表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/55

城下町イルーク(2)

 イルークの大通りを歩き、一行は駄菓子屋へと到着する。その駄菓子屋は一葉が子供の頃から既にあった、築数十年と年季の入った建物だ。店先で番をしていた老婦人が一葉の姿を認め、声をかけてくる。


「おやイチ、今日も子供たちへのおみやげかい?」

「いや、今日はこのお嬢の案内に来てん」


 一葉の背後にいたエルーを見つけると、老婦人が相好を崩した。


「あらあら、可愛いお嬢さんだねえ。もしかして、イチのいいひとかい?」


 そう言われ、エルーが小首を傾げる。


「『いいひと』?」


 それから疑問の視線を一葉に投げかけてきた。一葉は一瞬言葉を詰まらせると、正直に解説する。


「『いいひと』っちゅうのは、まあ、要するに恋人ってとこやな」


 ここでエルーがなぜか頬を紅潮させた。


「こ、恋人……」


 赤面しているエルーを前にし、一葉もどこか居心地の悪い思いになってしまう。そんな二人の間に割り込むように、どこかからある人物の声が。


「ご婦人、こちらの二人は知り合って間もないのだ。あなたが思っているような間柄ではない」


 そう、大真面目に言ったのはマツリカだった。すると、キョトンとしたように老婦人が目を瞬かせる。


「ああ、そうなのかい。あたしったら、早とちりして。ごめんなさいねえ、お嬢さん」

「い、いえ……」


 そんな出来事を経てから、エルーは店内を一通り見学することになる。店内にある品物のどれもが物珍しいのか、彼女はいちいち瞳を輝かせていた。そんな様子を一葉は微笑ましく見つめる。そして、あることを思い出した。


「お嬢、お嬢。ちょい、こっち来てみい」

「はい?」


 一葉にちょいちょいと手招きされ、彼の言葉どおりの場所にエルーが歩み寄る。そんな彼女に一葉があるものを差し出した。


「イチ、これは何ですか?」

「これはな、べっこう飴や」

「べっこうあめ……」


 おうむ返しに呟いてから、エルーは記憶の糸を辿り何かを思い出したようだ。


「べっこうあめって、もしかして楓さんの言っていた……」


 一葉が大きく首肯する。


「そうや。楓の言うたとおり、お嬢の髪の色みたいやろ」


 エルーは反射的に自身の髪に手をやった。


「ほら、お嬢の髪みたいにきれいやろ?」


 一葉が言うと、エルーはまた白磁の頬を朱に染める。


「も、もう、イチったら、やっぱり女性を褒めるのがお上手です……」

「いやいや、わしはほんまのこと言うたまでやぞ」


 そんなやりとりを一葉とエルーがしているときだった。にわかに店の外が騒がしくなる。喧噪に気づいた老婦人が店の外へ視線を向ける。


「何だか騒がしいわねえ。どうしたのかしら」


 一葉たちも、つられたように老婦人の視線の先へ顔を向ける。すると、少し先の道ばたに大勢の人々が集まっていた。先程までは誰も集まっていなかったというのに、だ。すると、マツリカが一歩前に出る。


「何かあったのでしょうか。姫様、私が様子を見てまいります」


 そう言い残し、マツリカが店を出て人だかりに向かって駆けていく。それから少しした後、彼女は再び駄菓子屋に戻ってきた。


「姫様、大変です!」


 よほど急いでここまで戻ってきたのか、マツリカが少し息を切らせている。その様子を目にしたエルーが気遣わしげに己の侍従に声をかけた。


「大丈夫ですか? マツリカ。少し休んでから……」

「それどころではありません! このようなものが、街中の掲示板に貼られているようなのです」


 マツリカがエルーに一枚の紙を手渡した。その内容を読んだエルーの顔がサッと青ざめる。それは一体なぜなのか、と、一葉もエルーの手にしている紙に視線を送った。


「何や、これ……」


 思わず呆れたような声音が一葉の口から漏れる。なぜなら、紙には「ファーデルグ王家第三王女、エルーシュカに対する果たし状」という趣旨の内容が記してあったからだ。


「果たし状なんて、また時代錯誤な……」


 一葉は言うが、エルーが驚いているのは、そのようなことではないらしい。彼女は紙を手にしたまま、ポツリと呟いた。


「そんな、まさかファルナ姉様がこれを……」

「ふぁるな?」


 どこかで聞き覚えのある名を耳にし、一葉がエルーに顔を向ける。


「前にイチに話した、わたしの二番目の姉です」


 一葉は思い出す。たしかエルーには残り二人の姉妹がいて、一人は野心家、そしてもう一人は――。


「ほな、この果たし状は第二王女さんやらが出したんか。やが、たしか二番目の姫さんは、表舞台を嫌うような人間やなかったんか?」


 一葉の問いに、エルーが当惑したままの顔で小さく首肯する。だが、この果たし状の内容はといえば、エルーに次代継承戦規則に則った試合を申し込みたいので、下記の場所まで来られたし――というものだった。


「この果たし状の内容見るに、相手はやる気満々といった感じやな……」


 そこまで言った後、一葉はある可能性を述べる。


「なんかの愉快犯の仕業ちゃうか、これ。今、王国全土で次代継承戦やってるっちゅうのは、国民の周知の事実なんやろ?」


 一葉の仮説を聞いたエルーが少しの間、思案する様子を見せる。そのときだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ