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銀杖のティスタ  作者: マー
銀杖の魔術師
53/86

52.救える命のために


 魔術を利用した本格的な戦闘の末、限界まで魔力を消費をした僕は気を失って、目を覚ました時には病院のベッドの上に寝ていた。


(……ここは、病院……?)


 ガーユスが撤退した後、魔力不足と疲労で意識を失ったことは覚えている。あの後、どのくらい時間が経ったのかわからない。


 鉛のように重い身体を強引に起こして、周囲の状況を確認する。


「トーヤ、君……?」


 僕が意識を取り戻したタイミングで、ティスタ先生が病室に入ってきた。手に持っていた荷物を床に落として近付いてくる先生は、怪我などはしていないがかなり顔色が悪い。


「……先生、ご無事で何よりです」


「それは私のセリフです……本当に、よく無事でいてくれました……!」


 ティスタ先生はベッドまで駆け寄ってきたかと思ったら、泣きながら僕を抱き締めてくる。


 魔力を消耗したことが原因で丸一日寝ていた僕は、失った魔力を少しでも多く回復するために一時的な休眠状態に入っていた。魔族の血が流れる者によくある症状らしい。


「兄弟子は無事でしょうか?」


「キミの処置が早かったおかげで無事です。すぐに退院できると聞いています」


「あぁ、本当によかった……」


 腹をナイフで刺されて出血が多かったことが心配だったが、傷の完全な治癒よりも先に止血のみを優先した判断は間違っていなかったようだ。


「……早速で申し訳ありませんが、今の状況を説明しなくてはいけません。ガーユスと直に会った以上、キミも今回の件に無関係ではありません」


「はい、お願いします」


 僕が寝ていた間に、良くも悪くも世間の状況が変わったらしい。




 ……………




「日本の官僚は、今回の件でガーユスへの認識を改めました。今後は魔術師に全面協力することを約束してくれています」


「仲間が増えたということですか?」


「仲間というか……利害の一致ですね。今後、大規模魔術犯罪の予兆があった時、警察や特殊部隊、自衛隊と連携をして事に当たることになります。平和ボケしていた政府の老人達がようやく重い腰をあげたようです」


「よかった……」


 ガーユスとの闘いの際、周囲に集まった一般市民を巻き込んでしまったことを考えると、避難誘導は最優先にするべきこと。その際に警察などの助けを借りれるのはありがたい。


「今回はキミのおかげで死傷者ゼロでしたが、こんな奇跡は二度とありません」


「はい、僕もそう思います」


 リリさんの救援が無ければ、被害は拡がり、多くの人間がガーユスに殺され、僕も間違いなく命は無かった。今回の運が良かっただけで、本来なら単独で相手できる魔術師ではない。


「それと、伝えるべきか悩んでいたことがあるのですが……」


 先生の表情が更に曇る。病室に入ってきた時から感じていたが、何かあったに違いない。僕は覚悟を決めて話を聞いた。


「……ガーユス襲撃の日、私達が慌てて出て行った件ですが、あれは緊急の招集が掛かったからです」


「先生達の方にもガーユスが現れたんですか?」


「いいえ、私達が到着した時にはガーユスは現地にいませんでした。場所は……魔術学院の日本分校」


「……えっ?」


 僕が1週間の短期留学をした魔術学院だ。嫌な汗が頬を伝う。


「学院のみんなは、無事なんでしょうか」


「…………」


「先生……」


 ティスタ先生は、顔を伏せながら黙り込んでしまう。先生の表情には、怒りや後悔が滲み出ている。


「事実を教えてください。僕も魔術師として、知っておく必要があります」


「……魔術学院の生徒30名のうち、25名が死亡。5名は重度の熱傷で寝たきりの状態です。生き残った子達も、危険な状態が続いています」


 Ⅲ度熱傷、専門施設での治療が必要なレベルの全身火傷。ガーユスの扱う熱と炎の魔術によるもの。


 今はティスタ先生とリリさんが可能な限りの治癒魔術を施し、冷気と氷の魔術、現代医学による生命維持によって命を繋がれている状態。


 僕と先生達を引き離すためだったのか、あるいは他の目的があったのか、ガーユスは学院周囲にある大規模な結界魔術を強引に破って、襲撃をしたらしい。


 どうしてそんなことを気にする間もなく、僕の体は動いた。まだ救える命があるなら、寝ている場合ではない。


「先生、生き残った方々のところへ案内してください。すぐに向かいます」


 ベッドから起きて着替えを済ませた後、魔術師の象徴であるグレーの外套を羽織る。学院の生徒達が生きているなら、まだ間に合うかもしれない。僕の治癒の魔術は、こういう時のためにあるのだから。




 ……………




 ティスタ先生と一緒に5人の生き残りがいる特別病棟へと向かった。


 集中治療室のガラス窓の向こう側に、チューブに繋がれた状態の患者がいる。


 ひとりは、僕が魔術学院に留学してからはじめて話しかけてくれた男子生徒。隣には、ティスタ先生との特別授業の際に火球を放っていた女子生徒。見知った者達の変わり果てた姿を見て、心臓が握り潰されるように胸が苦しくなる。


「……先生、彼等を一か所の病室に集めることはできますか」


「わかりました、すぐに作業に取り掛からせます」


 ティスタ先生は、僕の言葉に一切の疑問を持たずに行動を開始。病院の看護師達が細心の注意を払いながら患者達を大きな病室へと運び込んでくれた。ベッドに寝ている5名の魔術学院の生徒達、救える命が目の前にある。


「これから、時間を掛けて彼等の火傷の治癒をします」


 急激な速度で治癒をすると、全身火傷で弱っている状態では肉体の負担になる。ゆっくりと、徐々に、丁寧に細胞を再生させていく必要がある。


 幸い、ティスタ先生達の応急処置が適切だったおかげで希望はある。火傷跡を完全に消し去るには時間が必要だが、命の危険を脱することはできるはずだ。


「先生、お願いします」


「わかりました。手筈通りに」


 魔術による火傷の治癒、機能不全を起こしている内臓機能の補助、火傷による合併症への対処をすべて同時に行う。


 長時間の魔術行使に必要な魔力は、僕だけでは賄えない。ティスタ先生の持つ膨大な魔力を譲渡してもらいながら治癒魔術を行使する方法を提案した。


 僕の背中に手を当てたティスタ先生が魔力を送り込んでくれたことを確認して、生き残った5人の生徒達の治癒を開始。ここからは長丁場になる。


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― 新着の感想 ―
[一言] あの短期留学がこんな大惨事の伏線だったとは、5人だけでもなんとか助かれば。
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