37.魔術師殺しのガーユス
かつて魔術師の中には、いくつかの氏族が存在していた。
ティスタ先生も「銀魔氏族」という魔術師一族の血を受け継いでいる。代々強大な魔力を持って生まれる者が多い由緒正しき魔術師の家系だった。
その正体は「魔界で生まれ育った人間」の末裔。
人間から「魔力に適応した新人類」として認識されていた魔術師の一族は、異能の力を持った存在に恐れを抱いた人間の手によって大半が滅ぼされるという悲惨な末路を辿った。
「魔術師殺しと呼ばれている人間も、かつては赤魔氏族という熱と炎の魔術を操る一族のひとりだったの」
赤魔氏族の中で最も兄弟な魔力を持っていた男は、一族を滅ぼした人間に報復をした。その時の死者は1000人超。魔術を利用した大規模テロの被害を受けた地は、数年たった今でも地面に火が燻ぶっており、地獄の様相を呈しているらしい。
「名前は「ガーユス」――人間に一族を滅ぼされたことをきっかけに凶悪なテロリストに変貌してしまった。人間だけではなく、人間を守ろうとする魔術師すら容赦なく殺す化け物よ。頭のねじが外れてしまっている」
リリさんは、目の前のテーブルに資料を並べる。
資料には、肩まで伸びた赤い髪に赤い瞳、顔の右側に大きな傷跡のある男性の写真が貼り付けられていた。
「しばらく尻尾を掴めなかったというのに、今になって何故か足取りが掴めたのだけれど……」
「御師様、不可解です。この男が詰めの甘いことをするはずがありません」
先程までの様子とは打って変わって、ティスタ先生の表情はとても険しい。
「トーヤ君にも説明しておきましょう。私は、ガーユスと戦ったことがあります」
「本気の先生と戦って生き残ったんですか?」
魔術師として最高峰の実力を持つティスタ先生と互角ということ。並の魔術師では太刀打ちできるはずもない。
しかし、先生が語ったのは恐ろしい事実だった。
「私は、ガーユスに一度負けています。二度目に戦った時は、千歳さんとの共同戦線。その時になんとか捕まえて、特別収容所へと送ったのですが……すぐに脱走してしまったんです。正直に言うと、単独では絶対に勝てません」
ティスタ先生の言葉を聞いて、僕の頬に冷や汗が伝う。互角どころか、ティスタ先生以上の実力を持っているという。
国際指名手配をされているのに未だに捕まらない理由は、単純に「捕まえることのできる者がいないから」だった。
……………
魔術師殺し・ガーユスが日本へと入国したという事実は、リリさんが政府機関に伝達してくれているとのことだった。警察はもちろん、日本に在住している魔術師にも情報は伝わっていて、水面下で厳戒態勢を敷いているそうだ。
リリさんは、今日からしばらく日本で過ごしながら、魔術テロ対策の本部へ顔を出す予定らしい。
僕達は一通り話を聞いた後、飛行魔術で飛び立とうとするリリさんを見送るために雪の降り積もったグラウンドへと向かった。
「トーヤさん、話せてよかったわ。最後はちょっと物騒な話になってしまったけれど、危険と感じたら躊躇せずに逃げること。無理をしないこと。一流の魔術師を目指すのなら、無闇に危険に近寄らないことを忘れないで。ティスタ、あなたも全部独りでやろうとしないで、たまには私に頼りなさい」
リリさんは僕達に最後のアドバイスをくれた後、その場でふわりと浮かび上がりながら手を振って、青空に向かって凄まじいスピードで飛び去って行った。
ここへ来る時、音速飛行をして来たなんて話を聞いた時は冗談かと思っていたけれど、本当のことだったらしい。
「うわぁ、速い……もう見えなくなってしまいましたね」
「やれやれ、久しぶりに会ったというのに相変わらず忙しない……」
リリさんが飛び去った後、姿が見えなくなってしまった青空を見上げながらティスタ先生は嬉しそうに笑っていた。久しぶりの再会は、先生にとって有意義なものだったみたいだ。
「先生。例の危ない魔術師についてなんですが――」
「えぇ、詳しく話しておく必要がありますね。とりあえず、お世話になったみんなへの挨拶を終えてからにしましょう」
ティスタ先生が視線を向ける先を見ると、魔術学院の生徒達が僕達の見送りをするためにグラウンドに集まってくれていた。
クラスメイト達から「またいつでも遊びに来て」という優しい言葉を掛けてもらって、僕は思わず泣きそうになってしまう。
まるで今生の別れのように、みんなで目に涙を溜めながら握手をして、再会の約束をした。
半魔族の僕を受け入れてくれた学院の生徒達との思い出は、きっとこの先も忘れることはない。
……………
短期留学を終えた後、ティスタ先生と共に東北地方のお土産を買うために街へと向かった。
千歳さんにお願いされていた日本酒などを購入した後、少しだけ観光をすることにした。学院は周囲に何もない静かな場所だったけれど、街へ出ると意外に人は多い。
そして、ティスタ先生は相変わらずだった。
「東北の地酒はいいですねぇ! 口当たりが柔らかく、甘くて美味しい!」
お土産屋で日本酒の試飲をしただけで先生の酒飲みスイッチが入ってしまったらしく、帰りの新幹線を待つ駅のホームで日本酒を飲み始めてしまう。
ティスタ先生からの「せっかくなら名物駅弁を食べながらお酒を飲みたい!」という強い希望で、帰りの移動は転移魔術ではなく新幹線を利用することになった。
学院の特別講師という立場上、飲酒を控えていた反動かもしれない。
「先生、あまり飲み過ぎないでくださいね」
「大丈夫ですよぉ、キミがいますから……」
隣に座る僕の肩に頭を乗せながら、大層ご機嫌な様子の先生。
できれば例の「魔術師殺し」の話を聞いておきたかったけれど、後日にすることにした。
「いざとなったら、アルコールを高速分解する魔術を使うんでぇ……」
「そんなのあるんですかっ!?」
「んふふ、肝臓フルスロットルですよー」
「健康的に大丈夫なんですか、それ……あ、新幹線が来ましたよ。ほら、先生……ちょっと……恥ずかしいので人前で抱き着かないでください……」
「おやおや、人前じゃなければいいんですかぁ?」
頬を赤く染めてニコニコと笑うティスタ先生を抱えて新幹線に乗り込み、僕達は千歳さんの待つ便利屋事務所へと戻った。