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銀杖のティスタ  作者: マー
銀杖の魔術師
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49.烈火の猛攻


 事務所の窓から投げ出されたガーユスは、二車線道路の真ん中に立って僕を待ち構えていた。まるで何事もなかったかのように余裕の笑みを浮かべている。


「意外と武闘派なんだな、キミ」


「すみません、咄嗟だったもので」


「別に責めているわけじゃないんだ。キミの師匠にそっくりだと思ってね」


「……光栄です」


「嫌味で言ったんだけどな……」


 事務所の窓から飛び降りて地面へと降り立った僕は、着地と同時に地面に向かって魔力を流し込む。ガーユスの足元のアスファルトを突き破った樹木は、彼の身体を雁字搦めにした。


「素晴らしい。キミの歳でここまで魔術を扱えるなんて驚いた。街の片隅で便利屋なんて商売をしているのはもったいないな」


 ガーユスの全身に巻き付けた樹木は、一瞬にして焼き払われてしまった。先生から聞いていた通り、彼の使う魔術は熱と炎。僕の魔術とは絶望的に相性が悪い。


(足止めにもならない……)


 全身に魔力を纏わせるガーユスの姿は、全身を炎の鎧で包み込んでいるかのように見える。赤魔氏族(せきましぞく)特有の強力な熱と炎の魔術に対して、考え無しに樹木や植物を生成しても灰にされてしまう。


「エルフの魔術を直に見るなんて、いつ以来だろうか。キミや彼等のような賢人達こそ、魔術を使うのに相応しい種族だと思うんだ。他にも――」


 ガーユスの語りを邪魔するかのように、大きなクラクション音が鳴り響いた。


 たまたま通りかかった大型トラックの窓から顔を出した男性が、ガーユスに向けて怒声を浴びせている。


「馬鹿野郎、そんなところに立ってたら邪魔だろうが!」


 先程までの穏やかな表情とは打って変わって、恐ろしい形相でトラックの運転手を睨みつけるガーユス。僕の背筋に冷たいものが走る。


「やめろ、ガーユスっ!!」


 僕が叫びながらトラックの方向へ走るのと、ガーユスが大型トラックに向けて巨大な火球を放つタイミングは同時だった。


 街中に響く爆発音。周囲のビルのガラスが割れて、肌の表面を焦がすほどの熱風が吹き荒れる。夕陽に染まっていた街中が、更に赤く染まった。


「……はは、はははっ! 大したものだ! 凌いだのか!」


 ガーユスの高笑いが街中に響き渡る。


 放たれた巨大な火球を辛うじて防いだのは、僕が魔術で生成した樹木。防御に利用した樹木は、火に強い常緑広葉樹――魔力によって作り出した即席の防火林。


 ガーユスの炎の魔術を何度も防ぐことはできないが、時間稼ぎくらいにはなる。


「早く逃げてください!」


「ひぃぃっ!?」


 運転手は、トラックを置いて駆け足で逃げて行った。しかし、周囲には何台かの車が立ち往生をして僕達の様子を見ている。


「何アレ、映画の撮影?」


「すっげー」


 スマートフォンのカメラで僕達を撮影する人間が増えはじめる。野次馬が集まれば、巻き込まれて死傷者が出る。


「……ガーユス、場所を変えませんか」


 無駄だとわかったうえで提案をしてみた。ガーユスは、おどけた様子で両手を広げて無邪気な笑みを向けてくる。


「弱気になるなよ。キミは、人々のために仕事をしているんだろう? しっかり守ってあげればいい」


 ガーユスは、指先に小さな炎を灯した。灯った小さな炎が炎の蝶へと姿を変えて指先から飛び立っていく。


 数匹の炎の蝶は、道路沿いに並んで生えていた街路樹のうちの1本へと止まったかと思うと、ボンッ!という凄まじい音と共に爆発炎上。街路樹は一瞬のうちに燃え尽きて、数秒で灰になってしまった。


 周囲で僕達の様子を見ていた野次馬が、異様な状況に騒ぎはじめる。こんなものが人間の身体に触れたりしたら――


「今からコレを、野次馬に向けて放つよ」


「……やめろ」


「死なせたくないなら「守って」あげるんだよ、冬也くん」


 ガーユスの穏やかな表情は、一転して狂気を孕んだ不気味な笑みに変わる。


 まるで僕の反応を見て楽しんでいるように思える。目の前の男は、自分の獲物を弄ぶ残酷な捕食者。一般市民に危害を加えるのに迷いがない。


 ガーユスの指先から、先程とは比較にならない数の炎の蝶が飛び立っていく。周囲でスマートフォンのカメラを向けていた野次馬は、炎の蝶をカメラや視線で追っていた。


「逃げてくださいっ! 絶対に蝶に触れないで!」


 喉が潰れるほどの大声で叫ぶが、野次馬達は聞く耳を持たない。幻想的な炎の蝶の大群に見惚れている者までいる。


「あぁ、くそっ……!」


 地面に手をついて、全力で魔力を送り込む。民間人と炎の蝶の大群の間に巨大な樹木のバリケードを作りだした。魔力で作り出した樹木のバリケードに炎の蝶が触れた途端、激しい音と共に爆散する。


 樹木のバリケードの上を越えて、周囲の建造物に向けて炎の蝶が飛翔していくのが見えた。炎の蝶は同時に何匹も爆ぜて、張り付いていたビルの窓ガラスは一斉に割れた。ビルの下には通行人がいる。


「伏せて!」


 ざっと見て数十人いる通行人をガラスの破片の雨から守るため、樹木による即席のシェルターをいくつも作り出す。何が起きたかわからずに困惑する者もいれば、悲鳴をあげて逃げ出す者もいる。


 この場に留まることが危険だとようやく気付いた野次馬達は、怯えた様子で逃げて行った。


 ガーユスからすれば、街の人間すべてが人質なのだ。


(ダメだ……魔力がもたない……)


 ガーユスの猛攻を凌いだだけで、魔力の大半を消費してしまった。民間人を守りながらティスタ先生が来るまでの時間を稼ぐのは難しい。


 息をする度に肺の中まで入り込んでくる凶悪な炎熱。視界と呼吸の自由を奪う黒煙。ガーユスの放つ炎の魔術は、僕から戦う気力と冷静な判断力を奪っていく。


「……お人好しめ。周囲を気にせずに戦っていたなら、少しは俺ともやりあえただろうに。そんなに人間が好きかい?」


 人間を守るために魔力の大半を失い、息を切らして膝をつく僕の姿を見て、ガーユスは笑う。正直、自分でも何やっているんだろうかとアホらしくなってくる。


「そうでも、ないです……はぁっ……どちらかというと、人間、嫌いですし……」


「それなら、どうして人間を庇ったんだ」


「……なんででしょうね。バカなんですかね、僕……」


 自分を蔑んできた人間を守って、同じ半魔族に殺されかけている。こんなにバカらしいことはない。


 それでも、この道を選んだのは――


「ガーユス、誰かを好きになったことあります?」


「……は?」


 質問の意図が理解できずに間抜けな顔をするガーユスに向けて、僕は続ける。少しでも時間稼ぎをしなくては。


「僕は、世界平和とか……人間の世界で暮らす魔族や半魔族のためだとか……魔術師として大成したいだとか……そういうことに興味は無いんだ。ただ――」


 僕が魔術を使うのは、どん底から救ってくれたティスタ先生のため。見習い魔術師のころからずっと変わっていないひとつの信念。


「大好きな人に、楽しく健やかに生きてほしいだけなんです」


 僕の言葉を聞いたガーユスは、心底落胆した様子だ。ゴミを見る目で僕を見下ろしている。


「残念だ」


 ガーユスは、それ以上何も言わなかった。


 掲げた手のひらに巨大な火球を形成して、僕に向けて放とうとしている。まともに喰らえば骨も残らないだろう。


 せめて最期くらいは悔いを残さずに逝きたい。最後の抵抗、悪あがき。残り僅かな魔力で、何ができるだろうか。


 走馬燈のように記憶が駆け巡る中、魔術学院への留学中にティスタ先生が見せてくれた「少ない魔力で威力を出す方法」を思い出しす。


 指先に魔力を集めて、圧縮、回転させ、弾丸のように撃ち出す。


 大規模魔術を連発できるガーユスの魔力量を考えると、単純な魔術では傷ひとつ付けられないに違いない。実際、ガーユスは僕の魔術を一瞬で消し炭にするほど魔力量も出力も高い。


 ティスタ先生は言っていた。魔術師同士の戦いは、単純な魔力の量で決まる。ガーユスが僕と正面を切って戦うのは、魔力の量が僕よりも遥かに多く、出力も上だから。つまり、彼は勝利を確信している。


「さようなら。準備が終わったら、キミの師匠も同じところに送ってあげるから安心してくれ」


「師匠があなたを倒しますよ……!」


 ガーユスが巨大な火球を放とうとする寸前、残った魔力を圧縮して弾丸のように撃ち出した。


「がッ!?」


 僕の放った最後の魔術は、ガーユスの左肩を貫く。同時に、巨大な火球は宙で消え去った。


「……え?」


 お互いに何が起きたのか理解できずに困惑する。


 ガーユスは、獲物でしかないと思っていた者からの反撃を受けた衝撃。

 僕は、効くはずがないと思っていた魔術が相手に通用したという衝撃。


(どうして……なんで初歩的な魔術が格上の相手に通ったんだ?)


 高位の魔術師は、常に身を守る魔力を身に纏っている。衝撃を和らげたり、出血を防いだり、傷を塞ぐこともできる。魔力量の多い者ほど肉体の強靭度が高い。


 しかし、僕の魔術が通用した。撃ち抜いたガーユスの肩から出血をしているのが見える。


(もしかして、他の魔術にリソースを割いていた……?)


 色々と予想を立てるが、確証が得られない。理解したところで、時間も魔力も残っていない。


「……クソガキめ」


 ガーユスは、撃ち抜かれた肩の傷を抑えながら、再び巨大な火球を作り出す。


 今度こそ終わりだと思った瞬間、背後で大きな衝撃音が響く。上空から何かが着地した音。砂煙で姿がよく見えないが、白い外套を羽織っているのが見えた。


「……先生……?」


 白い外套は、国定魔術師のみに許された色。兄弟子が呼んでくれた救援が間に合った。


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[一言] 魔力切れギリギリの決死の一撃、まさかのダメージに。 先生、間に合った。
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