水の騎士(2)
一方、相生の術を扱うための準備をしていた一葉は、ふとエルーを振り返る。すると、その先では驚愕の光景が繰り広げられていた。
「な、何してんのや!? お嬢」
「何って、燃えるものを調達しているのです!」
エルーは、身に付けていたワンピースの裾をビリビリと破いている。
「この布なら、きっとよく燃えることでしょう!」
エルーは自身のワンピースの裾から腰のあたりまで一気に破いた一枚を、一葉に手渡そうとした。だが、一葉は動揺したようにエルーから目を逸らそうとする。そのことに気づいたエルーは怪訝そうに言う。
「どうしたのです? イチ」
「お嬢……その姿は、あまりにも目の毒やで」
「え?」
エルーは一瞬キョトンとした後、自身が今どういう姿をしているか気づいた。裾から腰まで大きく引き裂かれ、身に付けているワンピースは大きくスリットが入った状態になり、白い太ももが露わになっている。あられもないエルーの姿を目にした市民の間から、わっと歓声が上がる。それで、ようやくエルーは自身がどんな状況に置かれているか、悟ったようだ。
「きゃ……っ!」
エルーは露わになった太ももを隠すようにしゃがみこんでしまった。だが、それも一瞬のことで、己の役目を思い出したようにすっくと立ち上がる。そして、一葉のすぐ傍まで歩み寄り、自身が破いたワンピースの布を再度手渡そうとした。
「も、申し訳ありません。お見苦しいものを見せたりして……」
羞恥から顔を紅潮させたエルーに言われ、一葉もこれ以上ないほどきまりの悪い思いになる。それでも何とかエルーからワンピースの布を受け取った後、ポツリと呟いた。
「お姫さんっちゅうのは、かたくなに純潔を重んじるって思うとったんやけどなあ……」
「え?」
エルーに不思議そうな顔を向けられるが、一葉は何でもないとばかりに首を横に振る。自身が今手にしているのは、エルーが必死の思いで託してくれたものだ。それを無駄にするわけにはいかない。そして、前方に視線を向けた。
「……早うせえへんとな。姐さんが限界みたいやし」
その言葉どおり、マツリカは大きな苦境に立たされている。「水の騎士」スレインの宝技・水の流星が完成し、生成された水の矢が何本も彼女に向けられていたからだ。
「た、大変です、イチ! このままでは、マツリカが……」
己の侍従のピンチを目にし、エルーが縋るように一葉のキモノの袖を掴む。
「わかっとる。ほな、ここからいっちょ形勢逆転といこか」
一葉は懐から探り出したあるものを手にした。それを目にしたエルーは目を瞬かせる。
「イチ、それは何ですか?」
「これは、東方に出回ってる火打ち石っちゅう。もっとも、文明の発達したこの国では無用の長物やろうがな」
一葉は、おもむろに手にしていた二つの石を打ち鳴らした。すると、石が火花を放ち始める。
「わあ……っ」
エルーが驚きの声を上げた。何せ、ただ石を打っただけで火を起こそうというのだから。
「石だけで火を起こすなんて、すごいですね! 今この国ではガスを使うのが主流なのに」
褒められているのか、けなされているのか、わからないが、今はそんなことを気にしている場合ではない。一葉は石で起こした火をエルーから手渡された布に点火した。すると、布はたちまち灰と化す。一葉の手には、ただ燃え尽きた布の残骸が残された。
「イチ、灰が残ってしまいましたよ……?」
エルーが困惑の表情を浮かべるが、一葉はこれでいいとばかりに首肯してみせる。
「これは、火生土の理っちゅう。物が燃えればあとには灰が残り、灰は土に還る。今、わしの手にあるのは土の気や。これさえあれば……」
「イチ、マツリカが!」
一葉がすべて言い終える前に、エルーが悲鳴にも似た声を上げた。その声につられ、一葉は前方に目を向ける。すると、「水の騎士」スレインが細身の剣を振り上げ、マツリカ目がけ水の矢を今にも放とうとしていた。
ほぼ体力が尽きかけたにも関わらず、それでもなおマツリカは長剣を構え、敵の攻撃を防ごうとしている。「比翼の鳥」を相手にしても、心が折れないマツリカの姿を目にした一葉は思わず感嘆した。そして、彼女に声をかける。
「姐さん、今までよう防いでくれた。あとはこのわしにまかせろ!」
力強く宣言した後、一葉は五行の理に基づいた呪を唱え始めた。
『我、五行の知者なり。五行の理に従い、彼の者に向かいし水の矢を、堅牢な土壁が防ぐことを命ず!』
そして、手に残った灰をパラパラと地面に落とす。すると次の瞬間、驚くべき光景が繰り広げられることになった。
「な、何っ!?」
「水の騎士」スレインが驚愕する。なぜなら、マツリカの前に突如大きな土の壁がせり上がり、自身が放った水の矢を弾き飛ばしたからだ。驚いているのはファルナも同様なのか、口をパクパクさせている。
「あ、あれがメイアを……『土の騎士』を倒した力だっての?」
驚愕しているのは、この場にいる市民も同様なのか、彼らは口々に「あの若いの、『比翼の鳥』の技を防いだぞ!」「武器も何もなしに、一体どうなってんだ!?」と騒いでいた。
「そ、そうです! イチは、すごい秘術の使い手なのですから!」
ファルナに対抗するようにエルーが強調した。すると、ファルナは親指の爪を噛み始める。
「……ふうん。少しは楽しめそうじゃない。じゃあ、こっちも最大限の力をもってお相手するよ」
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