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銀杖のティスタ  作者: マー
銀杖の魔術師
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9.手にした力の使い方


 先生の魔術を見て影響を受けた僕は、今まで以上に修練に打ち込んだ。

 便利屋のアルバイトをしながら、空いた時間に魔術の指導をしてもらう。


 そんな日々が4ヵ月ほど続いて、自分の成長を実感できるようになった頃。

 ティスタ先生に今の自分の実力を見せることになった。


「……っ……」


 先生が見守る中、手に握った植物の種に魔力を込めていく。

 数秒ほどで種は芽に、芽は蕾に、蕾は花へと成長していく。


 握り締めた拳の隙間から植物の蔦がはみ出して、その蔦から花が生成されていく。1つの種に集中して魔力を込めることで質量を無視した植物を生み出す。


 生み出した植物の動きを操って、蔦で対象を拘束することもできる。

 僕の魔術は護身術として充分な練度になった。


「はぁ、はっ……でき、ました……先生、どうですかね……?」


「正直、驚きました。短期間によくここまで……」


 今回の結果を見て、先生は笑顔で拍手を送ってくれた。


 僕が急成長できたのは、眠っていた魔族の潜在能力が魔術の修練によって目覚めたからだと先生は言っていた。適切な指導も相まって、自分の中のに眠っていた魔族の力を自在に引き出せるようになったみたいだ。


「キミは、いつか私を超える魔術師になるでしょうね」


「いえいえ、そんな……」


「もっと自信を持ってください」


 魔力のコントロールで精一杯の僕が、ティスタ先生を超えるイメージがまったくできない。


 先日、先生が見せてくれた氷の魔術が脳裏に焼き付いて離れない。

 少しでも加減を間違えたら自分自身が氷漬けになってしまう大規模魔術。

 精密な魔力コントロールが身についていなければ真似できない神業だ。


 僕が先生の背中に追いつくには、どれほどの研鑽が必要なのだろうか。


「何度も言いますが、魔術の専門学校に通って腕を磨いたほうがトーヤ君の将来のためになると思いますよ。今からでも転入した方がいいと思います。間違いなく私よりも良い師に巡り合えるはずです」


「何度言われても、僕はティスタ先生に教えてほしいです」


 ……正直、憧れだけじゃない。


 あの日、魔術で氷の世界を作り出したティスタ先生の姿を見て以来、師としてだけではなく、女性としても意識している。


 この人のそばでこれからも役に立ちたい。

 先生のように美しい光景を生み出せる魔術師になりたい。

 僕の意思は完全に固まっていた。


「先生みたいな魔術師になりたいので、引き続きよろしくお願いします」


「……責任重大ですね。キミの魔術師としての未来は、私に掛かっているわけですか」


「そんな、大げさですよ」


 先生以上に教えるのが上手い魔術師なんて想像もできないし、なによりも僕が先生のそばにいたい。


 先生と過ごす時間が、先生と魔術を鍛える時間が、今の僕にとっては全部宝物だった。半魔族として生まれた自分を呪ったことすらあったのに、今では毎日が輝いて見える。


「さて、そろそろ終業の時間ですね」


「はい。お疲れ様でした。明日もよろしくお願いします」


 明日も明後日も先生と会えると考えるだけで、今までの辛い経験が帳消しになっていく気がする。僕が半魔族として生を受けたのは、先生の助けになるためだったのではないかと思う。


 人生に意味を求めたことはなかったけど、自分の役目を感じることができると目の前の景色は変わるものなんだと思う。




 ……………




 便利屋のアルバイトは毎回午後5時まで。

 自宅に帰る頃には辺りが真っ暗になっている。


 順風満帆な生活を送りながら、魔術師としての成長を自覚できている。

 これからも修練を積んで、先生を助けられるくらいの魔術師になりたい。


 目標の中に「ティスタ先生と一緒にいたい」という下心はあるけど、それでもいい。自分の気持ちには正直でいるだけで前向きになれる。


 明日は何をしよう、何を教えてもらおうかと考えながら歩いているうちに自宅の前に到着。いつも通り、祖母が夕飯を作って待ってくれている。


 家の鍵を取り出そうとポケットに手を入れている途中、視界の端に人影を捉えた。家の前の電信柱の影に誰かいる。


 エルフの五感の良さと魔族特有の第六感も相まって、言いようのない不安に苛まれる。もし泥棒だったりしたら、などと考えているうちに、背後からの気配に気付いて僕は後ろを振り返った。


「……あぐっ!?」


 気付いた時には誰かに蹴り飛ばされて地面に倒れていた。

 倒れ込む僕を見下ろすのは、3人の男たち。

 見覚えのある顔ぶれだ。


「よぉ、この前はよくもやってくれたな……!」


 間違いない。

 僕をいじめていた不良たちだ。


 最近は彼らのことなんてまったく気にしていなかったし、こうして顔を見るまで忘れていたくらいだった。僕がひとりになるタイミングを見計らって復讐しにきたのかもしれない。


「おら、立てよ化け物っ!」


「魔族のくせに、人間に盾突きやがって……!」


 不良の1人が僕の胸倉を掴んで強引に立ち上がらせてくる。


 ティスタ先生に痛めつけられたのをかなり根に持っているみたいだ。

 以前の僕なら恐ろしくて何もできなかったけど、今の僕には魔術がある。


 魔術で作り出した植物で相手を拘束したり、蔦を伸ばして鞭のように振るうことができる。その気になれば大怪我をさせるほどの魔術を使って、この不良たちを簡単に撃退することは簡単だ。


 でも、できなかった。

 魔術を使えない。

 使いたくない。


 僕が努力の末に手に入れた魔術は、ティスタ先生との思い出でもある。

 大切な思い出を暴力に使いたくない。

 

 たとえ自分が傷付く結果になっても、あの人の弟子として野蛮な魔術の使い方をしたくない。


 弱虫のくせに意地を張っているだけだと自分でもわかっている。

 でも、こんな連中に先生から教わった魔術を使おうとは思えない。

 ティスタ先生から教えてもらった魔術を暴力に使いたくなかった。


「……っ……このっ……!」


 立ち上がって拳を握り、殴り返そうとする。

 今までやられっぱなしだった僕が見せた、人間に対する初めての反抗。


 弱々しい拳は、あえなく空を切った。

 そのあとはよく覚えていないけど、殴る蹴るの暴行を受けたと思う。


 沈んでいく意識の中、ティスタ先生が僕に教えてくれた言葉がよぎる。


『大きな力を手にしても、決して理性や情を無くしてはいけません』


 意地でもあり、信念でもある。

 魔術は暴力に使わない。

 理不尽な暴力への怒りや恐怖は、僕自身がよく知っているのだから。

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