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第二王女ファルナ(2)

「本当はアタシ、ずーっとお部屋に籠もって生きていたい。でも、もしミリシア姉様が王様になったら、アタシをお城から追い出すかもしれないでしょ。ミリシア姉様は、自分の役に立たないものは簡単に切り捨てるようなヒトじゃない? そんなのイヤだから、アタシいいこと思いついたんだあ」


 そこで、ファルナの声音が今までの呑気なものから、ひどく冷たいものへと変化した。


「このアタシが王様になればいいんだ。そしたら、このファーデルグをアタシの好きにできるでしょ? まあ、小難しいことは王国議会の爺ちゃんたちにでもまかせて、アタシは自由気ままに生きることにしたの」


 エルーは、ファルナの口元からにやにやした笑みが消えたことに気づく。少なくとも、今までこんな表情の彼女は見たことがなかった。だが、それでもエルーは一番重要なことを姉に尋ねる。


「……ファルナ姉様。あなたが王位に就かれた折には、国民はどうなさるおつもりなのですか?」

「んん? どうって?」


 ファルナが怪訝そうに聞き返してきた。


「ですから、現在このファーデルグ国内の経済は悪化し、国民は大変困窮しております。その彼らに何か手厚い施策を……」

「何それ? 今までどおりでいいじゃない」

「え?」


 ごく当然というふうにファルナに返され、エルーは呆然とする。その彼女に追い打ちをかけるようにファルナが再び持論を語った。


「だって、アタシたち王家の人間は特権階級だよ? そのアタシたちの生活は、国民の税金ですべて賄ってるんだもん。アタシが自由気ままに暮らすためには、もっともっと重い税を課さなきゃならないかもだねえ」


 呆気にとられるエルーが次の言葉を発する前に、この場所にいる市民たちがざわつき始めた。


「さらに税を課すだって? 冗談じゃない!」

「俺たちがどんなに苦しんでいるか知らないくせに、なんてお姫様だ!」


 怒号がこの場に飛び交うが、当のファルナは我関せずといった様子で退屈そうにあくびをする始末だ。そして、言う。


「……うっさいなあ。まあ、ちょうどいいや。キミたちには、アタシたちの試合の立会人になってもらうよ」


 エルーはハッとすると、眼前の姉に初めて意見する。


「今より重税を課すなど、国民の負担が一層増えるだけです。ファルナ姉様は今、国民たちがどのような生活を送っているかご存じないのですか?」


 必死に訴えかけるエルーを一笑に付すように、ファルナがにたりと邪悪な笑みを浮かべた。


「ご存じないねえ。だって、アタシ引き籠もりだもん」


 一葉は悟る、このファルナも王位に就く資格がない人間だと。国民を自身の生活を潤沢させる糧としか思っていない人間が王位に就いたら――その先は考えるまでもなかった。


「ま、小難しいお話は、ここまでにしとこっか」


 ファルナはスッと右手を上げる。


「さあスレイン、キミの出番だよ」


 すると、ファルナが先程潜んでいた石柱の背後から一人の男が現れた。ずっと前方を注視していた一葉だが、この男の気配を感じ取ることができなかった。


 ファルナにスレインと呼ばれた男は一葉と同じく痩身で、ファルナと同じく眼鏡をかけている。だが、以前相対した「土の騎士」ルドルグとは違い、鎧姿ではなく、スーツ姿だった。


 ――あないな軽装で騎士を名乗るとは……相当の使い手なんか?


 一葉は瞬時に警戒態勢に入り、エルーを庇うように彼女の前に立つ。その姿を目にしたファルナが物珍しそうに一葉を観察した。


「ふうん。その彼が噂のエルーの『比翼の鳥』なんだあ。メイアの『土の騎士』を倒したっていうぐらいだからどんな猛者かと思ってたけど、ずいぶん頼りなさそうだねえ」


 一葉は思わずカチンとくる。


「姿形で判断しとったら、痛い目みるで。それに頼りなさそうなのは、そっちも同じちゃうか」


 指摘されファルナは一瞬キョトンとするが、すぐにおもしろおかしそうに笑った。


「あはは、頼りなさそうだって、スレイン。アタシたちも随分ナメられたもんだねえ」


 だが次の瞬間、ファルナは笑い声を潜め、冷厳な口調になる。


「じゃあスレインの、アタシたちの力、見せてあげようよ。やっちゃって、スレイン」

「……はっ」


 スレインは主に敬礼すると、腰のベルトに差していた細身の剣を構えた。その姿を目にしたエルーは眼前に立つ一葉に声をかける。


「イチ、既に話したとは思いますが、ファルナ姉様の『比翼の鳥』の二つ名は『水の騎士』。その名のとおり、水の力を操る宝機を授かった騎士です」


 そこまで言った後、エルーは深刻な声音になった。


「この遺跡を試合場所に選ぶとは、ファルナ姉様も考えましたね。あの大きな噴水があれば、『水の騎士』はその力を存分に振るえるでしょう」

「その話なんやけどな、お嬢。この場所はわしらにとってこれ以上あらへん程、不利やと思うぞ」

「え?」

「まあ、下を見てみぃ」


 一葉に言われたとおり、エルーが地面に視線を落とす。そして、ハッと気づいたように顔を上げた。


「イチ、あなたに教わった五行の理では、たしか土が水を制すのでしたね。ですが、石畳の地面で構成されたこの遺跡では、あなたの力は……」


 一葉は顔だけ動かし、背後のエルーに首肯してみせる。


「お察しのとおりや。この遺跡っちゅう場所は、土の要素がまったく見当たらへん。これでは土で水を制す、土剋水どこくすいの理は使えそうにあらへんなあ」

「そ、そんな……」


 どこか他人事のような一葉とは対照的に、エルーは焦慮に駆られたようだ。そうしているうちに、この場の状況に変化が訪れる。

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