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銀杖のティスタ  作者: マー
赫灼の匣
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6.祓魔の荊棘


 警察の用意した車両で御手洗くんの捜索に向かう。

 追跡していた警察官が言うには、フラフラとした足取りで歩いていたらしい。


「ここに御手洗くんがいるんですか?」


「あぁ、間違いない。警察が細心の注意を払って追跡したからね」


 立派な表札には「白陽学園」と書かれている。

 僕が教師として出向している場所である。


 御手洗くんは学園の中にいる。

 深夜の校舎に入り込んで、それから外に出てきていないという。


「可能なら穏便に済ませたいが、これは無理かもしれないな」


 千歳さんが指差した先を見ると、校舎への入口が破壊されていた。

 周囲にはさっきも見た赤黒い結晶が散乱している。

 おそらく御手洗くんの仕業だろう。


「どうしてこんなことを……」


「理由はあとで聞けばいい。今は確保を優先する。気を抜くなよ」


 経験豊富な千歳さんがかなり警戒している。

 僕にも今までにない緊張が走っていた。

 これほどの規模で魔術を使える者を無傷で捕まえるのは簡単ではない。


「移動中に確認したとおり、御手洗 健司は在学中に『結晶の魔術』なんて使ったことはなかったんだよな?」


「はい。すべての教職員と御手洗くんと仲の良かった生徒への聞き込みで、彼が使える魔術は『風属性の魔術』のみだと確認済みです」


「ちなみに結晶の魔術の属性は?」


「……『地』です」


「自分の持っている属性以外の魔術を使う方法は限られているって聞いてるけど」


「はい、魔道具や魔符などを使った場合は自分の持たない属性の使用が可能です」


 御手洗くんが使ったと思われる異質な結晶魔術。


 赤い結晶魔術を扱える魔道具は見たことも聞いたこともないし、これほどの質量の結晶を魔術で生み出すとなると魔術師本人の膨大な魔力が必要になる。


 いくら彼が人間にしては多い魔力を持っていたとしても、これだけ乱発していたらすぐに魔力切れになるはず。何らかの方法で人間を超えた魔力を手に入れたと考えるのが妥当だ。


「得体が知れないな。どうもイヤな感じだ」


「……はい」


 周囲を警戒しながら校舎の中へ入ろうとすると、頭上からガラスの割れる音が聞こえてきた。


 ガラス窓が破られたのは4階。

 御手洗くんが在籍しているクラスの教室だ。


「あそこか。探す手間が省けたが、ここからどうする?」


「少し待っていてください。使い魔で様子を探ってみます」


 先日、学園内の監視のために放っておいたフクロウの使い魔に学園内の様子を偵察させることにした。


 僕の使い魔は視界の共有能力を備えており、空から学園全体を見渡した映像を僕の脳内に直接送ることができる。フクロウは夜目も効くので、深夜の学園も問題なく見渡すことができた。


 御手洗くんは、教室の中で暴れている。

 椅子や机を投げたり、壁を殴ったり、床に物を叩き付けていた。

 どうやら錯乱状態のようだ。


「……使い魔の視界で確認した限りでは御手洗くん以外に誰かいる様子はありませんが、御手洗くん本人は話ができる状態には見えません」


「子供とはいえ相手は魔術師だ。どうやって保護するか……」


 千歳さんの表情は相変わらず険しい。

 なんだか顔色も悪く見える。

 まるで自分の子供を心配する親のようだ。


「千歳さん、大丈夫ですか?」


「すまない、こういう形で子供を相手にするのが苦手でね。大丈夫、行こう」


 相手はまだ高校生の少年。

 この状況だと、無傷で保護するのは難しいかもしれない。


 千歳さんにも歳の近いお子さんがふたりいると聞いたことがある。

 感情移入してしまうのも無理はない。

 

 白陽学園の教師をしている僕も千歳さんと同じ気持ちだ。

 まだ顔を合わせたこともないが、それでも教え子にケガなんてさせたくない。


 覚悟を決めて校舎内に踏み込むと、赤く淀んだ結晶があらゆる場所に突き刺さっていた。魔術を行使しているというより、魔力をコントロールできずに暴走しているように感じる。


 校舎4階の教室に踏み込むと、御手洗 健司はそこにいた。

 教室の中心でうずくまって、小さな声で何かつぶやいている。


「…………こ……俺、が……い…………」


 周囲の床には鋭く尖った赤黒い結晶が突き刺さっている。

 教室に並んでいた机や椅子はすべて破壊されており、窓ガラスも全壊。

 蛍光灯も割られているので明かりをつけることもできない。


 この状況、間違いなく御手洗くんの仕業だ。


 千歳さんとアイコンタクトをしてから、まず僕が話しかけてみることにした。


「こんばんは、キミが御手洗くんだよね。どうしてこんなことをしたのかな? 話を聞きかせてほしいんだ」


 刺激しないように優しく穏やかに声をかけると、御手洗くんはよろよろと立ち上がって、こちらに顔を向けてくる。


「……っ……!?」


 御手洗くんは、ひと目見て危険な状態だとわかるほどやつれていた。

 目の下にはクマができていて、顔色も青白く見える。

 今すぐにでも病院に連れて行った方がいいとわかる状態だ。


 そして、最も異常なのは彼の瞳が「紅く光っている」こと。

 真っ暗な教室の中で妖しく輝く紅い瞳が僕たちを睨みつけてくる。


「誰、だ……あんたら……」


「僕はキミのクラスに臨時で担任になった柊 冬也といいます。お父さんが心配しているから、今日は早く帰ろう。話はあとでもいいから――」


「あんた、魔族……だな? その髪……瞳の色も……魔族なんだろっ……」


 様子がおかしいとは思っていたけど、意思疎通はできる。

 僕の容姿を見て魔族の特徴があるとわかるだけの判断力も残っているようだ。

 おそらく正気であるはずなのに、紅く輝く瞳からは狂気を感じる。


「お前も……お前らもっ!! 人間の俺をバカにしてるんだろっ!! 人間のクセに魔術師なんてして、バカなやつだって思ってるんだろ……っ……!!」


「落ち着いて、御手洗くん。僕は何も――」


「ああああああぁぁぁぁぁっっっ!! うる、さいっ、うるさいうるさいうるさいっ!! どいつもこいつも俺をバカにしやがってっ!!」


 彼の怒声には、憎しみと恐怖が入り混じっている気がした。


 絶叫する御手洗くんがポケットから何か取り出して、それを口に運ぶ。

 一瞬見えたのは、紅く輝く結晶。

 千歳さんの言っていた「薬物使用の可能性」が頭に浮かぶ。


「ダメだ、そんなの飲んだらっ!」


「あああぁぁぁっっっ!! うるせぇぇぇっっっ!!」


 御手洗くんの紅い瞳は更に輝きを増した。

 同時に彼の周囲に無数の赤黒い結晶が形成されていく。


(この数、普通の魔術師ならとっくに魔力切れになっていてもおかしくない。あのとき飲んだ「なにか」で魔力を得たのか……!?)


 深く考える間もなく、鋭く尖った結晶が一斉に襲いかかってくる。

 僕が防御に移ろうとした瞬間、千歳さんが前に出た。


「やっぱりこうなっちまったか……!」


 飛来した結晶は、千歳さんが呪術で作り出した深紅の血刀ですべて破壊された。

 それを見た御手洗くんは、明らかに動揺している。


「な、なんだよそれ……どうして……」


 相手は戦い慣れもしていない高校生。

 動揺で隙だらけになるのも当然のこと。


 もちろん、この隙を逃す手は無い。彼の動きを封じるため、僕は懐から取り出した植物の種を御手洗くんの周囲に投げて、即座に魔術を行使した。


 智拳印(ちけんいん)に近い印を両手で結びながら、静かに唱える。


枯死封印(こしふういん) 祓魔(ふつま)荊棘(けいきょく)


 かつて魔術師殺しに使った封印魔術・枯死封印。

 これは対象を樹木に封じ込める古代魔術である。

 強力な魔術である一方で、使用者の消費魔力が極端に多い禁忌の魔術。


 その使い勝手の悪さを改善するため、僕は封印の対象を「魔力」にのみだけ絞り込んだ簡易封印魔術『祓魔の荊棘』を作り出した。


 床にばらまいた植物の種は魔力によって急成長。

 太くしなやかな茨の蔦は、御手洗くんの体に絡みついていく。


「う、うああぁぁぁっ!?」


「ごめん、御手洗くん! 少し痛いだろうけどガマンして!」


 茨の棘が御手洗くんの肌に突き刺さり、魔力だけを吸収していく。

 魔力を吸われる度、瞳の紅い光は弱くなっていった。


「ぅ……うぅ、ぁ…………」


 魔力の大半を吸収された御手洗くんは、その場に倒れ込んだ。


 魔術師にとって、魔力切れはあってはならない事態。

 急激な魔力消費は、意識の混濁や認識能力の低下を招くからだ。


 御手洗くんが意識を失ったことを確認して、僕は茨の魔術を解いた。


『枯死封印・解』


 封印解除と共に、茨は塵になって消えていく。

 少々手荒になってしまったが、ほぼ無傷で御手洗くんの保護に成功した。


「お見事、助かったよ」


 千歳さんに優しく肩を叩かれて、ほっと一息。

 しかし、大変なのはここからだ。


 月明かりに照らされる割れた窓ガラスと壊れた勉強机を見ながら、僕は深くため息をつく。


(こんなことになって、生徒たちになんて説明すればいいのか……)


 暗い教室の中で頭を抱える。

 自分が担任しているクラスの教室がメチャクチャになってしまった。


 できれば、こうなる前に事態を治められればよかったのだけど……。

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