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銀杖のティスタ  作者: マー
銀杖の魔術師
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34.魔術実習


 短期留学も後半に差し掛かった4日目。


 今日は屋外での授業、学院外にある小さな湖のほとりでティスタ先生による大規模魔術の実習。


 晴れ晴れとした冬の青空、目の前には雪景色と澄んだ湖。美しい景観の中、30人ほどの生徒達を前にティスタ先生の授業がはじまった。


「皆さん、改めましてこんにちは。はじめましての方もいらっしゃいますね。国定魔術師のティスタ・ラブラドライトです」


 太陽の光で輝く湖を背にしながら、ティスタ先生が生徒達に向けて笑顔で挨拶をする。純白の外套に身を包んだ銀髪碧眼の魔術師の姿を見て、生徒達は様々な反応を見せている。


「すげー、本物だ」


「あれが噂の……」


 魔術師界隈では知らない者はいないほどの有名人。自分の師匠が周囲からの羨望の眼差しを受けているのは弟子として誇らしい。


「銀杖の魔術師……」


「雪の魔女……」


「怒らせてはいけない魔術師ナンバーワン……」


「極道100人狩り……」


「カチコミのプロ……」


 なんだか物騒な異名も混ざっているのは気にしないことにした。先生は僕の知らないところで何をやらかしたのだろうか……。


「ぜんぶ聞こえていますよー?」


 額に血管を浮かべながら満面の笑みを浮かべるティスタ先生を見て、委縮する生徒達。先生、そういうところです。


「それでは、気を取り直して……今日は特別講師として皆さんに魔術の指導をさせていただきます。魔術学院での授業で何度も言われているとは思いますが、大規模な魔術を使う時は周囲に魔術師以外の者がいないことを確認すること。有意義な時間にしましょうね」


 先生は、目の前の虚空へ向けて手を伸ばす。瞬きをしている間に現れたのは、鳥の装飾が施された銀の杖。


 手に持った銀杖を軽く横に振ると、冷たい風が吹き荒れるのと同時、生徒達のいる場所から少し離れた湖の中から大きな氷の柱が突き出した。相変わらず桁違いのスピードと精度の魔術。生徒達は呆然としている。


「距離は約100m、湖の中心に立った氷の柱を魔術で破壊してください。湖の中に入らなければ、何をしても構いません」


 思った以上にシンプルな内容だが、先生なりに考えがあるに違いない。周囲の生徒達は、先生からの説明を聞いて困惑している。


「あの、質問いいでしょうか」


 3年生の男子生徒が手を挙げてティスタ先生に質問をする。


「はい、どうぞ」


「この距離だと、俺達の魔術じゃ全然届かないと思います」


「そうかもしれませんね。だから工夫をしてみてください。どんな魔術を使ってもいいし、周囲の生徒達と協力をしてもいいですよ」


 僕の思っている以上に、通常の魔術の射程距離というのは短いものらしい。


「どうしても無理だったら、ちゃんとアドバイスをあげます。ご褒美も用意してありますから頑張りましょうね」


 それから30人の生徒達がいくつかのグループに別れて、相談をしながら課題に立ち向かう。


 手のひらから魔力で作り出した火球を放つ生徒がいたけれど、射程が足りずに途中で鎮火してしまった。


 指先から圧縮した魔力を放つ方法を試した生徒は、精度が足りずに氷の柱には当たらず、当たっても威力不足で折れはしない。


「俺達の実力だと、これが限界だよなー」


「うーん……」


「本当にできるのか?」


 思考錯誤を繰り返す。威力、射程、精度――膨大な魔力出力と精密な魔力コントロールの両立が完璧にできれば100m先の目標を狙撃できる。しかし、この場にいるのは見習い魔術師。そこまでの練度は無い。


 ティスタ先生は、どこから持ってきたのかわからないアウトドア用の椅子に座って僕達の様子を楽し気に見ている。


「うんうん、たくさん考えるのです。創意工夫から生まれるものもありますから」


 生徒達が苦戦すること15分、ティスタ先生は立ち上がって僕達に向けてヒントをくれた。


「私が例を見せますから、参考にしてくださいね」


 ティスタ先生は生徒達に向けてそう言った後、白い外套から手を伸ばす。目標物である氷の柱へ人差し指を向けながら、説明をはじめた。


「皆さんもご存知だとは思いますが、魔力の量には個人差があります。生まれた頃から保有できる魔力量は決して変動しません。こればかりは血筋や才能ですので仕方がありません」


 ティスタ先生の言う通り、魔力の保有量は個人差が大きい。普通の魔術師の魔力量がコップ1~2杯とすると、ティスタ先生は25mプール1杯分。魔術師や魔族の家系の者でもない限り、膨大な量の魔力を保有している者は少ない。


「しかし、魔術の「精度」に関しては別です。日々の努力が大きく反映されます。少ない魔力でも大きな威力を持たせる工夫をしましょう。実践しますので、よく見ていてください」


 先生の指先に、青白い魔力が集まっていく。豆粒ほどの小さな魔力の塊は、まるでライフル弾のように先端が尖っていくのと同時、螺旋状に回転――魔力で生成された弾丸は音もなく放たれて、まるでレーザーのように氷の柱を射抜く。


 氷の柱は粉々になって、湖の中心に巨大な水柱が立った。


「魔力コントロールを極めれば、少ない魔力で近代兵器並みの威力を出すことも可能になります。魔力が空気抵抗や重力による影響を受けるということを覚えておいてください。今の手法は、ライフルの弾丸のように魔力の塊を回転させることで抵抗を少なくしたのです」


 呆然とする生徒達に向けて、先生は説明を続ける。


「魔力の量を他の魔術師と補い合うのもアリです。先程、火球の魔術を使った生徒の方。こちらへ来てください」


 女子生徒のひとりが、ティスタ先生の元へと歩いて行く。彼女は火球を放つ魔術を使ったが、目標への距離が足りなくて氷の柱の破壊を諦めた子だ。


 ティスタ先生は、女子生徒の背中に手を当てながら湖の方を指差した。


「試しに、火球の魔術を放ってみてください」


「あの、どうすれば……」


「大丈夫です、あなたがいつもやっている通りに」


 女子生徒は困惑しながら、火球の魔術を行使した。


 突如、目の前が真っ赤に染まる。先程とは比較にならないほどの大きさの火球が女子生徒の手のひらから放たれて、湖の真ん中へと着弾。大きな音を立てながら、水蒸気で辺りを白く染め上げた。


「え? え?」


 火球を放った女子生徒本人も、周囲の生徒達も、何が起きたのか理解できずに呆然。生徒達の反応を見て笑う先生は、何をしたのかを説明してくれた。


「彼女に私の魔力を譲渡しました。魔力量の少ない魔術師が大規模魔術を行使するための手段のひとつです。精度が足りないなら、出力でゴリ押しするといった感じですね」


 生来の魔力量が少ない魔術師が生み出した工夫や連携技術。ティスタ先生しかできないと感じていたことは、僕達でもアイデア次第でいくらでも可能になるということを言いたかったらしい。


「魔術は才能に左右されやすいですが、努力をすれば伸びるものでもあります。魔術師を志すのであれば、自分で考え、他人から学び、工夫を凝らしましょう」




 ……………




 魔術実習を終えて、帰り道。徒歩で魔術学院へと戻る途中、ティスタ先生は僕に話し掛けてくる。


「トーヤ君、加減をしていましたね?」


「いや、手を抜いていたというわけでは……」


 実習中、僕は全力で魔術を使わなかった。留学生という立場であまり目立ちたくなかったというのもあるし、僕の植物を扱う魔術では課題を簡単にクリアできてしまうから。


 例えば、破壊目標の氷の柱まで樹木を生やして橋を作って接近するとか。これなら湖の中に入らないという課題はクリアできた。


「わかっていますよ。キミのことだから周囲に気を使ったのでしょう」


「すみません……」


「責めているわけではありません。キミのそういった謙虚で優しいところ、私は好きですよ」


 先生は僕のことを褒めるだけ褒めて、先へと歩いて行ってしまった。


 最近、ティスタ先生は褒めてくれることが多い。


 甘やかしてもらえるのは嬉しいけれど、あんな風に言われてしまうと照れ臭くて顔が見れなくなってしまう……。


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