じゃあ、結晶の正体は……」


「おそらく、呪いに侵された魔界由来の鉱物でしょう。キミの生徒が飲んだ薬物の原材料が呪力の混ざった魔界鉱物だとしたら、それは大変危険な代物です。魔力と結びついた呪力を体内に取り込むことが可能でしょうから」


 『急激な魔力量の上昇』と『呪力を含んだ魔術の使用』という点を鑑みると、ティセの分析は辻褄が合う。


 彼女の言うとおりなら、今の御手洗くんは非常に危険な状態。

 彼が体内に取り込んだのは「人間を殺す呪い」だ。

 早急に手を打たないと命が危ない。


「ティセ、教えてください。呪いを消す方法は無いんでしょうか?」


 彼女は、かつて呪術師と戦った経験のある歴戦の魔術師。

 呪いに対する対処法を備えているのではないかと思った。

 

 しかし――


「……魔力で呪いから身を護る方法はいくつかありますが、体内に根付いてしまった呪いを完全に消すのは不可能に近いです」


 ティセほどの魔術師ですら不可能という言葉を使うほど、呪いを消すというのは難しいらしい。


「呪いというのは、肉体に根を張り、魂に絡みつく異能なんです。今回のように呪いが完全に根差してしまっている状態だと、通常の魔術を使った治療などはできませんが……ひとつだけ呪いに特別効果的な魔術があります」


「お願いします、それを教えてください。すぐにでもその魔術を使える方を探し出して、御手洗くんを治療してもらわないと……!」


 僕の言葉を聞いて、ティセの表情が曇る。

 少し考えたあと、彼女はその魔術が何なのか教えてくれた。


「……赫灼(かくしゃく)の魔術です」


「ま、さか……そんな……」


 ティセの言葉に衝撃を受けて、僕は頭を抱える。


 赫灼の魔術は、かつて魔術師殺しのガーユスが使っていた万物を燃やす炎と熱の魔術であり、今は滅んでしまった赤魔氏族の血統を持つ者、その中でも才能がある魔術師のみが使える特別なものである。


 ガーユスは、僕がこの手で封印してしまった。

 つまり、現状で御手洗くんの呪いを祓える手段は無いということだ。


 同時に理解した。

 赫灼の魔術は、呪術に対するカウンターだったのだ。

 それが無くなった今、呪術を扱う者が台頭してもおかしくない。


 呪いを元にした薬物が流行りはじめているのが「ガーユスが表舞台から姿を消したこと」が理由だとしたら、僕のやったことは――


「トーヤ君……」


 落ち込む僕の肩をティセが優しく撫でてくれた。

 

 重い沈黙の中、僕は考える。

 僕どころかティセですらどうしようもない、八方塞がりな今の状況。

 打開するのに必要なのは――


「ティセ、力を貸してくれませんか。やれることはすべてやっておきたいんです」


「わかりました。ぜーんぶ任せてください」


「まだ何も言ってませんがっ!?」


 ティセは即答だった。

 その瞳に一切の迷いを感じない。


「あなたのお願いを私が断るわけないじゃないですか。これからもたくさん頼ってください」


「……ありがとうございます」


「ガーユスを封印したのは、あなただけではありません。あの決戦の場にいた全員の意思です。ひとりで抱え込んではいけませんよ。そのままでいると、キミに会う前の私のようになってしまいます。頼ることを忘れないで」


 誰よりも強く、誰よりも頼りになるパートナーが心強いことを言ってくれる。

 こんな幸せ、きっと他に無い。


「それで、私は何をすればいいですか?」


「ティセの国定魔術師の立場を利用する形になってしまうのですが――」


 僕の提案を聞いて、ティセはすぐに行動開始してくれた。

 

 今すぐ会って話さなければいけない人物がいる。

 そのためには、国定魔術師による口添えがあった方がいい。


(彼が話せる状態にあるかは賭けに近いけど……)


 何もしないよりはいい。

 とにかく今は試せることを試すしかない。


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