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銀杖のティスタ  作者: マー
銀杖の魔術師
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50.天空からの救援


 天空から飛来した者は、着地の衝撃で周辺の凶悪な熱気を吹き飛ばした。


 砂煙の中の人影は、白い外套を羽織っている。純白の外套を着用するのは、国定魔術師だけに許された特権。ガーユスに対抗しうる戦力が救援に来てくれたのだ。


「……先生……?」


 ティスタ先生によく似た小柄なシルエット。


 砂煙が晴れて、姿を見せたのは――


「ごめんなさいね。ティスタじゃなくて」


 腰の辺りまで伸びた美しい金髪とティスタ先生に似た碧眼。僕の大師匠にあたる魔術師。救援に駆け付けてくれたのは、リリさんだった。


「どうしてあんたが日本にいるんだ、リリエール」


 リリさんの姿を見たガーユスの表情が強張る。


 口振りからして顔見知りのようだが、友好的な仲でないのは明白。


「孫弟子が危ないって聞いて、一足先に飛んできたのよ。随分と好き勝手してくれたようね」


 怒りのこもった視線を向けられたガーユスは、不敵な笑みを浮かべながら再び巨大な火球を形成。リリさんに向けて、何の躊躇いもなく炎の魔術を放つ。


『アウルム』


 短い詠唱の後、リリさんの周囲に金色に輝く光の膜が展開される。


 光膜は、巨大な火球を上へ弾き飛ばした。上空で轟音を立てながら爆発を起こした火球に意識を向けていると、僕の体はいつの間にかリリさんに抱えられていた。


 小柄な体からは想像もできない膂力に驚いている間もなく、リリさんは安全な場所への一時撤退を開始。


「え、えっ? いつの間に――」


「トーヤさん、ちょっと距離を取るわよ」


「うわっ!?」


 気付いた時には、周辺にあるビルの屋上へと移動していた。瞬間移動の魔術があるなんて聞いたことがない。ティスタ先生の師匠であることを考えると、このくらいは当然なのかもしれない。




 ……………




 身を隠しながら、リリさんと一緒に反撃の準備をする。


「すみません、助かりました……」


「助かったのはこちらの方よ。死傷者はゼロ、格上の魔術師を正面から相手にしてよく耐えてくれたわ。上出来よ」


「でも、このままだと――」


 ビルの屋上から下を覗くと、ガーユスは相変わらず余裕の笑みを浮かべているのが見える。


 あれだけ魔術を連発したというのに、ガーユスには余力があるように思える。リリさんが来たからといって形勢が逆転したわけではない。一時的に距離を取ったのは、リリさんもそう判断したからだろう。


「ティスタ達もこちらへ大急ぎで向かっている。それまで私達で足止めをする。できるわね」


 リリさんは、僕の背中に手を当てて魔力を送り込んでくる。魔力の譲渡は誰にでも可能だが、同時にいくつかあった小さな火傷の治癒までしてくれた。さすが大師匠、本当に頼もしい。


「はい、いけます。ひとつ、ガーユスの熱と炎の魔術について気になることがあるのですが」


「わかった、聞きましょう」


 ガーユスと戦っていた最中に気付いたことをリリさんへ伝える。直接対峙した自分の感覚だが、推測が正しければガーユスに有効打を与えられる。


「なるほど。赤魔氏族(せきましぞく)は既に滅んでいたから、相伝の魔術の情報が少なくて対策のしようがなかったけれど……試してみましょう。トーヤさん、もう少し頑張ってちょうだい」


「はい……!」


 この場でガーユスを止めなければ、今とは比較にならない被害が出る。人間に向けて牙を剥く姿を直に見てしまったからには、絶対に止めなくてはいけない。


 素早く打ち合わせをした後、仕切り直しのために再びガーユスの元へ向かおうとする直前、リリさんから質問をされる。


「……今聞くことでもないんだけれど、怖くない?」


 僕は、リリさんの言葉に素直に頷く。


「正直、メチャクチャ怖いです。でも、ティスタ先生を困らせるヤツは許せないので」


 僕がそう言うと、リリさんは笑い返してくれた。


「それでいい、私達は格闘家でもなければ、スポーツマンでもない。無理に恐怖をコントロールしなくていい。魔術師にとって、恐怖とは克服するものではなく、理解するものよ」


 欲望のまま振るう魔術は、他者にとって恐怖にしかならない。ガーユスは、人間では太刀打ちできない恐怖を振るって悦びに浸っている。


 止めなくてはいけない。ティスタ先生が、大好きな人が楽しく健やかに笑って過ごせるように。


「ティスタは弟子を選ぶ目だけではなくて、男を見る目もあったみたい」


「恐縮です……」


 僕を褒めた後、璃々さんが僕に気合を入れるために背中を叩いてくれた。


「その気持ち、大切にしてね。もうひと踏ん張り、頼んだわよ」


 ガーユスを止めるため、僕達はビルの屋上から飛び降りる。


 魔術による災厄は、魔術師の手で止めなければいけない。




 ……………




「作戦会議は終わったかい?」


 ガーユスは、僕達を追ってくるわけでもなく、逃げるわけでもなく、僕達が戻ってくるのを待っていた。


「俺は冬也くんと楽しみたいんだよ。年寄りは帰ってくれないかな」


「相変わらず年配への配慮が足りないわね、小童。あんた、自分のママから何も教わらなかったのかしら」


「……あぁ゛?」


 赤魔氏族を皆殺しにしたのはガーユス自身だというのに、身内をコケにされるのは我慢ならないらしい。本当に良くわからない男だ。……とっくの昔に人格は破綻しているのかもしれないが。


「トーヤさん、打ち合わせ通りによろしく」


「はい……!」


 リリさんから譲渡してもらった魔力のおかげで、万全に近いコンディションにまで持ち直すことができた。


 ここから先は2対1。


「いつまでも魔術師を名乗る老害め……!」


 僕と話している時とはまるで別人。怒りに満ちた口調で叫ぶガーユスは、炎の魔術を行使。


 今度は火球や炎の蝶ではなく、火炎の矢。まるで弓を引くような体勢で、僕達に向けて燃え盛る(やじり)の先端を向けてくる。


「……っ……」


 当たれば間違いなく死ぬとわかる魔力の量と熱気。


 怖い、逃げたい、恐ろしい――だからこそ僕達が戦わなくてはいけない。矛盾する気持ちの中、リリさんとの打ち合わせ通りに自然魔術を使う。僕達とガーユスの左右数十メートルに渡って一直線になるよう、防火林を生成した。


 逃げることも避けることもできない状態。これは、ガーユスの放つ熱と炎の魔術から建造物や人々を守るためのバリケードである。


 そして、リリさんがガーユスの魔術を真正面から受け止める準備をする。

 

「馬鹿だな、自分から逃げ場を無くすなんて!」


 命中を確信したガーユスは、躊躇なく炎の矢を放つ。


 射線上に存在するすべての物質を融解させながら、極限まで圧縮された万死の炎が一直線に僕達の元へと迫る。


 死への恐怖を押し殺し、リリさんを信じて反撃の準備に移った。

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