57.一時の別れ
ガーユスの襲撃に備えて、全国にいる見習い魔術師や魔術師の近親者を避難させる計画が進行している。僕の育ての親である祖母も一時的に海外へ避難することになった。
「おばあちゃん、体に気を付けてね」
「冬也、やると決めたからにはもう止めないから……しっかりやるんだよ。あんたはやればできる子なんだって、ばあちゃんは知ってるから。信じてるよ」
海外に避難する祖母は、他の避難者と共にリリさんが警護してくれる。ガーユスが僕個人に対して興味を持っている以上、祖母がひとりで行動するのは危険だと判断したからだ。
「トーヤさん。おばあ様は私が責任を持って守るから安心してね」
「はい、よろしくお願いします」
リリさんは「金鎧のリリエール」という異名を持つ。魔術師の中でも防衛に最も適した魔術師だとティスタ先生から聞いている。
「出発する前にお礼を言わせてほしい。魔術学院の学長として、生徒達を助けてくれて本当に感謝しています。亡くなった生徒達のご両親から感謝の言葉をたくさん受け取っているわ」
「……はい」
亡くなった生徒の遺体保全をしたことがきっかけで、多くの魔術師が力になると約束してくれた。魔術学院襲撃で子供の命を奪われた者は、ガーユス確保をする時に協力を惜しまないと言ってくれている。
「すべて片付いた時、みんまで今後のことを話しましょう。次に会う時は楽しい話をしたいわ」
「はい、楽しみにしています。おばあちゃんも元気でね」
今生の別れというわけでもないのに、不思議と涙がこぼれそうになる。
リリさんと祖母は、荷物を抱えて自宅の庭の中心に立った。ふたりが淡い光に包まれた後、黄金の粒子となって消える。安全な場所に転移魔術で移動したのだ。
しばらく待っていると、スマートフォンに連絡が入った。無事に避難場所に着いたという祖母からの連絡が届く。これからの戦いに祖母を巻き込まずに済むと考えると一安心である。
「…………」
独りで過ごす自宅内は、想像していた以上に静かだった。ずっと見守ってくれていた祖母がいないだけで家の中が広く感じる。
少し沈んだ気分でいると、インターホンの音が鳴った。玄関へ向かうと、すりガラスの引き戸の向こうに小柄な人影が見える。
「……先生?」
「おや、よくわかりましたね。こんばんは」
訪問者は、私服のティスタ先生。紺のロングスカートに白のポンチョ、完全にプライベートの服装。
「トーヤ君、今日からおばあ様が家にいないのですよね。師匠の私が弟子の面倒を見るのは当然のことですし、おばあ様からキミを見守ってほしいとお願いされていましたから」
先生は、両手に食材の入った袋を持っている。献立はカレーのようだ。もしかして先生の手料理を食べさせてもらえるのだろうか。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
「いっぱい甘えてくれて構いませんよー? キミには英気を養ってもらわないといけませんから!」
好きな女性とふたりきりでひとつ屋根の下と考えるだけで、心臓が高鳴る。
……………
「えーと……レシピは……」
自信満々に「夕飯は任せて!」と台所に立ったティスタ先生は、スマートフォンでレシピを確認しながら食材をまな板の上に並べている。
「……先生、大丈夫ですか?」
「もちろんです。大丈夫。包丁で食材を切るくらい……」
包丁を持つ手がプルプルと震えているのを見ていると、冷や汗が出てくる。包丁の握り方もちょっと変だし、明らかに料理慣れしていない手付きだ。
「…………もういいや。こっちでやろう」
先生はめんどくさそうに呟いた後、風の魔術を使って食べごろサイズに切り刻んでいく。相変わらずの早業である。
「うわ、すっご……」
先生の見せてくれる鮮やかな魔力コントロールは、何度見ても魅了される。さっきまでの手際の悪さがウソのようだ。
野菜の下拵えを終えた後、お米を炊くために炊飯器とにらめっこしている。
「スイッチ、これ……かな? うーん……」
無洗米でもないのに米を洗わず炊飯器のスイッチを入れようとしていたので、思わずストップをかけた。
「先生、そのお米は無洗米ではないので、ちゃんと研いだ方が美味しいかも……です……」
「む、無銭……米……?……タダのお米……ですか? ふむ、そうでしたか。では洗剤で――」
「ああーっ!? 先生、洗剤はダメです! いけません、先生ーっ!!」
後で知ったことだが、先生は料理が下手というわけではなく、台所に立った経験がほとんど無いのだそうだ。
結局、ふたりで台所に立って料理をすることにした。これはこれで悪くないなんて思いながら、夕飯のカレーライスを無事に作り上げた。




