城下町イルーク(2)
イルークの大通りを歩き、一行は駄菓子屋へと到着する。その駄菓子屋は一葉が子供の頃から既にあった、築数十年と年季の入った建物だ。店先で番をしていた老婦人が一葉の姿を認め、声をかけてくる。
「おやイチ、今日も子供たちへのおみやげかい?」
「いや、今日はこのお嬢の案内に来てん」
一葉の背後にいたエルーを見つけると、老婦人が相好を崩した。
「あらあら、可愛いお嬢さんだねえ。もしかして、イチのいいひとかい?」
そう言われ、エルーが小首を傾げる。
「『いいひと』?」
それから疑問の視線を一葉に投げかけてきた。一葉は一瞬言葉を詰まらせると、正直に解説する。
「『いいひと』っちゅうのは、まあ、要するに恋人ってとこやな」
ここでエルーがなぜか頬を紅潮させた。
「こ、恋人……」
赤面しているエルーを前にし、一葉もどこか居心地の悪い思いになってしまう。そんな二人の間に割り込むように、どこかからある人物の声が。
「ご婦人、こちらの二人は知り合って間もないのだ。あなたが思っているような間柄ではない」
そう、大真面目に言ったのはマツリカだった。すると、キョトンとしたように老婦人が目を瞬かせる。
「ああ、そうなのかい。あたしったら、早とちりして。ごめんなさいねえ、お嬢さん」
「い、いえ……」
そんな出来事を経てから、エルーは店内を一通り見学することになる。店内にある品物のどれもが物珍しいのか、彼女はいちいち瞳を輝かせていた。そんな様子を一葉は微笑ましく見つめる。そして、あることを思い出した。
「お嬢、お嬢。ちょい、こっち来てみい」
「はい?」
一葉にちょいちょいと手招きされ、彼の言葉どおりの場所にエルーが歩み寄る。そんな彼女に一葉があるものを差し出した。
「イチ、これは何ですか?」
「これはな、べっこう飴や」
「べっこうあめ……」
おうむ返しに呟いてから、エルーは記憶の糸を辿り何かを思い出したようだ。
「べっこうあめって、もしかして楓さんの言っていた……」
一葉が大きく首肯する。
「そうや。楓の言うたとおり、お嬢の髪の色みたいやろ」
エルーは反射的に自身の髪に手をやった。
「ほら、お嬢の髪みたいにきれいやろ?」
一葉が言うと、エルーはまた白磁の頬を朱に染める。
「も、もう、イチったら、やっぱり女性を褒めるのがお上手です……」
「いやいや、わしはほんまのこと言うたまでやぞ」
そんなやりとりを一葉とエルーがしているときだった。にわかに店の外が騒がしくなる。喧噪に気づいた老婦人が店の外へ視線を向ける。
「何だか騒がしいわねえ。どうしたのかしら」
一葉たちも、つられたように老婦人の視線の先へ顔を向ける。すると、少し先の道ばたに大勢の人々が集まっていた。先程までは誰も集まっていなかったというのに、だ。すると、マツリカが一歩前に出る。
「何かあったのでしょうか。姫様、私が様子を見てまいります」
そう言い残し、マツリカが店を出て人だかりに向かって駆けていく。それから少しした後、彼女は再び駄菓子屋に戻ってきた。
「姫様、大変です!」
よほど急いでここまで戻ってきたのか、マツリカが少し息を切らせている。その様子を目にしたエルーが気遣わしげに己の侍従に声をかけた。
「大丈夫ですか? マツリカ。少し休んでから……」
「それどころではありません! このようなものが、街中の掲示板に貼られているようなのです」
マツリカがエルーに一枚の紙を手渡した。その内容を読んだエルーの顔がサッと青ざめる。それは一体なぜなのか、と、一葉もエルーの手にしている紙に視線を送った。
「何や、これ……」
思わず呆れたような声音が一葉の口から漏れる。なぜなら、紙には「ファーデルグ王家第三王女、エルーシュカに対する果たし状」という趣旨の内容が記してあったからだ。
「果たし状なんて、また時代錯誤な……」
一葉は言うが、エルーが驚いているのは、そのようなことではないらしい。彼女は紙を手にしたまま、ポツリと呟いた。
「そんな、まさかファルナ姉様がこれを……」
「ふぁるな?」
どこかで聞き覚えのある名を耳にし、一葉がエルーに顔を向ける。
「前にイチに話した、わたしの二番目の姉です」
一葉は思い出す。たしかエルーには残り二人の姉妹がいて、一人は野心家、そしてもう一人は――。
「ほな、この果たし状は第二王女さんやらが出したんか。やが、たしか二番目の姫さんは、表舞台を嫌うような人間やなかったんか?」
一葉の問いに、エルーが当惑したままの顔で小さく首肯する。だが、この果たし状の内容はといえば、エルーに次代継承戦規則に則った試合を申し込みたいので、下記の場所まで来られたし――というものだった。
「この果たし状の内容見るに、相手はやる気満々といった感じやな……」
そこまで言った後、一葉はある可能性を述べる。
「なんかの愉快犯の仕業ちゃうか、これ。今、王国全土で次代継承戦やってるっちゅうのは、国民の周知の事実なんやろ?」
一葉の仮説を聞いたエルーが少しの間、思案する様子を見せる。そのときだった。