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銀杖のティスタ  作者: マー
銀杖の魔術師
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39.遺してくれたもの


 自分の生活している国に凶悪な魔術師がいるのは恐ろしいことだったが、僕の日常生活に変わりはなかった。


 いつも通りの便利屋業務が終わったら、ティスタ先生と日課の魔術修練をした後に魔導書の解読作業。


 師匠の師匠であるリリさんから託された魔導書は、魔界で生まれ育ったエルフの遺産。リリさんから魔導書の翻訳・解析を魔術師昇格の課題として出されてから1週間が経過していた。


「うーん……」


 エルフしか読み解けない特殊な魔術を施された魔導書解読。この作業は魔術師への昇格試験なので、ティスタ先生の知恵を借りることはできない。


 魔導書に書かれているのは魔界文字。既に滅びた世界の言語である。


 ティスタ先生との座学や留学中に学んだ知識のおかげで文字単体の単純な読み方はわかる。しかし、記載されている魔界文字の並びがどういった意味を持つのか理解するのが難しい。英単語の読み方や発音を理解できても、意味を理解できないのと同じ。


 魔術学院の同級生から借りた魔導書やティスタ先生の授業で学んだ文字から魔界文字を照らし合わせて少しずつ解読ができているけれど、今のペースでは全ページを解読するには相当な時間が掛かる。


 昔の魔界の書物というのは、難しい言葉をいくつも組み合わせている。日本語で例えるなら、画数の多い漢字がふりがな無しでいくつもあるかのようだ。


「もっと簡単に説明してくれたらいいのに……」


 書き記したことを簡単に読み解けないようにしようという書き手の強い意思を感じる難解な内容なのは、世に広めるべきではない強力な魔術が記されているという裏付けでもある。


「トーヤさん、どうぞ」


 頭を抱える僕の様子を見兼ねて、兄弟子の金井さんがコーヒーを淹れてくれた。


「すみません、兄弟子。本来なら年下の僕の役目なのに……」


「いいんだ、気にしないでくれ。今のオレは見習い魔術師に復帰したばかりの雑用係だからさ」


 兄弟子と一緒にコーヒーブレイクをしながら、開きっぱなしの魔導書のページに視線を送る。


 魔導書を完璧に読み解いたとして、僕が使える魔術かどうかはわからない。せめてティスタ先生の役に立つ内容であることを願うばかりだ。


「しかし、魔界文字ってのは難しいんだなぁ。俺にはさっぱりだよ」


「ティスタ先生の座学と魔術学院留学での授業を受けていなければ、完全にお手上げ状態だったと思います」


「一生懸命勉強しているトーヤさんが苦戦するのか。……そういえば、ご両親のどちらかがエルフなんだよね。聞いてみた方が早いかもしれないよ」


「両親は僕が幼い頃に亡くなっているので、残念ながら……」


「あ、も、申し訳ない……」


「いいえ、こちらこそ申し訳ないです。兄弟子には両親のことを喋ったがなかったので。……でも、そうか。もしかしたら――」


「どうかしたのかい?」


「両親の遺品の中に、見慣れない言語が書かれたメモ帳や手紙のようなものがあったのを思い出したんです。もしかしたら役に立つかもしれない。兄弟子、ありがとうございます!」


 兄弟子の何気ない言葉で光明が見えた気がする。


 その日、アルバイトを終えた僕は急いで自宅へと帰った後、押し入れに保管してある両親の遺品を探してみることにした。




 ……………




 帰宅してすぐに押し入れの中を引っ掻き回していると、同居している祖母が何事かと驚きながら話し掛けてくる。


「どうしたんだい、帰ってきて早々騒がしいね」


「おばあちゃん、ちょっと探してるものがあって――」


 事情を説明すると、祖母は何かを思い出したかのように自室へと走っていく。ドタバタと大きな音がした後、祖母は段ボールを抱えて戻ってきた。


「それは?」


「アンタの父さんと母さんが結婚前に文通していた時の手紙だよ。ラブレターってやつだね」


 祖母曰く、父さんはエルフである母さんとの文通のために魔界文字を勉強していた経験があったらしい。段ボールの中には手紙だけではなく、古びた大学ノートが入っていた。ノートには魔界文字のわかりやすい翻訳が書かれている。


 日本語を魔界文字に翻訳して、母へラブレターを送り続けた父の努力の証。ノートに記された魔界文字翻訳は、エルフである母への必死のアプローチをするためのもの。両親の恋愛の記録、あるいは愛の結晶とも言える代物だ。


 難しい意味の魔界文字を日本語で簡単に翻訳してあったり、魔界文字を使った例文なども記されていた。間違いなく魔導書解読のヒントになる。


 亡くなった両親からすれば青春時代の産物を引っ張り出されて恥ずかしいかもしれないが、今の僕にとっては天の助けだった。


「おばあちゃん、ありがとう。もしかしたらどうにかなるかもしれない!」


「そうかい、それはよかった。父さんと母さんにお礼を言っておきな」


 仏壇の前で手を合わせて心の中で両親にお礼を言って線香を焚いた後、解読作業を再開。


 両親の遺してくれたもの、エルフの祖先が遺してくれたもの、そしてティスタ先生から学んだ全ての魔術学、自分の全てを活用して魔導書を読み解いていく。


 寝ることも忘れて、作業に没頭すること半日。


「これは……」


 解読を再開してから全てを読み解けたわけではなかったけれど、魔導書を作った者の意図は少しずつ伝わってきた。


 魔導書の内容は、古のエルフ達が後世に向けた憂いと今を生きる命への純粋な願いだった――。


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[一言] 両親のラブレター、解読の鍵になる。
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