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絶体絶命(1)

 焦慮の声を上げるエルーを一葉は怪訝に思い、背後の彼女を振り返ろうとする。だが、それを遮るようにオーサーが次の手に打って出た。


「はははっ! やっぱり移民ってのは馬鹿だねえ」


 嘲るように言った後、オーサーは先程のように宝機である鞭を構える。


『宝技・火炎の砲弾!』


 先程と同じ技の名を叫んだのを聞き、一葉が呆れたように呟いた。


「何、さっきと同じことしようとしてんのや? 何遍でも防いでやるっちゅうのに」

「違います、イチ! 彼は恐らく……」


 エルーは一葉の傍に駆け寄り、彼のキモノの袖を掴む。それと同時に、再びこちらにオーサーが火の弾を放ってきた。だが、その数は先程の比ではなく、この空間を覆い尽くさん勢いだ。


「まったく、数打ちゃ当たるっちゅうもんでもなかろうに」


 一葉は再び五行の呪を唱えようとする。だが、そんな彼にエルーは警鐘の声をかけた。


「イチ、あの『火の騎士』は、あなたを消耗させようとしているのです!」


 その言葉と、一葉が再び五行の呪を唱えて水の防壁を展開させたのは、ほぼ同時だった。先程よりも大量に被弾することを予測し、水の防壁はかなりの大きさを持つものだ。オーサーが放った無数の火の弾は次々と水の防壁に当たり、蒸発する。だが、その様子を目にしてもなお、オーサーは余裕の笑みを浮かべていた。


「おー、さっすが勉強熱心と呼び声高いエルーシュカ姫。俺の考えなんざ、お見通しですか」

「何やて?」


 ようやく一葉が今の状況の不可思議さに気づく。傍にいるエルーに目を向けると、彼女は深刻な表情を浮かべていた。


「ご聡明なエルーシュカ姫に比べて、アンタ馬鹿だねえ。自ら弱点をぺらぺら話しちまうんだもの」


 先程に続き、二度もオーサーに「馬鹿」呼ばわりされた一葉は、さすがにカチンと来る。


「この猿、調子づいて何遍も人のことを馬鹿馬鹿と、やかましいわ、ボケ!」

「あははっ! そう息巻いてられるのも今のうちだぜ」

「何……っ?」


 エルーが一葉のキモノの袖を引っ張った。


「イチ、あなたが持つ水の気は、その水筒の中身だけです。それに比して、『火の騎士』が持つ宝機の力はほぼ無尽蔵。オーサーが倒れることのない限り、こちらは彼の攻撃を無限に受け続けることになってしまいます!」


 エルーに指摘され、一葉は自身が持つ水筒に目を向ける。その中身は、もう半分程度に減ってしまっていた。


「そないなことか。しくった……!」


 エルーたちの戦況が一気に悪くなったのを確信したミリシアが、酷薄な笑みを浮かべた。


「ふふふっ、やはりこの大広間から水に関するものをすべて排除しておいて、正解でしたわね」

「はい、さすがはミリシア様です」


 オーサーが大仰に手を叩いて己の主を賞賛する。


「一体どうしたら……」


 エルーが苦しげに歯噛みする様子を見て、ミリシアが不意に優しげな言葉をかけてきた。


「どうです? エルーシュカ。今ここであなたが敗北宣言をするのなら、命だけは助けてあげてもよろしくてよ?」

「あ……」


 悪魔の囁きに思わずエルーが耳を傾けそうになるのを、一葉が押しとどめる。


「まだや! まだ何か手はあるはず。諦めるのが早過ぎんねん!」

「で、ですが……っ」


 エルーが前方に目を向けると、オーサーが宝機である鞭を構え、宝技を放つ体勢に入っていた。


「オーサーは恐らく、あなたが水の気を使い果たすまで火の弾を放ってくるつもりです。イチ、このままではあなたの力が尽きてしまいます!」


 必死なエルーの声を聞き、一葉は何か策を練ろうとするが、相手は待ってくれない。


「おらおら、焼け死にたくねえなら早く降参しちまいな!」


 オーサーは焦れったそうにエルーが敗北宣言するのを待っている。一葉はすぐ傍のエルーに目を向けた。すると、彼女の大きな瞳が揺らいでいるように見えた。まるで、その心の内を表すかのように。


 絶体絶命の状況。心優しいエルーなら、一葉、そしてジンハの皆を守るため自らの心をたやすく折ってしまうだろう。だが――一葉は首を大きく横に振った。そんなことは絶対にさせられない。自分は誓ったのだ、この王女に必ず勝利を捧げると。


 一葉は固く唇を引き結ぶと、隣に立つエルーの両肩に手を置いた。


「お嬢、ここはわしにまかせて壁際まで下がるんや」

「何か策でもあるのですか!?」


 不意にエルーが期待を込めた表情を浮かべるが、一葉は苦笑する。


「残念ながら、即妙案が浮かぶ程わしの頭は冴えてへん。せやけど、あの猿とやり合うてんうちに何とか打開策を見つけてみせるわ」

「で、でしたら、わたしもあなたの傍で共に……」


 エルーの申し出に一葉は首を横に振ってみせる。


「お嬢、待つのも戦いのうちや。それとも、わしのことが信じられへんか?」


 一葉に真摯なまなざしを向けられ、エルーはわずかな間考える素振りを見せた。そして、一葉にまっすぐ視線を合わせる。


「……いえ。あなたは、わたしの『比翼の鳥』は強いです。その証拠に、メイアやファルナ姉様の騎士たちに勝利してきました。ただ待つのは心苦しいですが、わたしはあなたを信じています」

「……ああ」


 一葉は首肯すると、エルーの両肩からそっと手を離し、前方に向き直った。その先では、「火の騎士」オーサーが手にした宝機から今にも火の弾を射出させようとしている。

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