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銀杖のティスタ  作者: マー
銀杖の魔術師
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33.夜の会話


 ティスタ先生と夜の自室でふたりきり。


 淹れてもらったホットココアを口へと運びながら、テーブルを挟んだ向かい側に座る先生の様子を伺う。相変わらずお綺麗だ。


「初日の学院生活はどうでしたか?」


「学院の皆さんは半魔族の僕にも優しいですし、勉強も楽しいです」


「そうですか、良かったです」


 先生は何か考える様子で俯いた後、顔を上げて碧い瞳を真っ直ぐと僕へと向けてくる。


「念のために改めて確認しておきます。キミが望むのなら魔術学院へ転校も可能ですが、本当に元の高校へと戻りますか?」


 先生と初めて出会ったのは、僕が半魔族であるという理由で理不尽な暴力を受けている時だった。人間と少しでも距離を取りながら魔術を学べるように、魔術学院へ通うことを何度も勧めてくれていた。


 この場所は、魔術を習う環境が整っているだけではなく、半魔族である僕を受け入れてくれている。普通に考えれば学院に通う方が良いに決まっている。


 それでも先生から魔術を学びたいし、僕にだって半魔族の意地がある。


「……留学が終わったらまた元の高校に戻るつもりです。これからも先生に魔術を教えてもらいたいですし、自分の元いた環境から逃げたくないので」


 これから先も半魔族に対する僕への差別は終わらないだろうし、苦労をすることもたくさんあるに違いない。


 魔族や半魔族の苦難の時代は続く。それなら、僕は人間達一緒に暮らしながら、魔族・半魔族への偏見を少なくしていきたい。

 

「何より、ティスタ先生のそばで魔術を学びたいというのが一番の理由ですが」


 僕の言葉を聞いて、ティスタ先生は頬を赤く染めながら頷いた。不意に見せるあどけない表情を見て、僕も思わず赤面してしまう。


「……わかりました。これで最後にします。今後一切、私からキミの進路や将来について私が口出しをすることはありません」


 ティスタ先生は椅子から立ち上がって、僕の目の前に立つ。


「先生、どうしま……むぐっ……?」


 座ったままの僕の頭を優しく抱き締めて、まるで子供をあやすかのように髪を撫でてくれた。


「キミは立派です。若い頃の私と違って、現実から逃げようとはしない。目の前に楽な道があっても、茨の道へ歩いて行くのですね」


 先生の胸元に顔を埋めたまま、動けなくなってしまった。憧れの女性に抱き締められたまま、僕は顔を真っ赤にして固まる。


「……もっと早くキミのような魔術師に出会えていたら、私も少しはまともな魔術師になれていたかもしれません」


「せ、先生は、今もすごくて、素敵な魔術師ですよ……」


「…………」


 先生は何も言わない。


 抱き締めていた腕の力を緩めたかと思うと、恥ずかしそうに笑いながら再び椅子へと座った。


「私が責任を持って、キミを一流の魔術師に育ててみせます。何があっても師としてキミのことを守ります。一緒に頑張りましょう」


 先生はそう言って、マグカップの中のホットココアの飲み干した。


「夜遅くまでお話に付き合ってくれてありがとうございました。夜は冷えるので、暖かくして寝てくださいね」


「はい、先生」


 自分の借りた部屋へと戻っていく先生の背中を見送った後、僕は寝るために部屋の明かりを消してベッドへと潜り込んだ。


 慣れていない寝床でしっかりと睡眠がとれるか不安だけれど、それ以上に――


(ね、寝れない……)


 抱き締めてもらった感触が忘れらなくて、すっかり目が冴えてしまった。今夜は寝れる気がしない。




 ……………




「……さすがに大胆過ぎたでしょうか」


 ティスタは、ひとりで小さく呟く。


 学院内にある宿直室、その布団の中で悶々としていた。


(学院で実際に授業を受けたら、彼も心変わりをするかもしれないと思っていましたが――)


 愛弟子が日頃から自分に向ける信頼を嬉しく思いつつも、ティスタには迷いがあった。


 冬也の将来のためだけではなく、穏やかな生活を送りながら魔術の修練をするなら、学院は絶好の場所だ。本人が希望すれば、魔術学院への正式な転入手続きをするつもりでいた。


 自分がよりも教育が上手い魔術教師に育成を頼んだ方が良いのではないだろうか。同年代の男女と一緒に魔術教育を受けた方が健全ではないだろうか。そんなことばかりを考えてしまっていた。


 迷いを払拭する愛弟子の言葉を聞いて、ティスタも覚悟が決まる。


 最後まで責任を持って、冬也を魔術師として大成させる。今のティスタにできる一番の魔術師界隈への貢献は、柊 冬也という魔術師を育て上げること。


 ――というのは建前で、本音はもっと簡単。


 ティスタは、弟子が自分を選んでくれたことが嬉しかったのだ。彼になら、自分の魔術師としての全てを叩き込んであげたい。


 古来より、魔術師は弟子の道しるべとなるだけではなく、時には命を懸けて自らの持つ全てを受け継がせてきた歴史がある。


 冬也は稀代の才能を持つだけではなく、賢く、優しく、そして何よりも折れない心の強さを持っている。彼の折れない心は、ティスタに無かったものだ。


「私の師匠も、こんな気持ちだったのかな……」


 かつて自分の面倒を見てくれた師の姿が脳裏に浮かぶ。存命ではあるが、しばらく会っていない師匠。ティスタも頭が上がらないほどの優秀な魔術師であり、多くの現代魔術を作り出した天才だ。


 事務所にはティスタが師匠と撮った写真が飾られていたが、今では「会わす顔が無い」と写真立ては伏せたままにしている。


 今の自分の醜態を見た師匠は、いったいなんて言ってくるのか。そんなことを考えながら静かに目を閉じる。瞼の裏に浮かぶのは、かつての魔術師の仲間達。魔術師を続けていたのは自分と師匠だけ。でも今は、そこに冬也がいる。


 毎晩、寝床に入る度に孤独に苛まれていたのが嘘のように、ティスタの心は自分の弟子の成長が楽しみという気持ちでいっぱいになっていた。


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