10.病室で
まぶたを開けると、白すぎる天井がぼやけて見えた。
同時に、全身を焼くような痛みが襲いかかる。
起き上がることができない。
ゆっくり首を横に向けると、祖母が椅子に座って静かに目を閉じていた。
消毒液の匂いがしてきて、ここが病院ベッドの上であることに気付く。
僕は襲撃を受けたあと、意識を失って病院に搬送されたのだろう。
「おばあちゃん……?」
なんとか声を振り絞って、祖母に話しかける。
自分でも驚くほど弱々しい声しか出ない。
祖母は僕が起きたことに気付いて、驚いた様子で僕の顔を見た。
「あぁ、冬也! 起きたんだね! ごめんね、こんなことになって……守ってあげられなくてごめんねぇ……!」
祖母は僕を抱き締めながら涙を流している。
状況が理解できずに困惑していると、病室の外から足音が聞こえてきた。
病院の先生と看護師さんが祖母の声を聞いて慌てて病室に入ってくる。
続いて、ティスタ先生と千歳さんも来てくれた。
「トーヤ君……!」
ティスタ先生は、僕の姿を見て涙ぐんだ表情をしていた。
話を聞くと、僕は2日間意識を失ったままだったらしい。
「すみません、ご心配をおかけしました……」
苦笑いをする僕を見て、周囲の人たちは安堵の表情を浮かべた。
……………
それから、自分の身に起きたことをティスタ先生と千歳さんに話した。
かつて僕をいじめていた人間たちに襲われて、抵抗もほとんどできずにやられてしまったと話すと、ティスタ先生は表情を曇らせた。
「どうして自衛のために魔術を使わなかったのですか。今のトーヤ君なら、容易に撃退することもできたでしょう」
先生の言う通りだ。
今の僕には抵抗する力がある。
でもそうしなかった。
したくなかった。
「ティスタ先生に教えてもらった魔術を、乱暴なことに使うのがイヤで……先生との時間が大切だと思ったら、使えなくて……」
「私だって、キミと初めて会った時に魔術を使って不良たちを懲らしめていたでしょう」
「それは、僕を助けるためでしたし……先生は、普段から自分のために魔術を使わないから……だから、僕も……」
「……あぁ、キミって子は本当に……私の弟子にしては真面目過ぎますね……」
目元を手のひらで覆いながら、ティスタ先生が俯く。
僕たちの様子を後ろから見ていた千歳さんは、神妙な面持ちで口を開いた。
「すまない。ゆっくり話したいだろうけど確認しておきたいことがある。ちょっとだけいいかな」
「はい、なんでしょうか……」
「襲撃犯は、キミの顔見知りの3人だけだったかい?」
「……そうだったと思います」
「そうか」
千歳さんの表情は固い。
何か深刻な問題が発生しているみたいだ。
「ここ数日、魔族や半魔族が襲われる事件が多発している。キミが昏睡してからの2日間だけでも、被害者は5人だ。襲撃犯の背格好や特徴が一致しない――つまり、キミを襲った連中だけではない。想像よりも大きな集団で動いている可能性が高いんだ」
僕だけがターゲットだったわけではない。
しかも、金品の強奪までされている事件もあるという。
多分、僕の財布からもお金が抜き取られているに違いない。
恐喝するくらいの悪さしかしなかった不良3人組が、なぜ突然大胆な犯罪行為に手を染めるようになったのか。
彼らは、どこにでもいるただの不良だった。
今回みたいに一線を越えてしまうきっかけがあったのかもしれない。
「地元の警察も捜査はしているが、今のご時世で被害者が魔族や半魔族の場合は本腰を入れて捜査するとは思えない」
「そん、な……」
魔族と半魔族を積極的に受け入れる姿勢を見せる日本ですら、こんな扱いを受けてしまう。こんな現実に直面する度、自分が世界の異物であると思い知らされる。
「だけど、安心していい。私たちで解決する。ウチの従業員にこんなケガをさせた落とし前はしっかりとつけておくから、キミは安心して体を休めてくれ」
千歳さんは笑顔でそう言ったあと、ティスタ先生の肩を優しく叩く。
先生は俯いていた顔を上げて、僕の手を優しく握ってくれた。
その手は震えている。
「……私が中途半端な制裁をしてしまったのが原因です。もっと徹底的に懲らしめておけば、キミがこんな酷い仕打ちを受けることもなかった。これでは師匠失格ですね……」
「先生が悪いわけでは……」
「そして、私から学んだ魔術を……私との時間を大切に思ってくれて、本当にありがとうございます。キミの気持ち、確かに受け取りました。弟子にここまで言ってもらえるなんて、私は果報者です」
ティスタ先生は優しい笑顔をこちらに向けながら、ベッドに寝ている僕の額にゆっくりと人差し指を当てる。
「約束します。もう誰にもキミを傷付けさせません。私が必ずキミを守ります。だから、安心して休んでください」
視界が淡い光に包まれる。
唐突に眠気に襲われて、次第に意識が沈んでいく。
優しく穏やかな催眠の魔術。
抗うことのできない心地良さを感じながら、先生の指先から放たれる青白い光に導かれて、僕は再び眠りについた。