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銀杖のティスタ  作者: マー
赫灼の匣
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3.葛藤


 帰宅する途中、少しだけ街の様子を見ておくことにした。

 日本の警察が水面下で動く時、魔術関連の事件が発生することが多い。


(……この辺も変わったなぁ)


 たった2年で街の様子はすっかり変わっていた。

 立ち並ぶビルの数は多くなったし、商業施設も増えている。


 駅前、近所の商店街、公園を適当に歩き回り、最後に足を運んだのは街の中心に位置する大きな広場。ここはかつて「魔術師殺し」と呼ばれていた者との決戦の地になった場所だ。


「ここ、いつの間にか観光名所になってたんだ……」


 元はビルの建設現場だった土地は、自然豊かな公共の広場に変わっていた。

 広場の中心に立派な石碑が建っており、周辺もきれいに手入れされている。


 聞いた話によると、日本の大物政治家が「正義の魔術師達の活躍を忘れないために記念碑を建てよう」という提案をしたらしい。広場で最も目立つ大きな石碑は、僕が海外へ旅に出ている間に作られたのだとか。


「…………」


 正直、複雑な気分だった。

 今の僕には、何が正義かわからない。


 魔術師殺しのガーユスは、僕の手で封印した。

 今も物言わぬ大樹となった彼は、日本のどこか地下深くに収容されている。


 枯死封印――肉体と魂を縛る禁忌の魔術。

 封印は自力で解除できず、僕が生きている限り解けることはない。


 世界を震撼させていた魔術師の封印は日本に束の間の平和をもたらしたが、平穏は長く続かなかった。ガーユスという巨悪が表舞台から姿を消したことによって、規模の小さな魔術犯罪が多発するようになったのだ。


 ガーユスは、魔術を扱う人間を嫌っていた。

 人間の魔術師が相手なら命を奪うこともあった。


 その対象は、魔術を扱う犯罪者も例外ではない。

 結果的にはガーユスの存在が魔術を利用した軽犯罪を抑止していたのだ。


 今の日本では、魔術を利用した軽犯罪が多発している。

 御手洗君の件も、僕がガーユスを封印したことが発端だったとしたら――


(……僕は正しかったのか?)


 たまにこうして自分に問いかける。

 もしかして、ガーユスが正しかったのではないか。


 人殺しを認めているわけではない。

 でも、必要悪というのは確かに存在する。


 これからの世の中で人間と魔族が平穏に暮らしていくためには、清濁併せ吞む精神も必要になってくるかもしれない。


 悶々と考えながら自宅に向かっている途中、スマホに緊急連絡が入った。 


(ティセから? まさか……)


 メッセージアプリに届いた文章を見て、背筋が凍る。

 最愛の女性から助けを求める連絡を受けた僕は、その場から駆け出した。




 ……………




「ただいま戻りました!」


 自宅マンションのドアを開けて、急いで台所に駆け込む。

 もしかしたら今夜の晩御飯が大変なことになっているかもしれない。


『お料理、ちょっと失敗しちゃいました』


 そんな連絡を受けたので、僕は大慌て。


 ティセの料理失敗はよくあることだけど、連絡があった時は重大な事故が発生した時である。


「トーヤ君、お……おかえりなさーい……」


 大きな鍋を手に持ったティセが台所に突っ立ったまま苦笑いしていた。

 彼女のエプロン姿は何度見ても美しいが、今はそれどころではない。


「何事ですか? ケガはありませんかっ? 僕がすぐに治すので!」


「いやいや、そこまで重大じゃないですからっ!」


「その様子だと大丈夫そうですね。はぁ、よかった……」


 この前はゆで卵を作ろうとして電子レンジを爆発させていたので心配していたけど、大惨事になっていないようでホッとした。


 話を聞いてみると、ちょっとしたチャレンジ精神で魔術を使った料理に挑戦していた結果、本日のおかずが大変なことになってしまったらしい。 


「ティセ。この鍋の中にある茶色い液体、なんですか?」


「肉じゃがです……」


「この液体が……肉じゃが……?」


 鍋の中でプルプルと震える茶色い液体は、まるで生き物みたいだった。

 どうやったらこんなことになるんだろうか……。


「風の魔術を応用して鍋に圧力をかけて高温調理していたのですが……やりすぎてゲル状になっちゃって……うぅぅ……」


 彼女の料理の腕は確実に上がっているものの、たまにこんな失敗をしてしまう。 

 肩口で揃ったきれいな銀髪の毛先を指でいじりながら、碧い瞳を涙で潤ませるティセ。こんな表情を見るのは何度目かわからない。


 この失敗は美味しい料理を作ろうとがんばってくれた結果。

 彼女のパートナーとして、ここでフォローしなければいけない。


「わかりました。あとはお任せください」


 僕は自分用のエプロンを着用して、液体になってしまった「かつて肉じゃがだったもの」に手を加えることにした。


「ティセ、覚えておいてください。何か失敗したら、すべてカレーにしてしまえばいいんです。カレーの味がすべて解決してくれます」


「はい、毎度助けてもらって申し訳ないです……」


 昔、祖母が余った肉じゃがを使ってカレーを作っていたのを思い出して、調理に取り掛かる。


 今夜の夕飯は和風スープカレー。

 味付け自体は完璧だったので、夕飯は無事に完成した。


 料理のコツはこまめな味見、そして失敗した時のリカバリー方法の把握。

 

 かつて魔術を学びはじめた頃の僕と同様、ティセも少しずつ料理を学んでいる。

 お互いに足りない部分を補い合いながらの同棲生活。

 こんな失敗も、いつかは笑える思い出話になるに違いない。


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