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銀杖のティスタ  作者: マー
赫灼の匣
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7.動乱の予兆


 御手洗くんを保護したあと、警察立会いのもとで現場検証を開始した。

 床や壁に散乱した赤黒い結晶を採取しようとしたのだが――


「……やっぱり無理ですね。魔術で創り出されたものなので、御手洗くんが意識を失った時点で結晶は魔力になって霧散をはじめています。ここでサンプルを採取しても、しばらくすると消えてなくなってしまうかと」


「採取は難しいか。写真で撮影だけでもしておこう。ティスタの意見を聞きたいしね」


 千歳さんは、妖しく輝く謎の結晶をスマホのカメラで撮影した。


 魔力と呪力、本来は水と油の関係である力が混ざり合った異質な結晶。

 結晶から放たれる赤黒い輝きは、見ているだけで悪寒を感じる。

 うまく表現できないけど、生き物のような不気味さがあるのだ。


(これが薬物によるものだとしたら、あまりにも危険だ)


 性格の変容。

 異常な魔力量上昇。

 攻撃性の高い結晶魔術の使用。


 薬物を摂取したすべての人間に同じ症状が出たら、警察だけでは対処が間に合わなくなる。今はとにかく情報が必要だ。


「千歳さん、少しお話いいですか?」


「なんだい?」


「呪術に関して詳しい説明をお願いしたいです。僕は魔術以外まったくの専門外なので」


「……そうだな。呪力が関係あるのなら話しておいた方がいいか。残りの現場検証は警察に任せよう」


 呪力のことなら、呪術師である千歳さんに聞いておくべきだろう。


 今回のような事件が都内各地で立て続けに起きている。

 後手に回って取り返しがつかなくなる前にやれることはやっておきたい。 




 ……………




 学園の周りには、数台のパトカーと救急車が停まっている。

 急行した救急車には、御手洗くんが運び込まれている最中だった。


 彼の体から薬物を取り除けるのかはわからない。

 飲んだ薬物が依存性のないものだと祈るばかりだ。


 パトランプの赤い光に照らされながら、窓ガラスの割れた校舎を見上げる。

 こんなことになって、御手洗くんが復学できるのかも心配だった。


「……大丈夫かい?」


 千歳さんが心配そうに聞いてくる。

 僕が首を縦に振ると、千歳さんが呪術の詳細を語りはじめた。


「呪術について、昔ちょっとだけ話したっけ?」


「はい。呪術は人間でも使える異能ですが、扱いが難しいと聞いています」


「そうだ。呪術の歴史は長い。縄文時代から続く日本の伝統であり、様々な道教から影響を受けているので多くの流派がある」


 呪術にもいくつか種類が存在していて、人間なら誰でも扱える。その一方で、後先考えずに使うと取り返しのつかない代償を払うことになる危険な異能だ。


「今回のように魔力と呪力が混ざった異能は存在していたんですか?」


「いいや、はじめて見た。魔力と呪力が混ざるなんて聞いたこともないし、そうする理由がわからない。だから不気味なんだよ」


 理由がわからない、というのが一番怖い。


 仮に御手洗くんの飲んだ薬物に魔力と呪力が込められていたとして、肉体にどんな悪影響があるのかわからない。


「大事なのはここから。大原則として、呪力を使う場合は必ず力に見合う対価を払わなければならない。私が血の呪術を使用する場合、出血を伴う痛みが対価として必要になる。私は事前に自傷行為をすることで対価の「前払い」をしているわけだ」


「対価というのは、呪術を使うときに絶対必要なものなんですよね」


「そうだ。呪いは必ず自分の身に返ってくる。御手洗くんが飲んだ薬物が呪力で作られたものである場合、力に見合った対価を払わなければならないか、あるいはもう払っているのか……」


「仮に「対価が払えなかった場合」はどうなるんですか?」


「最悪の場合、寿命を削られることが多い」


「そんな……」


 思っていた以上に御手洗くんの状況は深刻なのかもしれない。

 彼は自分が受け持ったクラスの生徒のひとり、放ってはおけない。


「トーヤ君、自分の生徒が心配だろ? 病院まで付き添ってあげてくれ。事後処理は私が済ませておく。今こっちに向かっている御手洗くんの父親にも事情を説明しておくから」


「すみません、ありがとうございます」


 千歳さんの言葉に甘えて、御手洗くんが運び込まれた救急車まで向かう。

 搬送先の病院を探している最中のようで、出発には時間が掛かるそうだ。


 救急隊員に事情を話して救急車に乗り込み、御手洗くんの様子を伺う。


「ぅ、うぅ……?」


 僕の使った「祓魔の荊棘」で魔力の大半を吸収されたことにより気を失っていたが、時間が経って魔力が自然回復したことで意識を取り戻したらしい。


「御手洗くん、もう大丈夫だよ」


「あ、あんた……誰……?」


「はじめまして、キミのクラスの新しい担任になった(ひいらぎ) 冬也(とうや)といいます。改めてよろしくね」


「担任……?……よろしくお願い、します……?」


 記憶が混濁しているのか、現状を理解できていないみたいだ。

 彼にこれまでの経緯を簡単に説明してあげた。


「そうか、俺……薬を飲んで、それから……うぅ……」


「無理に思い出さなくていいよ。今はゆっくり休んで」


「でも……あんなことして、学校だって壊して……」


 自分が何をしたのか徐々に思い出してきている。

 反省しなくてはいけないことがあるとしても、今はその時じゃない。

 それよりも大切なことがある。


「……よかったら、キミの話を聞かせてくれないかな」


「あの魔術や薬のことは、ちょっと記憶が曖昧で……正直、ちゃんとしゃべれるかわからない……」


「それは後回しにしよう。御手洗くん自身のことを聞きたいんだ。ひとりじゃ抱えきれない悩みや迷いがあるなら、どうすればいいのか一緒に考えよう。もちろん、無理強いはしないから」


「どうして、そんなこと……」


「新米だけど、僕はキミの担任教師だからね」


「…………」


 彼が薬物の影響下にあったときに放った言葉は、心の叫びに聞こえた。


 自分の弱さを認められない。

 自分の心を納得させる解決法が見つからない。

 他者に対して素直に心を打ち明けることが怖い。


 僕もティスタ先生と出会う前は、人間からのいじめが原因で心を閉ざしていたし、幼い頃から面倒を見てくれている唯一の肉親の祖母にも悩みを相談できなかった。


 心の底に抱えている不安や葛藤を真剣に相談するには勇気が必要だ。

 その後押しをしてあげるのが、教師としての僕の役目なんだと思う。


 これまで僕と真剣に向き合ってくれた人々がいたように、僕も御手洗くんと真剣に向き合いたい。


「…………」


 御手洗くんは何も言わない。

 出会ったばかりの僕を信用するのは難しいだろう。


「今じゃなくてもいいよ。もし相談事があったら、ここに連絡してね」


 便利屋事務所の電話番号が書かれたメモを御手洗くんに渡す。

 彼は無言で頷いたあと、そのメモをポケットに入れた。


「先生、あの……」


「うん?」


「ありがとうござ――」


 御手洗くんがお礼を言い終わる前に、救急車のドアが勢いよく開いた。

 

「健司っ!!」


 救急車に飛び込んできたのは、御手洗くんの父親。

 連絡を受けて急いでこちらまで来たようで、服装も髪型もかなり乱れている。


「うぅ……まさかこんな大事になるとは思ってなくて……すまない、本当にすまなかった……許してくれ……」


「お、おい……父さん……恥ずかしいよ。他の人が見てるだろ……俺も、ごめん……勝手なことして、迷惑かけて……」


 自分のために泣いてくれる父親がいるとわかった今の御手洗くんなら、同じ過ちを繰り返さないと信じたい。 


 完璧ではなかったけど、依頼は達成できたと判断していいだろう。


(……これで終わり、とはいかないだろうけど)


 赤黒い結晶の魔術。

 若者の間で蔓延する薬物。

 

 動乱を予感させる出来事が立て続けに起こっている。

 魔術師殺し・ガーユスが僕の目の前に現れたときと同じ胸騒ぎがしていた。


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