47.急襲
兄弟子と一緒に便利屋で留守番中。
今日は予約客も急な来客もいない。忙しかった最近の日々が打って変わって穏やかな時間を過ごしている。終業時間まで何事もなかったが、先生達は出先から帰ってきていない。事務所に戻れる状況ではないのか連絡がつかない。
「兄弟子、どうしましょうか」
「とりあえず店仕舞いにするしかないかな。明日、所長に連絡を取ってみよう」
「はい……」
ふたりがトラブルに巻き込まれたのではないかと思うと心配だけれど、行き先がわからないのだからどうしようもない。
事務所の戸締りをしている最中、入口の扉からノック音が聞こえてくる。
「まったく、戸締りをしようって時に……どうしようか、トーヤさん」
「お困りの方かもしれないし、僕は応対してあげたいです」
「じゃあ一緒に残業だな。もうひと頑張りしよう」
兄弟子は入口の扉を開けると、立っていたのは笑顔を浮かべた長身の男性。赤い髪に赤い瞳、どこかで見たことのある顔付き。顔には傷跡。紺のビジネススーツを着こなす男の視線は、出迎えをした兄弟子ではなく、僕の方に向いていた。
僕は、彼を知っている。
リリさんと初めて会った時、いくつかの書類の中にあった「要注意人物」の写真の人相を思い出して、僕は慌てて叫ぶ。
「兄弟子、下がって!」
ドスッという何かを貫く音。
僕の警告を発するのと同時、兄弟子は膝から崩れ落ちる。腹部には刃渡りの大きなナイフが突き刺さっていた。
「……ぁ……ッ……」
突然のことで理解が追い付かずに硬直する僕に向けて、赤髪の男は気さくな笑顔を浮かべて、爽やかに挨拶をしてきた。
「こんにちは」
赤髪の男は、自分が腹を刺した相手を気にする様子を一切見せずに事務所へ足を踏み入れてくる。
「……ガーユス……なんで……」
リリさんから見せてもらった書類と共にあった写真の男の顔、魔術師殺しのガーユス本人。
ティスタ先生と千歳さんがいない隙を見計らったかのような襲撃。一瞬にして無力化された兄弟子は、床に倒れたまま苦し気に呻いている。
「兄弟子っ……!」
「大丈夫、すぐに死ぬ傷じゃない。しばらく動けなくなるように魔力を流し込んだだけ。人質だと思ってくれ。キミと話をしたいんだ」
ガーユスは「座って話そう」と事務所のソファに座ることを促してくる。
無闇に逆らったら兄弟子が危険に晒されることは確実。ガーユスの意図はわからないが、従う以外の選択肢はない。
……………
「……目的を教えてください」
震える声で質問をすると、ガーユスは笑顔を向けながら話をはじめる。
「キミの師匠、強すぎるんだ。俺の邪魔ばかりしてくるし、外堀から埋めていこうと思ってね。俺、キミの師匠に殺されかけた経験もあるんだよ。話を聞いていないかい?」
先生からは、ガーユスという男は用意周到で警戒心が強いと聞いている。事務所に直接乗り込んでくるのはおかしい。ティスタ先生と千歳さんがいないことを知っているかのようだ。
「相次ぐ魔力犯罪で体力と精神を削り、次に周囲の戦力を削り、最後にトドメ……って考えていたんだが、魔術師ティスタが久しぶりに弟子を取ったと聞いて興味が湧いてね」
「僕は、見習いから脱したばかりの普通の魔術師です」
「バカを言ってはいけない。自覚が無いみたいだけど、治癒魔術を扱える才能は希少なんだ。だから直々に勧誘に来た」
「魔術師殺しのあなたが、魔術師の僕を勧誘ですか……?」
「世間では、そう呼ばれているんだっけ。殺しているのは、魔術師になる資格が無いボンクラだけだ。キミのように才能に恵まれた若者を殺すなんてことはしないから安心してほしい」
「それなら、どうして兄弟子を刺したんですかっ!」
床に寝転がったまま動かない兄弟子に視線を向けながら怒声を浴びせると、ガーユスは笑みを浮かべたまま理由を語る。
「彼には魔術の才能が無いみたいだし、半端者は死んでも構わない」
「そんな……」
先生が「ガーユスを人間だと思うな」と言っていた理由がわかった。
今まで便利屋の仕事を通して様々な人々や魔族に出会ってきたが、ガーユスは誰よりも異質。他者を傷付けることに一切の抵抗が無いだけではなく、自身の暴力的な行いに理由をつけて自己肯定している。
「キミだって、ティスタ・ラブラドライトを一緒に仕事をしてきたのなら、見てきたはずだ。魔術を手に入れた人間の愚行の数々を」
「あなたが魔符をばら撒いたからでしょう?」
「金儲けのついでに凡夫達に魔術を使うきっかけを与えただけ。活かすも殺すも本人次第だ。勝手に暴走しただけって話」
魔術という異能の力を手に入れて、犯罪行為に走る人間は多い。手にした力に酔って、自分が全能であると勘違いしてしまった者の末路を何度も見てきた。
些細なきっかけや自分に都合の良い前提があれば、越えてはならない一線に足を踏み出してしまう。人間というの生き物の性だ。
「本題に入ろうか、柊 冬也くん。キミは幼い頃から学校でいじめを受けていたそうじゃないか。目の色が、肌の色が、流れている血が異なるというだけで、酷い差別を受けてきたんだよね。正直、俺はキミに同情している」
「…………」
「人間は、魔族の血を持つ者や魔力を持つ者への根源的な恐れがあるんだよ。何故なら魔術師には世界を変える力が備わっているからだ」
「……傲りです」
「そうでもない。事実、世界は魔族や魔術師を排除しようという思想の方が強い。近い将来、ヒエラルキーの頂点に立つ魔術師や魔族を人間が怖がっているんだ。キミは一度、海外を見て回ってみるといい。日本とは比べ物にならないほど魔術師や魔族は差別的な扱いをされている。今よりもっと人間が嫌いになるだろうね」
「人間を恨んでいるんですか?」
爽やかな笑みを浮かべたまま、ガーユスは僕の疑問に答えてくれた。
「あぁ、そうだよ。俺はキミと同じ「半魔族」だから」
流れる血の種類は違えど、僕と同じ半魔族だというガーユス。
リリさんから見せてもらった資料には無かった情報だ。ガーユスが、身の上を僕に向けて語る理由がわからない。
彼が半魔族だと聞いただけで、心のどこかで「言葉を尽くせば分かり合えるんじゃないか」と考えてしまう。事実、彼の言葉の中には納得できるものもある。
同じ半魔族という身の上だからこそ、手と手を取り合えるなら――
「冬也くんが半魔族だと知った時、もしかしたら良い友達になれるんじゃないかと思ったんだ。同じ半魔族同士で協力して、魔術師や魔族が楽しく暮らせる世界を作っていこうよ」
「魔術を使えない人間と敵対する魔術師はどうする気ですか」
「もちろん排除する。将来的には、魔術師だけが住める国を作るのもいい。魔力的な手段で完全鎖国状態にして、人間との接触を断つ。外界の人間の数を減して、最後は魔術師だけの世界にする。途方もない目標だが、夢があるだろう?」
「そう、ですか……」
差別的な扱いをされてきた者ならば一度は考える「理解者だけの世界」を本気で作ろうとしている。リスクを冒してまで僕に会いに来たのは、同志を募るためなのかもしれない。
彼の言う通り、人間の悪意・敵意から魔族や魔術師を守るという目的で両者を隔絶するのは最良の手段であり、最も難しいことでもある。どんな手段を使うのかわからないが、彼にとっては時間を掛ければ可能なことなんだろう。
ここまで極端な思想を持つようになった彼も、僕と同じように人間から迫害を受ける側の人間だったのかもしれない。




