59.魔術犯罪への対処
リリさんが日本から離れて1週間が経った頃。ティスタ先生の読み通り、こちらの戦力が減ったタイミングでガーユスの動きがあった。
早朝、街中をパトロールしていた警官が襲撃事件が起きて、制服と拳銃を強奪されたという速報が入った。不測の事態に備えて、警察全面協力で事件が発生した周辺の避難誘導がはじまっている。
多くの警察関係者と魔術師が厳戒態勢を敷く中、今回の件に違和感を感じたティスタ先生は、現場に急行せずにいた。
「……腑に落ちません。ガーユスがやることにしては規模が小さいですし、警官ひとりを仕留め損なうミスをするとは思えません」
「実行犯は別人でしょうか?」
「ガーユスに同調した者か、雇った半グレといったところですかね」
仮に相手が未熟な魔術師でも、ガーユスの作り出す魔符は危険な力を秘めているので警察だけでは心許ない。被害の拡大を抑えるため、僕と先生、千歳さんと金井さんの2組で対処に当たることになった。
全員で行動をした方が安全だが、ガーユスの狙いがティスタ先生と千歳さんの分断なら、あえて別行動を取っ誘い出すという目的もある。
「今回で必ず捕えます。落とし前をつけましょう」
「……はい、必ず」
僕が手に持ったのは、魔術学院留学時に30人の生徒と記念撮影をした写真。そして、学院への通行証である銀のプレート。御守りとしてそれらを胸ポケットへ入れた後、魔術師の象徴であるグレーの外套を羽織る。
千歳さんへの定期連絡をしながら街を見回っている途中、僕達の近くに車が止まった。覆面パトカーだったようで、降りてきたのはスーツを着た白髪頭の警官。以前、先生を警察署に連行した警部補さんだ。
「すみませんね、ティスタさん。こんなことになってしまって」
「いいえ、お気になさらず警部補殿。元はといえば魔術師の起こした事態、魔術師の私が対処するのが筋というものです」
「毎度助けてもらってばかりだしね……いくつも借りを作っているし」
「今度、お酒の美味しいおすすめのお店を紹介してください。期待していますよ」
警察に協力してきた実績が何度もある先生は、関係者に顔が利く。警部補さんは、警察関係者で共有していた情報を僕達にも教えてくれた。間違いなく不正だが、柔軟な思考で対応してくれているようだ。
「街の工事現場にチンピラがいるって通報があったんだ。もしかしたら、今朝の警官襲撃犯かもしれない。服装と人相が一致している」
「私達で対処しましょう。警官や機動隊を退避させてください」
「お偉いさんから「魔術師ばかりに頼るな」ってお達しがあってね……警察だけで解決する気だ」
「……警察は変わりませんね。面子ばかり気にして、死人が出てもいいんですか」
「返す言葉が無いよ、まったく」
白髪頭の警部補は、上司に嫌気が差して素直に僕達を頼ってくれたらしい。大人になると自分の面子ばかり気にするようになる。僕自身、大人に片足を突っ込んだ年齢なので複雑な気分になる。
「トーヤ君、現地まで飛びます。捕まって」
「はい、お願いします」
ティスタ先生が差し出した手を握って、一緒に宙へと浮かぶ。魔術師の中でも使える者が少ないという飛行の魔術で現場へ向かう。
飛行の魔術は、使用者の体に接触することで2~3人程度なら一緒に飛行が可能になる。ティスタ先生ほどの魔力になると、車1台分は余裕をもって浮かせることが可能。
「トーヤ君、絶叫マシンに乗ったことはありますか?」
「……今その質問をされるの、すっごく怖いのですが」
「ちょっとスピードを出しますよ」
「うわ、あああぁぁぁっ!?」
上空へ一気に浮かび上がって、目的地へ向けて超高速飛行を開始。
生身で高速飛行は生きた心地がしなかったが、一刻も早く現着しないと死傷者がでるかもしれない。ティスタ先生も焦っているのだろう。
……………
約1分の空の旅の途中、目的地の工事現場が見えてきた。
幸いなことに土砂や建材ばかりの広い場所。警部補さんの話によると、その場所はビルの建設予定地。僕達が全力で魔術を使っても問題が無さそうな地形だ。
警官隊が工事現場周辺を取り囲んでいるのが見えたので、空から降り立ってすぐに大声で避難を促す。
「皆さん、離れていてください! 相手は魔術師なので、あとは僕達に任せてください!」
空から飛んできた僕達を見て、警官隊の人達は意外にも素直に従ってくれた。
「あ、あれは……ティスタだ……」
「ティスタって、あの……!?」
「そうだ! 巻き込まれる前に離れろ! 死ぬぞぉ!」
警官隊達はティスタ先生のことを知っているようで、大急ぎで撤退いく。
「……先生、過去に何をしたんですか……?」
「若い頃にちょっとだけやんちゃしてた時期があっただけですよ」
警官隊の様子は「やんちゃ」なんて反応ではなかったが、今は襲撃犯の確保が最優先。
ビルの建設予定地の中心に数人の男がいた。服装も年齢もバラバラで統一性が無い。おそらくガーユスが雇った私兵。警官隊が男達を追い詰めたというよりも、魔術を使いやすい場所まで彼等に誘導されていたに違いない。
「おいおい、ふたりでいいのか? 俺達には「コレ」があるんだぜ!」
男の中のひとりが、魔符を手にして不敵な笑みを浮かべている。想定通り、ガーユスから魔符を受け取った者だった。
「はぁぁ……」
またかよ、と言いたげな表情を浮かべながら大きな溜息を吐くティスタ先生。
先生のように魔術を心から愛する者にとって、人々に迷惑を掛ける魔術の使い方をする者は決して許せない。目の前の男のように、異能の力に酔ってしまった愚か者を見るのはもう何人目なのか覚えていない。
僕も憤りを感じてはいるが、先生の方は比較にならないほどに怒りを溜め込んでいる。こうなってしまうと簡単には止まらない。
「念のため、最後通告です。抵抗は無駄なので降伏してください」
「バーカ、魔術が使えるのに降参なんてするわけがないだろうが! これで俺をバカにした連中と世間を懲らしめてやるんだよ!」
もしかしたら、彼も僕と同じように魔術を使う前は世間から爪弾きにされる側だったかもしれない。
しかし、それとこれとは話は別。法治国家である日本で無法は許されない。
「わかりました。では、しっかり抵抗してください」
ティスタ先生が羽織っていた白い外套を脱いで僕に渡す。
「時間が勿体ないので、すぐに済ませます」
「あの……て、手加減……してあげてくださいね……?」
頻発する魔術犯罪の中、先生と一緒に何度も仕事をしてきたから知っている。ティスタ先生が本気でキレた時にどうするのか、相手はどうなるのか。
周囲の魔術師や警察関係者がティスタ先生を恐れていた理由のひとつであり、物騒な異名の数々がついていた理由。若い頃にやんちゃしていた頃の先生の片鱗が垣間見れる。
「ちょっと教育的指導をしてきますから待っていてくださいね」
ティスタ先生が手に握るのは、銀杖ではない。ナックルダスターやメリケンサックと呼ばれる拳を保護しつつ殴打の威力を増大させる武器。
先生の銀の魔術の特性が反映された武器は、対象を傷付けることなく痛みだけを与える――つまり、彼等は今から生き地獄を味わうことになるのだ。