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銀杖のティスタ  作者: マー
銀杖の魔術師
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2.再会


 その日の帰り道は夢見心地だった。


 僕を助けてくれた女性の美しい容姿と銀の魔術が脳裏に焼き付いて離れない。

 極限まで洗練された魔術による完璧な制圧。

 魔術師として相当な実力を持っているに違いない。


 そんなことを考えながら自宅に帰ると、僕の祖母が血相を変えて叫んだ。


「あんた、どうしたんだい! 何かあったのかい!」


 カツアゲに遭った時に全身泥まみれにされたことをすっかり忘れていた。齢80歳を超える祖母に無駄な心配をさせないよう「川辺で転んだ」と嘘をついて、お風呂へ直行した。


 お風呂上がりの僕を見ながら、祖母が心配そうに聞いてくる。


「冬也、学校にはもう慣れたかい?」


「大丈夫。うまくやってるから、おばあちゃんは何も心配しないでいいよ」


 両親を亡くした僕にとって、祖母は唯一の肉親。

 余計な不安を増やさないためにも、いじめの件は黙っておくことにしている。


「何かあったらおばあちゃんに言うんだよ? 昔みたいに、そいつの家に怒鳴り込んでやるからね!」


「気持ちは嬉しいけど、お願いだから無理はしないでよ……」


 若い頃から豪快だった祖母は、怒鳴り込みも本当にやりかねない。

 こんな人だからこそ、女手一つで僕を育てられたのだと思う。

 

 これからも祖母と平穏に暮らしたい。

 しかし、周囲の環境はそれを許してはくれない。

 

 今の世の中は魔族への偏見がとても強い。僕を救ってくれた魔術師の女性が言っていたように、何かしら身を護る手段を鍛えておかないとトラブルに巻き込まれた時に自分も祖母も守れない。 


(でも僕って、弱いしなぁ……)


 昔から気弱な僕が格闘技を習っても身につく気がしないし、魔族の血が流れているからといって魔術が扱えるわけでもない。


 せめて、あの女性魔術師ほどではなくても魔力のコントロールができれば――


(……弟子入り志願してみようかな)


 弟子入りすれば、護身のための魔術を教えてもらえるかもしれない。


 魔術を扱ったことのない僕でも、あの女性が行使した魔術の精度が高いことは理解できる。おそらく、同じ実力の魔術師を探す方が難しい。


 またどこかで再会できるかもしれない。

 こうして、あてもなく魔術師を探して歩く僕の新しい日課ができた。




 ……………




 銀髪の魔術師への弟子入りのため、あらゆる場所を散策した。


 初めて会った場所の河原。

 人気の少ない路地裏。

 近所の公園。


 当然、手がかりなしでは見つかるはずもない。

 毎日どこかに出歩いては途方に暮れる日々が続いていた。


 それから1週間経過した日のこと。

 祖母から買い物を頼まれて、いつもは行かない街中へ足を運んだ。

 腰の悪い祖母に無理をさせたくはないので、街への買い物は僕の役目だ。


 僕の容姿は目立つので、普段は人の多い所には行かないようにしている。

 人間の多いところに行く時は、帽子を深くかぶって翡翠に輝く瞳を隠している。

 

 街中のうっとしい喧騒にうんざりしながら歩いていると、一際大きな騒音が耳に入ってきた。昔からあるパチンコ店から聞こえてくる音だ。


(うぅ、やっぱり苦手だ……)


 自分の魔族特性なのか、僕個人の気質なのか、とにかく大きな音が苦手だ。

 

 その場から去ろうとパチンコ店の目の前を早足で通り過ぎようとすると、ちょうど入口の自動ドアが開く。


「あぁ゙~……もうマジ最悪~……」


 パチンコ店から辛気臭い顔をして出てきたのは、僕が最も会いたいと思っていた人物。小さな体を覆う白い外套、美しい銀髪に白い肌、宝石のような碧眼――彼女は間違いなく、河原で不良に絡まれている僕を助けてくれた魔術師の女性だ。


「……あぁーっ!?」


 思わぬ場所での思わぬ再会に、人目も気にせず大きな声をあげてしまう。


 叫ぶ僕を見た女性は「やばっ!」っと呟きながら、慌てて白い外套のフードを深くかぶって僕に話しかけてくる。


「き、奇遇ですね。いや、これはね、違うんです。お姉さんはパトロールをしていたので、決して仕事をサボってギャンブルをしていたわけではないのです」


「いや、あの……」


「えぇ、覚えていますよ。あの時の少年ですね。いいですか、ここで見たことはすべて忘れるのです。魔術師のくせにパチンコとかするんですねとか、イメージが崩れましたとか、そういう悲しくなることは言わないでください」


 もしかしたら過去にそんなことを言われたのかもしれない。


 それはそれとして、この場で彼女への「弟子入り」を志願することにした。

 今この瞬間が千載一遇のチャンスなんだ。


「お願いします! 僕を……弟子にしてくださいっ!!」


「……いやいや、私は別にパチプロではありませんよッ!?」


「いや、違います! そっちじゃないですっ!」


 周囲からは「パチンコをする少女にパチンコ指南を要求する少年」というおかしな光景に見えていたに違いない。




 ……………




「なるほど。護身のために魔術を指南してほしいと」


 場所を移して、近所の喫茶店でゆっくりと話を聞いてもらうことになった。


 僕が半魔族であることを理由にいじめられていること。

 祖母に心配させないように自分で自分を守れるくらい強くなりたいこと。

 授業料もしっかり払うということ。


 僕の言葉を聞いた魔術師の女性は、目を閉じて静かに頷いた。


「……わかりました。その話、受けましょう。どうせ今はヒマですし、報酬が出るのなら仕事の一環ですから」


「ありがとうございます!」


 思わぬ再会のあと、怖いくらい都合よく話が進んでいく。

 今日は本当にツイている。


「自己紹介をしていませんでしたね。私はティスタ。ティスタ・ラブラドライト。国定魔術師です」


「国定って、まさか……」


「ご存知みたいですね」


「それはそうです。だって、国定魔術師といったら――」


 国定魔術師とは、その名の通り国に正式に認定された魔術師。

 あらゆる場所・状況で許可無しでも魔術を扱えるエリート中のエリートである。


 実のところ、魔術師だからといって自由に魔術を使えるというわけではない。規模に関わらず、魔術を使用するには警察や地元の自治体などに特別な許可が必要になったり、事前に多くの機関に相談する必要がある。


 国定魔術師は、あらゆる申請をパスして魔術を自由に扱える特別な存在である。


「まさか、そんな偉い立場の方に助けていただいたとは思っていなくて……」


「お気になさらず。今の私は、他の国定魔術師ほど真面目に働いてはいませんし」


「そうなんですか?」


「この国に在住する国定魔術師は働きものが多いですからね。私ひとりがのんびりしていても問題はありませんよ。仕事をサボってパチンコができるくらい日本は平和な国ですし」


「やっぱり、あれってサボりだったんですか……?」


「……あ、今のウソです。忘れてください」


 彼女の言う通り、日本に在住する国定魔術師は多い。

 その理由は、日本という国が世界的に見ても極めて特殊な環境だから。


 行き場を失った魔族や半魔族を積極的に受け入れている「魔族保護特区」として知れ渡っていて、他国と比べると魔術の使用制限が緩い。そうした事情から魔族の監視のために多数の国定魔術師が在住している。


 国定魔術師がいるおかげで大きな事件・事故は起きないし、良くも悪くも平和ボケしている穏やかな国として日本は世界的に有名である。


「では、キミの弟子入り前に改めて自己紹介をしておきましょう。私はティスタ・ラブラドライト。日本の国定魔術師です」


「僕は(ひいらぎ) 冬也(とうや)です。これからよろしくお願いします、先生」


「先生、ですか。久しぶりにそう呼ばれました。弟子なんて、いつから取っていませんでしたっけ……」


 苦笑いをしながらカップに残る冷めたコーヒーを飲み干すティスタ先生。

 以前の弟子と何かあったのかもしれない。

 

「さて、今日のところはお開きにしましょう。お会計を――」


 会計のために財布を取り出したティスタ先生は、今にも泣いてしまいそうなほど深刻な表情を僕に向けてくる。


「すみません。今、お金ありますか? さっきパチンコで負けてしまったのを忘れていました……」


「あ、はい……わかりました……」


 ティスタ先生は、お金の扱いについて少々心配なところがあるみたいだ。

 本日の出費も授業料と思うことにした。


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