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銀杖のティスタ  作者: マー
赫灼の匣
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5.赤く淀む結晶


 翌日、日曜日の夜。

 千歳さんから緊急連絡が入った。


 警察からの緊急要請があったらしい。

 内容は、行方不明になっている少年少女の保護と魔術犯罪の捜査協力依頼。


『休日中に申し訳ないが、合流してもらえるとありがたい。厄介なことになった』


「わかりました。どこに向かえばいいですか?」


『現場に直接来てほしい。詳細はそこで話す』


 一緒のベッドで寝ていたティセを起こさないように小声で通話をしながら、現場に向かう準備をする。


 僕が魔術師としての仕事に向かうとき、動きやすさを重視した白のブラウスの上に防刃ベストを着て、頑丈な安全靴を履く。


 この防刃ベストは、魔力を流し込むことで防弾チョッキにもなる優れもの。

 安全靴は、軽さと強度を両立した特注品。

 危険が伴う仕事のときにはこれらを必ず身に着けている。


 最後に、魔術師の象徴であるフードのついた灰色の外套を羽織って準備完了。


(ティセは寝ているし、静かに――)


 リビングのテーブルの上にティセへの書き置きをしたあと、物音を立てないよう抜き足差し足で玄関に向かう。


「おでかけですかー……?」


 いつの間にか起きていたのか、ティセが眠そうに目をこすりながら立っていた。


「すみません、起こしてしまったみたいで」


「いいえ、お気になさらず。出かけるときのアレ、やっておかないと」


「あ、あぁ……いつものアレ……してくれるんですか?」


「当然です。いってらっしゃいませ、お気をつけて」


 そう言って、ティセは僕の頬に手を添えながら、唇に軽く触れるだけのキスをしてくれた。


「い、いってきますっ……」


「はーい」


 いってらっしゃいのキスは、ほのかにお酒の香りがした。

 夕飯のあとにビールを飲んでいたので、まだ少し酔っていたのかもしれない。

 毎度のことだけど、酔っているティセは開放的すぎていろいろと心配になる。


(しかも毎回ちょっとだけ魔力を流し込んでくるんだよなぁ……)


 たぶん、僕のことを「自分の男だ」と主張するためのマーキングに違いない。

 一緒に暮らしてみてわかったけど、彼女はけっこう肉食系だ……。




 ……………




 向かったのは、街の端にある廃工場。

 工場の周囲はパトカーと救急車に囲まれていた。

  

 僕の想像を超える事態が起きているらしく、すぐに千歳さんと合流して警察と共に現場検証を開始した。


「すみません、遅くなりました。何があったんです?」


「来てくれてありがとう。早速で悪いが、これを見てほしい」


 廃工場の中に足を踏み入れると、そこには凄惨な光景が広がっていた。


 壁、床、天井、ありとあらゆる場所に「赤黒い結晶」が突き刺さっている。


 針のように尖り、刃物のように鋭利で、淀んだ赤色の結晶。

 これが異能の力なのは間違いないが――


「これ、どう思う?」


 千歳さんは、赤黒い結晶を指差しながら難しい顔をしている。

 この結晶について正確な判断をするのに僕の率直な意見を求めているのだろう。


「この結晶、鉱物を生成する魔術で作られたものだとは思いますが、やけに不純物が多いというか……なにか「混じっている」感じがします」


「……だよな。私もキミと同じ意見だ。別の異能が混じっている気がする」


 今この世界に存在している異能の力は魔術だけではない。

 古くから存在する、人間の作り出した異能の力・呪術もある。 


「この結晶、魔力だけでなく呪力も混じっているみたいだね」


「こんなこと、今までありましたか?」


「いいや、こんなものを見たのは私もはじめてだ。本来、魔力と呪力は水と油だからね。混ざり合うことはない」


 呪術師の歴が長い千歳さんですら知らないとなると、この結晶はいったいなんなのだろうか。


「結晶の件は後回しにしよう。問題は、この惨状を発生させた人間が逃走中ってこと。私たちの仕事は、そいつの確保だ」


「身元はわかっているんですね」


「警察が場所も特定してくれた。私たちで対処する。ただ、ちょっと困ったことになっててなぁ……」


 千歳さんは、ため息を吐きながら俯く。

 この人がこんな様子になるときは、絶対に割に合わない仕事になる。 


「御手洗 健司。これをやったのは、御手洗さんのところのドラ息子なんだよ」


「えぇっ!?」


 いじめ事件の主犯とされていた男子生徒であり、依頼者の息子。

 白陽学園で僕が担任をしているクラスの生徒、御手洗 健司。


 僕が学園でいじめ問題の調査をはじめた時点で欠席を続けていたので、彼と顔を合わせる機会は一度もなかった。


 まさか、こんな形で初対面することになるなんて――


「ケガ人も出ていてね。この結晶の魔術で何人も病院送りにしている。傷害、建造物侵入、器物破損、その他諸々……これはもう、あの御手洗さんの家系でもごまかしきれない。立派な犯罪行為だ」


「そんな……」


 完全に後手に回ってしまった。

 本来なら、こんなことが起きる前に御手洗くんを止めなくてはいけなかった。


「彼の犯罪行為をトーヤ君が気にすることはない。今回の件が御手洗さんのドラ息子が豹変した理由に繋がっているかもしれないが、今は余計なことを考えないで最善の対処をしよう」


「……わかりました」


 彼がこんなことをした理由はわからないが、一刻も早く身柄を確保してこれ以上の被害を食い止めなくてはいけない。


「警察が車を出してくれる。行こう」


「その前に、依頼者への連絡も――」


「大丈夫、もう連絡してある。警察と一緒に息子の元に向かっているよ。私たちが先にドラ息子を確保して、ゆっくり話せるようにしてやろう。たぶん、必要なのは家族の対話だろうから」


 何か思うところがあるのか、千歳さんの表情はいつもより固い。


「子供が非行に走る理由は、家庭環境が関係していることも多い。あとは本人の劣等感とかね」


「千歳さん、詳しいんですね」


「私も年頃の息子や娘とよくケンカしたものさ。ちゃんと向き合って、ぶつかり合わないと理解できないこともある。御手洗親子に必要なのは、お互いに正面から話をする機会なんだ」


「そういうものですか……」


「だから、無事に家族のもとに帰してやらないとな」


 そう言って、千歳さんは警察車両に乗り込んだ。


(家族……子供、かぁ……)


 いつか自分の子供を守る立場になったときのことを想像する。

 以前より改善したとはいえ、魔術師や魔族への世間の風当たりは強い。


 魔族の血が引く者や魔術師が平和に暮らせる世の中になったとき、いつかは僕も子を思う親の気持ちがわかる日が来るのかもしれない。


 

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