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起死回生の策(1)

「イ、イチ!」


 エルーが悲鳴を上げた。彼女の眼前には、火の弾を全身に浴びた一葉の姿があったからだ。彼が身に付けているキモノはあちこちが焼け焦げ、身体中から白い煙が立ち上っている。この状態でありながら、一葉は膝を折ることなくエルーの前に立っていた。その姿を目にし、さすがのミリシアも驚いたように目を瞬かせる。


「……驚きましたわ。まさか、身体を張ってまで己の主を守ろうとするなんて」


 驚いているのはオーサーも同様なのか、呆れたように呟いた。


「あんな状態で立ってるなんて、あいつバケモンかよ……」


 確かにこんな状態で立っていられるのは異常だと、一葉自身も自覚していた。炎に巻かれ熱い空気を吸ったせいか、肺のあたりがひどく痛む。それは身体中も同様で、恐らくキモノの下は火傷だらけだろう。


 身体中が悲鳴を上げているのがわかる。それでも、不思議と闘志だけは先程までと同じく少しも揺るがない。こんな程度では、一葉の不屈の精神は揺るがない。なぜなら――。


「イチ!」


 己の主の声が背後から聞こえてきた。その声はひどく焦燥している。このままでは、彼女はすぐにでも自身に駆け寄ってくるだろう。だが、そうさせるわけにはいかない。先程、自分を信じて待っていろと言い含めたばかりなのだから。


「……平気や」


 一葉は、自身の身体の状態とはまったく正反対の言葉を口にしていた。そのことをエルーも察しているのか、気遣わしげな声をかけてくる。


「平気なわけなどないでしょう、あんなにひどい炎に巻かれて! 今、手当を……」

「来るな!」


 背後のエルーが駆け出そうとする気配を感じ、一葉は制止の声を上げた。それに驚いたのか、彼女が息を呑む様子が窺える。


「……大声上げて堪忍な。せやけど、今、起死回生の策を練ってんとこなんや」


 そうは言うが、この絶体絶命の状況で光明を見いだせるかどうか、正直自信はない。それでも、砂の粒程度でも何かを見つけたら、すぐさま眼前の敵を叩きのめしてやるつもりだった。


 何か、何かあれば――今は自由がきかない身体で、一葉は視線だけでも動かそうとする。そうしている途中だった。


「……ごめんなさい、イチ」


 背後からエルーの声が聞こえてくる。


「わたしは、わたしの騎士と共にあろうと誓ったのに、あなたが戦ってくれているのをこうしてただ見ていることしかできません。本当に、わたしは無力です……」


 声は嗚咽混じりだ。一葉は異議を唱えたかった。自分は自らの意志で戦っているのだ。エルーが申し訳なく思う道理など一つもない。その思いを告げようと一葉が口を開くより前に、エルーが次の言葉を紡いだ。


「お母様がくださったお守りも、効力がなかったのでしょうか? それとも、わたしの祈りなど天に届かないのでしょうか?」


 エルーがこれ以上ないほど悔しげに言う。一葉は思わずハッとする。そして、自身の首に彼女がつけてくれた「お守り」の存在を思い出した。


 エルーの母がお守りとして託してくれた金のネックレス。炎に巻かれながらも、それだけは今も一葉の首元で輝きを失っていなかった。


「……なんちゅうこった」


 一葉は思わず間抜けな声を上げてしまう。そして次の瞬間、自然と口端が上がるのを感じた。勝利の策はこんなにも身近にあったというのに、気づかなかった自分がおかしくて笑えてくる。一葉はゆっくりと顔だけを背後に向けた。そして、エルーに笑んでみせる。


「さすがお嬢、わしの勝利の女神様や」

「な……っ!」


 こんなときにまで軽口を叩く一葉に呆れたのか、エルーが涙混じりの目を見開く。だが、すぐ何か気づいたように真顔になった。


「もしかして、何か良策を思いついたのですか? イチ」


 そう問うエルーに、一葉は彼女がつけてくれたネックレスをしゃらりと指で鳴らしてみせる。


「さすが、お嬢のお袋さんのお守りや。すごい御利益あったで」


 エルーは不思議そうに蒼の瞳を瞬かせた。彼女に「まあ、見とき」と短く言い、一葉は再び前方に向き直る。その先では、彼を満身創痍にさせた「火の騎士」オーサーが立っていた。


「……何だよ。良策がどうだとか聞こえたけどよ」

「さすが猿、耳だけはええんやな」


 一葉にからかうように言われ、オーサーは不快そうに眉根を寄せた。だが、すぐに先程までの余裕の表情に戻る。


「ふん。何だか知らねえが、もうこの場に水はねえぞ。それに、俺の宝機の力は無限だ。下手な小細工なんて通用しねえぜ」

「さて、そらどないやねんな?」


 身体中はボロボロだったが、そのまなざしだけは強い意志を宿していることを悟ったのか、オーサーは一葉を警戒し始めたようだ。そして、己の主に向き直る。


「ミリシア様、先にこいつを徹底的に潰した方がよさそうですよ。エルーシュカ姫は後でどうにでもすればいいでしょ?」


 ミリシアはミリシアで、直感的に一葉に危険な何かを感じ取ったのか、オーサーの言葉に首肯した。


「……わかりましたわ。あなた、己の主の死に様を見ずに死ねることを感謝なさい」

「はっ、そんなん死んでもさせへんわ!」


 どこまでも心が折れる様子のない一葉を目にし、ミリシアもとうとう不安を抱き始めたらしい。その証拠に、彼女の先程までの傲然とした態度にちらちらと陰が見え始めた。


「オ、オーサー! 『宝機解放』することを許します。最大限の力で、あの無礼者を燃やし尽くしなさい!」


 オーサーは主の命に応じ、先程までとは違い、気迫を込めた表情になる。そして、己の宝機を両手に構えると大きく深呼吸をした。すると、彼の闘志を表すかのごとく、その周囲に赤い気が立ち上っていくのが一葉には見えた。

本日分の更新になります。今週の更新は以上になります。このお話は来週には完結する予定ですので、どうぞよろしくお願いします!

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