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移民と姫君(1)

「はあ……」


 つい先刻の出来事を反芻しつつ、一葉はポリポリと頭を掻いた。今はまだジンハに隣接している森の中。第三王女の追っ手は捕縛し、とりあえず彼女の身は安全だ。


 エルー自身は亡命したいと希望を述べていたが、果たしてそんなことが許されるのだろうか。ふと、そんな疑問が湧いてくる。


「あ、いたいた! おーい、イチー!」


 不意に聞き覚えのある声が森中に響き渡った。その声の主は楓だ。


「どうなったん? 第三王女様は助けてくれたん?」

「ああ……」


 一葉は視線である方向を指し示す。その先に目をやった楓が瞳をパチクリとさせた。


「わあ……、めっちゃきれいな金の髪! べっこう飴みたいや!」


 エルーの姿を認めた楓がそんな感想を述べる。そして、慌てて居住まいを正し、ペコリと王女に向かって頭を下げた。


「あ、あのっ、初めまして! ウチ、楓いいます」


 つられたようにエルーも礼儀正しく頭を下げる。


「初めまして、わたしは……」

「あ、知っとります。第三王女のエルーシュカ様ですよね?」


 楓が第三王女の名を知っていたことに一葉は内心驚く。それはエルー自身も同様なのか、不思議そうに小首を傾げた。


「あの……、どうしてわたしの名前を?」

「そら、第三王女エルーシュカ様いうたら、深窓のお姫様って巷では有名でっせ! そいで、すっごい美人かてことも! 噂はほんまだったんやなあ……」


 すると、エルーが少し恐縮したように言う。


「わたしなど、そのように褒めてくださるものではありません。美しいというのだったら、ほかの姉妹の方がもっと……」

「そないな謙遜しなくたって、ええんやで。ウチ、ほんまに王女様みたいなきれいな人、今まで見たことあらへんもん!」


 何の気負いもなく王女と会話をする楓。そんな彼女に一葉は声をかけた。


「おい、楓……」

「何?」

「自分、一体何しに来た? まさか、わざわざお姫さんのご尊顔を拝しに来たわけちゃうやろ?」

「ちゃうで! ウチはただ、イチが王女様になんか失礼なことしてへんか心配やっただけ」

「……なんや? 失礼って」

「イチの偉い人嫌いは筋金入りやさかいねえ。前から思うとったんやけど、何でそないに好かんの?」


 楓の問いに一葉は言葉を詰まらせる。なぜなら自身の王族、貴族嫌いは、おいそれと簡単に口外すべき話ではないからだ。


「なあなあ、何でなん?」

「……そんなん、今はどうだってええやろ」


 会話を繰り広げる一葉と楓に、エルーが恐る恐るといった様子で声をかけてくる。


「あ、あの……」

「何ですか? 王女様」

「あ、すみません、わたしがお話ししたいのは、そちらの男性の方で……」


 楓ではなく自身に水を向けられ、一葉は仕方なく王女の話を聞くことにする。だが、楓の提案で、とりあえず森の中からジンハに戻ることにした。その途中、エルーが気遣わしげに何度も背後を振り返る。


「……騎士団はもう追ってはこないでしょうか?」

「大丈夫やろ、よほどのド阿呆でもあらへん限りは。とりあえず、な」

「『とりあえず』?」


 不思議そうに言うエルー。ここで一葉が彼女に向き直った。


「騎士団の連中が言うとったで、主の元にあんたを連れてく命令が下っとったって。ほな、第二弾、第三弾の連中が送り込まれるのは、そう遠い話ちゃうんやないか?」

「あ……」


 一葉の言葉を聞き、エルーの顔がサッと青ざめる。


「ええか、この際はっきり言うとく。わしは、あんたらにはジンハに関わってほしない。さっきは楓に泣きつかれてしゃあのう助けたけど、ほんまなら今すぐにでもどっか遠うに行ってほしいくらいや」


 一葉の発言に楓が強い異議を唱えた。


「ちょいイチ! そら冷たすぎるんちゃうん?」

「わしは、さっき騎士団の連中がジンハの中を荒らしてったのも、我慢できそうになかってん。あないな連中が、またジンハに来たらどないすんつもりや?」

「それは……」


 さすがの楓も言葉を詰まらせる。そして、自然とこの場が重い雰囲気に包まれたときだ。不意に楓の身体が大きく揺らぐ。そのまま地面に倒れ込みそうになる彼女を、一葉は慌てて抱きとめた。


「楓、どないしてん!?」

「か、堪忍な、なんか身体が熱うなって……」


 一葉が反射的に楓の額に手を当ててみると、燃えるように熱かった。気づけば楓は呼吸をするのも苦しそうだ。そんな彼女にエルーが歩み寄り、おもむろに楓の手を取った。


「脈が異常に速い……」


 小さく呟くと、エルーは一葉に顔を向ける。


「楓さんの様子は今朝からどうでしたか?」

「どうって……、いつもどおりに元気やった。わしが知る限り、風邪の一つも引かへんような丈夫な奴や」


 すると、エルーは何か考える素振りを見せた。そして、もう一度楓の容態を検めようとする彼女にマツリカが警告の声をかけた。


「姫様、みだりに触ってはなりません! 何かうつる病気だったら、どうなさるのです!?」


 一葉は侍従の言葉に思わずカチンと来て、何か言い返そうとする。だが――。


「病気の方を捨て置くことなど、わたしにはできません!」


 それは一見、気の弱そうなエルーが初めて見せた、強い意志表示だった。


「イチさん、でしたか。とにかく、楓さんを寝かせられる場所に運んでいただけませんか?」

「何?」

「一刻を争うかもしれないのです、早く!」


 エルーに気圧され、一葉は反射的に彼女に従ってしまう。それから森を抜け、楓を彼女の自宅まで運びこんだ。


本日分の更新になります。どうぞよろしくお願いします!

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