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銀杖のティスタ  作者: マー
銀杖の魔術師
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60.凶刃


「うわぁ……」


 目の前の惨状に戦慄が走る。


 数人の魔術犯罪集団は、ティスタ先生によって完全に制圧。魔力で強化した拳による単純な暴力。銀色のナックルダスターで顎を殴られて失神した男達は、地面に突っ伏したままピクリとも動かない。圧倒的と言う他無い。


 魔術師同士の戦いは魔力量で決まる。並の魔術師の魔力をコップ1杯分とするなら、ティスタ先生は25mプール1杯分に匹敵すると聞いたことがある。


 熱した鉄に数滴の水を垂らしても蒸発するように、膨大な魔力を持つティスタ先生に並の魔術は効かない。


「も、やめ、ぐえっ」


「……質問に答えなさい。あと何人の仲間がいますか? ガーユスの目的は? 今朝、警官から奪った拳銃の行方は?」


 ティスタ先生は魔術犯罪に加担した男のひとりに馬乗りになりながら、銀色のナックルダスターを付けた拳を顔面に叩き付け続けた。……ブチ切れである。


 やっていることは拷問だが、ティスタ先生の銀の魔術は人間を傷付けることはできない代わりに痛みだけを与える。いくら殴っても顔には傷ひとつ付かない。


 銀魔氏族相伝の由緒正しい魔術を尋問に使うのは気が引けるが、今は些細なことを気にしていられない。使えるものは何でも使って、ガーユスの行方を掴んでおきたい。


「ほ、本当にっ、金で雇われただけなんだ! 他の連中も一緒だ! もう勘弁してくれぇ!」


「口を割れば、ガーユスに殺されるからでしょう。今、私に殺されるのと……どちらがいいですか?」


「ひぃぃっ!?」


 相手は国際指名手配中のテロリストに加担している犯罪者。手加減の必要は無いが、これ以上は時間の無駄だ。埒が明かないようなので、僕も手助けをすることにした。


「ティスタ先生、僕に任せていただけませんか」


「わかりました、お願いします」


 先生は馬乗り状態から立ち上がって、尋問を僕に一任してくれた。怯えた様子の男に向けて、僕は優しく話し掛ける。


「う、うぅぅ……」


「僕達は、ガーユスの行方を追っています。このままでは、多くの被害者が出てしまうかもしれません。手段を選べない状況なんです」


 外套のポケットから小さな植物の種を取り出して男に見せながら、笑顔で話を続ける。


 こういう時は「いかに冷静にイカれているか」を演出するのが大事。先生が物理的手段を使ったので、僕は精神的に追い詰める。


「この種は、僕の魔力で作り出したものです。これを今から、あなたの脳に埋め込みます」


「…………えっ?」


「あなたの記憶を直接読み取るんです。廃人になってしまうかもしれませんが、構いませんか?」


 脳内に種を植え付けられた自分の姿を想像したのか、男の顔がみるみる青ざめていく。ようやく観念したのか、男はぽつりぽつりと話してくれた。


「け、今朝の……警官襲撃は、警察の制服と拳銃を強奪してこいって命令があったんだ……直接命令を受けたわけじゃないから、ガーユスの行方は本当にわからない……」


「…………」


「信じてくれ、頼むよ……」


「わかりました、信じましょう。では、あなたの身柄を警察に預けます。安全な場所で保護してもらうように頼んでおくので、今後は魔術を使って悪いことをしないと約束してくれますか?」


「約束するよ……魔術を使って、社会に仕返しなんて……もうやらない……」


 男は完全に諦めたようで、がっくりと肩を落とした。彼は、社会から爪弾きにされてしまった者であると同時に、魔術という異能の力に魅入られた者のひとりなのだろう。


「すべての罪を償った後、社会に戻るために手伝ってほしいことがあるなら事務所に連絡をください。可能な限りお手伝いします」


 便利屋の住所と電話番号を書いたメモを渡すと、男はメモ用紙を握り締めながら泣き出してしまった。


 彼がどんな目にあってきたのかわからないが、世間に敵対的な脱落者を生み出してしまったのは人間社会だ。


(やっぱり、人間は――)


 守る価値があるのだろうか。脳裏に焼きついたガーユスの言葉は、もしかしたら正しいのではないか。


『人間に肩入れしていれば必ず後悔するぞ』


 僕自身、半魔族であることが理由で人間に蔑まれて生きてきたから、世間に恨みが一切無いと言えば嘘になる。人間から罵詈雑言や暴力を受けた経験は、魔術師として認められた今でも忘れられない。


 今更「助けてほしい」だとか「頼りにしている」なんて言葉を受け取っても、消化しきれない不満はある。


 ガーユスの言葉も決して嘘ではない。


「トーヤ君、ありがとう。あとは警察に任せましょう」


 ティスタ先生の声を聞いて、我に返る。


「……すみません。ちょっと考えごとをしていました」


「気にしないでください。大丈夫ですか?」


「大丈夫です。ここからが大変ですし、気合を入れ直します」


「キミは真面目過ぎるから、ちょっとくらい気を抜いた方が丁度いいですよ」


 笑顔を浮かべる先生からは、もう怒りを感じない。初めて見た時は「やりすぎじゃないか」と思っていたティスタ先生の戦い方も、今では見慣れたので爽快感すら感じてしまう。


 近接戦闘を中心とした戦い方は、対魔術師との戦闘における基本的な立ち回り。無闇に魔術を使うよりも効率的なのだと見ているうちに理解できた。魔力によって肉体を強化した徒手空拳は、魔力の節約にもなる。


「今日もド派手に暴れましたね、先生」


「……いつもは暴力的手段を極力使わないですよ? 仕事なのでやっただけで」


 先生は、苦笑いしながら視線を泳がせた。


 頼れる上司への信頼、師匠への憧れ、大好きな女性への好意、すべてが今の僕にとって原動力になる。積もりに積もった人間への憎しみも、ティスタ先生と一緒にいるだけでどうでもよくなってしまう。


 人間のためではなく、先生や僕を大切にしてくれた人々のために頑張ればいい。全部を抱え込む必要なんてない。僕は、世界の平和や秩序を守る勇者や英雄ではないのだから。


「事務所に戻りましょう。先程、千歳さんの方も一仕事終えたそうなので」


「向こうも無事に終わったんですね、よかった」


 こちらに向けて走ってきた制服姿の警官達は、地面に突っ伏して失神している犯人達を次々を拘束していく。別行動中の千歳さん達も魔術犯罪に加担していた者達を一網打尽にできたそうでだ。


 駆けつけてきた警官達に後始末を任せて、ゆっくりと体を休めて――



「やっと気を抜いてくれたな」



 近付いてきた警官のひとりが、ティスタ先生に体をぶつけた。同時にドスッという何かを貫く音。


「ぁ、ぐ……っ……!?」


 勝利の後の一時の油断。僕達は、事が終わって僅かながら気を抜いていた。意識外からの完全な不意打ち。先生の腹部に突き立てられた刃物を見て、僕は思わず叫ぶ。


「先生っ!!」


 今朝、警官から盗んだ制服を着込んだガーユスは、特徴的な赤い髪を黒く染めて、完璧な変装をしたうえでティスタ先生を刃物で刺した。僕達を確実に仕留める機会を伺っていたのだ。


 臨戦態勢に入った僕を嗜めるように、先生が静かに指示を飛ばす。


「……トーヤ君、人命優先。予定に変更無し」


 腹部に刃を突き立てられたまま、ティスタ先生はガーユスを睨みつける。


 周囲の安全確保を最優先と事前に言われていたことを思い出して、踏み止まる。


「……っ……」


 一瞬の迷いが取り返しのつかない事態を招く。ガーユスの脅威は、戦った僕自身も理解している。なにより、僕がいるとティスタ先生が本気で戦えない。


「わかりました。必ず戻ります……!」


 足手まといになってしまう自分の未熟さを悔やみながら、僕は周囲の警官隊と市民の避難を優先。僕が去る前にガーユスが浮かべた笑みを見て、はらわたが煮えくり返る思いだった。


 しかし、すぐに思い知ることになる。仮にその場から離れていなかったら、間違いなく僕の命は無かった。


 人外魔境。高位魔術師ふたりの戦いは、街中に大きな戦跡を残すことになる。


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― 新着の感想 ―
[一言] 腹を刺された状態で先生はどこまで戦えるのかな。
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