55.束の間の休息
魔術学院襲撃から1ヵ月が経った。
警察全面協力の甲斐あって、頻発していた魔術犯罪の数は減っている。おかげで休む時間ができたが、依然として気の抜けない状況は続いている。
前回のように予想もしていないタイミングで襲撃があるかもしれない。先生も普段に比べて表情は固く、疲れが溜まってきている。
「先生、大丈夫ですか?」
「大丈夫です、ありがとう。しばらく厳戒態勢を解くわけにはいけませんからね。魔術犯罪の件数が減っているとはいえ、気を抜かずにいきましょう」
気を張った状態が1ヵ月も続いている。ガーユスの用心深さを考えると、魔術師側を消耗させた後に何かしら動きを見せるかもしれない。
便利屋の通常業務を午前中で終えた後、午後は体を休めて、時間がある時に街の見回り。働きっぱなしの僕達のことを気にかけて、便利屋事務所に乗り込んできた魔術師がいた。
「入るわよッ!!」
事務所の入口の扉が勢いよく開いた。金髪に碧眼、白い外套に身を包んだリリさんだった。
「アンタ達、休めッ!!」
事務所に入って早々、リリさんが叫ぶ。
ティスタ先生の師匠であり、僕にとっては大師匠。働き続ける僕達の様子を気に掛けてくれていたみたいで、便利屋まで顔を出してくれた。
ガーユスとの戦いにおいて必要な戦力になるとわかっているからこそ、今は僕と先生に何もせずに大人しくしてほしい言いに来たそうだ。
「御師様、お言葉ですが今は――」
「有事の際に全力を出せるように休める時に休んでおきなさい。体だけではなく、心もよ」
「ですが……」
リリさんが正しいのはわかっているけれど、何かしていないと落ち着かない。もし気を抜いた一瞬で何かあったら、という思考が頭の中にこびりついている。
「ちゃんと日本中に監視の目を送っておいたから、安心しなさい」
リリさんは、事務所の窓を指差す。
窓の縁に数匹の鳥が止まっている。愛玩鳥として知られる金糸雀を魔力で再現したリリさんの「使い魔」である。
「あの子達を日本の全域に飛ばして、私の目として働いてもらっているわ。大きな動きがあれば察知できる。パトロールは使い魔に任せて、キミ達は英気を養ってちょうだい。あなた達が今するべきことは、とにかく休んで、息抜きに遊ぶこと」
有無を言わさぬといった雰囲気のリリさんに、僕達は逆らえなかった。
「最終的に魔術師の極致を目指すのなら、魔術を学んでいるだけではダメよ。体を使い、頭を使い、よく食べて、よく寝て、よく遊んで、よく笑うことが大切なのだから」
リリさんが指をパチンと鳴らす。事務所のテーブルの上にポンッという音と共に白い煙が上がった。
現れたのは、最新のゲーム機と大きめのモニター。意外な物が現れて混乱する僕達に向けて、リリさんはゲームのコントローラーを手渡してきた。
「ほら、遊ぶわ! はい、あなた達のコントローラー!」
僕が「こんなことをしていてもいいのでしょうか」と質問をする前に、リリさんは配線を繋げてゲームをする準備をしていた。
「トーヤ君、御師様は一度決めたら絶対に言っていることを曲げない人です。お言葉に甘えて、少し息抜きをしましょう」
ティスタ先生も苦笑いしながら、リリさんと一緒にゲーム機の配線を繋ぎはじめた。魔術師であっても人生を楽しむことを忘れるなということらしい。
そういえば、僕が見習い魔術師だった頃にティスタ先生から同じことを教えてもらった。魔術師を目指しているからといって、学業を疎かにしてはいけない、色んなことを経験しろとアドバイスをくれた。
先生の教えは、リリさんから受け継がれたものだったのだろう。
……………
リリさんが用意してくれたゲームを楽しむ。ちょっと気を抜き過ぎではないかと不安になるが、息抜きも仕事のうちと言われてしまった。
しかし、ティスタ先生とリリさんは――
「ああああッ!? ティスタ、貴様ァ! アイテムボックスの前にバナナを置くとは卑劣極まりない! そんな弟子に育てた覚えは無いわよッ!」
「御師様は相変わらず沸点が低いですねぇ!」
「あ、やめなさい! ジャンプ台前で甲羅を投げるなっ! あーーーっ!?」
楽しむどころか、バチバチに甲羅闘り合っている。
プレイしているのは、某有名ゲーム企業の開発した人気のレースゲーム。バナナの皮やカメの甲羅をぶん投げて当ててライバルを蹴落としたり、爆弾を投げつけたり、頭上から雷を落として妨害したりする。
大人達が白熱して本気で遊んでいる様子が面白くて、久しぶりに笑った。気付かぬうちにリラックスできていたようだ。
しばらく遊んだ後、3人でコーヒーを飲みながら休憩。リリさんが持参したお茶菓子を御馳走になりながら、色々な話を聞かせてもらった。
「魔術師ってゲームが好きな子が結構多いのよ。ダークファンタジーのゲームから魔術のアイデアを思いつくこともあるわ。私も旦那に影響を受けて色々とプレイしてみたけれど……最近のゲームは侮れないわね」
「リリさん、ご結婚されていたんですね」
「あら、意外? まぁ、私はこの見た目だから仕方ないけれどね」
「すみません、そういうつもりじゃ……」
「いいの、気にしないで。よく言われるし。今年で高校生になる娘もいるの」
リリさんの容姿は幼く見えるが、実は年上。結婚してすぐに子供を産んで、再び魔術師として復帰した出戻りなんだとか。
「年齢といえば、私は200歳くらいだったかしら」
「…………200!?」
「ティスタから聞いていなかったのね。私は、純血の魔族よ」
音速で飛行する魔術や金を操る魔術を高精度で操れるのは、リリさんが魔族だったから。人間との戦争で滅びてしまった魔界から避難してきた魔族のひとりだったという。
「色々あって人間の旦那と結ばれて、今ではすっかり人間世界の一員。キミの御両親と同じく、魔族と人間の夫婦ってわけ」
「そうだったんですか……」
「魔族と人間が夫婦になれるのだから、半魔族と人間がカップルになるくらい何もおかしくないわ。ねぇ、ティスタ」
唐突に話を振られたティスタ先生は、飲んでいたコーヒーを噴き出した。
「ぶほっ!? な、なんですか、急にッ!」
「急かすつもりはないけれど、あなたもそれなりの年齢だし……そろそろ、ね?」
「ぬうぅ、余計なお世話です……!」
顔を真っ赤にしながらそっぽを向いてしまったティスタ先生を見て、リリさんは両手を広げて「やれやれ」といった様子で笑っていた。